「うぐぅう……」

あたしのうめき声の他は、カリカリとシャーペンを走らせる音しかしない三階の図書室。

明日からテストが始まるということで、放課後だというのに結構な人の数だった。皆、もくもくと勉強している。
きっと、放課後に図書室で勉強するような人達は、もともと勉強のできる優秀な生徒ばかりなんだ。あたしのように、問題を一問解くごとに半泣きになっているような落ちこぼれは、多分この空間にはいない。

一問解く、どころか、実際のところ、一問も解けていなかったりする。
半分くらい解いて、あれ?ってなって、少しだけ粘って、結局わからなくて解答をみるのだけど、解答を見てもわからないのだから、もう、泣けるを通り越して笑えてくる。

なんで文系なのに数B取っちゃったんだよ、四月のあたしの馬鹿野郎!!

「あのー、さっきからぶつぶつ煩いのですが」
「はっ!す、すみません」

向かいに座っていた、神経質そうなメガネの男子生徒に、苛々した口調で文句を言われてしまった。あたしは慌てて口を閉じた。……気を抜いていると口から、数学嫌だよ逃げたいよわかんないよ〜という声が漏れてしまうらしい。自分でも、どんだけだよ、とは思うけど。

そういえば、このメガネの人って……1個上の先輩で、学年トップの人だったような?生徒会長か何かだったと思う。この時期に図書館で勉強してるって事は、いま、受験まっさかりなのかな?……でも、3年生の殆どは、今の時期、自宅やら予備校やらで勉強しているらしい。来年はわが身なのだけれど、あんまり考えたくは無い。

ちら、と何の勉強をしているのか目線をやると、かりかりとノートを取っているその横に、「エリート家庭教師への道」とかかれた、なにやら怪しげな分厚い本が置いてあるのが見えた。……よくみると、「目指せ家庭教師の星」という字が書かれた紙が、ノートの上に標語のように置いてある。

きっとこの人、もう大学決まってるんだろうな……。
なんとなくそんな気がした。

未来のエリート家庭教師が目の前に居ることは間違いないが、どうしても「ここがわからないんですけど教えてもらえますか?」と聞く勇気は出なかった。彼……確か名前はエビス先輩だ……の周りには、話しかけるなオーラが目に見えるほど燃え上がっていたのである。

あたしは何だか、図書館で勉強することが急に気詰まりになり、荷物をまとめて、廊下に出た。……あたしが目指しているのは90点でも100点でも無く、50点なのである。とりあえず単位さえとれればそれでよし、だ。

とはいえ今のままでは、30点も厳しい気がする。……なんたって数学については、1ケタを取ったことがある女だ、あたしは。誰にも誇れないが。

家で音楽でも聴きながらやるか……。長い溜息をつきながら昇降口を出たときだった。校門の手前に、いつもの猫背を見つけたのは。


「あっ、カカシ!!」
「……」
「カカシー!聞こえないのー!?」
「……」
「シカトすんなコラッ!!」

つい、乙女らしからぬ怒声が出てしまったのと、履いていたローファーを蹴り飛ばしてしまったのはほぼ同時だった。

「……お前って信じられない事するよね」

ローファーはしっかり猫背の背中に命中し、振り向いたカカシは心底呆れた顔で、あたしのローファーを拾ってこちらへ歩いてきた。

「……あはは……カカシが無視するから」

まさか本当にローファーがあんなに吹っ飛ぶとは思っていなかったので、自分で自分の行動にびっくりして、あたしは間抜けにも片足で突っ立ったままだった。周囲にしっかり目撃されていて、巻き起こる忍び笑いに、今更羞恥心が湧き上がる。

あたしの元までローファーを届けてくれたカカシに、真っ赤になってぷるぷる震えながら「ごめん」と言うと、カカシはぶっと吹き出した。まさかとは思うけれど、こうして馬鹿にするために無視したんじゃないよね?違うよね?

「で、何か用?」
「もういいよカカシのばか……」
「……いいから言ってみなって。ま、ストレス発散のカラオケと、よくわかんないぬいぐるみを捕るためにゲーセンに連行するのは、今日は無しね」
「ん?今日忙しいの?」
「忙しいのってお前、明日からテストでしょうよ」

そんなのはわかってる。だからカカシを呼び止めたんだから。

「カカシ、数学教えて!!今回のテストでまた赤点取ると、あたしやばい!!補習になっちゃう!!」
「前回赤点とったの……?さっきオレのこと、ばかとか言ってなかった?」
「気のせいですよカカシさん。いや、カカシ様。お願いしますなんか奢るから!!」

両手を組んでお願いすると、カカシは若干引きながら笑った。

「別に良いけどさ、教科書とか全部家なんだよね。……オレんちくる?」
「え?カカシんち?」

うおお、それってすんごい、興味ある。

「行く行く!!行きます!!行っていいの!?」
「……良いけど」

カカシは困ったような照れてるような、微妙な表情で頭をかいた。

「無防備すぎるのも問題だよね」
「え?」
「……ま、なんもしないけどさ」

カカシが何やらぶつぶつ言っているけど、あたしの気分はさっきの鬱屈したテンションから一転、花でもとびそうなくらいに上昇していた。なんたってあの、二学年で一番頭が良いカカシ様にご教授いただけるのだ。

いくら数学8点の記録をもつあたしでも、一晩で50点、いや、もしかしたら80点ぐらい取れるようになるに違いない。(ちなみに数学8点の記録は、1学期の中間でとったものである。残念ながら10点満点のテストではなく、100点満点のテストだ。……よく今まで補習にならなかったなあ)

「カカシー!はやく行こう!!日が暮れちゃうよ!!」

そうと決まればこうして話している時間も惜しい。どんどん先へ行くあたしに、カカシが呆れ声で言う。

「早く行こうって……オレんちの方角も知らないのに何処行くつもり?」

振り向くとカカシが、一つ前の角をまがろうとした所だった。あたしは慌ててカカシを追いかけた。




カカシの住むマンションは、学校から10分も歩かないぐらいの距離にあった。
あたしの家から考えると、学校をはさんで対角線上にあるような位置である。

「どーぞ、散らかってるけど」
「おじゃましまーす……」

廊下を進むカカシを目で追いながら、慌てて靴を脱ぐ。玄関は片付いていて、あたしとカカシの靴しかない。うちんちとは大違いだ。(あたしの家では、もう靴なんか出しっぱなしで、いろんな人の靴が散乱している)

散らかっているといったけれど、全然そんな風に見えない綺麗な部屋だった。リビング兼ダイニングといった感じのその部屋で立ち尽くしていると、カカシがおぼんにお茶をのせて、奥から出てきた。

「どーする?ここでする?オレの部屋でもいいけど」
「え。あー……」

オレの部屋、と聞いた瞬間に何だか急に恥ずかしくなってきた。考えてみれば、カカシは男で、あたしは女で、急にやってきて部屋で二人きりって……なんか、彼女みたいだ。

「……じゃー、教科書とって来るから、適当に座ってて」
「あ、待って!」
「え?」
「カカシの部屋行きたい!」

そういうと、カカシは目を見開いて、一瞬驚いた顔をした。それをみて、いたたまれなくなる。そりゃそうだよね、彼女でも無いのに図々しすぎるか。……でも、普段飄々としている謎だらけのカカシの部屋がどうなっているのか、何だかかなり気になる。正直、めちゃくちゃ興味がわいてしまったのだ。

「ま、良いけど。じゃーこっち来て」
「えっ、いいの?」

カカシはすぐにいつもの飄々とした表情に戻ってそう言った。そして、おぼんをもったまま廊下を出て行ってしまった。い、いいのかな……?あたしはカバンとコートを持って後に続いた。

カカシの部屋も、リビングを見たときに感じたのと同じぐらい「片付いてるな〜」という印象だった。

「つまんない」
「は?」
「もっとこう、エロ本とか、散乱してるもんなんじゃないの?」
「……あのねえ」

あたしには男兄弟が居ないので、男の子の部屋というのに、心底興味があったのだ。

「だってさあ、急に人が訪問することになったのにさ、カカシって全然慌てないんだもん」
「普段から、綺麗に生活してるからね」
「うぐっ」

何だか刺さる発言だ。……あたしの部屋は、もしカカシが急に遊びに来たとしたら、ちょっと玄関の前で5分、いや、10分は待って頂きたいような状態である。まあ、そんな事態が来るかどうかはわからないのだけど。

「そこに荷物置いていいよ」
「ありがとう。……おぉ〜、ベッドだ。いいな〜、あたしの部屋ベッド無いから床に布団しいて寝てるんだよね。あ!わかった!さては、このベッドの下に色々と……」
「何処見てんの……。ほらほら、とっとと出して。教科書」
「はーい!」

元気良く返事をしたら、カカシはやっぱり呆れた顔であたしを見て……見、見て、

「ええええーっ!!?」
「……何?大声出して」
「いや、何?じゃなくて、カカシ、顔が……」
「顔がどーした?」

カカシが顔を……!剥き出しにしている……!

「マスク……」
「家ん中だし取るでしょ……」
「えー……へぇー……はぁー……」
「人の顔見て溜息つくか普通?」

だって、溜息も出ますよ。

いつもの白いマスクを取った、はたけカカシの顔は、これまであたしが見たどんな人より整っていて、俳優さんみたいに綺麗な顔をしていた。お世辞でも、なんでもなく。

「えー、わー、何で隠してたの?びっくりしたぁ……」
「別に隠してたワケじゃないけど……」
「すごいねぇ……ウワサどおり」
「ウワサ?」
「んん。こっちの話」

噂ってのは、はたけカカシのマスクの下は美形に違いないというアレである。まったく、噂を裏切らないその顔立ちに、一瞬言葉も出なかった。ほんとにイケメンだったんだなあ……。もしかして、カカシに年上の彼女が沢山いるとかいう噂もほんとだったりして……。

「カカシって彼女いるの?」
「急に何。居ないよ」
「へー、ほんとに?年上のお姉さんがわんさかいるんじゃないの?」
「なにそれ?オレは兄妹いないよ」

ふんふん、今まで知らなかったカカシの事を急に色々知れたようで、なんだか楽しくなってきた。

「……それにしても、もっと面白い顔なのかなあと思ってた」
「つまんない顔で悪かったな」
「いや、そういうワケでは」
「いいから始めるよ。どこがわかんないの?」

もしかしたらこういう反応にも慣れてるのかな?カカシはとっとと話題を切り上げたいらしく、ちょっと苛々した表情をした。その顔ですらキレイなんだからこっちも目のやり場に困る。

……なんて思っていたのは最初のうちだけで、暫くすると、カカシの顔にも見慣れてきた。いくらかっこよくてもカカシはカカシだ。教え方は上手いけど、いちいち皮肉をいってくるのがムカ……まあ、教えてもらってる身なので、こっちは何もいえない。そうこうしているうちに、時間は過ぎていった。

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