夢 | ナノ
Summerday B


寒い。


くしゃみをしたら、隣で寝ていたカカシがあたしを抱き寄せた。裸の胸板にほんの少し温もりを感じるけれど、全然足りない。カカシの腕や足はあたし以上に冷え切っている。

「…昨日冷房つけたまま寝ちゃったのかぁ」

喉が乾燥してちょっと痛い。失敗したなぁと思いながら、ベッドから抜け出そうとすると、あたしの体にまわされたカカシの腕の力が急に強くなる。

「やだ……行かないで」
「甘えんぼか……」

三十路過ぎの男に甘えられても…かわいくなくなくなくなくもないけれど…。縋り付くカカシの腕を何とか外し、彼を乗り越えてベッドから出る。何故か床に落ちていたリモコンを拾って冷房を切った。んーっ、と伸びをして窓の外を見れば照りつける太陽が眩しい。外は物凄く暑そうだ。気がひけるけど空気交換しないと……。鍵を開けて窓をあける。じめっとした熱風と部屋の中の冷気が徐々に混ざり合う。

まだ眠たい。またベッドに戻ろうと、片膝をついたらスプリングがぎしりと沈んだ。あたしの寝ていたスペースに戻るべく再びカカシを乗り越えようとしたら、急に伸びてきた腕に捕まった。そのまま、またカカシの腕の中に抱き締められて、目を閉じたままのカカシになんどかキスをされる。カカシもまだ眠たいらしく、キス以上の事にはならなそうで、軽い口づけの心地良さにあたしも目を閉じた。掛け布団が床に落ちたけれど、眠たいしどうでもいいや。
抱きしめあってまどろむこと、十数分。


「ねえ、暑くない?」
「……そうだね」

蝉こそまだ鳴いていないけれど、近頃急に暑くなってきた。すっかり部屋の中の冷気は逃げきってしまい、室温は急上昇。お互いの体もほんのり汗ばんでいる。

「あー……熱っつい…」

カカシはそう言うと、あたしの体を軽く押しのけた。抱き締めてきたのはそっちのくせにと思ったけれど熱くてくっついていられないのは同感だ。転がってカカシから距離をとり、大の字になって天井を見上げる。自分の熱が移ったシーツの感触すら煩わしい。

「この熱気…やばい…」
「真夏日だね……」
「カカシ……喉渇いた……」
「自分で水とってきなよ。ついでにオレの分も宜しく」
「踏んづけられたいの?」

横を見るとカカシは、半分目をあけてあたしを見ていた。昨夜とは別の意味で熱っぽい目が、物凄く気怠そう。名前を聞くだけで他里の上忍が震え上がるはたけカカシともあろう忍が、夏の暑さに滅茶苦茶弱いだなんて事、何人の人が知っているのだろう。外では覆面もしているし、毎年夏はしんどいんだろうなぁ。

「でもいっつも覆面してるのに、変な感じに日焼けはしてないよね」
「……昔から日焼けしにくい体質なもんで」
「たしかに。色白だよねぇ」

上半身裸のカカシの体をまじまじ見つめていると、「そんなに見ないで頂戴…」と女っぽい口調で言われてつい吹き出してしまった。「おネェか!」と突っ込むと、小さな黒子のある口元に、緩い笑みが浮かぶ。色白の肌といい、綺麗な筋肉のついた上半身といい、腕に艶めかしく残る暗部の刺青といい、男なのに妙に色っぽい人だ。暑さでへばっている時のカカシは何故か、更に色気が増すような気がする。

「あぁ……暑くて頭がんがんしてきた。カカシ助けて」
「仕方ないなぁ」

カカシが転がるようにベッドから抜け出した。

「冷たいお水が良いです」
「はいはい」

しばらくしてキンキンに冷えた水をいれたコップを二つ持って、カカシが部屋に戻ってきた。体を起こして、お礼を言いながらコップを受け取る。

「こう暑くちゃ何にもする気にならないね。せっかくの休日なのに」
「やっぱりまた冷房いれようか」
「うん…でも冷房かけっぱなしの部屋にずっといると体の調子が狂うんだよなぁ」
「部屋で運動してれば体も固まらないんじゃない」
「運動とは……」

にやっと妖しく笑うカカシに頬が引き攣る。エロカカシ……。昨日も疲れるまでしたのに……。





「アイス買いに行こうよ」

そう言ったのはどちらだったか。言ったのがどちらだったとしても、同意した方も同罪である。
あたしとカカシはうだるような暑さの中、外に出たことを後悔して呪詛のような悪態をつきながらスーパーへ向かっていた。許されるならば着ている服を全部脱ぎ捨てたいぐらいの蒸し暑さだ。

「死ぬ……」
「死ぬとかいうんじゃないよ……」

軽口をたたき合いながら店内に入ると、途端に冷気に包まれる。寒いぐらいの冷気がいまは愛おしくてたまらない。

「カカシ、あたし次は氷遁をマスターしようと思う」
「マスターどころか初歩から無理でしょ…」
「そんなのわかっているけれど…!」

あたしも写輪眼がほしい。そしたら氷遁でもコピー可能なんだろうな……恨めしげにカカシの閉じた左目をみると、カカシは心底呆れた様子で「アイスキャンディーの術とかは無いからね」とあたしをたしなめた。

箱入りアイスのコーナーを物色していると、「げ、カカシ先輩……晴さんも」と聞き慣れた声がしてふりむく。

「ああヤマトさん」
「げ…って、オレお前になんかした?」
「なんかした?じゃないですよ……自分の胸に手をあててよく考えてください」

青ざめながらヤマトさんが後ずさる。そういえば前にヤマトさんから聞いたのだが、二人が暗部に所属していた頃、夏が来ると、暑さに弱いカカシはいつもの5倍の傍若無人ぶりで散々ヤマトさんを使いっぱしりにしていたらしい。最終的に冷房も買わされたんだとか。後輩に冷房を買わせる男はたけカカシ…酷すぎる。するとあの部屋の冷房はヤマトさんが買ってくれた物なのか。あたしもその恩恵を日々受けていたのだなぁ。

「ちょっと晴さん、何ボクにむかって手を合わせて拝んでるんですか…」
「いやぁ、いつもカカシ共々お世話になってます…あなたの買ってくださった冷房に…」
「うっ…トラウマが…」

カカシはあたし達のやりとりをもはや聞いておらず、氷菓を両手にオレンジかレモンのどちらにするかで悩んでいる。惚れ惚れするほどマイペースだ。

「ヤマトさんは…おお、あずきバーと宇治抹茶練乳バーですか。予想通り」
「予想通り…?アイスで一番美味いのはこの二つですからね」

一番美味いのがこの二つ。ヤマトさんも暑さで言葉が崩壊してるなぁ、と思いつつ、またカカシの方を振り向くと、カゴにガンガンアイスをつっこんでいた。甘い物は嫌いでも氷アイスの類いは食べるんだよね。白地に青い水玉模様の、あのドリンク味のアイスやら、輪切りレモンがのったアイスやらが詰まったカゴに、あたしもすかさず自分の好きなアイスをいれていく。

「先輩達買いすぎじゃ無いですか…」
「オレが買っといてもすぐ晴に食われるからね…大目に買っとかないと」
「だってカカシ食べないでずっと冷凍庫に入れとくんだもん。気になって仕方なくてさぁ。もう食べないのかなぁと思って、あたしは気を遣って食べてあげてるだけだよ」
「……ね、恐ろしいでしょ。風呂上がりにあのアイスを食べるって決めてたのに、冷凍庫開けたら無くなっているという絶望」
「……カカシ先輩も意外と苦労してるんですね」



ヤマトさんと別れて、またうだるような暑さの中、家に戻った。もちろん即冷房をつけて、アイスを冷凍庫にしまった。

「カカシー、何アイス食べる?」
「んー、あの二つに割る白いヤツ」
「じゃーあたしもそれにする」

水玉模様の袋をあけて、二本連なったチューブ型の容器を、ぱきっとわけて、片方をカカシに差し出す。

「あー生き返る…」

シャーベットアイスが喉を通過して、きーんと頭が冷えた。

「頭痛い…」
「一気に食うから…」

ハハ、と笑うカカシの前髪は、汗で額に貼り付いている。そのままじっと見ていると。

「んー?」
「いやぁ、暑さでバテバテのカカシは…今年も変わらず妙に色っぽいけど、でもさすがに素顔にも見慣れたもんだなぁと思いました」
「……見飽きたって?」
「いや、見飽きては無い」
ぶんぶん頭をふるけれど、カカシは不服そうに「たまにはドキドキさせないと駄目か」といって、あたしの手からアイスを奪った。
「あぁあたしのアイス…!」
「いやそういうドキドキじゃなくてね?」

カカシに顎を掴まれて、キスをされたかと思うと、いつにない性急さで唇をこじあけられて、冷たい舌が口内を探るように動く。そういう雰囲気でもなかったのに突然の、奪い尽くされるような口づけに驚いて、カカシの思惑通りドキドキと心臓が高鳴った。
シャーベットの爽やかな甘さと冷たさが舌の間で溶け合う。

冷たい。


けど熱い。



「カカシ…飽きてないから」
「そう?」
「慣れても変わらず、ドキドキします…」
「そりゃ、どうも」

カカシがふっと柔らかく笑う。
この笑顔にあたしは昔から弱いのだ。




Summerday B



end.



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