夢 | ナノ
依存症
カカシさんとわたしは、日当たりのいいワンルームに暮らしている。あまり広くは無い部屋だけど、カカシさんとわたしの二人暮しにはちょうどいい。

カカシさんが出かける朝、わたしはいつも、玄関までカカシさんを見送る。カカシさんはわたしの頭をなでて、耳に頬をあてて、ぎゅっと抱きしめてくれる。それから、わたしの大好きな低くて優しい声で「いってきます」を言って、わたしの名前を呼んでくれる。最後に目を合わせて、優しく微笑んで「夜には帰ってくるからね」って言うのだ。うん、気をつけてね。はやく帰ってきてね。



カカシさんがでていってしまうと、わたしはすごく寂しい。カカシさんのいない部屋は、とても静かだ。日当たりの良いこの部屋は、いつも白くて暖かい空気に満ちている。だけどカカシさんがいないとき、この部屋はびっくりするほど静かになる。時計の音しかしない。

起きていることに退屈すると、わたしはカカシさんの緑色のベッドの上に寝そべって、目をとじる。カカシさんのベッドの上は太陽にあたためられて、ぽかぽかしていて、とても気持ちがいい。すぐに眠たくなってきて、うとうとしながら、カカシさんの手がわたしの体をすべる感触を思いだしていた。カカシさんの大きな手が好き。優しい声が好き。カカシさん、早く帰ってこないかなあ。



お腹がすいて目がさめた。カカシさんはまだ帰ってこない。窓の外はまだ明るい。わたしは悲しくなった。ひとりで食べるごはんは少しだけ味気ない。相変わらず、カカシさんのつくったごはんは美味しいのだけれど。

わたしはご飯を食べながら、カカシさんの事を思い出す。カカシさんはいつも、わたしがご飯を食べている時、わたしをじっと見ている。わたしが顔をあげて、なあに?と目を向けると、カカシさんはにっこり笑って、「良く食べるねえ」なんていうのだ。カカシさんの笑った顔は子供みたいにあどけない。

カカシさんも今頃、外でご飯を食べているんだろうか。今日は何を食べているんだろう?


カカシさんのいない時間はとても退屈でとても長い。西日が部屋にさしこんで、何もかもがオレンジ色に染まるころ、わたしの寂しさはピークに達する。

あと少しでカカシさんは部屋に帰ってくる。この時間が一日で一番長く感じる。

わたしはまた、ベッドの上に座って、窓の外を眺めた。電線の向こう側に、あかい夕日が沈んでいく。忍者の子供が、屋根と屋根を飛ぶように渡っていった。きっと家に帰る途中なんだ。カカシさんも今頃、帰り道だろうか。


迎えに行きたいけど、わたしは勝手に外に出ることが出来ない。



カカシさん、はやく帰ってきて。








ドアに鍵を差し込む音がすると、待ち構えていたわたしは、跳ねるように玄関にむかう。カカシさん!お帰りなさい!

カカシさんはドアを開けて入ってくると、真っ先にわたしの名前を呼ぶ。そしてわたしの目をみて、目をにっこり細めて「ただいま」を言う。わたしの頬に両手をあてて、耳をくすぐって、「寂しかったね。留守番ありがとう。いい子にしてた?」なんていう。いい子にしてたに決まってるでしょ、わたしはカカシさんの鼻に自分の鼻をぶつける。カカシさんは笑いながら口布をおろした。


ねえカカシさん、今日はまず何をするの?お風呂にはいるの?それともご飯にする?それとも…


靴を脱いで部屋へ入っていったカカシさんは、床に腰をおろして、ベッドにもたれると、ふう、と息をついた。それから、後からついてきたわたしの事を見た。わたしの目は今、きっと期待に輝いている。だって、お風呂でもご飯でも無いってことは……


「晴、おいで」


カカシさんが手まねきした瞬間、わたしは嬉しくて嬉しくて、突進するみたいに、カカシさんの腕にとびこんだ。カカシさんはいっぱい笑っている。それからわたしのことを抱きしめて、何度も名前を呼んで、体中を撫でて、大好きだよって言ってくれる。わたしもカカシさんが大好きだよ。カカシさんのほっぺをなめると、カカシさんはくすくす笑いながら、ますますわたしを、抱きしめる。



良かった、震え、止まったんだ。



帰ってきた時、カカシさんはいつものように笑いながらも、その実、いつも通りでは無かった。何年もカカシさんと暮らしているわたしだからわかる、微妙な違い。

カカシさんがわたしを撫でる指が、細かく震えていた。少しだけ、疲れた目をしていた。きっと、今日も大変だったんだなあ。何か悲しい事があったのかもしれない。


それが今は、しっかりした暖かい手で、わたしのことを抱きしめてくれている。


でもまだだ。カカシさんの充電がおわるまで、わたしはカカシさんの腕の中で大人しくしている。数分たって、カカシさんはやっと顔をあげた。……瞳に、いつもの暖かさが戻っていた。良かった。元気、出た?

カカシさんの顎の下に、小さな切り傷を発見した。わたしはそれを舐めた。それから、カカシさんの膝の上で、ゆっくり、瞼を閉じた。はしゃいだら眠たくなってしまったんだ。ぽんぽん、一定のリズムで頭を叩かれる。カカシさんにこうされると、すごく落ちつく。

















「適度な距離を保っていないと、可哀相だわ」
「……わかってるよ」
「わかってないでしょ……」
「わかってる。わかってるけど。……晴は、特別なんだ」
「でもカカシ、あんたは大人なんだから……」


いつか、わたしたちの部屋にきた誰かが言っていた言葉。わたしは最初、うとうとまどろみながら、それを聞いていた。



「晴には可哀相な事をしてしまってるって、自分でもわかってはいるんだ。だけど……」
「そうね。……でも、カカシがこんなに入れ込むなんてね。今まではそんな事無かったでしょう?だいたいあんた、専門分野じゃない」
「そうだね。……ま、忍犬とはまたちょっと違うからなあ」


外に出ていた、もう一人の客人が部屋に戻ってきた。この人、すっごく煙草臭いからわたしは嫌い。その癖、わたしの頭を馴れ馴れしく撫でる。


「痛ぇ――!……おいカカシ、ちゃんとしつけてねーのか。こいつオレの手噛んだぞ?」
「アスマが煙草臭いからじゃないの?それと、晴にはちゃんと名前があるんだから、名前で呼んでよ」
「めんどくせえ。女みたいな名前つけやがって……」


「ほら晴、おいで。アスマの匂いが体にうつるよ」
「何だよ人を病原菌みたいに。……紅、お前まで笑って……」


とことこ、カカシさんの前までいくと、カカシさんは眉を下げて、よしよしってわたしの事を撫でまわした。それからいつもみたいにぎゅーってわたしを抱きしめる。


「言ってるそばからデレデレしちゃって」
「あのカカシがデレデレしてるって……すごい絵だな」
「ごちゃごちゃ煩いよ。いいでしょ、オレに心の寄りどころがあったって」


「……こりゃ当分、カカシに女は必要なさそうだな」
「そうね……」




女って一体何なんだろう?わたしがもし、女だったら、カカシさんとずっと一緒にいられるのかな?


「女はめんどくさいからいい。オレは晴がいるからそれでいーの」


カカシさんの言葉にほっとした。「犬」であるわたしでも、ずっと、カカシさんのそばにいていいの?



「良く言うわよ。昔は散々色んな女と遊んでたくせに」
「ま、それを考えると良いんじゃねーか?犬に依存してるなんて、カカシにしちゃあ健全で」


まだカカシさんの友人二人は、何やら話していたけれど、カカシさんはどこ吹く風で、わたしを抱きしめたまま、眠そうにあくびをした。わたしもなんだか、眠たくなってきた。カカシさんの腕の中は暖かくて、とても落ち着くんだ。カカシさんのゆっくりした鼓動が聞こえる。




なんと言われたって、わたしたちは幸せなんだからそれでいい。そうだよね?カカシさん。

ぱたぱた尻尾をふると、カカシさんが答えるように、わたしの背中を優しく叩いた。

















離れている間が寂しい分だけ、一緒にいられる時が大切になる。だから、わたしはちっとも可哀相なんかじゃないんだよ。わたしに言葉が喋れたら、そう言ってあげられるのになあ。

だから今日も尻尾をふって、飛びついて、頬を寄せて、大好きがすこしでも伝わればいいのに、それだけを願いながらあなたの側にいるんだ。

依存症

10.03.25


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