大晦日は紅白と、ガキ使を交互に見て。カウントダウンはジャニーズで。年越の瞬間は部屋で一人でじゃんぷして。 今年は流石に、年賀メールで携帯が震えることも、そんなになかった。 お正月は昼まで寝てた。おそようって時間帯に、もぞもぞ布団から這い出して、駅伝を見てるお父さんに、あけましておめでとうをして、お母さんには新年早々怒鳴られて、お雑煮を用意してもらって、それ食べて。机の上のお菓子の残り(昨日、テレビを見ながら一人で開けた)を、またばりばりとむさぼりながら、何だか見たことも無い芸人がうじゃうじゃ出ているお笑い番組を、見るともなしに見て。こたつでごろごろ。英単語帳を部屋に取りに行こうとして、寒くて断念。まいっか、今日は、元旦だもん。 そうしてまた、日付が変わり。 気がつけば、丸二日、自分に甘い時間をすごしてしまった。 センターまで、あと何日だ。指折り数えて、怖くなる。 いやいや、今から焦っても、しょうがないし。 平常心平常心、とか、最後まで諦めない、とか、今までやってきたことを、とか、そんな言葉が浮かべば浮かぶほど、どきどきと、心臓がはやる。やっぱり、どうしたって、焦ってしまうのだ。 座り込んで、膝を抱えて、頭を下げて、もーなんもしないで、何も考えないでいたいよ。なんていうのは、無理な相談で。泣いても笑ってもあと少し。 そうして今日は家を出て、予備校に行った。授業が今日からだったってのもあるけど。やっぱり家だと、集中できなくて。 外は身を切るように寒いのに、予備校の自習室は、生暖かくて、空気が少し悪い。でも、家よりは集中できる。鞄の中から、重たい赤本を取り出した。もう、かなりぼろぼろだけど、この本をぼろぼろにした原因の大半は、前の持ち主にある。あたしはまだ、そこまでやってない。……あの人だって、ここまでぼろぼろにして、それで、受かったんだ。あたしの頭では、尚更、ぼろぼろのぐちゃぐちゃになる勢いでやらないと、絶対やばい。 あの人の顔が浮かんだら、励まされたような、泣きそうになったような、複雑な気持ちになって、まあ、センチメンタルになっている場合ではないので、赤本を開く。まず英語からやろう。こんなにぼろぼろしてるのに、鉛筆の跡とか、ペンの形跡とかが一切なくて、綺麗に使ったのか、あたしにくれるときに消しゴムをかけてくれたのか、どちらにせよ、そういうところが、やっぱり好きだ。って、何考えてんだろう。集中集中。 一日中、問題解いて、予備校の閉館時間が来て、外に出たらもう真っ暗だった。寒い。手袋しないと、絶対自転車なんてのれない。家まで20分の道を、身を切る寒さに耐えながら、飛ばす。家について、自転車をとめて、かごからバックを出すとき、重くて一瞬よろめいた。分厚い赤本が、何冊もはいっているのだ。 今日も疲れた。バックを片手に、白い息を吐きながら、マンションの薄暗い階段をよろよろ登る。寒い。重たい。眠い。けど、帰ったらまた、少しやんなくちゃ。 なんだか、この階段はいつも、上りが長く感じる。明かりが少なくて、とても暗い。もーやだ、疲れた、いつまで続くの、真っ暗で、先が見えないよ。だけど、のぼるしかないんだ。この先に何が待ってるかなんて、わかんないけど、ここまで、のぼってきたんだし。 もー暗くて長くてわけわかんないけど、のぼるしかないんだってば。 「晴?」 「……え?」 顔を上げて、飛び込んできた姿を見て、心臓が、どくりとはねた。 「よ、久しぶり」 階段の上で、逆光になって、表情は良く見えないけど、姿かたちも、声も、あたしの知ってる、 「か、カカシ……?」 重かった足が急に軽くなり、羽がはえたように、階段を段飛ばしてのぼった。近づいて、「うわああ!!カカシだ!!いつ帰ってきたの?」顔が笑顔になっちゃうのを隠しもせずにそう叫べば、大きな手で、くしゃりと頭を撫でられた。 「正月くらいはね、実家に帰ってこようと思って」 「そっかそっかあ。サクモさん、会いたがってたもん」 「ああ、うん。……お前は?」 「え?」 「お前もオレに会いたかった?」 そういって、カカシは意地悪く、笑った。 「会いたかったに決まってるでしょ」 ぼすん、カカシのお腹に右ストレート。カカシは痛がる真似をしてから、笑って、「ちょっと見ない間に、随分素直になったねぇ」なんて、言った。 カカシはあたしのお隣さんだ。年は2つ離れている。小さいときから、兄妹のようにして、しょっちゅう遊んでもらった。同じ小学校に行って、同じ中学に行って。高校は、離れてしまったけど、それでもずっと、お隣さん同士で、家族ぐるみで仲が良かった。カカシパパのサクモさんが、結構仕事の忙しい人だったので、カカシが夕飯を食べに来ることも少なくなかった。あたしもしょっちゅう、カカシの家にいりびたってたし。カカシの作ってくれるオニオンスープはびっくりする程美味しいのだ。 「ねぇねぇカカシ、いつまでいるの?」 「んー、まあ、明後日の昼には向こうに戻ろうかな」 「え……そんな早く?どうして」 「うん、あっちでバイトはじめたんだけど、年始人足りてないらしくて」 カカシは2年前、東京の大学に進学した。今は、そっちで寮暮らしだから、大きな休みの時でもないと、こうして地元に帰ってくることはない。 「そっか……」 「はは、そんなに落ち込むなよ」 「だって、明日一日しか、ここにいないんじゃさ……」 「まあ、どっちにしろ、今はお前も受験生だし、遊んでる場合じゃないでしょ。勉強しなきゃ」 「……」 カカシまでそんな事言うんだ。 いや、受験生は遊んでる場合じゃないんだけど、さ。 でも、理屈ではわかっているんだけど、気づかないうちに、あたしは限界を、超えていたらしい。 「うわっ、晴」 「……っ……」 突然、目から滝のように涙が出てきて。 カカシもびっくりしてるけど、あたしもびっくりした。 「あー、ごめん、……勉強、もうとっくにしてるよな」 「……ううっ」 「うんうん、俺が悪かった」 カカシがまた、あたしの頭をぐしゃぐしゃ撫でた。声を出さないように食いしばりながらも、嗚咽が漏れそうになって、かなり恥ずかしい。恥ずかしいんだけど、涙がとまんない。自分でもよくわからないけど、頭の中が熱くなって、心がもやもやして、カカシの優しい声を聞いていると、さらにとめどなく涙が出てきてしまうのだ。 カカシが上着の袖で、あたしの顔をごしごし擦った。 「……っうぇ」 「鼻真っ赤……」 「わら……わらうなっ」 「ぶはっ……」 声帯が震えて、カカシに笑われて、結局あたしも噴出した。 「この顔じゃ帰れないでしょ。ファミレス行く?」 「えっ、ごはん、食べに?」 「ん、おにーちゃんが奢ってあげましょう」 「おにーちゃんって……」 カカシは巻いていた黒いマフラーを外して、それを私にぐるぐる巻きにした。ぎゅっと後ろで縛られるとき、抱きしめられてるみたいな形になって、ドキドキした。あったかいマフラーは、変に甘い、香水の匂いがした。 「この匂い嫌い」 「え?」 「女物でしょ」 「……あー、俺がつけたんじゃないよ」 やめて、聞きたくない。 「ふうん、マフラーに、吹きかけられたの?」 「うん、多分ね。見て無いうちに」 「……へぇ」 返事しながら、興味ないですよ、とばかりに、すたすた階段を降りた。カカシが慌てて追ってくる。 「聞かないの?」 「……何を?」 「や、別に、キョーミ無いならいいけどさ」 キョーミ無いわけないけどさ。 「まあ、『妹』に、恋愛うんぬんを報告する義務は無いよね」 「イモウト、かあ。俺に妹がいたらもうちょっと美人だな」 ……っ頭来るなあ。自分でお兄ちゃんとか言っといてさ。 まあ、カカシにとってあたしは、『妹』というのが妥当な位置なんだろう。 カカシにずっと片想いをしているあたしにとって、それはすごく悲しいけど、昔から、わかりきった事だった。……それでも、いつまでたっても諦めがつかなくて、未だにこんなに、好きなんだ。 ・ ・ ・ ファミレスで、特大オムライスを平らげる頃には、涙の跡はすっかり乾いていた。 「相変わらず良く食うねぇ」 「余計なお世話。カカシは相変わらず早食いなのね」 「早食いでも太らないからね、俺は」 「むかつく。何もスポーツしてないくせに」 ふぅー、と一息ついて、ぽっこりでたお腹をさすった。カカシと違ってあたしは、ちゃんとお腹が出る。 「あ、家に電話するの忘れた」 「あー、さっき俺がしといたよ。お嬢さんをお借りしますって」 「ぶは。誰が出たの」 「親父さん」 「えー、何て言ってた?」 「カカシくんなら喜んで。じゃじゃ馬娘ですが貰ってやってください、だって。どーする?」 「どーする?じゃないでしょ……」 晴んちはほんとに面白いよね、と言いながら、カカシは空になった皿を端に寄せた。……もう、そろそろ帰らなきゃ、か。明日も朝、授業がある。 「そんな顔しないの」 「え?」 どんな顔? 「こーんな顔してた」 「ちょ、嘘だあ」 カカシは眉の端に指をやって、おもいっきりさげた。嘘だあそんな顔あたしはしてませんよ。ていうか、あなたの綺麗なお顔が台無しですよ。 「また連れてきてやるよ」 「またっていつ?」 「晴の受験が終わったらかな」 「……合格祝いなら、ファミレスなんかじゃなくて、もっと良いトコがいい」 そういうとカカシは破顔して、にやにや笑いながら、「なんか、元気でたみたいだね」と言った。「うん、元気でた」って事に、しといてあげよう。いや、実際、元気でたけど、さ。これ以上、幼馴染に心配かけるわけにもいかないし、元気だすしかないっしょ。 めざせ合格。 「あ、コンビニ寄っていい?」 「え〜。あたし、早く帰って勉強したいんだけど」 「……すごいやる気だね。ま、いいからちょっと待ってなって」 コンビニの外で待たされて、出てきたカカシに、「寒い、遅い!」とブーイングしたら、「これやるよ」ってビニール袋を差し出された。 「何これ?」 「受験生必勝セット」 空けてみると、10枚入りのカイロと、栄養ドリンクと、チョコレートと、のど飴とガムと黒いミンティアと……なんか色々入ってて、あたしは嬉しいやら可笑しいやらで、噴出してしまった。 「すごい。ありがとー、カカシ」 「ん。それがあれば必勝。絶対受かるよ。がんばれ」 昔から、カカシがにっこり優しく笑ってくれると、あたしは何だって出来ちゃいそうになるんだよ。 部屋に帰って、コートを脱いで、受験生セットを机の脇において。 早速椅子に座って、問題集を開いた。 全てが終わるまで、あと少し。最後までがんばるって……約束した。 無事に大学生になったら、もっと大人っぽくなって、……香水なんか使わなくたってカカシをつかまえておけるくらいの、綺麗な女になるんだ。もー妹なんて呼ばせるもんか。 かりかりとシャーペンを動かしながら、なんとなく、未来の端が見えたような気がした。 夢中でがんばるきみへ がんばれ、が届きますように。 END 10.01.02 <おまけ> 「カカシ、久しぶりの実家はどうだったんだ?」 「親父も、知り合いも、元気にやってましたよ」 「そうか。正月なのにすぐに戻ってもらってすまないな」 「……いえ。それより綱手さん、これは?」 「ああ、これは今度の新作だよ。2010年を記念して作られた新しい香りだ」 「へぇ……またマニアが騒ぎそうな」 「4日からの開店に合わせての発売だから、かなりの客が来るだろうな」 ここは都内の某香水ショップ。女性店主の綱手が国内外問わず選りすぐりの香水を売っている。最近入った大学生のアルバイトが、美形だという噂から、女子高生からマダムまで、女性の足が絶えない……らしい。 「ああっ、綱手さん!また勝手に俺の服に吹き付けて」 「いや、布にしみこんだ場合の匂いの持続時間が知りたくてな」 「そんなの自分の洋服でやってくださいよ」 「ばか言え。私の服に染みが残ったらどうしてくれるんだ」 「……」 横暴だ、と思いながらも、時給がいいのでやめられないカカシであった。 end. |