夢 | ナノ
白い猫
私は白い猫を飼っている。名前はシロ。安直なネーミングだと思うかもしれないが、真っ白な毛並みがきれいな子なので、シロという名前が本当にぴったりなのだ。

カカシも最初は『ふーん猫なのにシロ。犬みたいな名前だね』なんて言って、興味なさそうにしていたけれど、人懐っこいシロはそんなカカシの膝の上によじのぼり、ニャーとすぐに甘えてみせた。カカシは『いてて爪が刺さる』だとか『オレは犬派なんだって』だとか文句を言っていたけれど、本を閉じてシロの頭をそろりと撫でてみたら、シロがすりすりと頭を擦りつけて甘えたので、横顔でもわかるくらい、でれでれした表情になった。
シロのくりくりのお目々に見つめられて、崩落しない人などいないのだ。

それからカカシは私の部屋に来る度にシロをかまった。シロを抱き上げて『猫ってこんなに体が伸びるんだねぇ』と微笑んだり、膝の上でまるくなるシロの頭を片手で撫でながら本を読んだり。ちょっと、嫉妬してしまうくらいにカカシはシロの事を気に入って、かわいがっていた。

『まあ、シロはオスだからいいけどさ』
『……ははは、お前まさか猫にヤキモチ妬いてんの?』
『別にー?』

私が膨れていると、カカシは笑いながら手招きをしてくれる。そうして座っているカカシの肩に凭れてうとうとしていると、カカシは時々私の頭を撫でてくれて、『お前もなんだか猫みたい』なんて言うのだ。

『猫みたいかなあ。どちらかというと私は犬っぽいと言われるんだけど』

この間紅に言われたのだ。『あんたは素直で可愛いわよね……。カカシに対してもいつも正直だし』あの日の紅は珍しく思い悩んだ様子だったけれど、アスマと仲直りできただろうか。猫みたい、というのは紅のような女性のことを言うのだろう。

『ほら私って素直だし』
『自分で言う?』
『だって本当の事だもん。私はいつでもカカシの事が大好きだよってお伝えしてるのに』
『……してるのに?』
『カカシは全然言ってくれない』

寄りかかったままじっとカカシを見上げると、カカシはぷいっと目を逸らす。

『言わなくても……わかるでしょ?』
『……わかんないよばか』

カカシも私の事を好きでいてくれてるって事ぐらい、もちろんわかっている。一応ちゃんと告白があって、付き合おうという事になったのだし、こうしてカカシに密着できる距離にいることを許されているのは、多分私だけだと思う。他にもいたらそれは浮気だ。
だけど女というものは、わかっていても言葉を欲しがる生き物では無いだろうか。カカシはどうにも言葉が足りない傾向にある。付き合う前に抱いていた器用な男という印象は、実際恋人になってみると覆り、カカシもごく普通の不器用な男性なのだなと思うこと多々アリなのだった。

別に、そんなカカシを試そうと思ったわけではないのだ。断じてそんな、趣味の悪い理由でこうなったわけではない。

忍たる者、齢いくつになろうとも鍛錬を怠るべからず。座右の銘としてかかげている訳でもないけれど、私はあらゆる術の研究に余念が無かった。忍術を研究して覚えるのは、もはや趣味に近い。はまった事には凝る方なのだ。覚えはしても実戦で使えるかどうかはまた別で、自分の元々の素質、チャクラの量、性質に合致した物で無ければ使えるレベルにはならないのだけれど。――今回の術も、いのいちさんに頼み込んで教えて貰ったのだけれど、恐らく実戦で使う事は出来ないだろう。

私の素養では、動物を対象に数分間が精一杯で、とても人間にはかけられない。

だから、私はあくまで修業をしていただけなのである。
カカシを騙すつもりなんてなかったし、何か悪巧みをしていた訳でもない。

愛猫シロの体をちょっとばかり借りて、試してみていただけなのだ。まさかシロの体の乗っ取りに成功した瞬間、カカシが部屋を訪ねてくるなんて。今日の任務がこんなに早く終わるなんて聞いてない!

「……あれ?寝てんの?」

いつものように窓から顔を出したカカシが、ベッドの上で横たわっている私を見て目を丸くする。こんな昼間に人形みたいに眠っていたら、不思議に思うのも無理は無い。

「ニャー……」

試しに声を出してみたけれど、やっぱり猫の鳴き声しかでなかった。カカシは私を――私が精神を乗っ取っているシロの事をみて、「お邪魔するよ」とにっこり微笑んだ。靴を脱いであがりこみ、いつものようにシロの頭を――今は私が中に入っているわけだけど――優しく撫で回す。
こんな低さからカカシを見上げたことなどないし、カカシの手のひらがいつにもまして大きく見えて、私はびくりと体を揺らした。「ん?……どーしたの?」いつもと違う反応に、カカシが不思議そうな顔をする。

「ニャーン……ニャアニャア……ニャー」
(ちょっと心転身の術ってやつを試してみたんだけど、これって時間が経ったらちゃんと戻るんだよね?)
「にゃんにゃん言って今日もかわいいねーお前は……」

駄目だやっぱりまるで伝わってない。ふいにカカシの手が伸びてきて、ふわりと体が浮き上がる。いつものようにカカシがシロを抱き上げたのだ。

「ニャー!!」(の、伸びる!怖い)
「暴れないの。オレの事まさか忘れちゃったの?」

カカシの鼻が近づいてきて、こつんと私の鼻にぶつかった。これは……いつもカカシがシロにやっている鼻ちゅーだ。何だか変な感じ。
そのままカカシに抱きかかえられて、頭を優しく何度も撫でられた。カカシの手、温かくて気持ちいい。大きな体に包み込まれて、何だかとっても安心する。シロはいつもこんなに良い思いをしていたのか。
いや、私だってカカシに抱き上げられたことぐらい……あれ、あったっけ?

「お前の飼い主さんは、こんな真っ昼間から寝てんのかねー?」

カカシは私を撫でながら、ベッドに眠っている私(本体)の方を見ているようだった。それからベッドに近づいていき、腰を下ろした。カカシの膝の上から、寝ている自分の姿を見ているのは不思議な気持ちだった。すやすやと気持ちよさそうに寝ている私は、とても魂が抜けている人間とは思えない。口とかだらしなく開いて無くて良かったぁ……。

カカシは暫く黙って私の寝顔を見つめていた。え、何で起こさないのかな。起こしてくれていいのに。あ、でも、起こされても、私の精神は今シロの中にいるわけで――私が起きる事は無いって事?
そしたらカカシ、心配しちゃうかも。何をやっても起きないなって、どうしたんだ!?って焦っちゃうかな。

ハラハラしていると、カカシの手が眠る私の頭にのび、そっと、本当に静かに髪を撫でた。起こすつもりではないらしい。

あんな風に優しく髪を撫でてくれているのか。――私に触れるカカシを、こうして別の視点から見るのはやっぱり不思議な気持ちで、新鮮で、何だかちょっと照れくさかった。カカシは黙ってずっと私の髪を撫でている。なんだか……ただそれだけなのに、愛されてるって感じがする。むずむずとした照れと幸福感に包まれていると、カカシはふいに身をかがめた。猫の私は、彼の膝の上から慌てて抜け出す。そして、カカシが私の唇に、――もちろん寝ている私の方の唇に――そっとキスをするのを目撃してしまった。


うわあ、なんだか……めちゃくちゃ恥ずかしい。ドキドキする……。

さらにその後彼が言った言葉に、私の息の根は止まりそうになった。

「晴、愛してるよ」

……起きてるときに言ってよーー!!

シロの中で身悶えしていた私が、自分の体に戻れたのはその数分後の事だった。なお、照れくさくて私は暫く寝ているふりをしなければならなかった。カカシにバレたら、何を言われるかわかったもんじゃないからだ。ねちねち言われてお仕置きされるくらいなら、黙っていた方が良い。そして何度も思い出してにやにやしてやろうと思う。


20180122 ※拍手に入れてました。


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