夢 | ナノ
強がり
借りていた赤い表紙の忍術書。背伸びして本棚の一番上に、押し込もうとする。

「カカシー、届かない」
「あー、そこに置いといて」

カカシは振り向きもせず、まるまった背中をこちらに向けて座っている。その手足は、最近だしたばかりだというこたつの中だ。

「こたつ出すの早くない?」
「うん……」
「最近寒いもんね」
「うん……」

聞いてるのか聞いてないのかわからない生返事にいらっとしながら、えいっ、と忍術書の背中を押した。押し込まれた反動で、本棚の上に薄く積もっていた埃が舞う。余計なお世話かもしれないが、そろそろ掃除した方が良さそうだ。

ぱんぱんと手を払いながら、カカシに近づいて、「それにしてもカカシんちの本棚はすごいねぇ」と話しかける。カカシは目だけをこちらにむけて、「んー、全部親父のだよ」と言った。細められた目は、笑ってるのか眠いだけなのかよく解らない。多分そのどちらでもあるのだろう。

「じゃ、そろそろ帰るわ」
「え、もう帰るの」
「本ありがとね」

コートも着たままだったので、そのまま部屋を出ようとしたら、カカシに名前を呼ばれた。
「晴」
「ん?」
「その袋なに?」

相変わらずぼけーっとした表情のまま、カカシが聞いてくる。あたしが持っていたのは木の葉マートのビニール袋。

「ああこれ?モンブラン。急に食べたくなってさぁ」
「モンブランって、あの栗の」
「そうそう、栗のケーキ」
「そっか、モンブラン……」


何か、今日のカカシは変だと思う。


「……じゃー、帰るね?」
「うちで食べていけば?」
「え?」
「コーヒー淹れるから」
「でも、カカシの分は無いよ?」
「オレは甘いもの食べないよ」

カカシはゆっくりとした動作でこたつから出た。いつもの数倍丸まった背中で、台所へ向かうのを見ていると、「あ、こたつはいってて」と、カカシがのんびりした声で言いながら振り向いて、やっぱり笑ってるのか眠いのか、よくわかんない目をした。

言われるがまま、こたつに入る。ぬくぬくと暖かいこたつに、冷えていた手足がじんわりした。あ、コート脱いでない。ボタンをはずしていると、カカシがカップを出す音が聞こえた。それ以外は静かな部屋。どうして寒くなってくると、静かな時間が増えるのだろう。少し考えて、夏にはあんなにうるさかった蝉が居なくなるためだ、と気づく。蝉どころか、鳥も、猫も、およそ声を立てそうな生き物はみんな、この寒さにじっとしているのだろう。人間だって同じだ。寒くなるとみんな無口になる。

カカシが今日はやけに無口なのも、寒いせいなのだろうか。こたつに入った手足が、次第に温まってきて、段々瞼が重くなってくる。あー、逆だな。ここに座ってたらあったかくて、眠くなって、そりゃ無口にもなるわ。ほう、と長い息を吐いて、うっすら瞼を閉じかけた。「できたよ」と背後から声がかかる。後ろからぬっと腕が伸びてきて、あたしの前に、ことりとマグカップを置いた。カップから立ち上る湯気、甘い牛乳の香り。あ、カフェオレにしてくれたんだ。


「ありがと」って言い終わる前に、急に背中にぬくもりを感じて、ぎょっとした。だきこむようにまわされた腕。それから、あたしの足を挟むようにして、こたつに侵入してきた長い足。

「はー、あったかい」
「……なんでこっち側から入るのよ」

こたつは四方が開いてるのに。つまり、あと三辺はがら開きなのに。

「んー、晴があったかいから」

カカシがぴとっと背中にくっついてきた。何なんだろうと思いながら、お腹の前にまわされた手に触れると、すごく冷たい。びっくりしつつ、こたつ布団をひきだして、カカシの手を押し込んだ。

「なんか親子みたい……」

マグカップに口をつけながら呟くと、カカシが耳の横で「親子かあ」と呟いた。カカシはあたしの肩に顎をのせている。さらさらと銀髪が頬をかすめる。……嘘ついた。親子なわけないね。親子だったらこんなにドキドキしない。

かといって抵抗するのも、何だか負けた気がするので、何にも気にしてないふりをして、ごそごそと木の葉マートの袋をあさり、モンブランを取り出した。スーパーに並んでいたくらいだから、あんまりたいしたケーキではない。スポンジの上にマロンクリームがしぼってあって、真ん中に黄色い栗がのっている。

「モンブランはさぁ、タルト生地に乗ってないとモンブランとはいえないよね」
「そうなの?」
「スポンジだと安っぽく感じる。というか、ケーキ屋さんのじゃないモンブランって、大抵スポンジ生地だとおもう」
「へぇ〜」

あ、聞いてないなこいつ。カカシはあくびを隠そうともせず、相変わらずの生返事だ。プラスチックの蓋をはずすと、栗がちょっとだけずれた。まあ、甘いものの話なんて、最もカカシが興味ない話なんだろうな。

カフェオレのマグがひとつしか無い事に今更ながら気がついて、「自分の分いれなかったの?」と聞いたら、「んー」ってまた生返事が返ってきて、やっぱり今日のカカシは、何となくぼんやりしているというか、変だよなあ、と思った。モンブランを食べていると、「一口ちょうだい」って、珍しいことを言ってくるから、スプーンを渡そうとしたら、「あーん」って、ふざけるのも大概にしろよ、と思って、体をひねった。カカシは口布を外して、「あー」って口をあけていて、やっぱりドキリとしながらも、冷静なふりをして、モンブランの乗ったスプーンをカカシの口に運ぶ。ぱくり。カカシはにっこり笑った。……何でこんな、バカップルみたいな事をしてるんだろう。

「全然甘くないね」
「えー?」

甘く無いわけないでしょ、と思いながら、前に向き直って、モンブランをまた一口食べる。マロンクリームと、スポンジと、その中に入った生クリームが一体化して、何ともいえない素敵な甘さが口の中に広がった。やっぱり甘い。美味しい。スーパーのお菓子もあなどれませんな。

こたつの中で、カカシの裸足の足がぶつかって、それが存外冷えていたので、まだこんなに冷たいんだ、と思っていると、背中で、こほこほと小さく咳きこむ音がした。そのときになってようやく気づいた。

「ぐあい悪いんでしょ」
「え?」
「風邪引いてるなら早く言いなさいよ」

ぐいっと体を捻って、カカシを睨みつけると、「あ、ばれちゃった」って顔をしていた。

「あー、でも、熱は無いから。大丈夫」
「熱は無くても、頭も痛いし寒気もしてるんでしょ」
「……なんでわかるの?」
「昔、自分で言ってたじゃない」

(オレは風邪引いても熱出ないんだよね)
(何で?体質?)
(それもあるけど、ほら、色んな薬に慣らされてるから)

上忍にもなると、いつ劇薬を盛られても大丈夫なように、日ごろから様々な薬を投与されて、体に薬を慣れさせるというのが一般的で、その過程の中で何度か高熱を出すために、体に抗体が出来るのか、ちょっとやそっとの事では熱があがりにくくなる、らしい。めったなことでは熱が出ないと言うのは、便利な事のように思えるが、実は、発熱には菌を殺す作用があるので、熱が出ないせいで風邪が長引くこともあるそうな。熱は出なくても、喉は痛くなるし鼻はつまるし、頭痛もするから厄介だ、と、いつかカカシ自身が言っていた。

「そんな事言ったっけ」
「うん」
「でも、少し頭が痛いだけだから、」
「だめ。ちゃんと寝なさい」

カカシをこたつから押し出して、(というか、あたしがこたつから出ようとしたら必然的にそうなった)カカシの腕をひっぱって立たせた。

「大丈夫?くらくらしない?」
「うん、大丈夫」
「よし。じゃー、ベッドへ行こう」
「え?ベッド?」

……なんで嬉しそうな顔をするかな。あんたはこれから大人しく寝るの!

「大丈夫なのに……」とかぶつぶつ言いながらも、カカシはベッドの上に体を横たえた。布団をかけてやると、こほこほと、やっぱり小さな咳をして、カカシは目をとじた。改めてみてみると、やっぱり顔色が悪い。なんで気づかなかったんだろう。

「なんか飲む?」
「ん、喉痛いからいい」

小さく返された返事に胸が痛くなる。そういえば声も、いつもより低かった。

「ちょっと買出し行ってくるよ」
「え、何を買いにいくの」
「しょうがとかネギとか……どうせあんたんちの冷蔵庫、ろくなもんないでしょ」

あと、喉に良いものってなんだろう。頭の中で買うものを思い巡らせた。

「他にも色々かってくるから。あったかいものつくってあげるね」
「え、大丈夫だよ。寝てれば直るから」
「なに遠慮してるのよ」
「大丈夫だから、行かないで」

いつの間にかベッドから伸びていた手が、あたしの手をつかむ。
『大丈夫だから行かないで』って、何か変だな、と思いながら、その手を握り返した。カカシが不安そうな目であたしを見るので、心の中でにんまり笑った。……やっと甘えた。

強がり

09.10.24


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