カカシ先輩と曜日 


手作りお菓子ってやっぱり重いかな、重いよな。作るんじゃ無かった、やっぱり何か違う物を……。でも、カカシ先輩が何を好きなのか、全く思い浮かばない。どうしたものかと悩みながら、私は木の枝の上に隠れて、木陰で寝そべるカカシ先輩を見下ろした。

テンゾウの大好物であるクルミのクッキーを焼いたのは昨日のことだ。甘い匂いをかぎつけたテンゾウは、ラッピングもしないうちから焼きたてをかっさらいにきた。

「この前はありがとね」
「このクッキーが食べれるならいつでも助けるよ」

もぐもぐとリスみたいに頬張るテンゾウに呆れつつ、自分でも一つ味見をしたクルミクッキーは、甘すぎない自然な味で我ながら自信作ではある。カカシ先輩がクッキーをお好きかどうかはわからないのだけれど、先日のお礼にぜひ、先輩にもお渡ししたい……。あれから先輩は、任務がたてこんでいらっしゃるのか、しばらく里で見かける事が無かった。テンゾウ情報によれば、明日は里に帰還されるはずで、カカシ先輩はお気に入りの木の下で寝そべるはずだ、との事だった。そういうわけで、私はクッキーをラッピングしたものを用意し、今日こうして、こっそりと先輩の様子をうかがっている次第なのである。テンゾウ情報は正しかった。木の陰に寝そべり、何かの本を読んでいるカカシ先輩は今日も絵になるような格好良さだ。

声を掛けられずにいるのは、クッキーを渡しに行く勇気がでないからで、白ストライプの透明な袋にどっさりいれたクルミクッキーを見てため息をつく。昨日の私は何故、カカシ先輩に渡そうなどと思ったのだろう。

「……ナズナ、何してるの?」
「ひゃあっ!!!」

さっきまで木の下で寝そべっていたはずのカカシ先輩が、いつの間にか私の背後に立っている。考えてみれば、先輩が私の気配に気づかないわけが無いのである。

「かかかかかし先輩、先日はありがとうございました!!」
裏返った声でお礼を言うと、
「すっかり良くなったみたいだね……『か』が大分多いけど」
と言ってカカシ先輩は優しく微笑んだ。

「あの、先日のお礼に「カカシ!!」」

突然、女性の声に遮られてびくりと震える。カカシ先輩の背後に降り立ったのは、見かけたことのある他班の先輩だった。確かカカシ先輩と同い年の方。

「ん?……報告書にでも何か問題あった?」

その言葉で、先日までカカシ先輩と一緒に任務に出ていたのだろうかと推測する。話したことはあまりないけれど、綺麗な人だなぁ。長い髪が風にゆれている。不意に、彼女からきりっと睨みつけられた。えっ!?と動揺しているうちに、すぐ目を逸らされる。

「任務のことじゃないんだけど、カカシにこれを渡したくて。この前はありがと!おかげで命拾いしたわ」

女の人は何かをカカシ先輩に差し出した。よくみたら左腕を怪我しているみたい。……カカシ先輩がこの人をかばったりしたのかな?

「……あー、ありがと。気をつかわなくていいのに」
「ほんとに助かったわ。……ええと、それだけだから。じゃあ、またね」

女の人はそれだけいうと、最後にまた私をちらりと一瞥して立ち去った。

「……ナズナと話してる途中だったのにごめんね」
「あ、いえ……。何かもらったんですか?」
「うん。……甘栗甘の大福みたい。ナズナ食べる?」
「えっ?」
「オレ甘い物苦手でさ。さすがにあいつには言えなかったんだけど」
「……」

カカシ先輩、甘い物が苦手だったんだ……。

「ナズナ?」
「あ、えと、大福は好きですけど、それはあの方がカカシ先輩に食べて欲しいから渡したものであって、無関係の私が頂くわけにはいきません」
「うーん……でも二つ入ってるみたいだし」
「……」

二つ入った大福。さっきの睨みつけるような視線。これはつまり、あの人はカカシ先輩と一緒に食べたくて買ってきたのだ。そのことにカカシ先輩は気づいていないらしい。

「このまま捨てるのも勿体無いと思わない?」
「それは……勿体無いですけど……」
「はい。じゃあ決まりね」

私から言質をとったカカシ先輩はにっこり笑って大福を一つ差し出した。

「もう一つは先輩が責任とって食べなきゃダメですよ?」
「うん。どーぞ」
「ありがとうございます」

先輩が促すので、その場で食べはじめた。甘栗甘の大福は木ノ葉でも美味しいと評判で私もたまに食べるけど、今日はいつもより美味しく感じない。理由はおそらくカカシ先輩のあの言葉。食べながら私は悶々とクルミクッキーのことを考えていた。いくら甘すぎない味にしたとはいえ、これを渡されてもカカシ先輩は困るだけなんじゃないだろうか。さっきの口ぶりだと、甘い物は捨てるほど苦手みたいだし。だったら他に、もっとカカシ先輩の喜ぶものをあげた方がいいはずだ。目の前で甘い物が苦手だとはっきり聞いてしまった今、これはもう渡せない……。

「ナズナ」
「……」
「ナズナ!」
「え、あ、はい!」

カカシ先輩に呼ばれたことに気付き顔を上げると、先輩は心配そうな表情で私を見ていた。

「ボーっとしてたけど大丈夫?」
「大丈夫です、すみません!」
「ならいいんだけど。それよりさっき何か言いかけなかった?」
「あ……」

胸に抱いていたラッピング袋がその存在を示すようにカサリと音を立てる。

――オレ甘い物苦手でさ。
だめ……渡せないよ。

「あの、実はこの前のお礼をしたいと思ってて……先輩何か欲しいものはありませんか?」
「お礼なんていいのに」
「いえいえそうもいきません!看病どころか手料理までご馳走になってしまいましたし、日頃の感謝も込めて、何かお礼をさせてください」
「手料理ってお粥作っただけじゃない。でもそう言ってくれるなら……うーんそうだな……だったらデートしようか。二人で」
「え?」

先輩、今なんて?

「ナズナとは一度二人でじっくり話してみたいと思ってたんだよね」
カカシ先輩が有無を言わさぬ笑顔でにこりと笑った。



日にちと待ち合わせの時間を決めて先輩と別れた。デートは二人の休みが合う次の日曜日になった。今まで、テンゾウと三人で食事をしに行ったことはあるけれど……カカシ先輩と二人で出かけるのなんて初めてだ。何着て行こう……美容院行った方がいいかな……気合入れすぎると逆に変に思われるかな。
デートする約束という思わぬ収穫はあったけど、結局クッキーは渡せなかった。先輩への感謝の気持ちを込めて一生懸命作ったんだけど、少しだけ残念だ……。

「あ、ナズナ、今帰りかい?」
「テンゾウ!」

自宅前でテンゾウと鉢合わせた。暗部装束を着ているからどうやら任務帰りらしい。

「任務?お疲れさま」
「ありがとう。あ、それクルミクッキー?」

テンゾウは私の手元のクッキーを目敏く見つけて、大きな黒い目を輝かせた。流石はクッキーモンスター。

「食べる?」

苦笑しながら袋を差し出すと、テンゾウは嬉しそうな顔をした。

「貰っていいの?」
「うん」

……私にはもう必要ないから。
クルミクッキーを貰って喜ぶテンゾウに若干の罪悪感を感じたけど、これでいいんだと見て見ぬふりをした。




デート当日。待ち合わせの10分前にカカシ先輩は現れた。

「よ!……待った?」
「いえ、全然まってません!」

本当はもう20分前から待っていた。家にいても落ち着かなくて、大分早く出てしまったのだ。
カカシ先輩は忍の標準服である黒の上下を着ていた。ベストと額あてはしていなかったけれど、いつ任務で呼び出されるかわからないし、休日はこんな感じなんだなぁ。暗部の服装に見慣れているので、何だか新鮮だ。対して私は、白いワンピースなんかを着てきてしまった。気合いを入れすぎと思われたらどうしよう……恥ずかしい。

「ナズナが行ってみたい店って、あの通りなんだっけ?」
「あ、はい!そうです。本当に美味しいって噂で……」
「楽しみだね。……じゃ、行こう」

先輩に自然に手をとられて、私は一瞬で真っ赤になってしまった。カカシ先輩と、手、手を繋いでいる……!
これは夢なんじゃないだろうか、さもなくばドッキリとか?ふわふわした足取りでカカシ先輩に手を引かれるまま歩いた。道行く人が何人か、こちらを見ている気がする。カカシ先輩は里では有名だから、先輩が手を繋いで歩いている私は一体誰なんだと、注目されてしまうのかもしれない。変な噂を立てられて、カカシ先輩にご迷惑だけはかけたくない。カカシ先輩と私は何でも無いんです、恐れ多いです、私が一方的に慕っているだけです!と一人一人に説明してまわりたい気分になりつつもそうもできず、気づけばもう、お店の前にたっていた。

赤チェックの看板に「ビストロぱんぷきん」と茶色の文字が書いてある。先輩がドアを開けてくれて、私を先に中に入れてくれた。さり気ない優しさに胸がきゅんとする。店内は混んでいたけれど、昼時を少しはずしたので待たずに席に通された。「先輩ソファ側をどうぞ」と言えば「何言ってんの。お前がそっちでしょ」と頭をくしゃくしゃ撫でられた。固まっているうちに先輩はイスの方に腰掛けていて、私はしぶしぶソファ側に座った。

メニューを見ながら、ここのデミグラスソースのふわふわオムライスがとても美味しいらしくて、と説明すると、先輩はにこにこしながら「ナズナがいうなら、俺もそれにしようかな」と言った。まるで、まるでデートみたいだ……。いや、デートなんだっけ。カカシ先輩とデート……。顔が熱くなりつつも、「注文おねがいします!」と元気よく店員さんを呼んだ。

「……良かった」
「え?」
「この前元気なかったから気になってたんだけど、今日はいつも通りで安心した」
「あ……」

この前の、気にきにかけてくださってたんだ。

「……あの、カカシ先輩」
「ん?」
「何でデートなんですか……先輩にとってお礼になるんでしょうか……」
「うん。ナズナと前から一緒にご飯が食べたいと思ってたからね」

それはどういう意味なんですか先輩、と更に聞いてみたくなりつつも、お冷やをごくりと口に含む。

「なんていうか……ナズナって食べてる姿が可愛いじゃない」
「んぐっ……」

水を吹き出しそうになる。可愛いって……可愛いって言われた……!

「この前も言ったでしょうよ。もしかして熱出してたから、覚えてないの?」

……うっすらと、そんな会話があったような気も……。でも、カカシ先輩は私をからかっていたのだとばかり思っていた。

「なーんか、癒やされるんだよね。お前といると」
「カカシ先輩……恥ずかしいです……」

先輩はくくく、と笑っている。任務の最中にはあまり見られない柔らかい笑顔に、ドキドキがとまらない。


サラダとコンソメスープとオムライスが二人分運ばれてきた。ふわふわとろとろのオムライスにはたっぷりデミグラスソースがかかっている。ものすごく美味しそう。

「いただきます」
「いただきます……」

さっき先輩にあんな事を言われて、冗談にしても意識してしまい、スプーンを手にかたまってしまう。カカシ先輩はくいっと口布を引き下ろして、サラダを口に運んでいた。先輩の素顔を見るのは、あの洞窟で雨をしのいだ日以来二度目だけれど、まったく見慣れない。きれいな唇の横の黒子がものすごく色っぽい。

「ナズナ、食べないと冷めちゃうよ」
「あ、はい……」

あわててコンソメスープを飲んだら、思ったより熱くて「熱っ」とむせてしまう。先輩の前でむせたくない、と思えば思うほど駄目だ。

「大丈夫?」
「……ごめんなさい」

あーもう、意識しちゃってだめだ……!

「そんなに緊張しないでよ。オレって怖い先輩かな」
「そんな事無いです……!先輩とご飯食べれるの嬉しくて、緊張しちゃって……」
「はー……。お前ってほんとに可愛いね」

にっこり笑う先輩がかっこよすぎて、胸がいっぱいになってしまった。

オムライスは評判通りものすごく美味しかった。カカシ先輩も「美味しいね」と言ってくださって安心した。私のペースに合わせてくれているのか、先輩はゆっくりとオムライスを食べながら、いろいろな話をふってくれた。任務の間に食事を摂るときは、素顔を見る事も叶わないくらいの速さで食べるカカシ先輩が、ゆっくりと食べてくれているなんて、すごくプライベート感ある……。

私は先輩のお話に相づちをうったり、必死に答えたりしながら、カカシ先輩と二人きりで食事をしている事が嬉しすぎて緊張して、何だかお腹もいっぱいに感じてしまい、結局オムライスを残してしまった。

「もうお腹いっぱい?」
「はい……」
「そろそろ行こうか」

斜めがけのバッグと上着を手にとっているうちに、カカシ先輩がすっと立ち上がり、伝票を持ってレジの方へ向かったので慌てて追いかけた。先輩がお会計をすませてしまったのでとりあえず見守り、お店を出てから財布を取り出すと「いいからいいから」と制されて「でも!お礼なので!!」と言うと「ナズナとご飯食べたかったのは俺だし、女の子に出させるわけにはいかないでしょ」と先輩が困ったように笑う。

「それに、お礼ならもう貰ったよ。クッキー美味しかった。ありがとうね」
「え…!?」

どういう事かわからず呆然としている私の手を、カカシ先輩がまた掴んだ。

「甘さ控えめで、美味しかったよ」
「先輩……なんで?」
「テンゾウの大好物のクルミ入りってのが何か癪だったけどね」

もしかしてテンゾウが、カカシ先輩に……!?
先輩にわたせなかったクッキーをあげたときの、テンゾウの笑顔を思いだす。もしかして全部わかってて……。
「次はオレの行きたいところに行っていい?」とカカシ先輩が優しく微笑んだ。




「ここ…ですか?」
「うん」

行きたいところがあると言われて連れて来られたのは「ビストロぱんぷきん」から少し歩いたところにある雑貨屋さんだった。薄緑色の木目調の外観に赤と白の雨よけのテントが特徴的な可愛らしいお店。カカシ先輩のイメージとは似つかわしくなくてちょっとびっくりしてしまう。

「入ろうか」
「はい」

先輩の後に続いてお店に入ると、店内も外観と同じく木目調のインテリアに可愛い雑貨が所狭しと並んでいて乙女心が擽られる。
「ナズナこういう店好きかなと思って」
「え!私の為ですか!?」
「うん。もしかして嫌だった?」
「嫌なわけないじゃないですか!好きです!嬉しいです!」

こんな可愛らしいお店女性客がほとんどで男性は入りにくいだろうに、私のことを想って連れて来て下さったんだ。

「ナズナの喜ぶ顔が見れてオレも嬉しいよ」

先輩がにっこりと笑うのを見てまた胸がきゅんとした。今日だけで何回きゅんきゅんしたんだろう。カカシ先輩が優しすぎて勘違いしてしまいそうになる。なんとなく先輩の顔が見れなくて店内の雑貨に視線を移した。ちょっとした小物からアクセサリー、インテリア雑貨まで、様々な商品が並んでいる。どれも全部欲しくなってしまうくらい可愛らしくて目移りしてしまいそうだ。

「先輩見てください、この石鹸パッと見アイスみたいですね」
「本当だ。間違って食べちゃいそうだね」
「こっちにはテンゾウの部屋にありそうな植物が!」
「ありそうというか、この卵の殻に観葉植物入れたやつ、あいつんちに置いてあったような…」
「このお菓子の形をしたマグネットかわいい…でもマグネットそんなに使わないしなあ」
「冷蔵庫に貼ったら?」
「似たようなの結構持ってるんですよね。今回はやめておきます」
「そう……あ、この食器もテンゾウの部屋にありそうじゃない?」
「ありますあります!やたら木製の物多いんですよね」
「類は友を呼ぶ的な?」
「ちょ…先輩笑わせないでください!」

テンゾウは木製なのか、と想像したら面白すぎて、声を抑えて笑う。先輩も「ごめんごめん」と言いながら笑っている。全然悪びれた様子ないですよ先輩。

「あ……これかわいい」

食器コーナーに並ぶ、ひとつのマグカップが目に入って手にとってみる。白地に濃い青と赤の小花模様が散りばめられていて、小鳥の絵が描かれているマグカップ。他にもかわいいマグカップはたくさん置いてあるけど、これが一際目を引いた。じーっとマグカップを見つめていると先輩がひょっこりと覗き込んでくる。

「気に入ったの?」
「はい……」
「買ってあげるよ」
「え!そんないいですって!お昼もご馳走になってしまいましたし今日はカカシ先輩へのお礼がしたいのに」
「お礼はクッキーで十分だよ。ナズナこの前誕生日だったでしょ?だから誕生日プレゼントってことで」
「え……」

先輩なぜ私の誕生日を……。ただの後輩なのに、そこまで把握してもらえていたなんて、感激です。

「それとも他に欲しい物ある?」
「い、いえ!」

全力で首を横に振るとカカシ先輩はマグカップを持ってレジへ向かって行った。
もしかして先輩、この為に今日誘ってくれたのかな。私が行きたいお店に連れて行ってくれて、私が好きそうなお店に連れて行ってくれて、まるでデートみたい……。いや、デートなんだよねこれって。なんでカカシ先輩は、ただの後輩にここまで良くしてくれるんだろう。こんなことをされたら、先輩に気に入られているって、自惚れそうになっちゃうよ……。

「お待たせ。……ナズナ顔赤いけど大丈夫?」
「え、あ、なんか暑くて、喉渇いちゃって」
「じゃあカフェでも入ろうか」
「はい…」

雑貨屋さんを出て近くにあったカフェに入った。このあたりはおしゃれなお店が多い。二人ともあまりお腹は空いていなかったので、ドリンクだけ注文してテラス席へ並んで座った。今日はぽかぽか陽気で天気も良いからテラス席でそよ風に当たるのもいいねとなったのだ。それにこの火照った頭をどうにかするのにも丁度いい。

「遅くなっちゃったけど改めて、ナズナ誕生日おめでとう」

マグカップはプレゼント用にピンク色の包装紙で綺麗にラッピングされていた。

「ありがとうございます……大切にします……」

カカシ先輩は一瞬目を瞠って、すぐにいつもの柔らかい笑みを浮かべた。
カカシ先輩からの初めてのプレゼント……家宝にしようと心に決めた。
誕生日当日は任務だったけど、カカシ先輩とは別行動で、その日は顔も見れなくてすごく落ち込んだんだっけ。まさかこうして憧れの先輩から祝って貰えるなんて、思いもしなかった。
ブラックコーヒーを飲む先輩を見つめた。ただコーヒーを飲んでいるだけなのにそれすらも様になる……じゃなくて、訊いてみてもいいんだろうか……。

「どうかした?」
「あの……」
「ん?」
「カカシ先輩は、どうしてただの後輩にここまで良くしてくれるんですか?」

風が私と先輩の間を吹き抜ける。聞いたのは自分なのに、緊張して表情が強張る。

「……少なくともテンゾウや他の後輩の誕生日なんて覚えてないし、プレゼントも送ったりはしないよ」
「なら……なんで……」
「ナズナだから、かな」
「……っそれってどういう意味ですか?」
「さあね」

先輩は笑ってはぐらかすだけで、それ以上何も教えてくれはしなかった。

少しお喋りをしているうちに時間が経って、暗くなる前にカフェを出た。「家まで送るよ」と先輩が言ってまた自然に手を取られる。ドキドキしているのは私だけなのかもしれないけれど、先輩の大きな手の感触に胸がいっぱいになる。

家に近づくにつれて、会話が少なくなって、二人の影が地面に伸びるのを見ながら、少しずつデートの終わりが近づいてくるのを感じた。

先輩と過ごす1日は緊張もしたけどとても楽しくて、今日が永遠に終わらなければいいのに、とさえ思った。次第に歩くペースが遅くなる。先輩もそれに合わせてくれた。もしかして同じ気持ちでいてくれているのかな…と、期待してしまいそうになる自分を戒めていると、もう私の住むアパートの前まで来てしまった。ああ、もう終わりなんだ。先輩が立ち止まり、私もそれに倣って足を止めた。繋いだ手を離せないまま、見つめ合う。

「……」
「……」

今日はありがとうございました、と言うべきだと思うのに、口が動かない。……もう少しだけ、カカシ先輩と一緒にいたい。

「あの」

考えるより先に声が出ていた。

「わ、私の部屋でお茶でも飲ん……「ナズナ?」」

任務帰りとみえるテンゾウがそこに立っていた。

「あ、カカシ先輩も一緒だったんですね……お邪魔しました」
「……」

カカシ先輩がどんな表情をしているのかは見えないけれど、先輩と向き合っているテンゾウはなぜか青ざめている。そうだ。テンゾウも誘えば緊張しないですむかも……!

「テンゾウも、これから一緒にお茶でもしない!?」
「えっ!?……僕はちょっと……」

なぜかだらだらと冷や汗をかくテンゾウ。何か予定があるのかな。
ふりむいたカカシ先輩が優しい笑みを浮かべながら、「……ナズナんちにお邪魔するのは、また今度にするよ」と言った。

「あ……」

そっか、そりゃそうだよね。先輩だってそんなに暇じゃない。しゅん、としていると、先輩の優しい手にまた頭を撫でられる。

「邪魔が入らないときにまた、ね」

にこっと微笑むカカシ先輩。

「はい!……今日はありがとうございました!」
「こちらこそ。……じゃ、またね、ナズナ」

先輩は去り際、テンゾウに何か耳打ちをした。

「わかってます。大人しく帰りますよ……!」
「……?」

カカシ先輩とテンゾウがどんな話をしていたのかはわからない。私はカカシ先輩の姿が見えなくなるまでその背中を見つめていた。



カカシ先輩をみおくって、テンゾウと共に階段を上る。部屋に入る前に「ねぇ、テンゾウ」と呼びかけた。

「ありがとね」
「うん?何が?」
「カカシ先輩にクッキー、渡してくれて」
「……僕は何もしてないよ。待機所で食べようかなーと思ってたら先輩に見つかっただけで」とテンゾウが鼻を触りながら言うので、私はそれが可笑しくて笑った。

テンゾウは嘘をつくとき、鼻を触る癖がある。……まったく、素直じゃないんだから。

「ね、この後本当に予定あるの?」
「うーん……」
「カカシ先輩にマグカップ貰ったから早速使いたいんだ!一緒にお茶しようよ」
「いやー……」
「実はクルミクッキーまだ余ってるんだよね」
「えっ!?」

わかりやすく目を輝かせるテンゾウに苦笑しながら、私は扉を開けた。

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