ぐつぐつ煮えている鍋から、美味しいカレーの匂いが漏れはじめた。こうして鍋を見つめ続けること数分。そろそろ豚肉にも肉団子にも、味がしみこんでいるに違いない。

「……もう良いんじゃない?」

散々まちくたびれて空腹が限界状態だ。あたしが鍋の蓋に手をかけようとすると、隣のカカシに腕を掴まれた。何で止めるの!?もう待てないんですけど!

「ちょっと待て。素手で掴む気?」

あたしの手を止めたまま、カカシはもう片方の手で、きちんとタオル越しに鍋の蓋を掴んだ。……素手で蓋をつかむところだった。カカシが止めてくれなければ、今頃火傷して叫んでいたところだろう。恥ずかしすぎる。

蓋をあけた途端、良い匂いの湯気が一気に立ちのぼった。

「あーー……良い匂い。これもう大丈夫だよね!?食べられるよね?」

あたしは早速オタマを鍋につっこんだ。

「……主役のオレより晴の方がはしゃいでるのは気のせいか?」

左隣のオビトが呟く。

「気のせいじゃ無いだろうね」

あたしの右隣のカカシが、それに答える。

「晴ちゃんが企画してくれたんだもんね!私もはやく食べたいなあ〜」

向かいに座るリンは、今日も笑顔が天使のようだ。ああ、リンはやっぱり可愛いなあ……!

「リンちょっと待ってねー!一番大盛りにするよっ!」

具をどっさり器に盛ると、オビトに「盛りすぎだろ……」と冷静につっこまれた。

今日は2月10日。オビトの誕生日だ。部活があったオビトがここに到着したのはついさっきの事。だけど、あたしとリンとカカシは、数時間前から集合して準備をしていた。ちなみに、会場はカカシの家である。今日はサクモさんはいないらしい。

「悪いなァ、みんなオレの為に集まってくれちゃって。こーやって友達にパーティー開いてもらうってのもなかなか良いもんだな。ありがとうみんな!存分にオレを祝ってくれたまえ!」

パーティー用の三角帽子を頭にのせたオビトが嬉しそうに言う。しかしあたし達の視線はさっきから鍋にしか注がれていなかった。

「あっ!この肉団子美味しい〜!中にチーズが入ってる!リンが作ってたやつだよね?」
「うん、家ではカレー味の時はそうするの」
「晴、お前さっきから肉ばっか食ってるでしょ」
「……おいこら!!無視すんな!ていうか何?ハッピーバースデートゥーユーとかそういうの無いの!?」

オビトが何か喚いてるけれど、とりあえず、今は目の前のカレー鍋に集中だ。三人とも早々に自分の器をあけて、二杯目に突入している。……だってあたしたち、あとは火を点けるだけ!という状態まで準備してから、二時間もオビトの事を待ってたんだよ?

「こんな日に部活行くなんて、オビトってほんっと空気読めないよね〜」
「誕生日だからって調子乗ってるんじゃない?」

あたしとカカシは頷きあいつつ、箸を動かす手を止めなかった。ああ、ほんとーにお腹すきすぎて死ぬかと思ったよ。

「あはは、二人ともあんまり言うとかわいそうだよ?」
「……リン!!」

ちょっと泣きそうになってたオビトが、リンの優しいフォローに感激して顔を輝かせる。……あたしはがつがつと肉団子を口に運んだ。カカシの視線を感じる。

「晴?ヤケ食い?」
「ん?別に?」
「……ほどほどにね」

カカシが小さな声で気遣ってくれるのが、何でも見抜かれているみたいで、少し恥ずかしかった。

「ぷはーっ」

熱々のお鍋にはさむ、麦茶が美味しい。
さっきから、グラスを口に運ぶたびに、目の端に何かがちらつく。

「……カカシ、何やってんの?」
「あ、バレた?」
「バレた?じゃなくてさあ……ちょっと、こんなに野菜食べられないよ!!」

いつの間にかあたしの器に山盛りになっていた野菜。さっきからカカシによってちょいちょい器に継ぎ足されていたのである。あたしはカカシの器に野菜を移そうと試みたけれど、ひょいひょい上手く交わされてしまう。

「ちゃんと野菜も食べないと駄―目!」

アンタはあたしのお母さんですか……?いつも家でも言われている言葉にうんざりしながら、あたしはカカシの監視の元、白菜を口に入れた。

「にしても、晴とカカシって仲良かったんだな。こうして四人で飯くってるのが何か新鮮」

オビトが思い出したようにいった。この間もそれつっこまれたっけ。……もぐもぐ口を動かしながらカカシを見ると、カカシは何てこと無い顔で、さらっと言い放った。

「まー、お前らがいない時、いつも二人で昼飯食ってたからね。屋上で」

一瞬部屋に沈黙が流れる。

「ちょっと、カカ……ッ…ごほ!!」

その言い方じゃ誤解されるでしょ!と言おうとして、勢いあまって咳き込んだ。

「大丈夫?」

のんきにカカシが麦茶を差し出してくる。グラスを受け取りながら、一体どういうつもり?とカカシを睨んだけれど、何を考えているのかわからないポーカーフェイスを崩さない。

「……え、何?お前らって付き合ってるの?」

目を丸くしたオビトがあたしを見ている。

「……ちがっ」
「……そうなの?晴ちゃん」

リンまで……!箸が止まったまま、固まってあたしとカカシを見つめる二人。部屋の中に妙な緊張感が走る。やっぱり誤解された……!

「ちがうよっ!……いや、オビトが部活の昼練してて、リンが委員会に行っちゃった時に、カカシとお昼食べてたのは本当だけど。つ、付き合ってるとかじゃないから!」
「そーそー。まだ付き合っては無いよ」
「まだって何!?誤解を招く発言をするなっての!」

へらへら笑っているカカシの左手を思いっきりつねった。コタツが死角になって他の二人には見えていないはず。

そしたらあたしの右手は、あっという間にカカシの左手に包まれてしまっていた。カカシの手は大きくて、指を動かして抵抗するけれど、全然抜け出せなかった。何なのよ……!仕方なく、コタツの足にむかって、カカシの手ごとがつんとぶつけてやった。

「痛……」

やっと手が解放されたので、あたしはさっとコタツの中に両手を隠した。

そんなやりとりの間も、あたしの頭の中は『何で?』で埋め尽くされていた。
……あたしのオビトへの気持ちを知っているカカシなら、あんな、誤解を招くような言い方するはずないのに。

悲しいやら頭にくるやらで、キッとカカシを睨むと、……カカシは何とも言えない表情をして、あたしから目をそらした。……な、なんなの?

拗ねているように見えたのは、気のせいだろうか。

その時ふと、前から視線を感じた。
リンが表情を無くして、黙り込んでいる。

「……リン?どうしたの?」
「あ……な、なんでもない……。ごめんね」

リンは慌てて、笑おうとしたみたいだけれど、全然笑えていない。顔色も、なんだか悪い。

「何でもないって様子じゃないよ……どうしたの?おなか痛くなった?」
「ううん、本当に大丈夫だから」
「ほんとに?」
「うん。……ちょっと食べ過ぎちゃって苦しくなっちゃって」

「あー食った食った。甘いモン用意してねーの?ケーキとかさあ」

オビトが唐突に会話を遮った。空気の読めない奴め。

「あ、ケーキの事忘れてた!あたしとって来る」

立ち上がりざま「冷蔵庫あけるよ?」と一応カカシにことわると、オレも飲み物とりたいから行く、とカカシもこたつから出た。

部屋のドアを閉めるとき、リンがオビトに「ありがとう」と言ったのが聞こえたような気がした。けれど、その時は深く気に止めなかった。



「……」
「……」

無言のまま、連れ立ってキッチンに行き、カカシが冷蔵庫の扉をあけて、あたしが中から白い箱を取り出した。

何だか気まずい。

「カカシ、さっきは何であんな……」
「さっきはごめんね」

あたしの言葉は途中で遮られた。カカシはあたしに背を向けて、グラスにお茶を注いでいる。

「……ふざけすぎた」
「……」

やっと振り向いたカカシが、あたしを見た。

「ごめん」

そう言って、カカシはぎこちなく笑った。
何で、そんなに哀しそうな顔をするんだろう。

「カカシ……?」

カカシはまた黙って、グラスを片手にあたしの横をすり抜けた。

カカシの気持ちがわからなくて、あたしはそれ以上、何もいえなかった。





パーティは夜遅くまで続いた。明日学校は休みだけれど、さすがに泊まるわけにもいかなくて、あたしとリンとオビトは揃ってカカシの部屋を出た。

カカシの家から五分もしないところに、オビトの大きな家がある。うちは家は、この辺でも有名な地主だそうで、お屋敷といって差し支えない外観だ。オビトはこうみえてお坊ちゃまなのである。普段そんな風に感じることは無いけれど……。
オビトの家の隣に、駐車場を挟んでリンの家がある。一人っ子のリンの趣味にあわせたのか、お母さんの趣味なのかはわからないけれど、薄いピンクの外壁の、かわいい一軒家だ。

「じゃーまた学校で」

あたしだけが自転車だったので、そこまで乗らずに押していたのだけれど、あたしは二人におやすみを言ってサドルにまたがった。
そしたらオビトが、「危ないから送ってく」と言ってあたしの自転車のハンドルに触れた。

「危ないって言ったって、自転車だし大丈夫だよ」
「いーから黙って送られとけって。最近この辺不審者出るらしいし。自転車のってても、晴じゃ危なっかしいだろ」
「それってどういう意味?……不審者見ても自転車で轢くから大丈夫だよ」
「強がんなよ。……人がせっかく送ろうって言ってるのに」

オビトの顔が不機嫌そうになって、あたしはしゅんとした。
横で聞いていたリンが「晴ちゃん、私も心配だから送ってもらって?」と眉を下げて言った。

「……リンがそういうなら、そうしてもらおっかな!オビトじゃちょっと頼りないけど!」
「おい!」

おどけて言いながらも、あたしはドキドキしていて、必死に嬉しそうな顔になってしまわないよう堪えていた。
オビトは何とも思っていないんだろうけれど。送ってくれるなんて……優しすぎるよ。




ライトをつけても真っ暗な坂道を、自転車を押しながらオビトと並んで歩いた。

「自転車で送ってくれるのかと思った。なんでとって来なかったの?」
「今自転車パンクしてんだよ」
「はは、だっさ!」
「うるせー」

いつものように会話しているけれど、本当のところ、あたしはすごく緊張していた。
オビトと二人きりになるのは、久しぶりだったし、こんなに遅い時間だし。

「……で、校長にさー、孫が生まれたらしくて。部活中なのにアルバム持ってきてさ」
「あはは!校長先生、絶対じじバカになりそう」
「なんたって孫の名前がよ……」

くだらない話で笑いながら、隣を歩けるのが嬉しかった。
家まで、どんどん近づいてしまうのが悲しくて、わざと遠回りしてしまいたくなるくらいに。

このまま時間が、せめてゆっくり進めばいいのに……。

時々、空を見上げると、星がいくつも瞬いていた。
まるで降ってきそうにたくさん。

そういえばこの間は、同じ道をカカシに送って貰ったんだっけ。


「なあ晴」
「……え?」
「お前だったらどうする?」

ご、ごめん、聞いてなかった。

そう言おうとして、あたしは口をつぐんだ。
オビトの表情があまりにも真剣だったからだ。

気がつけば、あたしの足もオビトの足も止まっていた。


もう一度言って、と頼む必要は無かった。外灯の下で、オビトは真面目な顔をして、さっきあたしに言ったらしい言葉を、もう一度言ってくれたからだ。


「好きな奴に好きな奴がいたら。それでも諦められなかったら……晴はどうする?」

オビトは、眉を顰めて辛そうな顔をして、……それから、取り繕うように笑った。

「ごめんな、いきなり訳のわかんないこと言って」
「……訳わかんなくなんか無いよ」

わからないはずが無い。
……あたしも一緒だから。

「わかんなくなんか……無いよ……」

あたしはもう一度そういいながら、けれど、それ以上何も言えなくて。
オビトの顔が見られなくて、地面を見つめていた。

オビトは、「ありがとう」と言って、小さく溜息をついた。

もう、この話はおしまいにしたかった。
続きを聞きたくなかった。
……逃げ出したかった。

だけどオビトは、一呼吸置いた後、意を決したように言った。

「オレ、リンが好きなんだ」

そんなの知ってるよって、笑っては、言えなかった。

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