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カカシ先輩とカカシさんの活躍により、日が暮れきる前に巻物の整理は完了した。
例の青い巻物だけは、カカシさんが一旦預かることにした。

「時間が来たら自然と術が解けて、オレは未来に帰れるはずだから……全て終わったらこっそり元の棚に戻しといてちょうだい」

そうカカシさんに言われて頷きながら、あとどれくらいカカシさんとお話できるんだろうと思って、私はもう寂しくなっていた。

「そんな顔しないでよナズナ。……抱き締めたくなる」
「えっ……」
「オイ、いい加減にしろ」

カカシ先輩が怒るのも無理はない。三年後のカカシさんのからかい方はなんていうか……冗談じゃすまされないくらい甘さがパワーアップしていると思う。
未来の私は、相変わらず先輩にからかわれているんだろうか。

「ま!明日になったらオレはいなくなってるだろうし……君たちの記憶からも消えちゃうんだけどね」

カカシ先輩がさらりと言った言葉に、どきりとした。

「え、そうなんですか……!」

残念だ、という気持ちが声ににじみ出てしまう。

「ミナト先生が言ってた通りならね……」

カカシ先輩がやれやれと溜息をつく。

「それにしても、四代目火影はなぜこんな術を開発したんでしょうか」

テンゾウが首を傾げた。
確かに気になる。

「さぁね。……ああでも、オレにこの術の話を聞かせてくれた時に確かあの人……」
「三年前のクシナに会ってからかって可愛がりたいんだよね、とか言ってなかったっけ?」
「そうそう。……だからクシナさんの怒りをかって研究内容を上層部にばらされて、即、禁術指定されて封印されたんだったね」
「まったくミナト先生は……」

二人のカカシ先輩が、昔の記憶をたどって会話をしている。
その様子を見ているのが何だか楽しくて、私は笑いを懸命に堪えた。


「今夜はナズナの手料理が食べたいな。オレが教えてあげるから一緒に料理しようよ?」

カカシさんに優しく微笑まれて、頷こうとしたら、カカシ先輩が即座に、「いや、寿司でもとろう。テンゾウんちで料理したらテンゾウに迷惑でしょ」と言った。

それもそうかな、と思ったけど、あれ、この間テンゾウんちで一緒にポトフ作らなかったっけ……。

「そうですね、寿司でもピザでもとりましょう」

テンゾウが苦笑いしながら言う。
カカシさんは不服そうに「ふーん、お前はそっちの肩持つんだね?」と言った。

「今後ボクが直面するのは現在のカカシ先輩ですから……」
「じゃ、未来のお前がどうなってもいいんだ?」
「恐ろしいこと言わないでくださいよ!!」

夕飯をどうするかでそんなにピリピリしなくても……。
カカシ先輩が「ナズナに料理教える約束したのは今のオレなんだから、オッサンは出しゃばらないでよ」と苛々した声で言った。
料理を教えてくれると言ってくれたあの約束、カカシ先輩本気で言ってくださってたんだ。嬉しくて頬が緩んだ。

「ハイハイ、わかったよ。……自分に向かってオッサンいうのはやめなさい」

カカシさんが両手を上げて降参した。たしかに、三年しか変わらないのだから、正直なところカカシ先輩とカカシさんの見た目はほとんど変わりが無いのだった。なんとなくカカシさんの方がゆるっとした雰囲気がある、という程度で。

「カカシさんは……今26歳って事ですか?」
「うん。今のナズナとオレは7歳ぐらい違うのかな?」
「何か、新鮮ですね!」
「そーだね」

カカシさんとほのぼの笑い合っていると、先輩がなんだか苛々した様子でこっちを見ている。その横でテンゾウが、苦笑いをしているのが見えた。

「三年後も、私やテンゾウは、カカシ先輩と一緒に任務をさせていただいているんでしょうか?」
「んー……色々教えてあげたいところだけど、万が一ミナト先生の術が不完全だった時の事を考えると、何にも話せないんだよね」
「……?どういうことですか?」
「オレが未来のことを話したせいで、過去が変わってしまうのが怖いから」

カカシさんはそう言って、静かに笑った。

「例えば、未来で恋人同士になるはずだった二人が付き合えなくなったりとか。過去に影響を及ぼすことで、万が一そういう不幸が起きたら困るでしょ」

カカシさんが続けた言葉を聞いて、私たち三人は押し黙った。

私は何となく、三年後のカカシさんには誰か恋人がいるんだろうな、と思った。
その想像は、なぜだか私の胸をざわつかせた。

結局ピザもお寿司も頼むことにして、カカシさんが「酒でも飲もう」と言い出したので、未成年の私がお留守番をして、男三人でお酒を買いに行った。三人が買い物から戻ってきてすぐ、タイミングよく出前が届いた。

私はオレンジジュース、カカシ先輩とカカシさんはビールを飲んでいた。テンゾウはというと、何やら本格的な道具をだしてきて、カクテルをつくっている。テンゾウって、ああいう道具とかを凝って集めちゃうタイプなんだよね。出来上がった淡い緑色のカクテルを嬉しそうに眺めている。何が入っているのかはわからないけれど、何だか楽しそうでちょっと羨ましい。テーブルにはピザとお寿司、それとテンゾウがささっとつくった、砕いたクルミのかかったサラダが並んでいる。私は部屋から、またもや借りていたホラー映画を持ってきた。テンゾウは物凄くいやそうな顔をして、二人のカカシ先輩は揃って呆れ笑いをしていた。そうして笑っていると、本当に二人はうり二つだ。同じ人なのだから当然なのだけれど。

テンゾウ・私・カカシ先輩が三人並んで画面を見つめる中、カカシさんは私の少し後ろでのんびりお酒を嗜まれていた。

「ひゃあ!!」

画面の中の幽霊に驚いて、テンゾウの腕にしがみつこうとしたら突然後ろから腕が伸びてきた。
なんと私は、カカシさんに抱え込まれていた。

「か、カカシさん…!?」
「まったく怖がりなのに見たがりなんだから」
「ああああの……これは……」
「ん?こうしてたら怖くないでしょ?」

背中にカカシさんの温もりを感じて、耳元で優しく囁かれて、もう映画の内容なんて全然頭に入ってこない。
ドキドキしすぎて動けずにいると、右の方からまがまがしいチャクラを感じた。
……カカシ先輩がまた殺気を放っている。何で先輩怒ってるの……!?怖くて先輩の方を見る事が出来ない。

「……アンタ、殺されたいの?」
「過去のオレに殺されるほど、鈍っちゃいないよ?」

私を挟んで繰り広げられる不穏な会話にどきどきしつつも、カカシさんの声が耳元を掠める度、体がびくびく震えてしまった。

「ん?ナズナまだ怖いの?体震えてるよ?」
「これはそうじゃなくて……あの……あまり耳元で喋らないでください…」
「どうして?」
「くすぐった……ひゃっ!」

フッと吐き出された吐息に鼓膜を擽られて思わず体が跳ねる。

「あー可愛い……ナズナは昔から耳が弱いもんね」
「……」

もしかしてカカシさんは私の反応を楽しむ為にわざとやっているのだろうか。呆然としていると、ぐいと腕を引っ張られて、私はカカシさんから引き剥がされていた。
カカシ先輩は冷たい怒りを滲ませてカカシさんを睨みつけている。

「ま、あんまり昔のオレをからかってもかわいそうか」

カカシさんがくすくすと笑った。
カカシ先輩は何も言わずに黙っているけれど、私の腕を掴む力は痛いほど強かった。

こんなやりとりの間も、テンゾウはマイペースにピザを食べてホラー映画を見続けている。

はらはらした気持ちのまま、私は「せ、先輩……映画の続き見ましょう?」とカカシ先輩を促した。

「はー……」

カカシ先輩が深い溜息をつく。よくみると、先輩の顔はいつの間にか結構赤くなっていた。
先輩が座っていた所を見ると、空になったビールの缶が三本も転がっている。
いつの間にあんなに沢山飲んだのだろう。

「ナズナはあっちのオレの方が良いの?」

ぼそりと囁かれた言葉に驚いて、
「え!?何言ってるんですか先輩……」
と言うと、先輩はじっと私を見つめてきた。

酔いが回っているのか、わずかに潤んでいるカカシ先輩の瞳が見慣れなくて、どきどきしてしまう。

「ギャー!!」

いきなり背後で声がして、とびあがりそうに驚いた。
振り向くと、テンゾウが画面を見ながら、例の幽霊よりもよっぽど怖いアノ顔をしている。

「はぁ……」

項垂れているカカシ先輩の様子が気になるけれど、

「くくく……」

カカシさんが笑っている声もして。


もう、どっちをむいたらいいんだかわからない。




映画が終わる頃には、テンゾウはすっかりつぶれて意味不明な寝言をしゃべっていた。

「だからボクは……油っぽいものは……え?……クルミの油は……健康に…むにゃ…」

完全に夢の世界に入っているテンゾウにブランケットをかけてあげて、私はピザの空き箱や残ったお寿司を片付けはじめた。カカシさんはトイレにでも行ったのか姿が見えない。そして、カカシ先輩は……。

「先輩?」
「……」
「寝ちゃったんですか?」
「……ナズナ」

大きなクッションにもたれて目を瞑っていた先輩が、うっすらと目を開ける。色白の顔は相変わらず赤く染まっている。カカシ先輩はお酒に弱いのかな、と一瞬思ったけれど、カカシさんの方はそんなに酔っぱらっていないみたいだったし、そういうわけでもないのだろう。
脇におかれた缶ビールの本数はさっきよりもさらに増えている。この短時間の間に、あんなに沢山飲むなんて……今日のカカシ先輩はなぜか機嫌が悪そうだったから、お酒を飲むペースが速くなってしまったんだろうか。

「お水飲みますか?」
「いい。……ナズナ、こっちにきて」
「……?」

先輩に手招きされるまま近寄ると、「ん」と手の平を差し出してくる。なんだろう、と思いながら先輩の手に自分の手を重ねると、ぎゅっと掴まれて、あっというまに抱き寄せられていた。

「……!?せんぱ」
「さっきアイツにこうされて…どんな気分だった?」

アイツって……未来のカカシ先輩の事を言っているんだろうか。どんな気分って、ドキドキしました、としか言えないけれど。さっきはカカシさんに後ろから抱きしめられて、今度はカカシ先輩に正面から抱きしめられて、もう、何が何だかわからない。先輩の抱きしめる腕の力が強くなって、私の心臓は壊れそうなくらい大きく高鳴っている。

「あんなやつに……渡さないよ」
「カカシ先輩……?」
「オレの事は、カカシさんって呼んでくれないの?」
「え……」

酔った先輩の潤んだ瞳に、またじっと見つめられてしまい、何も言えなくなる。先輩の手が頬を包み込んだ。親指の腹で唇のかたちを確かめるように何度か撫でたかと思うと、真っ赤な先輩の顔がふいに近づいてきて、私は息を飲んだ。このままだと唇と唇が触れてしまう。

「カカシせんぱ……」

予想に反して、先輩の顔は私の頬の横を素通りした。そのままがくりと首をもたげた先輩の、顎が肩にのり、熱い息が耳をくすぐる。まだドキドキしていると、「……すー…」というあどけない寝息が聞こえてきた。うそ……。先輩寝ちゃった!?
ほっとしたような、すこし残念なような……脱力していると、がちゃりと廊下のドアが開いた。顔をそちらへ向けると、部屋に戻ってきたカカシさんが目を丸くして私を見ている。

「あら……」
「あ、あの、違うんです!先輩酔ってて!」

本人に言い訳をするのも変だな、と思いつつ、カカシ先輩に抱き締められたままの今の状況が恥ずかしくて慌てふためいてしまう。もはや完全に寝入ってしまっているカカシ先輩の体はずっしりと重たくて、腕から抜け出そうにも抜け出せない。

「んー……何て言うか。自分の姿でも、むかつくもんはむかつくね」
「え……?」

カカシさんは笑いながらこちらへ歩いてきて、いとも簡単にカカシ先輩の体を私から引き剥がした。

ぐったり床に横たわる先輩の寝顔を見ながら、まだドキドキしていると、カカシさんが低い声で「まったくナズナは隙だらけだね。ほいほい抱き締められちゃって」と言った。
私はむっとして「私を抱き締めてからかうのなんてカカシ先輩だけですよ……」と返す。

「……ふーん、ナズナはオレが、からかう目的でこんな風にしてると思ってるの?」

カカシさんはにやりと笑ったかと思うと、急に私を腕の中に抱き込んだ。

「か、カカシさんまで……」
「くくく……」
「あの……どきどきするので……やめてください」
「……。あーヤバイ、マジで手―出しちゃいそう」
「え!?」
「いや……そんなことしたら顔向けできないしな……」

カカシさんが何やらぶつぶつ言っているけれど、よく聞き取れない。ドキドキしすぎて息が苦しい、とおもっていると、ふいに、カカシさんの腕がパッと離れた。

「ごめんね……あんまり可愛いから、つい抱き締めちゃった」

カカシさんは眉を下げて、おどけたように微笑む。その時、ずきりと胸が痛んだ。

「……未来のカカシ先輩は、お付き合いされている方とか、いらっしゃるんですか」

そう質問しながらも、私はなぜか、この質問は肯定されるに違いないと予感していた。

そして、その予感はやっぱりあたっていた。

カカシさんは――未来のカカシ先輩は。突然の私の質問に、少しだけ驚いた顔をして、
それから優しく微笑んで、はっきりと答えた。

「うん。……いるよ」

もう私の胸は、誤魔化しようが無いほど苦しくなっていた。


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