三月に入ってすぐに学年末考査一色になった。この前テストがあったと思ったら、またテスト。高校生って人生で一番勉強する生き物なんじゃないだろうか。

テスト期間は、リンの委員会もオビトの部活も休みだから、皆で一緒にお昼を食べられた。晴れた日は寒くても皆で屋上に出て、ひなたぼっこしながら食べるようになった。澄んだ空気の中で食べるごはんは美味しかったし、屋上で食べていると自然とカカシも一緒に食べるようになって。四人でわいわい食べているのがちょっと不思議で、何だか嬉しかった。

この前の事は夢だったのかと疑いたくなるくらい、カカシはあれからこれまでと変わらない態度だった。今まで通りすぎる事にモヤモヤしてしまうのは何でなんだろう。変わった事と言えば、カカシと二人きりでお昼を食べる事が無くなってしまった事ぐらいだ。

オビトの方も相変わらず、あたしに普通に接してくれている。
それに関しては全く不自然さを感じないくらいで……あたしは今までよりずっと楽な気持ちで、オビトと話せるようになっていた。

最終日の数Uが終わって、教室はクラスメイト達の声でがやがやしていた。テストの結果はどうあれ、春休みを目前に、みんな浮き足だってしまうのは仕方の無いことだ。

あたしも色んな意味で……終わった……という余韻にひたって、机に突っ伏していた。

「晴ちゃん、春休みあそぼうね」

リンの笑顔がまぶしい。あたしが補習にならないことを、リンも祈っていてね、と半泣きで言ったら、さすがのリンも困り笑いをしていた。

リンとオビトが帰るのを見送って、あたしは図書室へ寄る事にした。テスト期間だし借りるのを躊躇していたんだけど、春休みは長期で本が借りられるのだ。最近、あたしの好きな作家の本が増えたのを図書室だよりで見た。

廊下を歩く道すがら、思い浮かぶのはカカシの事だった。今日は朝、おはようと挨拶したきり話していない。テストは午前中で終わったから、皆で一緒にお昼も食べていない。

図書室は校舎の端にあるから、他のクラスの教室の前を通る。テストが終わると一目散に帰る生徒ばかりだから、どの教室も殆ど人が残っていない。隣の教室の前まで来たとき、教室の中から聞き覚えのある声がして、あたしは思わず立ち止まった。開きっぱなしのドアから教室の中が見えた。


電気の消えた教室は、窓際の一列だけが日差しを受けて明るい。その窓際の机を挟んで、男女が向かい合って話をしていた。

艶やかな黒髪の、遠目にみてもわかるほど、目鼻立ちがはっきり整った容姿の女の子。

同学年なのに、女の子というより、女の人といったほうがいいんじゃないかと思うくらい大人びた雰囲気の子だ。制服が似合わないぐらいで、微笑む表情が色っぽくて、眺めているだけでどぎまきしてしまう。

話したことは無いけれど、その子の名前は知っていた。文化祭のミスコンで、一年の時も二年の時も、ぶっちぎりの一位だったのだ。

「紅は……でしょ」
「そうね……でも……よ」

そう。彼女は夕日紅さん。話の内容までは聞こえてこないけれど、「紅」と彼がそう呼ぶのを聞いて、何故か胸がつきりと痛んだ。
夕日さんと向かい合って、こちらに背中を向けて話しているのは……カカシだった。あの色の髪をしている少年は、学校中探しても一人だけなのだ。

顔は見えないのに、カカシが笑いながら話しているのが、声の調子でわかった。夕日さんも柔らかく笑っている。正午少し前の日差しが照らす教室で、二人は和やかに会話していた。

美男美女って、絵になるんだなぁ。カカシが夕日さんと話しているところは、以前も見たことがあるはずなのに、あたしは何だか、今までと違った気持ちでそれを見ていた。前に見た時は、カカシと仲良くなる前だったからなのかもしれない。

なんだか取り残されたような気持ちで、ぼんやり二人を眺めていると、話していた夕日さんがふと、こちらを見た。目があった瞬間我にかえって、居たたまれない気持ちになる。じっと覗き込むように見ていたから、カカシのストーカーだと思われちゃうかも!?

夕日さんはあたしの事を不思議そうな顔で見たあと、ふっと微笑んだ。――妖艶という言葉がぴったりの笑みだ。

そしてふいに、夕日さんはカカシの肩に手をのせた。そしてそのまま、カカシの耳元に口を寄せる。

……キスする!?

そう思った途端、胸の奥にざわりと嫌な感覚が広がった。
彼女の白く細い指がカカシの首を触るのを、あたしは声も出せずに見ていた。


「……みて、カカシ」
「……え?」

しかし夕日さんの唇は、カカシの耳に触れる事は無かった。耳元で二言、三言、何かを囁いたみたいで、カカシが急に振り向いた。

「……晴」

ちょっと驚いた顔をしているカカシに見つめられて、身がすくんだ。

「……あ、……えっと」

見てはいけないものを見てしまったみたいに、あたしの心臓はどきどきしていて、何だか、恥ずかしくてたまらなかった。カカシはきょとんとした表情をしている。

「やっぱり、あなたが晴ちゃんね?」

夕日さんがにっこり微笑んだ。少し癖のある黒髪が、日差しを受けて艶やかにひかっている。美しいとしかいいようが無い彼女の笑みに、またどきどきしながら、あたしは小さく頷いた。

「カカシから良く聞いていたわ」
「……紅」
「あら、まだ何も言ってないわよ?」

カカシが牽制するように声をかける。カカシが女の子にこんなふうに話すところ、はじめてみたかも。夕日さんはくすくすとわらっている。

「私は夕日紅。初めまして、晴ちゃん」
「あ、あたしは、睦月晴です」

同い年なのはわかっているんだけど、つい敬語になってしまう。夕日さんがこちらへ歩いてきて、カカシも後からやってきた。あたしもとりあえず、教室の中に足を踏み入れる。

二人が並んでたつと、ますます、お似合いとしかいいようが無い。夕日さんは背が高いから、カカシと並ぶと二人ともモデルみたいだ。豊かな胸がブレザーを押し上げている。足も細くて、色白で……非の打ち所が無い美少女だ。

「いつか話してみたいと思ってたのよ。……晴ちゃん、いきなりだけど、カカシはこうみえて繊細で、面倒くさいけど、なかなか優しい男なのよ。カカシの事を宜しくね」
「えっ……?」
「紅、余計なこと言うんじゃないよ……。大体お前によろしくされても晴だって困るでしょ」

困惑しているあたしの前で、カカシは溜息をつき、夕日さんは相変わらず妖艶に笑っている。
やっぱり、夕日さんはカカシをよろしくお願いするような仲の人なんだろうか。

あれ、なんだろうこの……ざわざわする感じ。


「ふふ、困った顔も可愛いわね」
「え、ええ……?」
「紅。いい加減に晴をからかうのは……」

口を挟みかけたカカシの声を遮って、「紅!」と声がした。
教室のドアからかなり背の高い……若干熊っぽい印象の男の子が入ってきた。

「帰るぞ。……ん、なんだ。カカシもいたのか」
「今気づいたの?相変わらず熊みたいに鈍いね、アスマは」
「あら、熊はもっと敏捷よ。熊に失礼だわ」
「……お前らなぁ」

アスマと呼ばれたその人は風格たっぷりで、なんというか高校生には見えない。顎にうっすら髭まで生えている。夕日さんといい……この人達大人っぽすぎない??

「ん?何だ、今日はちっこいのがいるな」

は?ちっこいの、ってあたし!?そりゃ、あなたに比べたら大分小さいかもしれないけれど。

「ちっこいのじゃありません。あたしは睦月晴。そこのカカシのクラスメイトです」

ちょっとむっとしながら自己紹介をした。

「晴……?あぁ。カカシの……」

そう言って彼は、ガハハと野蛮に笑った。カカシの……に続く言葉が気になる。

「俺は猿飛アスマだ。よろしくな」

猿飛って……校長先生と同じ名字だ。確か前に、息子が同じ学年にいるって話を聞いた気がする。もしかしてこの人が校長先生の息子さん?うーん、あんまり似てないなあ。

「……よろしく」
「こんな熊によろしくしないでいいよ、晴。髭がうつる」
「おい、髭がうつるってなんだよ!?」
「アスマもうちょっと静かに話しなさい。あなたの大声を聞いて晴ちゃんに髭が生えたらどうするの?」
「ああ!?オレにそんな特殊能力はねェ!!」

「あはは!」

三人の会話に思わず笑ってしまう。何だか、大分仲が良いみたいだ。

「私とアスマは中学が一緒だったのよ。それで、アスマとカカシは一年の時同じクラスだったの」

夕日さんがそう教えてくれた。一年の時、カカシは毎日こんな感じだったのかな?

「へぇ……じゃあ、中学時代から夕日さんは猿飛くんと仲良かったんですか?」
「夕日さんなんて呼ばなくて良いわ。紅って呼んで。アスマのことも、熊か髭って呼んでくれていいから」
「おい」
「アスマとは、腐れ縁ってところかしら」
「いや、こいつらはデキてるんだよ」
「「デキてない!!」」

二人が息ぴったりに声を揃えて否定したので、あたしはまた笑ってしまった。二人して顔が真っ赤なんだもん。

「カカシ、何度も言ってるけど……アスマはそんなんじゃないわ。そうね…オモチャみたいなものよ」
「オモチャ……!?紅、オレの事そんな風に思ってたのか!?」

ショックを受けているアスマくんと、少し焦った顔をしながらも妖しく微笑む紅さん。……美女と野獣??お似合いっちゃお似合いのようにも見える。

「それじゃ、そろそろあたし達は帰るわね」
「じゃーな、カカシ……晴」
「やっぱり一緒に帰るんだ?お二人さん」

「「帰る方向がおなじだけよ!!」だ!!」

息ぴったりすぎて面白い人達だなぁ。


最後に、紅さんは私のそばにきて耳元で囁いた。

「さっきは、からかっちゃってごめんなさいね、晴ちゃん。カカシの恋がうまくいくのか確かめたくて、ついね」
「え……」

ふんわりと甘い匂いをのこし、紅さんは小悪魔みたいに微笑んだ。
あたしたちの様子を見て、カカシは怪訝そうに眉をよせた。








「カカシの友達、面白い人達だね」
「そう……?」
「カカシのまわりって……なんか濃い人が多くない?」

去年の球技大会でも隣のクラスの……名前なんだっけ……かなり濃い顔の男子に勝負を挑まれていたような気がする。あたしがそう言ったらカカシはげんなりした顔をして、「あいつは確かに濃いけれど……」と呟いた。

学校の前の大きな道路沿いを並んで歩いていた。あの後、図書室で本を借りて帰るといったら、カカシもついてきて、そのまま一緒に帰ることになった。

一緒に帰るといってもカカシとあたしの家は反対方向だから、この道の突き当たりまでなのだけど。

二人きりになるのは久しぶりで、何を話したらいいかちょっと緊張してしまう。

「アスマさんと紅さん、あたしの事知ってたんだね」
「……オレが時々話してたからな」
「へぇ。なんて?」
「ま、色々……」

ぶっきらぼうにそう言うけど、カカシが照れているのがわかってしまい、何だかあたしも恥ずかしくなってしまう。あたしの事をどんな風に、二人に話していたんだろう……。

「カカシっていつから…あの……」

つい切り出してしまったものの、続けるのに躊躇していると、カカシは急に立ち止まった。

「この道で初めて会ったのを、晴は覚えてる?」

カカシが懐かしそうに笑う。その背景には黒い並木が続いている。今は花の咲いていないその木に、桜が満開になっている景色が浮かんだ。

「うん。覚えてるよ」

入学式の日に出会った、綺麗な銀髪の男の子。背が高いから先輩かと思った。
満開の桜の下で、銀色の髪が柔らかく映えていたのを覚えている。

「あの日は、マスクしてるし体調悪いから遅刻したのかなぁって思ったけど。遅刻常習犯だったんだね」
「……晴も遅刻してたじゃない」
「あたしは寝坊だもん」
「いや、オレも寝坊だけど」

また歩き出してしまったカカシを慌てておいかける。

「……え、初めて会った時から?」
「……どうだろうね」

はぐらかされてしまった。膨れていると、カカシがくすくすと笑う。

「そうだ晴。春休みどこかいこう」
「え?」
「休みも会いたい。いいでしょ?」
「い、いいけど……」

何でストレートに会いたいとか言えるんだろう…!
ドキドキして固まるあたしと対照的に、カカシは嬉しそうに顔を綻ばせた。

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