『ama・gri・ama』を出ると、外はすっかり夕暮れだった。

「それじゃあ、また明日」

そういってカカシを見上げると、カカシは何故か不服そうな顔をしていた。

「また明日って。家まで送るよ?」

カカシの申し出はとても嬉しかったのだけど、あたしにはどうしても、それを断らなければならない理由があった。

「うーんと……ちょっとこれから買い物があって」
「オレも付き合うよ。もうすぐ暗くなるし」

そういって優しく微笑まれてしまったらもう、どうすればこの局面を逃れられるのかわからなくなってしまう。

けど、今日は絶対にだめだ。どうしても今日、これから――あの日の約束を果たさなければ。

「……そんな困った顔しないでよ」
「え?」
「なんか言えない事情があるの?」
「……うん。ごめん」
「わかった。今日は聞かない」
「……ありがとう!」
「この借りは必ず返してもらうよ」
「えっ!?怖い!!」

カカシは笑いながら、深く追求しないでくれた。

駅前でカカシとわかれてから、少し本屋によって時間をつぶす。しばらくしてポケットの中で携帯が震えた。数分前に送ったメールの返事がきていた。

『おつかれ〜。話ってなに?今日はお母さん帰りが遅いから、私の家にきても平気だよ』
『ありがとう。今から30分後くらいに行くね!」

打ち終わってひとつ深呼吸をする。

バス乗り場には当然、もうカカシの姿は無かった。今日は一緒に帰るわけにはいかなかったんだ。どうしても。

今日、カカシに好きだといって、両思いになれて。とてもうれしくて、今まで感じたことも無いような気持ちで、胸がいっぱいになった。

けれど、心の中に、どうしてもちらついたのは。あの日見た、泣き出しそうな笑顔だった。

『リン。あたし、前に話せなかった好きな人の事……好きだった人の事、いまはもう話せるよ。また今度、話聞いてくれる?それでできれば、リンの話もいつか聞きたい』

あの時の約束を、今日果たすんだ。









「一番に話してくれてありがとう」

ベッドの上でクマのぬいぐるみを抱きながら、リンが言う。

「……」

リンのことをまっすぐに見る勇気が無くて、あたしは押し黙ってしまった。

こんな時、なんて言えば良いんだろう。ごめんね、は違うと思う。

カカシと付き合うことになったという事実と、そこに至るまでの簡単な経緯をありのままに話して、そして。
そこから先のことは、正直考えていなかった。

「あのね晴ちゃん。私はほんとに二人が付き合ってくれて嬉しい」

その声は穏やかで優しくて、……あたしはやっと顔をあげて、リンと目を合わせた。

そこには、ただ柔らかく笑う、いつも通りのリンがいた。あの日見た泣きそうな笑顔じゃないことに、ひとまずほっとしてしまう。

「晴ちゃんは、カカシと付き合うことになった今日、すぐに私に教えてくれたのに、私はまだ言ってなかったことがあるの」
「え……?」
「私、カカシにもう一度告白したんだ」
「……!!そ、そうなの?」

いったいいつ??びっくりして、頭の中をいろんな考えがめぐる。

カカシからは一言も聞いてなかった。いや、カカシがあたしに言う義務なんてないんだけれど。こんなに可愛い幼馴染に告白されて、カカシは、揺らがなかったんだろうか。

「結局、またもや振られちゃったんだけどね」
「……」
「……でも昔、カカシに告白したときは、ちゃんと気持ちが伝わるどころか勘違いされちゃったんだ。その時、友達として好きだって言われたことに落ち込んで、それ以上の事を伝える勇気もでなかった」

リンは一旦言葉を句切って、懐かしそうに笑った。あたしはだまって続きを促した。

「今回はちゃんと、伝えられたから。……振られたけど、今はもう苦しくない。今までの私はうじうじしてばかりで、きちんと自分の気持ちに向き合ってこなかった。……だけどあの日、春休みに、晴ちゃんとカカシに偶然あった日に、オビトが私の背中を押してくれた。『好きな奴に好きな奴がいるからって諦めるのかよ』って、オビトが言ってくれなかったら、私は……。いつまでもカカシの事を、諦めたふりをしながら、ずるずる引きずり続けるだけだったんだと思う。」
「リン、頑張ったんだね」
「うん。……こうして頑張れたのも、オビトと晴ちゃんのおかげだよ」
「……あたしも?」
「うん。だって、あの時オビトが言ってた、『真っ直ぐに気持ちを伝えることから逃げなかった奴』って、晴ちゃんのことでしょ?」

微笑むリンに、あたしは素直に頷いた。

「うん。……あたしが前に言ってた、ずっと好きだった人は、オビトの事だったんだ」

あたしはオビトのことが、ずっとずっと大好きだった。そしてオビトは、リンの事をきっともっと、ずーっと好きだった。

「……リン。もしかしてオビトは……」
「うん。……私、あの日、オビトに告白されたの」

リンは、クマのぬいぐるみに口元をうずめてしまった。あたしもマグカップに口をつける。すっかりさめてしまったココアを一口飲んで、リンが続きを話してくれるのを待った。

「……私、オビトに言われてやっとわかった。晴ちゃんが誰を好きだったのか、どうして私には言えなかったのか」
「あたしもあの日、初めて気づいたよ。……リンの好きな人が誰なのか」
「私はずっと、晴ちゃんの好きな人はカカシだと思ってたの」
「あたしはリンの好きな人が誰なのか、検討もつかなかったよ……」
「カカシの好きな人もわからなかったでしょ?」
「そ、それを言うならリンだって!オビトの好きな人、わからなかったでしょ?」
「……ふふっ」
「……あははっ、なんだかあたしたちって」
「うん……。みんながみんな、片思いしてたんだねぇ」

リンがしみじみ言った。あたしも色んな事を思い返して、何だかしみじみしてしまう。

「それじゃあ、あの時は……」
「晴ちゃん、オビトの誕生日の時って……」

そこからは、お互いに、ずっと聞きたかったことを、言えなかった事を、聞いて、話して、のどが渇くくらいしゃべり続けた。

あたしはずっと、リンとこうしたかったんだと思う。

長い長い胸のつかえが消えてなくなったみたいに、あたしたちは暫くぶりに、心の底から何でもさらけ出して話すことができた。……いつから、お互いに何もかもを話せなくなっていたんだろう。

今日やっと、本当の意味で、リンとあたしは親友になれたんだ。

「それじゃ、オビトにはまだはっきり返事してないんだ?」

結局あの後、リンのお母さんが帰ってきてからも、あたしたちはまだまだ喋り足りなくて。
今夜はもう遅いし泊まって行きなさいというリンのお母さんの言葉に甘えて、あたしは今、リンと二人並んでベッドに入っている。

「うん。……正直、オビトのことを一度もそういう風に見たことが無くて。カカシの事は本当にもう、ふっきれられたんだけど……もう少し気持ちの整理をしたかったんだ」
「そっか。……リンの気持ちが落ち着くまで、オビトは待つよ。……だって、オビトがどれだけ長い間リンの事を好きだったと思ってるの?」
「うう……本当に、全然気づかなかった……」
「あたしはオビトにずーーーーっとリンの話を聞かされてたんだからね」
「……そういう晴ちゃんは、カカシの事いつ好きになったの?」
「うっ……それ聞く?」

リンと恋の話ができる日がくるなんて。本当に楽しくて、リンも本当に楽しそうで。

いつまでも眠くならなくて、リンのお母さんが怒って部屋のドアをノックするまで、あたし達は飽きずに話し続けた。






「なんか今日、機嫌いいね」
「そう?」

いつもの屋上で鼻歌まじりにパンの袋を開けてたら、カカシに突っ込まれた。

「オレと付き合えてそんなに嬉しい?」
「うっ」

口に含んでいた生プリンシューロールをもどしそうになる。……そういえば昨日から、カカシと付き合ってるんだった。
なんて言ったら、カカシはものすごく怒るに違いない。

「……今、なんかすごくオレに失礼なこと考えてたでしょ」

ぶんぶんぶん!!と頭を横にふって否定するあたしを、カカシはジト目で見ている。

「はぁ、オレの片思いはいつ報われるんだか」
「なっ……昨日言ったじゃん。あたしもカカシが好きだって」
「え?」
「……ん?」
「聞こえなかった。もう一回言って」
「なっ、なっ……!!!!」
「アハハ、なっ、しか言えなくなった?」
「カカシ……!」

からかわれて真っ赤になるあたしを、カカシはゲラゲラ笑いながら見ている。もしかして、昨日リンの家に行くことを秘密にして帰ったこと、まだ根に持ってるのかな?

「そうだ、今日の放課後は付き合ってもらうよ」
「うん、別にいいけど……」
「早速借りを返してもらおうか」
「借りっ……!?」
「オレの部屋掃除しておいたから」

なにやら怪しい顔で笑うカカシに、身の危険を感じてぞくぞくする。掃除しておいたって言うけど、カカシの部屋は突然行った時も綺麗だったじゃないか。

「付き合ってからオレの部屋にくるのは初めてだね、晴」

あれ、何で笑っているのに怖いんだろう。あたしは震えをごまかすために、ヤケになって、がぶがぶと生プリンシューロールにかじりついた。いつもならすごく美味しいのに、今日は胸焼けしそうなくらい甘い。

end.
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