まなつの話は本当で、それから10分も経たないうちに、またチャラ男がやって来て、手には赤いパラソルと、ビーチベッドを抱えていた。チャラ男がスコップで穴を掘ってパラソルを立てている間、オレは何も言えず、黙って突っ立っていた。

帰り際、チャラ男はまなつに「いやー、彼氏さん男前だね。もしかしてヤキモチ焼き?じゃ、ごゆっくり、楽しんでってねー」なんて言い残して、今度こそ本当に去って行った。

まなつは顔を赤くして「やっぱり恋人同士に見られちゃいましたね!」なんて、嬉しそうに笑ったのだが、オレはその顔を直視できず、恥ずかしさでうずくまってしまいたくなった。

ナンパと勘違いして、嫉妬心むき出しにして、何やってんだオレは……。

だいたい嫉妬心って……。


「カカシ先生―っ!海で遊びましょうよ!」
「オレもう疲れたから一人で遊んでおいで……。ここにいるから」
「イチャパラ読みたいだけなんでしょ!先生の変態!エロオヤジ!!」

ぎゃあぎゃあとまなつが喚いているが、今は顔を見られたくなくて、オレはビーチベッドの上に横たわってイチャパラで顔を隠した。

変態……エロオヤジ……。

今、この言葉をはっきり否定できるかと言うと……かなり微妙なところまで来ている、気がする。こんな年下の子に……付き合ってるってわけでもないのに独占欲まるだしって、相当やばくないかオレ。



おとなしく砂浜で遊びはじめたまなつを、こっそり盗み見て。
ああ、そんなところに座ったら、水着が砂だらけになっちゃうでしょーよ、と思いながら。
砂の山をつくっているまなつが、ひとりでも楽しそうにしているので、ほんとに海に来たかったんだなぁと思って、可愛いな、と微笑んだ。

ああ、もう否定できやしない。
ロリコンでも変態でも、好きなように呼んでくれ。

小さな子供たちがまなつの周りにあつまっている。いつの間にか仲良くなったようで、皆で大きな穴を掘りはじめた。温泉でも作るつもりなんだろう。子供たちにまぎれてはしゃいでいるまなつは、やっぱり子供っぽくて、実際彼女はまだ子供で……でも、時々びっくりするくらい大人びた顔をしたりして、それは本当に時々なのだけど……。


つらつらと思考しているうちに、体についた水滴はみんな乾いてしまった。

泳いだ後の少しけだるい体が、段々温かくなってきて。

オレはいつの間にか、眠りに落ちていた。








目の前がかげった。
その瞬間に目が覚めた。

「……!」

驚いたように目を見開くまなつの顔が、目と鼻の先、少しでも顔を起こせば触れてしまう距離にある。

ばっ、と顔を離したまなつは、

「か、カカシ先生やっと起きた、なかなか起きないから心配したんだよ……」

と、動揺してますと言わんばかりのどもりっぷりで言い、目線をさまよわせる。


「また気づかなかったのか……」


体を起こしながら、オレはぽつりと呟く。

「せんせー、疲れてたんだよきっと。……ごめんなさい。ここんとこ任務続きだったのに、あたしが海行こうなんてワガママ言ったから……」

まなつは申し訳なさそうに、オレを見た。その頬に手をのばす。

「え、先生……?」
「まなつ……さっき何しようとしてたの?オレが目を覚ます寸前」
「あ、や、だから、先生がなかなか起きないから……」

焦った様に、きょろきょろ動く目が可愛くて、しばらく黙ったまま見つめていた。
多分、またほっぺを赤くしてるんだろうな。はっきりそうだといえないのは、あたりがすっかり夕日で赤く染まってしまっているからで。

ひと眠りしている間に、西日が海も砂浜も、オレンジ色に染めていた。潮風が少し、涼しくなったようにも思う。
夕日が赤いのはオレにとっても好都合で。


「ま、でも、いまさら隠す必要も無いか」
「……?せんせ、……ッ、」

吸い込まれるように、まなつの唇に触れようと近づいて、あと5センチの距離になった時、

ボンッと突然の軽い衝撃を背中に感じて動きが止まる。


「スミマセーン!!」
「ごめんなさい!!」


「……」


振り向くと、スイカ模様のビーチボールが砂浜に転がっている。
夫婦らしい男女と、小さな兄妹が駆け足でこちらへ向かってきていた。

「……せ、先生。大丈夫ですか」
「大丈夫だけど……はぁ」

溜息を漏らしながら、ビニールのスイカを持ち上げて、家族連れに投げ返してあげる。


「おにーちゃんありがとー!」


ボールを受け取った少年が笑顔でこっちに手を振る。

おにーちゃんって……。
あの子、良い子だなぁ。ものすごくアイスでも何でも奢ってあげたい気分。


「先生、今……何を……」
「んー?……別に何もしようとしてないよ?」
「うそ!先生あたしに、き、キ……」
「まなつ、喉渇かない?」

にっこり笑ってまなつを見る。
まなつはしどろもどろになりながら、けれど、それ以上追求するのを諦めたようだ。

真っ赤になりながら、「喉渇きましたね……」と合わせてくる。
いつも積極的なくせに、……攻められると弱いのか。
意外に奥ゆかしいところがまた……はまってしまいそうで危険だ。


「片付けてそろそろ帰ろ。ジュース奢ってやるから」
「いいんですか!?やったー!!」

ジュースぐらいでそんなに喜ばれると、……オレって普段そんなにこいつに何もしてやってなかったかなぁと頭を掻いてしまう。いや、ラーメンもあんみつも何度か食わせてきた。大したものじゃあないけれど、その度まなつが大げさなくらい喜ぶから、ついつい……顔をみると色々奢ってやりたくなっちゃうんだよね。

もしやこいつ……小悪魔なのか?




荷物をまとめて歩き出したオレの背中に、まなつが本当に小さな声で呟いた。


「カカシせんせー、好き……」


――うん、知ってる。


聞こえないふりをするオレは、彼女より大分年を取り過ぎていて、臆病でずる賢い大人だから。

まなつの言う「好き」は、この年頃にはありがちな、年上の男に対する憧れの一種かもしれないし。
もう少しだけ、彼女が大人になるまでは、……このままの関係でいたいと思ってしまう。


さっき、その小さな唇を塞ごうとしたくせに。


夕日に染まる砂浜を歩きながら、追いかけてくるまなつの小さな足音を聞いて。
まなつの前で無防備に眠ってしまい、その接近に気づかなかった理由を、いまやはっきりと自覚していた。……いつの間にか、まなつが側に居ることが当たり前になっていたのだろう。



さて、これからどうしたものか。





無自覚を自覚した、夏。


end.



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