カカシ先輩と雨籠 


私は今精神的に窮地に立たされている。

濃淡の違う三色の木製ブロックによってつくられたタワーが、絶妙なバランスで組み上がっている。私の番がきて、サイコロをふると、白っぽい木目が上に出た。同じ色の長方形ブロックを、タワーを崩すこと無く、慎重に抜きとって上に積まなければならない。

「うう…これ、どこを押してももう駄目そうなんですけど……」

困り果てている私と対照的に、テンゾウとカカシ先輩はニヤニヤしながら成り行きを見ている。何としても、この難局を乗り切って、二人を慌てさせたい。普段飄々としている二人の慌てる姿が見られるとしたら、このチャンスしかない……。
ここだと決めて、下の方の、三つ並んだ左端の長方形を、人差し指でつんと押した。

「ああああああああ倒れる!!」

がらがらと大きな音をたてて、なすすべも無くタワーはくずれ落ちた。

「はいナズナ、罰ゲーム!」

ニヤニヤしながらテンゾウが木箱を差し出す。しぶしぶ手を入れて、小さく畳まれた紙を取り出した。開いて中を見ると、几帳面な印象のカクカクした、見慣れた字が並んでいた。

「これテンゾウの字だ……えーと『木ノ葉マートのレジにある『森林を守ろう募金』に財布の中身を半分募金する』……はぁ!?」

テンゾウを睨むと「ナズナが引いたか」と口の端をあげて笑っている。
なんてえげつない罰ゲームなんだ。
カカシ先輩も「テンゾウ……森林大事にしすぎでしょ……」と引いている。

「……今、財布の中身これだけしか入ってないから別に良いけどさ」

財布をあけて中身を見せるとテンゾウは「少な!どういう生活してるの?」と失礼なことを言ってきた。今日はたまたまお金おろしてなかっただけなんだけど、助かった……。

カカシ先輩が手をついて立ち上がる。

「じゃー、アイス買ってくるか……」

先輩は先ほどのターンでジェンガを崩し、私が書いた罰ゲームの『全員分のアイスを買ってくる』を引いたのだった。

「あ、じゃあ私も一緒に行きます!募金しなきゃ」
「え、じゃあボクも……」

結局三人で買い物に出ることにして、ざあざあ降りの雨の中、仲良く並んで傘をさした。
部屋にいてはしゃいでいる間は気にならなかったけれど、雨の量がすごくて、川のように水が道路を流れていく。

「カカシ先輩は罰ゲームなんて書いたんですか?」

緑の傘を傾けながら、テンゾウが言った。

三人でトランプをやっていたんだけど、さすがに飽きて、何か罰ゲームでも決めましょうか、と思いつきで言ったら、二人ともなぜかノってきてくれた。各自で一つずつ罰ゲームを考えて紙に書き、テンゾウのつくった木箱に入れた。
それからジェンガを二回だけやった。私の考えた罰ゲームとテンゾウの考えた罰ゲームが引かれたので、カカシ先輩の考えた罰ゲームだけは引かれなかった事になる。

「私もカカシ先輩が何て書いたのか気になります」
隣の先輩を見上げると、
「えー?……右隣の人を一日『様』付けで呼ぶ、って書いただけだけど」
カカシ先輩が頬を掻きながら言った。
「……え、先輩、『カカシ様』って呼ばれたい願望でもあるんですか?」

テンゾウの質問に耐えきれず私は吹き出した。

「はっ!?いや、そういうわけじゃ……」
「いつでも呼びますよ先輩。あっ、カカシ様」
「じゃあ私もカカシ様って呼びます!」
「ちょっ……やめて!何も思いつかなくて書いただけだから!」

恥ずかしがるカカシ先輩が面白くて、テンゾウと二人でからかいながら、木ノ葉マートへと向かった。どしゃぶりの雨で足下に水が染みてきたけど、皆でわいわいしながら歩く道のりは何だか楽しかった。



テンゾウの部屋に上がり込んで、カカシ先輩と三人でひきこもっている。

先日梅雨入りをしてからというもの、毎日どこにこんなに隠してたんだって量の雨が天から降り注ぎ、降り注ぎ、降り注いだ。

ボロアパートの私の部屋は思いっきり雨漏りをしてしまった。あちこちが漏っていて、きちんと修理するには晴れた日にやらないとどうにもならない感じだったので、応急処置だけして、隣のテンゾウの部屋に朝から避難をしたのである。テンゾウの部屋も同じくらいボロいはずだけど、普段からちょっとでも雨漏りしたら木遁で補修していたらしく、私の部屋ほど酷い状態にならなかったらしい。晴れたらテンゾウに天井の穴を塞いで貰おう…。

今日はテンゾウも任務が休みだったらしい。大雨に降りこめられてやることもないし、私が借りてあった映画でも見ようかという話になり、一旦自分の部屋に戻って映画をとってきた。再びテンゾウの部屋に戻ると、テンゾウが窓を開けて誰かに向かって話しかけているところだった。

「カカシ先輩また窓から……今日はどうしたんですか」
「雨宿りで寄っただけだけど……あ、ナズナ来てたんだ?」
「カカシ先輩……!おはようございます」

カカシ先輩はよく、用事があっても無くてもテンゾウの家に窓から訪れるらしい。私の部屋にも先輩は窓からやってくる事があるけれど、あくまで任務の伝達がある時だけだ。……カカシ先輩に気を許されているっぽいテンゾウが、ちょっぴり羨ましい。

カカシ先輩が来るとわかっていたら、こんな部屋着ではなくちゃんとオシャレをしたのに…!ものすごく手抜きの自分の格好を見られてしまった。テンゾウの背に隠れて身なりを軽く整えていると、先輩が部屋に上がり込んできた。

「うわ、びしょ濡れじゃないですか。任務帰りですか?」

テンゾウがタオルをカカシ先輩に差し出しながら問う。

「うん。あー、寒い。コーヒー入れてくれる?」
「はいはい……」

甲斐甲斐しくテンゾウがコーヒーを入れに行く。くしゃみをするカカシ先輩が心配になって「シャワーあびますか?」と訊いてみた。テンゾウんちのシャワーを私が勧めるのは謎だけど、テンゾウの家は自分の家みたいなものだし、ずぶ濡れのカカシ先輩を放っておくわけにはいかない。

「いや、大丈夫……それより、こんな朝からテンゾウんちに来てたんだ?」
「私の部屋雨漏りが酷くなっちゃって。自分ちじゃくつろげないんで避難してきたんです」
「へぇ……」

タオルで髪を拭いながら、カカシ先輩がじっと私を見つめる。……ふとあの洞窟で雨宿りした時の事を思い出してしまって、ドキリとした。

テンゾウが湯気の立つコーヒーを淹れて戻ってきた。

「テンゾウ、私もカフェラテ飲みたい!」
「ナズナは自分で淹れなよ」
「えー、けち。まあいいか」

テンゾウの部屋には生意気にもコーヒーメーカーがある。最初は使い方がわからなかったけど、テンゾウに教えてもらって私も使えるようになった。

「あ。この映画見たかったヤツだ」

カカシ先輩が机に置いた映画のパッケージを見ながら呟く。

「雨で退屈だし、一緒に見ようかと話してたんです。カカシ先輩もどうですか?」





そんな訳で、テンゾウの部屋に三人でひきこもっているのである。一本目の映画を見て、ちょっと休憩でトランプとジェンガをやった。皆で部屋に籠もってわいわいしていると、任務の時には見れないカカシ先輩の一面も見ることが出来て何だか楽しい。

先ほどアイス以外にも、食料をいろいろ買ってきた。またテンゾウの部屋に帰ってきて一息ついて、さあ次の映画を見ようというところである。雨が酷いので窓をしめきっているのだけれど、空調が効いてきてちょっと冷えてきた。テンゾウがごそごそとクローゼットから、大判のブランケットを取り出して、それを三人で膝からかぶって、カカシ先輩、私、テンゾウの順で仲良くテレビの前に座る。映画のための雰囲気作りで、部屋の電気も消してみた。

「ホラー映画か。ナズナこういうの見るの?なんか意外だね」
「怖がりなんですけど、見たがりでして……」
「げ、ボクんちで見ないでよ……」
「まったくテンゾウは怖がりだなぁ」
「いや怖いってわけじゃ無いんだけどなぜわざわざ気味の悪い物を好き好んで見なきゃいけないのか納得がいかないってだけで大体霊なんて居るわけが無いのにこんな作り物をみても怖くなんか」
「じゃー見よう!」

回りくどくて面倒くさいテンゾウを無視して再生ボタンを押した。



「きゃあああああーーーー!!」

画面の中の女性の声と自分の声がシンクロする。

「ナズナ、悲鳴上げながらも画面から目は逸らさないんだね」
「や、あの、怖いもの見たさといいますか……」
「へぇ……」
「ヒッ!!」

視線は画面に向けたまま会話をするけど、怖くて先輩の話もろくに頭に入ってこない。序盤の山場のシーンがあまりにも怖すぎて、右隣のテンゾウの腕に抱きついた。

「ナズナ、怖いなら見なければいいだろ?」
「怖いけど面白いんだもん……って怖っ!テンゾウ、顔怖いよ!!」

ふとテンゾウの顔を見たら、ホラー映画よりよっぽど怖い顔で画面を見つめていた。その虚ろな瞳に心臓が違う意味でドキドキする。

「ナズナ、そんな怖いオバケ放っておいてこっちおいで」
「オバケってボクのことですか?」
「他に誰がいるのよ」

テンゾウのそばは安心するけど、あんな怖い顔されちゃあ安心するどころか恐怖を掻き立てられてしまう。テンゾウの腕から手を離し、カカシ先輩を振り返ると優しく笑って手招きしてくれていた。といっても、憧れのカカシ先輩に抱きつく勇気は出ないので、おずおずと先輩の後ろに隠れてみる。カカシ先輩を近くに感じてドキドキしたのは束の間の出来事で、ふっと暗転した画面に目を向けた瞬間、青白い子供の顔が画面いっぱいにアップで映し出された。

「「「……!!」」」

三人とも息を呑む。カカシ先輩の背中もビクッと小さく震えた。退屈そうに見ていても、カカシ先輩もやっぱり驚くときは驚くんだなぁ。なんか……かわいい。



「はあー、怖かった」
「テンゾウの顔がね」
「ナズナの叫び声も怖かったよ」
「カカシ先輩は平気なのかと思ってましたけど、結構驚いてましたよね?」
「もしかして先輩ビビってたんですか?」
「あれは生理的反応だから仕方ないでしょうよ……」

たくさん驚いて神経をすり減らしたので、ほっとしたらお腹が空いてきた。

「ご飯にしよう!」
「何食べたい?」
「温かくてほっとできるものがいいな」
「賛成」
「さっき買い物してきたし食材は一通りあるけど……」
「あまり手間がかからないものがいい」
「じゃあポトフはどうですか?」
「いいね」

三人でキッチンに立って準備に取り掛かる。テンゾウが鍋に湯を沸かしている間に冷蔵庫から必要な野菜を取り出すことにした。

「キャベツとにんじんとウインナーと、それから……」
「冷凍してた鶏もも肉もあるよ」
「テンゾウナイス!」
「じゃあオレが出すよ」

冷凍庫を開けたカカシ先輩の動きが止まって、静かに扉を閉めた。

「先輩?どうかしましたか?」
「見てはいけないものを見てしまった……」
「え!何があるんですか、気になる!」
「そんな可笑しなもの入れてないはずだけど……」

ぼやくテンゾウを無視して冷凍庫を覗きこむと、さっき買ってきた三人分のアイスの下に、某高級アイスの黒ごま胡桃味が綺麗に整頓されて冷凍庫の半分を占拠しているのが目に飛び込んできた。きちんと整頓されているあたりがテンゾウらしい。

「はあ……またこんなに溜め込んで」
「ナズナは驚かないの?」
「クルミ味のアイスを蓄えておくのはテンゾウの習性です」
「習性……」
「こっちの棚にも、色んなクルミが大量に保管されているんですよ」

食器棚を空けるとその一角がクルミ置き場になっていて、砕いたクルミやらまるごと入ったクルミやらペースト状のクルミやらが大量に並んでいる。それを見たカカシ先輩はドン引きしていた。

「前から思ってたけどテンゾウお前……変態だね」
「二人ともボクのことはもういいから!さっさと作るよ!」
「はーい」



「手分けして切ろうか」
「でもまな板一つしかないですよ?」
「そういう時のテンゾウでしょ」
「なるほど!」
「あんたらボクをなんだと思ってるんですか」
「ま、そう言わず頼むよ、テンゾウ」
「よろしくテンゾウ」
「はいはい……木遁!」

テンゾウはやれやれと溜め息を吐いて手を合わせた。あっという間に木製のまな板の出来上がりだ。

「木遁って便利だよね」
「一番使い勝手いいよね」
「どうみても無駄使いさせられてるよねコレ?」



キャベツを切り終えた私は玉ねぎと格闘していた。
「うう……目が痛い」

目の奥がツーンとして涙がぼろぼろと止まらない。

「ナズナ、代わろうか?」
「だいじょうぶです…グス」
「先輩ナズナのこと泣かさないでくださいよ」
「泣かしてないよ」
「グス……うう……」
「ナズナは泣き顔もかわいいね」
「へ?」

私にしか聞こえない声でぼそりとカカシ先輩が言った。手を止めて見上げると、先輩がにっこりと笑っていた。……聞き間違えじゃなかったんだろうか。顔がぼうっと熱くなる。

「……こんな時までからかわないでください」
「からかってないって」

先輩は話している間も手際よく野菜を切り分けていく。仕事が出来る人は料理も出来るって言うけど……やっぱりカカシ先輩は普段から台所に立っているんだろうなぁ。


沸騰したお湯の中にそれぞれが切った野菜と鶏肉とローリエを加えて弱火で20分ほど煮ていく。あとはアクを取って調味料で味を調えるだけなので私一人でいいですよと言ったのだけど、カカシ先輩はキッチンに残って洗い物を手伝ってくれた。こうして二人でキッチンに立つと新婚みたいだな……なんて、私ってば何考えてるんだ。沸いてるのは鍋ではなく私の頭かもしれない。

粒マスタードが無いと騒ぎ出したテンゾウに、別になくてもいいよと私もカカシ先輩も言ったのだけれど、粒マスタードの無いポトフはポトフでは無いと言い切って、テンゾウは雨の中飛び出していった。テンゾウが帰ってくるまでにはできあがるだろうか。

「ナズナのポトフはカブ入れるんだね」
「え、先輩は入れないんですか?」
「オレは代わりにジャガイモを入れてる」
「それも美味しそうですね!」
「家によって入れる食材微妙に違うから面白いよね」
「私とテンゾウは昔からお互いの部屋行き来したり一緒にご飯作ったりしてたんで、同じことが多いです」
「……じゃあオレとナズナが一緒に暮らしたら同じになるかな」

私と先輩が一緒に暮らす!?それってどういう意味ですか!?と困惑していたら鍋の淵に手が当たって、あまりの熱さに手を引っ込めた。

「熱っ!」
「ナズナ!」

痛む指をみて呆然としていると、先輩にぐいっと手首を掴まれて、シンクの前へ連れて行かれた。カカシ先輩がレバーをあげて、水道水が勢いよく流れ出す。赤くなった患部に水があたって、指先が冷えていった。

「本当にお前は、危なっかしくて放っておけないよ」
「すみません……」
「そのまま冷やしてな」

先輩は鍋の火を弱めてから、あたりをぱっと見回してビニール袋を見つけると、冷凍庫をあけた。

「良かった氷あって…」

先輩が氷嚢をつくってくれている間、情けなくて口をつぐむ。

「ちょっと見せてみて」

カカシ先輩は私の手を取ると、指をじっと見つめて、ほうと息をついた。

「……あんまり酷い火傷じゃなさそうで良かった」
「すみません……」
「鍋はオレが見てるから、これで冷やして、そっちで休んでなさい」
「はい……」

しょんぼりしていると、カカシ先輩に頭を撫でられた。

「……!」
「オレもびっくりさせてごめん」

先輩が申し訳なさそうな顔をしている。そうだ、カカシ先輩は私と一緒に暮らしたら、ポトフの具が一緒になるとか…言ったんだっけ。それに深い意味なんてきっと無いのに、動揺してしまった私がドジなだけなんだ……。カカシ先輩に複雑な表情をさせてしまっている事が申し訳なくて、「あの…カブもじゃがいももどっちも入れれば、きっともっと美味しいですよね」と咄嗟にポトフの話題に戻した。カカシ先輩は不意を突かれたように目を丸くして、それから「そうだね…」とくすくす笑った。

「ただいま戻りました〜。あれ、二人とも突っ立ってどうしたんですか?」
「おかえりテンゾウ。マスタードあった?」
「ばっちりあったよ。ん?まさかナズナまた火傷したの?」
「またって……?」
「て、テンゾウ余計なことはいいから」
「ほんとナズナはドジだなあ。火傷するわ手は切るわ…」

お菓子作りは得意でも、料理はいまいち上達しないね…とテンゾウが呆れ声で言う。私が不器用だって事を、カカシ先輩の前で言わなくたっていいじゃないか…!「薬とってきます」と言ってテンゾウがキッチンから出て行く。



「包丁持つ手がたどたどしいとは思ってたけど…よく怪我してるの?」

カカシ先輩に呆れ混じりの声で言われて、恥ずかしくて俯く。下手なのバレてた…!

「前も火傷したって……本当によくテンゾウと料理つくってるんだね」
「あはは…なのになかなか上達しないんですよね…」

ポトフだったら切って煮るだけだから、カカシ先輩の前で失敗しないだろうと思ったのに……。

「オレが料理教えてあげようか?」
「えっ!?」
「オレも特別上手いって訳じゃないけど……野菜の切り方ぐらいならわかってると思うし」

確かに先ほどのカカシ先輩の包丁さばきはすごく上手だった。

「ぜひ、教えて欲しいです……」
「じゃ、今度オレの家に来なよ」
「えっ、カカシ先輩の家に行っていいんですか……!?」

驚いて顔を見上げると、カカシ先輩は目を細めて「ナズナがよければ」と微笑んだ。
顔が熱くなるのはどうしてだろう。

「薬あったよー」
「ありがとテンゾウ」

戻ってきたテンゾウは、見つめ合う私とカカシ先輩をみて、一瞬不思議そうな顔をした。
キッチンには良く煮えたポトフの良い匂いが漂っている。今度つくるときはじゃがいもも入れてみよう、と思った。



それから出来立てのポトフを三人で食べた。沢山作ったから夜にも食べられそうだし、夜はもっと味が染みて美味しくなっていそう。

「そういえば雨漏りでさ、私の布団駄目になっちゃったんだよね…今日泊まってってもいい?」

どうにか部屋の無事なスペースに布団を干してきたから、明日からはたぶん、自分の部屋で寝られそうだけど……今はまだ湿っている事だろう。ウインナーを囓りながらテンゾウに聞くと、テンゾウは「いいよ。泊まってけば」と言ってくれた。ほっとしていると、隣でカカシ先輩が「ちょっと待て」と急に低い声を出した。任務の時でしか聞かないような不機嫌な声に驚いて、先輩の顔を伺う。

「ナズナここに泊まってくの?」
「え……はい」
「テンゾウんちに泊まるのは良くあることなんだ?」
「いや、良くはないですけど。一緒に映画とかみてて寝ちゃった時とか、くらいですかね?」
「……」

カカシ先輩、なんか怒ってる?どうしたんだろう……。

「あの、カカシ先輩。もちろん布団は別々ですよ?」

テンゾウが助け舟を出してくれた。まさかテンゾウと一緒に寝てると思われたのかな。それは嫌だ!でも、私とテンゾウが一緒に寝てたとして何故カカシ先輩が怒るのか……。

「いやいや、そういう問題じゃ無いでしょうよ!お前ら付き合って無いんじゃなかったの?」
「「付き合って無いです!」」

カカシ先輩の剣幕に二人で震えながら答えると、先輩は深ーい溜息をついた。

「あ、そ……お前らって不思議な関係だよね…」

何となくちょっと寂しそうにカカシ先輩が言う。テンゾウも同じ事を思ったのか、「カカシ先輩も泊まっていきます?」と言った。

「ちょ、テンゾウ…!」
私が止めようとするより先に、カカシ先輩は目を丸くして「いいの…?」と言う。
え、先輩本当に寂しかったのかな。皆でお泊まりしたかったから拗ねてたんだろうか。だとしたら…かわいすぎるけれど。

「この雨だし、カカシ先輩帰るの大変ですもんね」

テンゾウの言うとおりで、雨はまだザアザアと降っており、時々雨脚が強くなっては窓ガラスを打ち付けていた。さっき見たニュースでは、夜になるにつれてもっと酷く降るらしい。

「……そんなに布団余ってるの、お前んち」
「何でも3組はストックしておく派なので、ばっちりありますよ」

胸を張っていうテンゾウに、カカシ先輩はまた呆れたような目を向けて、
「じゃあ、オレも泊まらせて貰おうかな…」と何だか疲れた様子で言った。


夕飯の後、私は着替えを取りに一度部屋に帰った。雨と風は予報通り、かなり激しくなっている。この雨の中、カカシ先輩帰ることにならなくて良かったな、と思いながら着替えを持ってテンゾウの部屋へと戻った。
それにしても、今晩はカカシ先輩と同じ部屋で寝るってことか……。改めて考えると、妙に意識してしまう……。任務で3人そろって雑魚寝なんて事は、今までにもあったはずなのに。

交代でシャワーを浴びて私はパジャマに、カカシ先輩とテンゾウはTシャツに着替えた。カカシ先輩のラフな格好が珍しくてじーっと見てしまう。流石先輩、どんな格好でもカッコいい!この時ばかりは雨とテンゾウに感謝した。

私のパジャマ姿を見たカカシ先輩は一瞬目を見開いて固まったあと、ふいと目を逸らした。
その反応は一体……どういう意味だろう、とショックを受ける。

「あはは、子供っぽすぎますかね…」

お気に入りのパジャマだったんだけどな……。

「いや、似合ってるよ」

カカシ先輩が呟くように言うけれど、相変わらずあさっての方向を見ている。

「先輩…嘘が下手ですね」
「……何で嘘だと思うの」
「だって目もあわせてくれないじゃないですか…そんなに見苦しいですか!?」

半泣きになりながら訴えると、カカシ先輩は慌てた様子で、やっとこっちを見てくれた。その顔が真っ赤になっていて驚く。

「違うよ。見苦しいわけないだろ」
「じゃ、何で……」
「かわいいから、直視できないんだよ……」
「へ!?」

先輩はまた目を逸らして、「歯、磨いてくる」と去って行ってしまった。
私は暫く呆然としてしまった。
いつもの余裕たっぷりな先輩とは違っていて、からかわれているってわけじゃなさそうで……。
ものすごくほっぺが熱くなって、自分の顔を覆っていると、布団を出しているテンゾウに「ぼーっとしてないで手伝って!」と怒られた。




「ナズナベッドで寝る?」とテンゾウが気を遣ってくれたけれど、「家主様はベッドをお使いください」と固辞した。少し考えてから、テンゾウの言うとおりベッドで寝させて貰えば良かったと気づく。気づいたときにはもう遅かったけど。テンゾウがベッドで寝ると言うことは、床に二組敷いた布団には、私とカカシ先輩が寝ることになるって訳だ。……カカシ先輩と並んで寝るなんて、心臓がおかしくなりそう。

カカシ先輩は隣に壁がないと落ち着かないらしく、私が真ん中で寝る事になった。ごろんと横になって右隣を見るとカカシ先輩が同じように横になっていて、なんだか落ち着かない。任務で泊まりになって、部屋が一つしかとれない事もあったけれど、大体いつも疲れ切っていてすぐ寝てしまっていたから、気にしていなかったのだと思う。
今日はまだまだ元気だし……最近カカシ先輩と仲良くしていただいている事もあって……隣で眠ることに妙に意識をしてしまっている自分がいた。ふいに先輩がこっちを向いて微笑んだ。

「おやすみ、ナズナ」
「おやすみなさい……」

先輩の笑顔も声色も、とても優しくて。胸が掴まれたみたいにぎゅっとした。

「じゃあ電気消すよ」

テンゾウが電気を消して真っ暗になる。徐々に目が慣れてきて天井にぶら下がる蛍光灯の形をはっきりと捉えることができた。暫くして左隣からぐうぐうと聞こえてきた寝息に思わず耳を塞ぎたくなる。

テンゾウ寝付くの早っ!しかも今日は一段と寝息がうるさい。

テンゾウから逃げるように右側を向くと、カカシ先輩の背中がぼんやりと見えた。先輩はもう寝てしまっただろうか。このうるさい中ピクリとも動かないから、もう寝てしまったのかもしれない。

瞼を閉じて思い出すのは今日の出来事で、カカシ先輩とテンゾウとトランプをしてジェンガをして、映画をみて、ポトフを作って……本当に楽しい一日だった。

『今度オレの家に来なよ』

先輩の言葉を思い出してまた顔が熱くなるのを感じながら、意識は夢の中へと落ちていった。





まどろみながら、目の前にある大きな背中に額を重ねてぴったりと身を寄せた。とても温かくて心地よくて……私はあのお祭りの時、カカシ先輩に抱き締められた時のことを思い出していた。大好きな、先輩の香り。こんな夢が見られるなんて…幸せだ…。

まさかそれが夢での出来事ではないだなんて。
この時の私は、知る由もなかった。

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