2月14日 火曜日 曇り。午後からは雪が降るって、今朝のニュースで言っていた。
廊下でさえ身を切るような寒さだけど、反対に、教室の中は焚きすぎなくらいストーブが効いている。むわっとした空気に、頭がぼんやりするほどだ。
カバンの中のあれが、少々心配だ。
昼休みの鐘がなり、教室が一気にざわめく。オビトは隣の席で「腹減ったぁ〜!!」と大きく伸びをしている。今日は部活の昼練が無いらしい。
リンもしばらく委員会が無いと言っていたので、小ぶりの弁当箱と紙袋を片手に、こちらへやってきた。
「晴ちゃんお昼食べよう」
「うん!」
前の席のハヤテくんは昼休みと同時に教室を出て行った。お昼はいつも、隣のクラスの彼女と食べているらしい。
彼の椅子を借りてリンが目の前に座った。
桜色のハンカチにくるんだお弁当箱の横に、リンが紙袋を置いた。
「おぉ……!その紙袋の中身はもしかして……?」
「ふふ、美味しいって言ってもらえるかわからないけど……」
リンは紙袋から、透明なビニールの袋をいくつか出した。白い水玉模様が可愛らしい包みの中に、ピンク色の何かが見える。
「いちごチョコチップクッキーだよ」
「かわいい!美味しそう!!」
晴ちゃんどうぞ、と言って、リンがあたしの手のひらに包みを乗せてくれた。
「早速食べてみてもいい?」
「もちろん!」
雪の結晶の形をしたシールをはがして、袋の中からクッキーを取り出す。
薄ピンクのクッキーをひとつ口に運んだ。いちごの香りと酸味、チョコチップの甘さが口の中にひろがる。見た目に反して甘すぎなくて何枚でも食べられそう。リンって本当に女子力が高すぎる……べりーべりーでりしゃすだ。
「おいしすぎるよこれ」
「ほんと?ありがとう!」
「……女同士でチョコレートあげて楽しいのか?」
気がつけば、オビトがジト目でこちらを見ていた。
「ん?オビトはチョコレートもらえないからってふてくされてるの?」
あたしが煽るとオビトはむっとした表情をした。
「くそー!!オレだって、オレだってなぁ!!家に帰れば母ちゃんが……あー、余計に悲しくなってきた!!」
大袈裟に頭を抱えるオビトに吹き出してしまう。
「オビトの分もあるよ?」
リンはくすくす笑って、はい、とオビトにクッキーを差し出した。
「さ、サンキュー。リン」
オビトはあわてて立ち上がり、袋を受け取る。顔を真っ赤にして、目をキラキラさせて、リンから貰った袋をみつめている。ほんと、わかりやすいんだから……。すごく嬉しそうで、あたしまで、良かったねって思っちゃうよ。けれど、胸はつきりと小さく痛んだ。
机の上にあまった一袋を、リンはつまみあげて、じっと見ている。どうしようか迷っているみたいな表情だった。
「……それ、カカシの?」
そういえば、教室を見渡してもカカシはいない。午前中は確かに居たはずだけど。
どこいったんだろう……と思っていると、出入り口のドアが開いて、カカシがのっそりと教室に入ってきた。その手には随分大きな……かなり派手な紙袋を持っていた。
白地に赤いハートが大きくプリントされている。……似合わないってレベルじゃない。
なんだか疲れた顔をしたカカシは、あたしたちの視線に気づいたのかこちらへやってきた。
「カカシ、どこいってたの?」
「……三年の廊下。呼び出されてた」
食べる?と言って、カカシが例の紙袋を机にのせた。
覗くと、かなり大きなチョコレートケーキが型ごとはいっていて、透明な袋から中身がのぞけた。
『カカシくん大好き』
ハートマークに囲まれた大きな文字が、きれいにアイシングされている。
「……すごい完成度だね。って、こういうものを貰っておいて他の人に食べさせちゃだめでしょ!」
「貰いたくて貰ったんじゃないよ。大体オレ、甘いものは嫌いなのに……。貰えませんっていったらあの先輩、この世の終わりみたいな大声で泣き叫ぶから大変だった」
うんざりした顔でカカシが溜息をつく。さぞ周囲の注目を集めたんだろうなあ。
「お前昔からモテるけど、面倒くさいやつからもモテるから、バレンタインは毎年大変だよな……」
オビトが苦笑いでカカシに同情した。
「ハァ……チョコレートなんてもう見たくも無い」
そういえば今朝も、クラスの子にチョコを押しつけられていたっけ。なんとか理由をつけて断ろうとしていたのは、甘いものが嫌いっていうのもあったんだな。カカシって本当にモテるんだな……オビトとは大違いだ。
心底疲れた様子でカカシが溜息をつく。ふとリンをみたら、その表情が曇っていてはっとした。さっきのクッキー、カカシに渡すかどうか迷ってたのはそういうわけか。
「でも!嫌いって言っても、甘すぎなければ食べられるんでしょ?この前はチーズケーキ食べてたじゃん」
「ミナト先生のは特別。あれは美味いから……。ま、確かに甘すぎなければ平気だけど」
あたしとカカシのやりとりに、オビトが不思議そうな顔をした。
「ミナト先生の店行ったのか?」
「うん、この間ね……。ね、リンに貰ったクッキーも、甘すぎなくてすごく美味しいよ!」
あたしは袋をもちあげてカカシに自慢した。リンはちょっとびっくりした顔をしたけれど、さっきしまいこんだクッキーの袋を、紙袋から取り出した。
「カカシこれ、良かったら…」
オビトに渡した時よりはどこかぎこちなく、リンはカカシに笑いかけた。
そりゃそうだよね。甘いもの嫌いってばっさり言われちゃ、ちょっと渡し辛いだろう。
「ありがとう」
カカシはさらっとリンから袋を受け取った。そしてその場で袋をあけて、自然にマスクを外してから、クッキーを口に運んだ。さくさく軽い音をたてて食べると、ふっとカカシの顔がほころんだ。またもう一枚取り出しながら、
「リンが作るのは昔から甘すぎなくていいな。美味しい」
そう言って、カカシはニコッと少年らしい笑顔を浮かべた。
リンは、なんだかとても嬉しそうだった。
その時あたしは、うまく説明できない、へんな気持ちになって二人を見ていた。
カカシのマスクの下も、リンのお菓子の味も、昔から二人の間では当然に知り合っていることなわけで。
幼なじみっていいな。そんな風に羨ましく思いながら。
それだけでは説明できない、なんともいえない胸のざわめきに、戸惑っていた。
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