泥酔した若い女の子が床にしゃがみこんでいる。全身の力が抜けてそのまま眠ってしまいそうな細い腕を、カカシが掴んで立たせようとしているけれど、全然、足に力が入らないみたい。見ていると不安になるほどの酔い方だ。あんなになるまで飲んで馬鹿だなぁ、と思うのに、華奢な体をぐらぐらさせて、カカシに抱きついて凭れている様子が、羨ましくもあった。要するに、自分は嫉妬しているのだと思う。あんな風に全身でカカシに甘えられることに。年々、性格が悪くなっているよなぁ、と思って自分自身が嫌になる。 「何であんなに飲んじゃったのかね…」 「付き合ってた彼氏に振られたそうですよ」 「あれ、テンゾウあの子と知り合いなの?」 「いや。さっきトイレに行く時に聞こえたんで…」 少し離れたテーブルで、私はテンゾウと隣り合って飲んでいる。空になった私のグラスを見て、気の利く後輩がすばやく店員に同じものを頼んでくれた。ここの冷酒はものすごく美味しい。同業者に人気の酒酒屋の暖簾をくぐれば、必ずといっていい程、知り合いと顔を合わせる。今夜は、カカシを含めた何人かの忍が先に飲んでいた。知っている顔もあれば知らない顔もある。奥の席に通されるときに横を通って、軽く声を掛け合った。カカシとも自然に会釈を交わしたけれど、そこに以前のような親密さは無い。カカシが暗部を抜けてから、共に任務に就くことは殆ど無くなって、里内ですれ違うことも少なくなった。 「晴先輩は飲んでも飲んでも顔色変わりませんもんね」 私の気持ちを知っているテンゾウが、からかうように口の端を上げて笑った。……生意気な後輩の口の中に、小皿からつまんだ胡桃を殻ごとおしこんだ。「なにふふんでふか」怒っている後輩がおかしくて笑っていると、もう冷酒が運ばれてきて、私の前にトンとグラスが置かれる。店員が立ち去った後はまた、視界に嫌でもカカシ達の姿が入ってきた。名前も知らない若い女の子のくびれた腰に、カカシの腕がしっかりまわされている。ここからでは会話なんて聞こえないのに、「全くしょうがないねぇ」と優しく言うカカシの声が、簡単に想像出来るのだった。 「ボクの睨んでいるところ、あの子が彼氏に振られたってのは嘘ですね」 「え……?」 「ああやって泥酔してみせて、カカシさんを罠にかけてるんですよ」 「ふぅん……」 鉄製の道具で胡桃を割るテンゾウの手元を見ながら、カカシはあの女の子の罠にかかるだろうか、と思った。カカシは特定の相手は作らないけれど、酔った勢いで一夜限りの関係を持つことに抵抗はないらしい…そんな噂を聞いたことはあった。けれど、本人に真偽を確かめたことは無かった。カカシとは暗部の同期としてそれなりに親しかったし、二人で飲んだ事も一度や二度じゃ無いけれど……男女でありながら、私たちは全くそんな関係にはならなかったのだ。 だいたい、酔った勢いでカカシを誘えるほど、私は酒に弱くなかった。それに単純に、私はカカシのタイプの女では無かったのかもしれない。カカシが酔っ払う所は何度も見てきたけど、誘われる事は一度も無かった。 万が一そういう、一夜限りの関係を迫られたとして――考えるだけ無駄なことだが――私はカカシに大分長いこと、それはもう真剣に片想いをしてきたので、きっとお断りしていた事だろう。 それとも、カカシに誘われたなら、流されてでも抱かれてしまうだろうか。 「一緒に飲んだりしていた頃に戻れたら……一度くらい、あんな風に酔っ払って、カカシに凭れてみれば良かったかなぁ」 テンゾウが飲んでいた酒をぶはっと吹き出した。汚い。けらけら笑いながら、おしぼりでテーブルを拭いている。 「笑うことないじゃない……」 「いや。晴先輩がそんな可愛いこというなんてびっくりして」 「テンゾウに可愛いって言われても嬉しくないもんね」 「はいはい。わかってますよ」 昔からカカシ先輩に一途ですもんね、と言いながら、テンゾウが自分のグラスを傾ける。こくこくと上下する喉仏を見ながら、後輩にくだを巻いている自分が情けなくなって、私は黙り込んだ。 「告白でもなんでもしてみれば良かったじゃ無いですか」 「簡単に言うんだから……」 「あなたもあの人も、似たもの同士ですよね」 「何が?」 「臆病で自分に自信が無いところがです」 テンゾウが訳知り顔で小さく笑う。テンゾウの言う『あの人』はカカシをさしているんだろうけれど、臆病で自信が無い、という評価には驚いた。 「カカシのこと尊敬してたのかと思ってたけど…」 「いや、もちろん、忍びとしては尊敬してますよ」 じゃあ、忍び以外の面で、何かそう思う事があったのかな。……テンゾウは私なんかより、カカシの事を色々知っているみたいだ。 「なにむくれてるんですか」 「別に……」 言いながらまた冷酒を流し込む。なおもテンゾウが黒目がちな目を向けてくるので、仕方なく素直に、今思ったことを話してしまった。カカシの臆病な一面を私は見た事が無い、と。 「まさかボクにまでヤキモチ焼いてるんですか?」 「……」 「晴先輩もしかして酔ってます?」 「テンゾウの馬鹿」 今夜はテンゾウに笑われてばかりだ。この男、本当に後輩なのかと思う。付き合い長いから別に良いんだけどさ……。 話している内に、カカシ達の姿は見えなくなっていた。一緒に飲んでいた集団は殆どまだ残っているところを見ると、カカシとあの子だけ先に帰ったんだろう。弱い頭痛がわきあがり、少し気分が悪くなる。 「酔いたい……」 「はいはい、付き合いますよ」 お腹もすいていないのに、茄子のお漬物を口に押し込んで、溜息をつく。テンゾウはただひたすら優しく、隣にいてくれるのだった。 |