夢 | ナノ
Summerday A

Summerday A




暑い。


うだるような暑さが思考力を奪ってゆく。頭上からカンカンに照り付ける太陽に殺意すら感じるのは気のせいだろうか。

「あっつい。尋常じゃないね」

だらだら流れる汗が煩わしくて、あたしは額あてを外す。前を歩いていたヤマトさんが「全くですね」と言いながら振り返った。言葉と裏腹にその顔には汗ひとつ浮かんでいない。

「ヤマトさんていつも涼しそうだよね」
「そうですか?暑くてどうかしそうですけど」
「そうは見えないんだけど。てか、暑いならヘッドギア外そうよ」
「こう見えてこのヘッドギアには冷涼効果があるんです」
「えっ、そうなの!?」
「冗談ですよ」
「……」

もう嫌だ。早く帰りたい。

心配しなくても今は任務後の帰り道で、報告書を提出するアカデミーは、もう目と鼻の先である。

最近任務で組むようになったヤマトさんは未だにキャラが掴めない。突然大真面目な顔で冗談を言ったりするので、笑っていいのか怒っていいのかイマイチ良くわからない。
噂では暗部に在籍していたらしい。いつだったかカカシと仲良く喋っているのを見た。


「こんな暑い日でも、カカシは涼しい顔してんだろうなぁ……」

ふと思って呟いた言葉に、何故かヤマトさんがビクリと肩を揺らす。

「ん?どうしたの?」
「いえ、何でも」

そう言いながらも、ヤマトさんの顔は目に見えて青ざめている。どこか遠い目で、昔の事でも思い出してるみたいだ。

「……?変なの。そーいえばカカシ、今日は待機だって言ってたな。こんなに暑い日に任務無いなんてラッキーだよねぇ。報告書出したらあたしも待機所で涼んでこっかな。あそこ冷房効いてて良いよねー。あ、ヤマトさんも一緒に行か…」

「遠慮しておきます!!」


ヤマトさんは、もはや青ざめるを通りこした顔色で、ぶるぶる震えながら、全身で拒絶してきた。さっきまでの涼しげな様子が嘘のように、だらだら汗を流している。

「ど、どーしたの?」
「報告は僕がしておきますから!ここで解散にしましょうッ!」
「ええ?あたしも一緒に行くよ?」
「いえ、結構ですから!!待機所でもカカシ先輩のところでも、どーぞ行ってください。僕は報告書を提出したらすぐ帰りますので!!」
「は、はい……」

あたしは頷くしかできなかった。
一気にまくし立てたヤマトさんの顔が、やたらと怖かったからだ。








一体なんだったんだろう?

突風のように去っていったヤマトさんを見送って、あたしは待機所へ歩きだした。予定通り、冷房の効いた待機所で涼もうという魂胆だ。

カカシいるのかなぁ。

こんな暑い日でもアイツの事だ。なんてことない表情で、顔中マスクで覆って、額あてもきっちり巻いて、「今日も良い天気だねェ」とか言っているに違いない。

想像したら何だかむかついてきた。


勝手に想像したカカシにイラっとしている間に、待機所のドアの前に着いていた。このドアを開ければそこは別世界だ。ひんやり気持ちの良い風が、汗だくの身体をすぐに快適にしてくれるはず。

ドアノブを回し、部屋の中に足を踏み入れた。きんきんに冷えた空気が一瞬であたしを包みこみ、さながら砂漠のオアシスのように……


「ん?」


あたしを癒すはずだった、のだが。


「なにこの部屋……暑ーーーい!!!」


そこには、全身を包むハズの冷気は、かけらも無く。
殺人的に蒸し暑い空間が広がっていた。


「何で冷房ついて無いの!?」


叫び声も空しく、待機所にはだーれも居ない。そりゃそうだ。こんなに蒸し暑い部屋にいたら、座ってるだけで死人が続出するだろう。

壁に設置されたリモコンに目をやれば、『故障中!』の貼紙がべったり貼ってある。


「はああ……」

涼みに来たっていうのに、余計に汗をかいたような気がする。期待していただけに脱力感も大きい。あたしはがっくり項垂れて、帰ろうと出口に足を向けた。


「……晴?」


部屋の奥から名前を呼ばれたのは、廊下に出る一瞬前の事で。


「カカシ?」


あれ、居たの?
耳慣れた声に振り返り、視線を向ければ。

入って来た瞬間は気がつかなかった植え込みの裏側、
ソファーの上に仰向けになっているカカシが、死にそうな声を出していた。

「晴……助けて……」










「カカシ、なんて格好してるの……」


カカシが寝転がっているソファの前に立ったあたしは、一瞬固まった。

いつも、肌という肌を隠しているハズのカカシが、有り得ないくらい肌を露出していたからだ。

ベストは脱ぎすてられて床に落ちており、脚半も手甲も額あても同様に散らばっている。

紺色の忍服は腕も足も、裾を捲れるだけ捲っていて、お腹は捲れあがっていた。無防備に晒された割れている腹筋が、妙になまめかしい。口布はもちろん首の下まで下げられている。

「晴…何なのこの暑さ?太陽がオレを殺しにかかってるの?」

弱々しい声で呟いたのは何とも情けない言葉。格好もセリフもだらしないことこの上ない。それなのに……。

「晴〜?聞いてる?」
「……」
「ハァ…暑すぎて幻覚見えてんのかな。晴ちゃん?本物だよね?」

カカシは怠そうに体を起こすと、呆然としているあたしの目の前でぶんぶん手をふった。


銀髪が汗で額に張り付いている。けだるく見上げてくる目は何だか熱っぽい。


そして、初めて見た、整った素顔。


あたしは暫く言葉を忘れて、呆然と立ちすくんでしまった。

何でこの人は男の癖に色気があるんでしょうか。





.....




「みっともないからお腹しまって!」と言うと、「エェー暑いんだもん…」とふざけた口調で返される。けど、あたしの言い方がよっぽど鬼気迫っていたらしい。カカシはしぶしぶながら服の裾を降ろしてくれた。とりあえずホッと一息。目に毒すぎる。


目のやり場(腹部らへん)は得たものの、カカシの顔を直視する勇気は無い。今でさえ、自分が赤面してるような気がして落ち着かないのだ。色気にあてられるってこういう事をいうんだな。


「皆死にかけてるオレを置いて、さっさとどっかに避難しちゃってさあ。酷い奴らだよねェ」
「……アンタはどうして、この蒸し風呂から逃げ出さなかったの?」
「いやー、暑すぎて立ちあがるとフラフラするんだよ」
「……」

昔から暑さには弱いんだよねぇ、と言って頭をかくカカシに、呆れた視線をおもいっきりぶつけてやった。忍びたるもの、暑さぐらいで行動不能になってどーする。はたけカカシの名が泣くぞ。


やっとカカシの顔を見ることにも慣れて、あたしはここぞとばかりに彼の素顔を観察する事にした。こんなチャンスなかなか無いし。

「ちょっと晴、なーに人の顔じろじろ見てんのよ」
「いやだって、珍しいんだもん」
「珍しいって。けっこー失礼だね、お前」
「や、そーゆう意味じゃないよ。カカシの顔見るのなんて、初めてだから」
「そーだっけ?……どーですか、ご感想は」
「え、なんか…思ってたよりカッコイイよ」

思わず素直に答えてしまったら、カカシは一瞬面食らったような顔をして、すぐに照れたように笑った。

「そりゃ、どうも」

あー、その笑顔は反則だよ。

慌てて目を反らしたら、カカシが甘えるように「ねぇ晴…」って言うから、ドギマギしながら振り向くと、カカシは例の、熱があるみたいな色っぽい目であたしを見ていて、ハッと息を飲んだ。

「アイス買って来て?ソーダ味ね」


お釣りでお前も好きなの買っていいよ?




とんだ俺様男に、鉄拳制裁したのは言うまでも無い。








結局上手く言いくるめられて、近くの商店までアイスを買いに走らされた。何であたしがこんなパシリみたいな事せにゃならんのだ。ぷんぷんしながらも、お釣りで買ったパピコを口にくわえているから、体力は大分回復した気がする。

いかんいかん、食べ物で機嫌を直すなんてアイツの思うツボだ。

そう思いながら、片手にもったアイスの袋を受けとった時の、カカシの笑顔を想像すると、あしどりが軽くなるのは何でなんだろ。

人に喜んで貰う事が好きだなんて、あたしもたいがいお人よしである。
(……それが誰に対してもそうならだけど。カカシに喜んで貰えるのが嬉しいのだと気づくのは、もう少し後の話)


「カカシー、買って来たよ!」

笑顔すら浮かべて待機所へ飛びこめば

「あ、晴ちゃんおかえり」

嬉しそうなカカシ、そして、カカシの周りに群がる女達の
「なにこいつ?」
という殺気だった視線。



「てめ、ふざけんなアアア!人をパシっといて自分は女はべらせてたのか!!」
「ちが、勝手に寄ってき……」

袋ごとぶんなげたガリガリ君は、見事カカシの顔に命中し。
あまりの剣幕に身の危険を感じたのか、カカシに群がっていた女達は蜘蛛の子を散らしたように逃げていった。


「もー帰る!」
「ああ!ちょっと待って晴っ」


慌てたカカシが、さすが上忍な速度で前に立ち塞がる。……なんだ動けるんじゃん。

「お礼忘れてる」

にっ、と唇の端を上げてから、カカシの顔が近づいてきたかと思うと。


唇に触れる柔らかい熱が思考力を奪ってゆく。目を閉じることも忘れて、目の前の銀の睫毛を見つめた。



熱い。












その頃、どこかの家で。

「晴さん大丈夫かな。ま、僕は巻き添えくらうのごめんだし」

独り言を呟きながら、アイスをくわえて優雅に寛ぐその男は。

かつて、暑さが限界を越えると途端に傍若無人になる、とある先輩に散々使いっぱしりをさせられたという、悲しい過去を持っていた。


「最終的に冷房買わされたもんな…」




end.
090719


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