そして迎えた放課後。カカシの家までの道を、ふたり並んで歩く。
昨日は自然と手を繋いで歩けたのに、今日は離れたままだ。正直なところ、このあとのことを考えただけで、緊張してしまって、手に汗をかいているので、この状況はむしろありがたいかも。
……って、ただカカシの家に遊びにいくだけなんだけど!べつに、変な想像をしてるわけじゃないんだけども!
「晴?」
「ひえっ!?」
「……どーしたの、変な声出して、変な顔して」
「変な顔って……」
カカシがくすくすと笑う。
「そんなにガチガチになられると、オレもやりにくいんだけど」
「や、ややや、やりにくいって何が???」
「ハハハ……何想像してんの?」
「何も、想像なんか!」
「……そ?初めて来るわけじゃないんだし、そんなに緊張しないでよ」
「昨日の借りを返せって言われたら、みがまえるよ……」
緊張しちゃうのは、カカシが意味深な事ばかり言うせいだよ。カカシは何か納得したような顔をして、また笑った。
「ああ、オレは晴と一緒にいれたらそれだけで嬉しい、っていう意味をこめて言ったんだけど。なるほど、もっと色んなことを想像してくれたわけだ?」
そういってにっこり笑う顔は、どっからどうみても悪魔だった。
「……っ!!」
「冗談だよ。そんなに急いでないから大丈夫」
「……。」
それはそれで、ゆっくりと、でも確実に。
いずれは色々されてしまう……って言われたようなもので。
あたしは何も言えずに赤面するしかなかった。
「……まぁ、誘ってみたけど、家で何しようかオレもあんまり考えてなかったんだよね」
「そうなの?」
「うん。昨日一緒に帰れなかったから、今日はもっと一緒にいたいと思って言っただけで。何をするかまでは正直考えてなかった」
カカシってこんなに素直で、ストレートなやつだったんだ。一緒にいたいって言われただけで、甘酸っぱい気持ちで胸がうずうずする。
「うーん、何しよう?」
「……前に晴が来たとき、ゲームやりたがってなかったっけ?」
「ああっ!Weeがあるんだよね!カカシんち」
「オビトのだけどね」
うーん。でもでも、付き合ってから初めて、彼氏(彼氏って響きがなんかもう照れる)の部屋に遊びに行くのに、ゲームってあんまり色気がないよね。
って、いやいやいや。何、色気とか言っちゃってるんだろうあたしは。
「晴ってほんと百面相で面白いよね」
「えっ!?」
「何考えてんのかまではわかんないけど。赤くなったり青くなったり」
「……そんなに顔にでてる?」
歩いているうちに、もうカカシのマンションが見えてきた。手、つなげなかったな。
口に出したわけじゃないのに、カカシも同じ事を思ったみたいで、まったく同じタイミングで、伸ばした手が触れ合った。指先がふれあうだけで、心臓が爆発しそうになる。そのまま無言で、指を絡めて、ぎゅっと握ろうとしたとき、
「あれ?晴じゃん」
ばっと手を離して、カカシと同時に振り向くと、カバンを片手でしょってるオビトが立っていた。
「オビト!?……部活は?」
「ん、顧問が体調不良で中止んなった。しばらく試合も無いしな」
「……オレになんか用?」
「おいおい、カカシ、そんな怖い顔するなよ」
オビトが笑いながら冷や汗をかく。カカシをみると、あからさまに不機嫌そうな顔をしていた。
「いや、暇んなったからカカシんちにあがりこんでゲームでもやろうかと……」
「勝手に決めんな」
「冷たい!いつからそんな冷たい男になったんだカカシ。オレたち親友だろ!そしてWeeはオレのだ!」
「うん、オマエのだね。もってかえって自分ちでやれ」
カカシって笑顔で人を威圧できるんだな、すごい。
「つーか、何で晴がいるんだ?また勉強でも教えてもらいに来たのか?」
「えっと、その……」
「オレと晴、付き合ってるから」
「へ?」
しどろもどろになってるあたしと対照的に、カカシがきっぱりいった。オビトはふいをつかれて固まる。
「お、おお!?そうだったのか??いや、仲良いなとは思ってたけどさ」
「オビトごめん、黙ってたわけじゃないんだけど。ていうか昨日か「ってわけなんで、オレたちの邪魔しないでくれる?」
あたしの声はカカシにさえぎられ、カカシは相変わらずの笑顔(with黒いオーラ)でオビトを威圧している。
「……は、はは、じゃあまた今後にす「オビト待って!!」
あたしは必死にオビトの腕に縋り付いた。
「せっかくだから一緒に遊ぼう!!ね!!」
オビトは困り気味の笑顔で、冷や汗をかいている。けれど、あたしは一切オビトの腕を離すつもりはなかった。
だって、こんな不機嫌オーラをまとってるカカシとこの後、二人きりになっちゃったら、危険すぎるんだもん!!
「お待たせいたしました。イチゴパフェスペシャル・チョコレートブラウニー添え、でございます」
ウェイトレスさんがことりと机に置いたそれをみて、あたしは歓声をあげた。
「きゃーー!!美味しそう〜!!CMで見たときからずっと食べたかったんだよね!!」
「すっげ、甘そう」
「晴、ほどほどにしとかないといつか糖尿病になるよ……」
男二人のツッコミをよそに、あたしはパフェスプーンを、まずはイチゴアイスに差し込む。
「にしても、いつから付き合ってたんだ?やっぱりプラネタリウムで会った時にはもうデキてたの?」
――デキてたって言い方はなんとなく下品だからやめてほしい。結局あの後、カカシの家にはいかず、近くのファミレスでまったりすることになった。カカシは不服そうだったけど、なんだかんだで三人で遊ぶことを了承してくれた。
「まぁ、できてたようなものだね」
「えっ、そうなの!!?」
「あのときにはもう晴もオレの事好きだったでしょ」
「ちょ!カカシ、なんでそういう恥ずかしいことを……」
「へー。カカシが先に好きになったんだな」
オビトがフライドポテトを口に運びながら、「気づかなかったわ……」とつぶやいた。うん、オビトって超がつくほど鈍感だもんね。まあ、あたしだってずっとカカシの気持ちに気づかなかったわけだけど。
「そういうわけで、もう晴はオレのだから。ちょっかいかけないでね」
「オレがいつちょっかいかけたよ!」
「そうだよ!もうオビトの事好きじゃないし!」
「おい晴、なんかその言い方は傷つくわ」
ゲラゲラ笑いながら、それぞれドリンクバーのジュースを飲んで、一息ついた。
少しだけみんなが沈黙したあと、オビトがぽつりと言った。
「ちなみに、リンはもう知ってるのか?」
「ん……、昨日、あたしから話したよ」
あたしはそれだけ言って、オレンジジュースをストローで吸う。
「そっか……」
オビトはそういって黙った。
カカシは何も言わない。昨日あたしが、カカシに送って貰うのを断って会いに行ったのがリンだと聞いて、カカシはどう思っているだろう。リンがカカシに告白したって事、あたしはもう聞いてしまったのだけど。
「って。そういえば!オビト!ついにリンに言ったんだね?」
「えっ。……あ、ああ。リン、何か言ってたか?」
オビトの顔が緊張に強張った。
「んーと、まだ、考えてるみたい、だったけど」
「そうかー……はぁ……」
「何ため息ついちゃってるの。オビトらしくないよー」
あたしがオビトの肩をたたいて慰めると、カカシも「そーだね。何も考えないでバカみたいにつき進むのがオビトでしょ」と言った。
「カカシ……オマエまだ怒ってるのか?晴と二人っきりなのに邪魔したから……」
「わかってるんだったら空気読みなよね」
「まぁまぁ……」
「ていうか、カカシ、お前もリンに……その……」
オビトは言いかけてから、あたしの顔をみて、思い直したように口をつぐむ。
「あたしもそれは気になってた。……昨日、かるーく聞いたんだけどね」
カカシのほうに向き直って、首をかしげると、カカシは決まり悪そうな顔をした。
「まぁね。……あんまりベラベラしゃべるような事でもないでしょ」
冷静にそう言われては、あたしもオビトも打つ手なしだ。無糖のアイスコーヒーを飲んでいるからか余計に、カカシが大人に見える。
「まあ、リンの事はオレも好きだけど」
カカシがそう言った瞬間、胸がぎゅっと嫌な音をたてた。オビトが息を飲む音が聞こえる。
「オレもずっと、片思いしている子がいるから。リンの気持ちには答えられないって、謝ったよ」
カカシはそう言うと、ストローをまわした。
カランと氷が音をたてる。
カカシにそう言われたとき、リンはきっととても悲しかっただろうな、と思うのに。
カカシがそんな風に言ってくれたことに、ほっとしてしまっている自分もいる。
何だか性格悪いな、あたし……。
「そーか……あー……」
オビトが大きく息をつきながら、腕を伸ばしてテーブルに突っ伏した。オビトも、ほっとしているんだろうか。
「……オビトはずっと待ってるよ、って。リンに言っといたからさ」
「……晴」
「がんばれ、オビト!」
にかっと笑ってオビトを見たら、オビトも顔をあげて「おう!……ありがとな」といつものように笑ってくれた。
「うまくいくといいね、オビト」
「そーだね」
オビトと別れて、あたしの家までの帰り道。今日こそ送っていくよ、というカカシの言葉に甘えて、二人並んで歩く。
「リンも、もうすぐ留学しちゃうんだもんね」
あんまり時間がないよなぁ、と思いながら空を見上げる。一番星が頭の上で光っていた。
「いくら時間があっても、そう簡単にはいかない事もあるからね」
カカシの言葉にあたしもうなずく。どんなに時間があっても、想いを伝えられなかった時のことを、ぼんやり思い出して。
この公園を越えたら、もう家についてしまうなぁ、と思った。
「まだ夜は寒いね」
「そうだね」
「手、冷たい?」
「え?」
ふいに握られた手に、カカシの熱が伝わってくる。
「やっぱり、冷たい」
「……カカシの手はあったかいね」
「晴の手小さいな」
「カカシのが大きいんだよ」
ドキドキしながら、つないだ手が、じんわり温まってくる。
「明日、休みだね」
「うん。……カカシはバイト?」
「明日は休み」
「そっか……あの、「「明日も」」
「「明日も会えない?」」
二人で顔を見合わせて、一瞬だけ驚いて、笑いあった。
「何だかまだ夢みたい」
「……オレも」
つなぐ手の暖かさに、いつかは慣れていくのかもしれないけれど。今はまだ、ドキドキがとまらなくて、この緊張が心地よい。
「それじゃ、また明日。送ってくれてありがと」
「うん。また明日。……電話していい?」
「うん……!」
ひとつひとつがみんな初めてで、とても嬉しい。ちょっとした約束で、こんなに胸がおどるなんて。
その後帰宅したあたしは、またもや窓から一部始終をながめていたらしい姉に、「昨日の外泊は男の部屋だったのか〜?」などとあらぬ疑いをかけられたりして、大変だったのだけど。
今晩電話する約束と、明日もカカシに会える嬉しさで、にやにやせずにはいられないのだった。
end.
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