カカシ先輩と風船 


カラン、コロン、と下駄が石畳にあたる度に軽快な音が鳴る。いつもよりおぼつかない足取りだけど、隣を歩くカカシ先輩を見失わないでいられるのは、先輩が私の歩くペースに合わせてくれているからなのだろう。鳥居をくぐると、両脇に赤い灯篭が立ち並ぶ、長い石段が続いている。

「はい、手」
「えっ……」

石段の前で、カカシ先輩に手を差し出された。まじまじと見つめて戸惑う。

「恋人同士なんだから」
「は、はい……!」

カカシ先輩の手にそっと触れた途端、強く握られる。意外に温かい大きな手。顔が熱くなって、お面をしていて本当に良かったと思った。先輩と手を繋ぐのは初めてじゃないのに、慣れることが無いし、一生慣れるはずも無い。

手を取られながら一歩一歩、ゆっくりと石段を上りきると、そこは幻想的な灯りで満ちていた。赤と白の提灯が通りを明るく照らし、夜の闇を消し去っている。がやがやと、多くの人で賑わう縁日の夜。美しさに目を瞠った。

黄色やオレンジや桃色の、カラフルな屋台がずらりと並んでいる。りんごあめ、と大きく書かれた幟に気をとられていると、「あとで買ってあげるよ」とカカシ先輩に笑われてしまった。恥ずかしくて、団扇で顔を扇ぐけれど、兎面をつけているので、あんまり涼しくならない。隣を歩くカカシ先輩も、いつもの、狐にも狗にも見える暗部面をつけている。唯一いつもと違うのは、二人とも浴衣を着ているという事だった。

ちらりとカカシ先輩を盗み見る。藍色の浴衣からすらりと伸びる細くて長い脚、袂から覗く男性特有の骨ばった鎖骨に喉仏、どこを見ても色っぽくて、どきどきしてしまう。今日の先輩は、いつもの口布を着けていない。横から見ると、面の隙間から素顔が見えそうで見えなくて、気になってしまう。

先輩がふとこちらをみて、面の向こうの瞳と目が合ってしまった。

「浴衣、似合ってるね」

先輩の目が優しく細められる。

恋人同士の、ふりをしているだけだ。先輩は演技の延長で私を褒める言葉を口にしたにすぎない。真に受けるのは滑稽なのに、例え嘘でも嬉しくて、息が止まりそうになる。

「ありがとうございます……カカシ先輩も素敵です」
「こら、呼び方も変えないと」
「あ!……えっと。カカシさん……?」

小声で呼んでみたら、先輩は一瞬黙って、くくく、と小さく笑った。

「カカシって呼んじゃ意味ないでしょうよ」

そりゃそうだ……!『呼び方を変える』の意味を、完全に誤解していた自分が馬鹿すぎて恥ずかしい。

「すみませ……わっ!」
いきなり頭を撫でられて、びっくりした。
「ま、可愛いからそれでもいいや」

それが全部“フリ”だとわかっていても、ドキドキしすぎて死んでしまいそう……。今夜カカシ先輩に暗殺されるのは私なのでは……?

――そもそもの始まりは、昨晩にさかのぼる。




カカシ先輩にいただいた小鳥の絵柄のマグカップに、大好きなミルクココアをたっぷり入れた。私はほっと一息、就寝前の時間をすごしていた。

先輩にいただいたマグカップを、初めは使うのが勿体無くて、観賞用として飾っていた。けれどやっぱり使わない方が勿体無いような気がして、昨晩から思い切って、こうして使い始めたのだ。ココアの味は以前となんら変わらないはずなのに、このカップで飲むと、数段美味しく感じるから不思議だ。

小鳥と花の模様を見つめながら、あの日、カカシ先輩と手を繋いで歩いた事を思い出す。思い出すだけで幸せな、夢みたいな一日だった。でも、このカップに触れていると、あれは夢じゃなかったんだと実感することが出来る。

ココアを飲んだらもう寝ようと思っていると、コンコンと窓を軽く叩く音がした。次の任務を知らせる忍鳥だろうか?
窓辺に近寄った私は、驚いて悲鳴をあげそうになった。

「カカシ先輩……!?」
「よ!ナズナ。夜分遅くに悪いね」

月夜に照らされる銀の髪。左右で色の違う両目が、涼やかな笑みを湛える。窓の外に立つのは憧れの、カカシ先輩その人だった。

「こんばんは。次の任務ですか……?」
「そ。急に明日の夜に決まってね……随分甘そうなの飲んでるな」

カカシ先輩の視線が、私の持つマグカップに注がれる。熱々のココアの中で白いマシュマロが浮かんでいた。
「この間は本当にありがとうございました。このカップ、大事に使わせて頂いてます!」
カカシ先輩は「そりゃ良かった」と優しく微笑んだ。その微笑みに、マシュマロではなく私が溶かされてしまいそうだ。

「先輩、中に入って下さい。何か飲み物を用意しますから」
「いや、ここでいいよ」

こんな時間に女の子の部屋に入るわけにはいかないしね、とカカシ先輩は窓辺に腰かけた。紳士的な態度に胸がきゅんとなる。

「明日の任務だけど」と先輩が話を切り出して、その場の空気がピリッと張り詰めたものに変わる。自然と顔は引き締まり背筋を伸ばしていた。

「先日、秘術の書かれた巻物が何者かに持ち出されたのは知ってるよね」
「はい。他班が捜索にあたっていると聞きました」
「明日、木ノ葉神社で行われる大祭で、巻物を持ち出した人物が、他里の忍と取引を行うらしいと情報が入った」
「それは大事ですね……」

毎年この時期に、木ノ葉神社ではかなり規模の大きいお祭りが催される。神輿が出て、通りには屋台が並び、里外からも人が大勢集まる賑やかな行事だ。その賑やかさに乗じて、裏では問題が多発する。毎年暗部からも何班か警備に回るのだが、今年は他の班が担当すると聞いていた。カカシ先輩の口ぶりからすると、どうやら状況が変わったらしい。

「急だけど、オレ達も警備に回ることになった」
「わかりました」
「任務の目的は巻物が他国に渡るのを阻止すること。持ち出した人物および取引相手の捕獲だ」
「はい」
「テンゾウの班には、神社全体の警備に回ってもらう」
「カカシ先輩と私は?」
「オレとナズナは、祭りに来た恋人に扮して、潜入警備をすることになった」
「え……」
恋人、という言葉に動揺している私に構わず、
「ナズナの浴衣姿楽しみにしてるよ。よろしくね」
と、カカシ先輩はにっこり笑って、来た時と同じようにまた、窓から帰っていってしまった。





――この様な経緯があって、現在に至る。

任務で恋人のフリをしているだけとはいえ、カカシ先輩と浴衣でお祭りに来るなんて、夢みたいだ。周りにはたくさんの人がいて、とても賑やかなのに、意識は繋いだ手にばかり集中してしまう。暗闇に灯る提灯が幻想的にゆらめいて、世界に私とカカシ先輩だけが取り残されたみたいな、不思議な感覚になる。お祭り独特の、日常からかけ離れた雰囲気に浮かされて、本当の目的を忘れてしまいそうだ。

進行方向とは逆からきた人とすれ違い様に肩がぶつかってよろめいてしまう。カカシ先輩が繋いだ手を引いてくださったおかげでなんとか踏みとどまった。
「大丈夫?」
「は、はい。ありがとうございます」
「気をつけて」
カカシ先輩が面の向こうで笑ったような気がした。それを確認することは叶わぬまま再び人混みの中を歩き出す。繋いだ手はさっきよりも力強く握られていて、カカシ先輩を見るとなんでもないことのように前を向いていた。私がこんな風に優しくして貰えているのは恋人同士を演じているからだけど、カカシ先輩の本当の彼女だったらいつもこんな風に優しくして貰えるんだろうか。先輩の彼女になる人が羨ましい……。
そんなどうしようもないことを考えて首を振る。いけないいけない!今は任務中なんだから周囲に怪しい人物がいないかどうか気を配らなきゃ。どこかでテンゾウ達も見ているはずだ。私も、自分の仕事をきっちりこなさないと。

カカシ先輩に手を引かれながら、面の下で視線を動かす。普段は、暗部の面をつけて街中を歩けば目立ってしょうがないけれど、今夜のお祭りでは、面を売る屋台も沢山出ているから、狐や兎といった動物を模した面をつけているのは、私たちだけでは無かった。こうして暗部面をつけて、堂々と歩けるのが何だか不思議で、非日常的な気分が高まる。

屋台の並ぶ賑やかな参道をいつの間にか抜けて、人通りのない神社の裏手にまでやって来ていた。表通りにくらべて明かりも少なく、木々が風に揺れて、ざわざわと音をたてる他は、誰の声もせず、随分と静かだ。

「戻りますか?」と言いかけたら、突然カカシ先輩に抱きしめられた。何が起こったのかわからなくて、身動き一つとれない私に、先輩が耳元で「このままじっとして」と囁いた。小さく頷くと、カカシ先輩は「いい子」とまた甘く囁いて、私の頭を撫でた。密着した体から伝わってしまいそうなくらい、私の心臓は大きく音を立てている。これ以上くっついていたら、どうにかなってしまいそうだ。

距離を取ろうと顔を上げると、カカシ先輩の視線がある一点に向いていることに気付いた。その視線をたどって目を凝らして見ると、暗闇の中に一つの人影を見つけた。こんなところに一人で、しかもやたらと周りを気にしている。まさかと思いカカシ先輩を見ると、先輩は私を見て頷いた。

「怪しいと思ってつけてみたが正解だったみたいだ」

カカシ先輩は表通りにいた時から、この怪しい人物に目をつけて此処まで追って来たらしい。ぼんやりと先輩についてきていた自分は何て間抜けだったんだろう。

「まだ確証はないけど、祭り中にこんな人気のないところにいる奴なんて、……人目を忍んで逢瀬を楽しむ恋人達か、人目についちゃまずい取引がある悪人か、どちらかだろうね」

私とカカシ先輩はそのどちらにも当てはまらないのでは、と思ったけれど、今はあくまで恋人のフリをしているのだから、前者に含まれるのかな、とぼんやり思った。

「……捕えますか?」
「奴が巻物を持っているか定かではないし、できれば取引相手も確保したい」

テンゾウ達には、カカシ先輩がここに来るまでに合図を送っておいたらしい。流石先輩、仕事が早い。取引相手が来るまで様子を見ることになったけれど、それまでこのまま抱きしめられ続けるんだろうか。カカシ先輩は放してくれる様子はなさそうだ。……カモフラージュのためだとわかっていても、心臓がもたないから、早く取引相手に現れてもらわないと困る。

そんな私の期待に応えてか、そう時間をおかずに、取引相手と思われる男が現れた。息を殺して彼らの様子を窺う。彼らは辺りを警戒しながら一言二言会話をして、一人が懐から巻物を取り出した。これはどうやら当たりのようだ。

「行くぞ」
「はい!」

カカシ先輩が飛び出して行くのと同時に、私は素早く印を結んで周囲に結界を張った。これでもう奴らは逃げられない。

「その面、木の葉の暗部か!?」
「ちっ……!」

巻物を所持していた方が、カカシ先輩に向かって駆け出し、もう一方の取引相手は私に向かって走りながら手裏剣を放つ。近くにあった木を盾にして身を隠すと裏側に手裏剣の刺さる音がした。浴衣の裾を膝上までたくし上げてまとめると、太ももに着けていたホルスターからクナイを取り出し、相手に向かって飛び出した。

霧隠れの額あてをした男が大きく跳躍して短刀を振りかざす。それをクナイで受け止めて一度距離をおくと、すぐさま敵のクナイが飛んでくる。跳躍して避け、木に飛び移ると、起爆札が仕掛けられていた。これが狙いか!爆発する直前、空中でなんとか体勢を立て直し、直撃を免れた。

爆煙があたりに立ちこめる。男は完全に私の居場所を見失ったはず。ならば今度はこっちから仕掛ける番だ。

煙幕の中、木の上で影が動いたのを見逃さなかった。すかさずクナイを投げると弾き返される。そこか。男の居場所に手裏剣をいくつか投げた。男が手裏剣を叩き落としている間に後ろへ回り込み、後頭部めがけて蹴りを繰り出す。男はハッとした様子で振り返り、顔の前で腕を交錯してガードした。そのまま飛び上がって何発か蹴りを入れるがことごとくガードされる。

「くっ…」
「甘い!」

足首を掴まれ空中に投げ出された。男が短刀を振りかざす。今の私は手に何も持っておらず、完全にノーガードだ。ホルスターからクナイを出しても間に合わない。一瞬でそう思った私は、咄嗟に頭にさしていた簪(かんざし)を抜き取り男の腕に向かって投げつけた。こちらがそういう反撃に出るとは思っていなかったらしく、男の反応は遅れて、簪の鋭い切っ先が腕に突き刺さる。呻き声をあげて、男の動きが一瞬止まった。

「くそ……ふざけやがって」
「お前がな」

男の後ろでカカシ先輩が低い声を出す。先輩は瞬く間に、一撃で男を気絶させた。後で尋問部隊が話を聞く予定だから、殺してはいないはずだ。私がこの男を相手にしている間に、カカシ先輩はもう一人を捕らえ終えてしまったらしい。視界の端で、気を失って縛られている男の姿が見える。

「カカシ先輩ありがとうございます。助かりました」
「怪我は?」
「大丈夫です」

結界を解いて乱れた息を整える。私とは対照的に、先輩は息一つ乱れていない。でも、髪が少し無造作に乱れて、浴衣の袂が大きく開いている。目のやり場に困って慌てて視線を逸らした。それに気づいた先輩が「ああ、ごめん」とはだけた藍染めの浴衣を整える。

そういう私も自分の浴衣の裾を大きく捲っている事を思い出して、慌てて元に戻した。白地に水色のよろけ縞と、赤い金魚が描かれた浴衣。結んだせいで皺になってしまった。引っ張ってみるけれど、伸びそうもないので諦める。どうしようもないか、と溜息をつきながら、髪を手櫛で整えた。敵に投げつけたあの簪はもう使い物にはならないだろう。結構気に入っていただけに残念だ。

「先輩、ナズナ、無事ですか?」

暗部装束を着たテンゾウと、その部下であるキキ、モク、シンが順に降り立った。

「随分遅かったな」
「すみません。ここから少し離れたところで、怪しい霧隠れの忍びを何名か見つけまして。そちらを捕えていました」
「取引相手の仲間だろうね」
「巻物は?」
「この通り無事だ」
「流石先輩ですね」
「ナズナも頑張ってくれたから」
「私は全然ですよ!最後も先輩に助けていただきましたし」
顔の前でぶんぶん手を振るとその手をカカシ先輩に掴まれた。
「え?」
「オレとナズナはこの後特別任務があるから、お前ら後宜しく」

特別任務ってなんですか!?私聞いてません!!目を丸くする私に構わず、先輩はにこりと笑って、巻物をテンゾウに託した。
カカシ先輩に手を引かれて、賑わう祭りの方へと連れて行かれる。








「まだ何か、怪しい動きがあるんでしょうか」
今度こそ怪しいヤツを見逃さないようにしようと、屋台の間を行き交う人々に目をこらす。
「いや、オレたちの任務はもう終わりだよ」
「え?でも特別任務って……」
「任務ってのは、出任せで」
「出任せ!?」
「せっかく可愛い格好してるんだから、お祭り楽しんでかない?」
「え……」

カカシ先輩が、私の面を斜めにずらす。顔が赤くなっているのがばれてしまう、と思って慌てて俯いた。カカシ先輩も面をずらして、頭に斜めにかけたので、覆面をしていない素顔が見えて、ドキドキしながら先輩と目を合わせる。形の良い唇が、にっと笑みを浮かべている。やっぱりすごく、かっこいい。カカシ先輩の顔が見られて嬉しいような、誰にも見せずに面をしていてほしいような、複雑な気持ちだ。

「デートしようよ、ナズナ」

甘やかな声で、先輩が言う。真意はわからないけれど、頷く以外の選択肢は無い。

可愛い格好、と先輩は言ってくれたけれど、浴衣の裾は皺が残ってしまったし、まとめ髪に挿していた簪も無くなってしまった。もう恋人同士のふりをする必要は無いのに、相変わらず手を繋いだまま、先輩と並んでゆっくり人混みの中を歩いた。

「あったあった。良かった」

何を見つけたんだろう?と不思議に思いながら、先輩に手をひかれて、青いテントの下をのぞく。怪しげな骨董品が置かれる中に、いくつかの簪が並んでいる。

「これなんかいいんじゃない?」

先輩が手に取ったのは、桃色の花飾りがあしらわれた紅い簪で、私には少し派手なんじゃ無いかと思ったけれど、先輩は私の髪にあててみて、「うん、やっぱり似合う」と優しく微笑んだ。

「どうかな」
「はい。可愛いと思いますけど……」

こういう祭で売っている物って、少し高値がつけられていたりする。簪の値札をみようとすると、先輩はひょいと私の前から、それをとりあげて、「これください」と店主に言って、速やかにお金を渡してしまった。

「いくらですか?」
「プレゼントの値段聞くなんて野暮な事しないの」
「プレゼントって……」
「はい。つけてあげる」

先輩の手が優しく私の髪に触れる。ドギマギしながら、「カカシ先輩は私を甘やかしすぎです……」とぼやくけれど、先輩はにこにこと笑うばかりだ。この前のデートでも思ったけど、ただの後輩に、どうしてこんなに優しくしてくれるんだろう。

「ありがとうございます……」
「次は何しようか。腹も減ったし、何か食べる?」

丁度良く焼きそばの屋台が目について、ぱたぱたと駆け寄った。「焼きそば二人前!」おじさんに声をかけると、すでにプラスチックの容器に入れられていた小さめサイズの焼きそばを二つ差し出された。急いでお金を渡して受け取る。

「あはは、そんなに焦らなくても……」
追いついたカカシ先輩に、焼きそばを差し出した。
「簪よりは全然安いと思うんですが、どうぞ」
「ありがと。でも、オレがナズナに付けてほしくて勝手に買ったんだから、そんなに恐縮しないでよ」
先輩は困ったように笑うけれど、お気に入りの簪が駄目になってしまい、落ち込みが顔に出ていた私に、先輩が気を遣ってくれたのは間違い無かった。本当に、優しすぎる人だと思う。

屋台の横のスペースで、先輩と並んで焼きそばを食べた。お祭りと言えばやっぱりこれだなぁ。青のりと紅生姜の風味が口の中に広がる。
「美味しいですね」
「そうだね」
少し前までは、カカシ先輩は遙か雲の上の、ほとんど話したことも無い憧れの存在だった。それが一緒に任務につかせてもらうようになって、テンゾウのおかげもあって先輩とお話する機会も増えて……この間は休日にデートをしてもらって、今夜も、任務ついでとはいえ一緒にお祭りを楽しんでいる。なんだか、信じられないほど贅沢だ。

「そういえば林檎飴も買わないとね」
「そ、それは帰り道で良いです。林檎飴、お土産にいいなと思っていただけなので……」
「お土産?誰かにあげるの?」
「えと……自分へのお土産です……」

自分にお土産って子どもっぽいかな、と、恥ずかしくなって俯くと、先輩にくすくす笑われた。

「だって……家で林檎飴食べてると、お祭りの楽しかったことを思い出せて、二度楽しいと言いますか、」
「本当可愛いよね、ナズナは」
「……!」

先輩は絶対に私をからかっている。そうわかっていても、いちいち赤くなってしまうのは、仕方の無いことだと思う。
ふと、クスクスと笑う先輩の細められた目から覗く左目に、提灯の灯りが映っていることに気付いた。

「カカシ先輩の写輪眼、林檎飴みたいにキラキラしていて綺麗ですね」
「……ナズナ」
「はい?」
「想像したら怖いんだけど……」
先輩の言葉の意味を理解して、屋台に写輪眼が並んでいるのを想像したらゾッとした。
「あのっ……そういう意味ではなくてですね!」
「わかってるよ。この眼をそんな風に言ってもらえたのは初めてだから嬉しいよ。ありがとう」
カカシ先輩は笑いながら頭をぽんぽんと軽く叩いた。


「あれ?カカシじゃない」
金魚すくいの屋台の前で、綺麗な女の人に声を掛けられた。
「紅か。まさか一人?」
「一人でくるわけないでしょ」
ウェーブのかかった黒髪と、紅い瞳が印象的な美人だ。群青色の浴衣は蝶が舞う柄で、すごく似合っている。カカシ先輩の、お知り合いかな?
「随分、可愛い子を連れているわね」
妖しく微笑まれてたじろぐ。もしかして、この人もカカシ先輩の事を……?先日の、暗部の先輩を思い出してドキリとした。

「オレの可愛い後輩なんだから、いじめないでよ?」
「いじめたりなんかしないわよ、人聞きの悪い」
「お前は男も女も、気に入ったヤツを虐めるからな……」

親しげに紅さんと話すカカシ先輩を見ていると、何故か少し、胸が痛くなった。

「私は夕日紅。カカシの同期よ。あなたは?」
「あ、私は……カカシ先輩の暗部の後輩で、ナズナといいます」

自分から名乗らず先輩に名乗らせるなんて、失礼にも程がある。恐縮しながら挨拶すると、紅さんは「ナズナちゃん。可愛い名前ね」と微笑んだ。美人の微笑みにカカシ先輩とは別の意味でドキドキする。

「おーい紅。誰か見つけたのか?」
「お、カカシか」

人ごみの向こうから、男の人が二人現れた。大柄な髭を生やした方と、おかっぱ頭が特徴的な方。二人ともやはり浴衣を着ている。紅さんと同じ、カカシ先輩の同期の方なのだろうか。

「ははあ、祭りに誘って断ったのは、この子と来たかったからか」
髭の方がカカシ先輩を腕で小突く。
「あの、カカシ先輩と私は暗部の任務でここにいただけでして!」
誤解をされては、カカシ先輩にご迷惑をかけてしまう。私は慌てて説明した。
「ふふふ、任務で手を繋いでいるの?あなたたち」
紅さんに言われて、はっと気づいて慌ててカカシ先輩の手を離す。
「ナズナは純粋なんだから、からかわないでよ……」
カカシ先輩が溜息交じりにそう言った。
「……で、ガイ。さっきからお前は何で固まってるわけ?」
カカシ先輩が、ガイさんと呼んだ方は、なぜか私の方を見て固まっていた。
どうしたんだろうと首を傾げると、ぼとり、とガイさんの両手から、たこやきの入ったパックが落ちる。

「落ちましたよ」

慌てて拾い、ガイさんに向かって差し出すが反応がない。目を見開いたまま固まっているガイさん。一体どうしたんだろう。
「……なんて、可憐なんだ!」
「え……?」
「失礼しました。私はマイト・ガイ。木の葉の気高き碧い猛獣と呼ばれる男です」
「は、はい……」
「お嬢さん、あなたのお名前を伺ってもよろしいですか?」
「お嬢さんって……」
カカシ先輩が後ろで、呆気にとられたような声を出す。
「あの、私はカカシ先輩の後輩で、暗部に所属しているナズナと申します。宜しくお願いします、ガイさん」
先輩の同期の方に失礼があってはいけないと思い、笑顔に努めて、ぺこり、と頭を下げる。
「ナズナさん……!なんて素敵な名前なんだ……!こちらこそぜひ宜しくお願いいたします!!今後とも!!」と力強く言って、右手を差し出し頭を下げるガイさん。多分私より年上の方なのに、礼儀正しくて素敵な人だなあ。差し出された右手を握り替えそうと手を伸ばす。しかしガイさんの右手は私よりも先にカカシ先輩が握っていた。
「オレの後輩よろしくね、ガイ」
「なぜカカシがオレの手を!?そうか、指相撲だな!勝負だカカシ!」
なにやら二人でよくわからないやりとりを始めている。ガイさんの手は私に向けられていた気がしたんだけど……まあいっか。
二人のやりとりについていけずどうしたものかと思っていると、髭を生やした人と目が合った。
「あー、オレはアスマだ」
「アスマさん、宜しくお願いします」
「オレたち三人は上忍をやっている。カカシとは同期だが、最近こいつは付き合い悪くてな」
「暗部の任務で忙しいんだ。悪く思うなよ」
ガイさんとの勝負を終えたカカシ先輩がアスマさんに言った。カカシ先輩だってかなり背が高いのに、アスマさんはさらに高い。
「まぁ、でも、カカシが任務に明け暮れてるだけじゃないようで良かったさ」
「そうね。こんなに可愛い子がいるなら、付き合いが悪くなるのも仕方ないわ」
あれ、まだ勘違いが続行しているらしい。先輩の名誉のために、私はただの後輩ですと念押ししておかなければ。
「カカシ、お前……ナズナさんと……お、お付き合いしているのか!?」
ガイさんが、なぜかこの世の終わりみたいな顔でそういった。……先輩のご友人に、こんな嫌な顔をされるなんて……なんかショックだ。

「あの、私とカカシ先輩は本当にただの先輩と後輩という関係でなんでもなくて、お付き合いなんてしていません!!」

ほとんど叫ぶように訴えると、三人とも目を丸くする。

「……そうですか。そうでしたか!!」
何故か嬉しそうなガイさん。
「……カカシ、ふられたな」
「不憫ね、カカシ……」
何やら顔を見合わせるアスマさんと紅さん。
そして。

「……今のところは、でしょ」

私の後ろに立っていたカカシ先輩がそう言って、はぁ、と溜息をついた。……それってどういう意味だろう。

「ま、カカシ。がんばれや」
「そうね。カカシの事応援してるわ。面白いし」
「ナズナさん、今度ゆっくり食事にでも……」
「さ、いくわよガイ」

ガイさんが気になる事を言っていたような気がするけれど、アスマさんと紅さんに引きずられて、三人は人混みの中へと消えていった。

「みなさん楽しくて素敵な方たちでしたね」
「あいつらは単に面白がってるだけだよ」
「私と先輩が、その……お付き合いしていると勘違いされていたみたいですけど、大丈夫だったでしょうか……特にガイさん」
誤解だと言ったら嬉しそうにしていたから誤解は解けただろうけど……あんなに喜ばなくても……。
「……ガイに誤解されると困る?」
「え?」
「何でもない。行こうか」
「はい……」
先輩手を引かれてしまい、それ以上何も聞けなかった。


天の川に金平糖を降らせたような模様の、カラフルな水風船がいくつも水槽に浮かんでいる。子ども達がはしゃいでそれを眺めていた。
「ナズナもやりたい?」
「はい……」
先輩と一緒に並んでいると、水風船を釣る子ども達の会話が聞こえてきた。

「だーっ!!ぜんっぜん釣れねぇ!」
「お前ほんとに不器用だな……」
「なぁなぁ!コツ教えてくれってばよ!!」
「コツなんてねーよ、めんどくせー」
「ねーボク、お腹減ったな……次はお好み焼き食べない?」
「さっきたこ焼き食ったばっかだろ」
「くそ、ぜってーあいつより沢山とって、サクラちゃんにプレゼントするんだってばよ!」
「そういえばあいつどこいった?」
「サスケなら、サクラといのに引きづられて射的の方に行ったよ」

「お前らー、そんなんよりあっちで面白そうなヤツやってんぞ」
「面白そうなのってなになに、どんな食べ物!?」
「キバが言っているのは食べ物の屋台では無く、お化け屋敷だ。皆で楽しむには絶好の催しだが、好き嫌いは分かれると思う。なぜなら……」

「やっと一個釣れたってばよー!でも紫かぁ。サクラちゃんピンクが好きだって言ってたもんなぁ」
お面をつけた金髪の男の子が、水風船を手に振り向いた。
男の子達の中でおろおろとしている、大人しそうな女の子と、水風船を交互に見ている。
「おんなじ色だな。ヒナタにやるってばよ!」
「え……いいの?」
薄紫の浴衣の女の子が、頬を染めて驚いている。大切そうに両手で、紫色の水風船を受け取った。

子ども達がいなくなると水槽の前にはわたしとカカシ先輩の二人だけになった。おじさんから水風船を釣るための釣り糸を受け取ってどれにしようか狙いを定める。あのピンク色の水風船にしようと釣り糸の先の針金をゴム紐にひっかけようと近づけるが、水の流れにのってしまいなかなか捕えられない。
「どれが欲しいの?とってあげようか?」
見かねたカカシ先輩が声をかけてくれる。その手にはすでに4個もの水風船があってぎょっとした。
「もうそんなにとったんですか!?」
「コツを掴めば簡単だよ」
カカシ先輩器用な方だとは思っていたけど本当になんでもできちゃうんだな。こよりってあんなに耐えられるものなんだ。
「もう少し自分でやってみます」
「そう。頑張って」
カカシ先輩の申し出はありがたかったけど、自分でとってみたくて再び水風船と向き合った。
狙いをピンク色から手前の黄色い水風船にかえてこよりを垂らす。ふよふよと泳ぐゴム紐を追いかけて……ここだ!思いっきり引き上げると黄色い水風船が宙に跳ねた。
「先輩見てください!とれました!」
とれたのが嬉しくて満面の笑みでカカシ先輩を見ると、重さに耐え切れなくなったこよりがプツリと切れて水風船は水槽の中へ落ちてしまった。
「うそ…………」
「……くくっ」
「お姉ちゃん、今のは面白すぎるよ!」
あまりに面白かったのかカカシ先輩と店主のおじさんはお腹をおさえながら笑っている。カカシ先輩にいたっては若干目頭に涙が溜まっている気がする。そんなに笑わなくたっていいのに。
一通り笑い終えて落ち着きをとりもどしたらしい店主は「一度水面から出たし、お姉ちゃんの可愛さに免じて一つあげるよと」黄色い水風船をくれた。「そっちのお兄ちゃんはどうする?」と店主の目がカカシ先輩に向く。私が黄色い水風船を追いかけている間にさらに数を増やした先輩の手には7つの水風船がある。なんでそんなにとれるんですか……。カカシ先輩はピンクと藍色の水風船の二つを残して他は全部水槽の中へ戻してしまった。

「せっかくとったのに良かったんですか?」
「あんなに要らないしね」
それもそうか、とぼんやり考えていると「はい」とピンク色の水風船を差し出された。
「え……」
「ピンク欲しかったんでしょ?」
「そうですけど……でも、」
さっき簪も買ってもらったのに、わたしばかりが頂いてしまっている気がする。
「ナズナの為にとったって言ったら受け取ってくれる?」
遠慮している私が受け取りやすいようにそう言ってくれたんだろうけど……ずるい。そんな風に言われたら、受け取らないわけにはいかない。
「ありがとうございます」
「オレとしても子どもみたいにはしゃぐナズナが見られてラッキーだったよ」
「あれは……!忘れてください……」

その後、綿あめを食べて射的をしてたこ焼きを買って神社の境内に向かった。

石段に並んで座って、まだ温かいたこ焼きを分け合った。食べながら、とりとめない話をする。最近任務でこんな事があったんですが、先輩だったらどうしますか、とか、あの店の忍具の品揃えが最近急に良くなったんですよ、とか、この間あまりにも暇だったんでテンゾウとパンを焼くのに挑戦したんです、とか、気づけば私ばかり喋っている。カカシ先輩は相変わらず優しく微笑んで、相槌をうってくれているけれど、先輩の話ももっと聞いてみたい。けれど、あれこれ聞いたら失礼なんじゃないか、と悩んでしまい、質問する勇気が出ない。カカシ先輩に聞いてみたいことは沢山ある。いつも読んでいる本の事とか、今日あった同期の方々の事とか、……先輩には彼女がいますか、とか、私の事どう思ってますか、とか……って何考えているんだ私は!!

これじゃあまるで、私は先輩の事が……。

「ナズナは好きな人とかいるの?」
「……!!」

心の中を読まれたかと思った。びっくりしてカカシ先輩を見る。先輩は落ち着いた表情をしていた。からかう様子は見られない。

「……好きな人、ですか」

言いながら、ドキドキと鼓動が早くなるのを感じていた。

「いない……と思います……たぶん」

なんとも曖昧な答えになってしまう。自分の事なのに、自分でもよく、わからない気持ちが今ここにあって。

「気になる人はいるって事?」

その質問の答えは、たぶんイエスなのだろう。
気になって仕方ない人ならば、今私の目の前にいる。

「せんぱいは……っ」

ごくり、と唾を飲み込んで、呼吸を落ち着けてから、それでも震えてしまう声で「先輩は好きな人とか、いますか?」と聞いてみた。

カカシ先輩の目が、ほんの少し揺れる。あれ、先輩が動揺している所を見るのは初めてだ、と小さく驚く。

「……オレは――」



「センパーイ、まだここにいたんですか」

ぎくっとして肩が震える。間延びした声に、強張っていた体から一気に力が抜けた。

「テンゾウ―――!!」
「うわ、ナズナ。何でそんな怒ってるの?」

立ち上がってテンゾウを睨みつける。テンゾウはたじたじと後ずさり、その後ろで、モク、キキ、シンの三人も、何事かと身を寄せ合っている。皆、暗部の格好のままだけれど、手には全員チョコバナナを持っているのが可笑しかった。

「賊は尋問部隊に引き渡してきましたよ。巻物も厳重に保管されました」
「そ、ご苦労様」

カカシ先輩は平然とした表情に戻っている。さっきの話の続きは、もう聞けなさそうだ。

「じゃ、そろそろ林檎飴買って帰ろうか」

カカシ先輩がにっと笑って、また私の手を取った。もう終わりと思うと途端に寂しくなる。

「あ、でもかき氷まだ食べてないな」
「私もそれ思いました!」

「ボク達はこれからまだ祭りを楽しんでいくことにします。っていうか特別任務ってなんだったんですか!?」
「テンゾウは知らなくても良いよ」
「そうそう、テンゾウのバーカ!」
「おいナズナ!?バカってなんだバカって!」

笑い声が夜空に響く。今度は、カカシ先輩と花火を見に行けたらいいな、と私は密かにこの夏の目標をたてた。

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