夢 | ナノ
雪の日の記憶
季節外れのみぞれが降った。
換気をしようと窓を開けた晴がそれに気づいて嬉しそうな声をあげた。

「わぁ、雪だ!」
「どーりで寒いと思った……もう3月だってのに」
「今年はもうふらないかと思ったねー」

子供のようにはしゃいで、積もるかな?と騒いでいる晴に少々呆れながら、
こんな水分の高い雪じゃ積もるわけないでしょうよ、というと、
晴は唇を尖らせて、雪だるまつくりたかったな……と呟いた。

その表情があまりに幼くて、ついくすくす笑ってしまった。

「ほら、寒いからもう窓閉めるよ」

オレが窓を閉めた後も、晴は名残惜しそうに暗い外をみつめていた。
部屋の明かりを反射して、灰色のみぞれ雪が降っているのを、飽きもせずに見ているらしかった。

布団に入って暫く待っていると、すっかり冷え切った晴が、空けておいた左側にもぞもぞと入ってきた。
いつものように抱き寄せて、その冷たさに小さく叫んだ。

「うわ、ひゃっこい」
「カカシはあったかい」
「あんなところでずっと立ってたら風邪引くよ?」
「大丈夫だよー」
「人を湯たんぽか何かと勘違いしてないか?」
「それ、いつもはあたしのセリフ」
「確かにそーだね」

オレの体温はどちらかというと低いので、普段は彼女から温もりを奪う側だ。
ぎゅう、と抱き込んだ晴の体は、すぐにポカポカと温まってきた。
彼女の体温は子供のように高い。

「ねぇカカシ、もし雪が積もったら雪合戦しようよ」
「お前はホントに子供っぽいねー」
「雪合戦のどこが子供っぽいのよ。雪が降った時することの定番でしょ!」
「うん、子供たちの間のね」
「雪遊びに年齢制限はないんですうー」
「そうやってムキになるところが子供だよね」

腕の力を緩めて、晴の顔を覗き込むと、やっぱり拗ねていた。
オレがまたくすくすと笑ってしまったので、彼女は向こうをむいてしまう。

抱き寄せて、うなじに顔を寄せると甘い匂いがした。
こういうところはちゃんと大人の女性なんだよな……。と、しみじみ失礼な事を考えてしまった。


「カカシだって雪遊びしたりするでしょ?」
「んー、オレ、寒いの苦手なんだよね」
「でも、子供のときはしなかった?」
「子供のときも、あんまりしなかったかなぁ」


そもそも、子供のとき、とは何歳ごろの事をいうのだろう。

物心ついたときから忍としての教育を受けていた。
その為、他の子供のように無邪気に遊ぶことは少なかった、というか、ほとんど記憶に無い。
裏山で修行をした帰り道、雪玉をぶつけあう親子の姿をみて、嫉妬に近い羨望を抱いた事がある。
帰宅すると、父が障子の向こう側で忍具を研いでいた。雪合戦がしたい、などというのは躊躇われた。

父から愛情を受けていなかったわけではない。

むしろ父は、自分の持てる全てのものをつぎ込んでくれたと思う。
それこそが紛れも無い愛情だった。幼いなりにわかっていたつもりだ。

そんな父を尊敬していた。

早く立派な忍に、父のようになりたいと思っていた。だから、子供らしい甘え方は殆どしなかった。
認めてもらいたいという気持ちが子供ながらに強かったのだと思う。


ぼんやりと昔のことを思い出していると、
いつの間にかこちらに向き直っていた晴が、深刻な顔でオレを見ていた。

「ん?どーしたの」
「べ、べつに……」

晴は口ごもって、隠すように、オレの胸に顔を寄せた。
その態度を見てようやく気づいた。
たぶん晴は、黙り込んでしまったオレの様子に、変なことを聞いてしまったのではないかと心配したのだろう。


それでも、「何を考えていたの?」なんて聞いてこないところが、晴らしいと思った。


「やっぱ晴は子供じゃーないね」
「え??」


小さく身を縮めてしまった晴をまた抱きしめると、ほっとしたようにその体から力が抜けた。

少しして、腕の中から可愛らしい寝息が聞こえはじめ、オレの意識もゆっくりとまどろんでいった。







夢をみた。

夢の中のオレはまだ幼く、少し前を父が歩いていた。

二人で自宅から程近い雑木林の中にいた。雪が深く積もっていて歩くたびに足が沈む。

枝という枝の上で、雪の細かい結晶がキラキラと光っていた。

その様子がとてもきれいで、珍しくて、オレはきょろきょろと辺りを見回しながら、そのたびに振り向いて待っていてくれる父に、慌てて追いついた。

―――そうだった。一度だけ、父と雪遊びをしたことがあったのだ。


雑木林の中を暫く行くと、少し開けたところがあって、そこで雪玉を作って投げ合った。
ありふれた、暖かい親子らしい記憶が自分達にもあったのだ。



その少し開けた場所の中央に、
周りの木と違う種類の木が一本だけ生えていた。

「この木は春になると、沢山花がつくんだ」

春になったらまた来よう、と父が優しく微笑んだ。


あの時自分は何と返事したのだったか。もう忘れてしまった。
ただ、とても嬉しかった事だけは覚えている。




そこまで思い出した時、目が覚めてしまった。

目覚めた後も、幸せな余韻の残る夢だった。でも、少しだけ切ない気持ちになった。

結局あの木に花が咲いたところを見た覚えはなかったのだ。

おそらくあの年に父は……。



隣に寝ていたはずの晴がいない事に気づく。シーツを撫でると、まだ温もりが残っていた。

ベッドから体を起こし、冷えた空気と床に辟易しながら窓へと向かう。
カーテンは開けられていて、予想通り、外は異様に白く明るかった。

一晩の間に、みぞれ雪が粉雪に変わったのだろう。
ふかふかと積もった白い雪が、朝日にきらきらと輝いている。


あいつ、休日はいつも昼まで寝てるくせに。

子供の様にはしゃいでるだろう恋人を思い浮かべて、口元が緩んだ。








「やっぱり外にいた。朝から元気だな」
「あ!カカシ!見て見て!!」

予想通り雪の中ではしゃいでいた晴は、手のひらに乗せた何かを見せようとして走ってきた。

「滑るから走るんじゃないの!!」
「ぎゃー!!」

言ってるそばから滑ってるし……、これだからこいつは。

晴が満面の笑顔で見せたのは、とても小さな雪だるまだった。
雪玉を握って固めたのだろう、雪だるまというより氷だるまという感じだ。


「やっぱり雪積もったね!雪合戦しようよ?」
「えー、寒いから部屋戻ろうよ」
「やだーっ!!」
「オマエは駄々っ子か」








「どこ行くの?ここってカカシが昔住んでたとこの近くだよね?」
「うん、もうすぐ着くよ」

子供のころ父と通った雑木林の道を、今度は晴と歩く。

ざくざくと雪を踏む音、真っ白に染まった枝たち。

懐かしい気持ちになりながら、記憶を頼りに進んでいく。


「……あった」
「わぁ……すごい……」


記憶どおりに、開けた場所に出た。

その真ん中にあの木が立っていた。

「花が咲いてる!何の花だろー?」

晴は歓声を上げて、その木に駆け寄った。

あの時は咲いていなかった、薄い桃色の小さな花が、枝という枝についている。桜にしては、時期が早い。

「だから、走るなって……」



そのとき、曇り空が裂けて、太陽の光がその木を照らした。

桃色の花と、その花や枝に着いた雪の結晶が、光を受けて鮮やかに光っている。


どこか怖くなる程に美しい景色だった。
この世のものではないような。
息を呑んで固まっていると、晴が短く叫んで視界から消えた。

おもいっきり転んで雪の中に倒れたのだ。

「晴!」



晴が倒れた辺りに行こうとするが、深い雪が邪魔をして思うように進めない。

そうしているうちに、また空は曇ってしまった。
あの、太陽が射した一瞬を、晴は見ただろうか。

名前を呼んでも返事が無いことに、段々不安になる。




「ふかふかしてるー」


やっとたどり着いたそこで、晴は雪の中に横たわって空を見ていた。

「カカシも寝っ転がる?」
「……遠慮しとくよ」

言いながら、晴を抱き起こして、その体を抱きしめた。
暖かい体温にほっとする。

「カカシ?」
「……」
「心配させちゃった?」
「……お前ねぇ、呼ばれたら返事くらいしてよ」

思ったより情けない声が出てしまった。

晴の手がオレの背中にまわり、ぽんぽんとあやすようにたたかれて、何だか泣きたくなった。


「カカシ、あの花は多分桃の花だよ」
「桜じゃないの?」
「桜に似てるけど、桃の花だよ。見たことあるもん」
「こんなに寒いのに咲くんだな」
「桃のほうも、まさか雪が降るとは思ってなかったんだろうねー」

話しながら、あの木に目をやると、いつの間にかまた太陽の光を浴びていて、キラキラ光っていた。
でも、今度はぞっとするような感覚は無い。


「カカシのほっぺつめたい」
「もう帰ろうよ」
「帰ったらココアつくってあげるね」
「ココアは甘いから嫌だ」
「砂糖控えめでつくるよ」
「ちゃんと粉から練るやつ?」


早くうちへ帰ろう。

晴が作ったココアを飲んで、一緒に炬燵に入って暖まろう。

晴がまた急に走り出さないように、今度はその手をしっかり繋いだ。




―――あの日の帰り道、父さんの大きな手がオレの右手を包んだ。

その暖かさと大きさに、とても安心したのを覚えている。

あのころの自分はきっと、いつも守られていた。



今はオレが晴の右手をしっかりと握っている。


「ひゃっ、カカシの手冷たい!」
「……オレ、冷え性なのかな」


「でもカカシと手ー繋ぐの好き。何か安心する」


晴が幸せそうに笑うから、オレもつられて笑顔になった。





fin.

090303



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