床に寝そべって、今日一日の事を思い返していたら、携帯がぶるぶる震えだした。

ディスプレイに表示された名前を見て、一瞬躊躇したけれど、通話ボタンを押して耳にあてた。

「……もしもし」
「用事終わった?電話大丈夫?」
「うん。……カカシ、今日はごめん。いきなり帰っちゃって」
「……オレ、無理に付き合った覚えなんてないよ」

最後に自分がカカシにいった言葉を思い出した。

『無理言って付き合ってもらっちゃってごめんね』

リンの手前で咄嗟についた嘘だった。今日は、カカシが誘ってくれて遊びに行ったのに。

「ごめんカカシ……。今日、水族館もプラネタリウムも、ほんとに楽しかった。ありがとう」
「うん。オレも楽しかった。……ところで、今日のデートって本当にもう終わり?」
「え?」
「今から少しだけ出てこれない?」






もうすっかり日の落ちた川沿いの道を、あたしとカカシは並んで歩いていた。

いきなり帰ったあたしを、カカシは責めないでいてくれたばかりか、理由ひとつ聞かないでいてくれた。

その優しさに救われながら、罪悪感にいたたまれない気持ちになる。


三月に入ったとはいえまだ空気は冷たくて、鼻の頭がかじかんだ。空には星がまたたいている。

「行きたいとこって?」
「もうすぐだよ」

昼間はうっすらと感じられる春の気配も、夜は全くわからない。冷えきらないように、コートとマフラーと手袋の重装備できたのは正解だったみたいだ。

川沿いといっても、舗装されたアスファルトの道を歩いていたのだけど、川幅が広くなってきたところで、川岸まで降りられる階段があった。

「足元に気をつけて」
「うん」

川岸に降りるなんて、小学生ぶりかも。靴の裏の、土の感触が懐かしい。

「もう少しだけ歩くよ」

土と柔らかい草の絨毯の道を歩く。暗くてこわいな、と思いはじめていたら、カカシが手を繋いでくれた。手袋ごしにも、暖かい手だった。

歩いていくほど川は広がっていく。向こう岸がどんどん遠くなってきて、どこまでいくのかと思っていたらやっとカカシが止まった。

「暗くて見えづらいけど、そこにベンチがあるのわかる?」
「ほんとだ……」
「座ろう」

並んで腰を下ろした。目の前には大きな川と星空がひろがっていた。

「星が反射してる……!」

なぜ歩いていた時には気づかなかったんだろう。前を歩くカカシと、草の道に気をとられていたからなのかな。

満点の星空を鏡みたいにうつした川は、地上に天の川が現れたみたいで、本当に綺麗だった。

「見せたかったものってこれ?」
「うん。今日プラネタリウムにいって思い出したんだ。オレもここに来るのは十年ぶりくらいで、記憶が曖昧だったんだけど」
「十年ぶり?」

カカシが笑ったのが気配でわかった。

「子どもの頃から、やっぱり親父の帰りが遅くてさ。母ももう亡くなっていたから、夜にどうしても寂しくなって。親父を迎えにいくんだって理由をつけては、夜に家を抜け出してたんだ」

カカシが思い出しながらゆっくり話すのを、あたしは黙って聞いていた。

「駅までいって改札の前で親父の帰りをまっているときは、一人でも寂しくなかった。7歳の子どもが八時、九時に駅に立ってるんだから、やっぱり目立って、前を通る人に心配されたり声をかけられることもあったけど。……今だったら警察に保護されてたかもね」

小さなカカシが駅でじっと待っている様子を想像したら、胸がきゅんとした。

「ともかく、そうやって待っていると、改札から出てきた親父は決まってまずは一人で駅に来たことを怒って、それから『寂しかったのか』って、優しく聞いてくれた。そんな日は二人で、駅の近くで飯をたべたり、ラーメン屋にいったりしたよ」

暗闇に目がなれてきて、頬笑むカカシの表情が見えた。ラーメン屋って、今日はなしていたお店かな。

「ある日、駅までの道をいつもとちがうルートで行ってみようと思ったことがあったんだ。……それで、とんでもない方向に行ってしまったみたいで、迷いに迷った。泣きながらたどり着いたのが、ここだったんだ」
「そうなんだ……」

今は泣いているカカシを想像できない。カカシの小さい頃はどんなだったんだろう。

「そのあと、なんとか家に帰りついたんだけど……。探し回っていたらしい親父に家の前でばったりあって、あとにも先にもあんなに怒られた事は無かったな。だから、星の海をみたなんて、親父には話せなかった。それからは夜、駅で待ってるのも禁止になっちゃったしね」

目の前に広がる川はひろくて、たしかに海みたいに見える。幼いカカシはこの景色をみて、きっとすごく驚いたんだろうな。

幻想的な星の海を、しばらく黙って眺めた。寒さを忘れるくらいにきれいだ。


「カカシ、連れてきてくれてありがとう」
「晴と来れて良かった」

それから二人で星座をさがした。今日知ったばっかりのこぐま座は、一番最初に見つけられた。

「晴は子どもの頃冒険したことある?」
「あたし?あたしはね……」

いつのまにか、カカシのことをもっと知りたくて、色んな話を聞きたいと思うようになっていた。些細な話や、思い出を、カカシと話していると楽しくて、気持ちが安らいだ。

カカシとこうして一緒にいる時間が、あたしは好きだ。遠回りな言い方をやめて、素直になるなら。あたしは……カカシのことが好きなんだ。

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