ドアが開く音がして、自分が短いうたたねをしてしまっていた事に気づいた。
瞼を擦りながら、ベッドの上に体を起こす。

「あ、寝ちゃってたの?」

タオルで頭を拭きながら、カカシ先生が部屋に入ってきた。
いつかと同じような部屋着に着替えて、覆面をしていない先生の、
綺麗な唇がふっと緩んで弧を描く。

「……眠くなっちゃった?」
「すみません……お風呂入ってぽかぽかしたら、なんか眠たくなってしまって……」

あわてて居ずまいを正す。
カカシ先生に「またそんなとこで正座して…」と笑われた。

カカシ先生が隣に腰掛けて、ベッドが小さく音を立てた。
急にどきどきしてきてしまって、顔が見れなくなる。

俯いて自分の膝を見ながら、先生が髪を拭く音だけを聞いていた。


「一人じゃ怖くて寝られないんじゃなかったの?」


あたしはそういう意味で帰りたくないって言ったわけじゃ無いのに。
顔を上げると、意地悪な笑みを浮かべたカカシ先生があたしを見ていた。
全てわかっていて、からかわれているのだと気づいて、顔が熱くなる。


「カカシせんせ……」
「ベッドの上では先生って呼ぶなって教えたでしょ」


途端に、あの日の夜のことがフラッシュバックした。
あたしは口を開いては閉じ、結局何も言えなくて押し黙る。

だって、じゃあ何て呼べば良いんだろう。
カカシ……さん……?

あの夜も、『先生』と口にしようとする度に、カカシ先生は何度もあたしの唇を塞いだ。
……思い出しただけで、恥ずかしさで、頭のてっぺんから足の爪先まで居心地が悪くなる。

「今更恥ずかしがったって、許してやんないよ」


不意に抱き寄せられて唇が重なった。慌てて目を閉じる。
さっき、覆面越しにした優しいキスが、まるで嘘だったみたいだ。

唇から、食べられてしまうんじゃないかと思うような口づけを、何度も、何度もされて。
息継ぎのタイミングがよくわからなくて、先生のシャツの裾をぎゅっと摘まんだ。
ますます抱き締める力が強くなって、口づけがどんどん深くなる。

「……んっ……ふぁ……」

苦しさと、気持ちよさで、びくびくと体が震えてしまう。
このままじゃ自分が自分じゃなくなってしまいそうで、不安になって、そっと目を開けてみる。
色違いの両目と目が合って、びっくりしすぎて舌を噛みそうになった。

「せ、せんせえ……」
「んー?」
「何で目ー開けてるんですか……!」
「だって、閉じてたら勿体ないでしょうよ」

ぺろりと先生が唇を舐めた。そんな仕草ですら、色っぽすぎてくらくらする。
またカカシ先生に、ぎゅっと抱き寄せられて、
耳元で「あぁ可愛い……」と熱っぽく囁かれる。

心臓が壊れそうなくらい激しく脈打って、このままじゃ死ぬ……とおもった。

濡れた髪が頬に触れたので、
「髪乾かさないと……カゼ引きますよ」と言ってみたら、
「お前……この期に及んでまだ我慢させるの?」とカカシ先生はあたしを睨んだ。
拗ねた表情がとてもかわいいなんて、言ったら怒りそうだ。


「先生、我慢してたの?」
「……はぁ、天然って恐ろしいね」

天然……!?

「それとも、わかっててやってるの?……お前のこと大事にしたいから、暫く我慢しようと思ってたのに」

ふいに、太股の辺りに熱くて硬いものが当たっていることに気づいてしまった。
どうしよう、と軽くパニックになる。
けれど恥ずかしさと同時に、ふわふわと、嬉しい気持ちもわいてしまった。
……先生は今、あたしのせいでこうなっちゃってるんだ、と思ったら、なんだか、堪らなくなって。


「責任とってよ、まなつ。」

そう言われたと思った時にはもう、柔らかいシーツの上に押し倒されていた。

「カカシせ……んっ……」


先生、という言葉が出口を無くす。また塞がれた唇をわって、舌が入ってきた。必死に絡めながら、カカシ先生の手の平が、あたしの体の上を這うのを感じた。喉の奥から悲鳴のような高い声が、絶え間なく出てしまう。体中が火照って、切なくて、それ以上に幸せだった。

「また無理させちゃうけど……ごめんね」

いつもの、ちょっと困っている笑顔で、カカシ先生が言った。

こうされたいと望んだのはあたしだし、無理なんて全然していない。
先生の事が大好きだって事が、もっと、もっと伝われば良いのに。

「大好きです……」

何度口にしても足りないけれど、何度だって言おうと思う。

「大好きだよ……まなつ」

先生の背中に腕を回して、ぎゅっと抱きついた。




















「あれ、まなつちゃん、もう爪落としちゃったの?夏っぽくてかわいかったのに」

抹茶わらび餅パフェにスプーンをさしていたら、サクラがあたしの指先をじっと見ていた。

「う、うん……飽きちゃって」

気に入っていたグラデーションネイルを、落としてしまおうとおもった経緯を思い出すと、顔が熱くなる。
顔色に出てしまっていないだろうかと、不安になったけれど、サクラは納得した様子で「ふーん……もうすぐ秋だもんねぇ」と言った。


甘栗甘のメニューも秋を先取りしてか、さつまいもを使ったスイーツが増えていた。
次に来たときにはあれを食べようかな、と思いつつも、もうすぐ大好きな夏が終わってしまうことに、一抹の寂しさを感じた。


「最近カカシ先生、妙に機嫌が良いのよねぇ」
「え……?」
「任務中に隙あらばエロ本読んでるのは相変わらずだけど、鼻歌うたってるときもあったりして。……何か良いことあったのかしら」


白玉を掬いながら言うサクラの表情を、どきどきしながら伺ってしまう。
探りを入れられてるってワケでは無さそうだ。

「あのね……サクラ」

隠しているわけではないし、隠せって言われたわけでも無い。
だけどなんだか、今更照れくさくて、言うタイミングを逃していたのだ。

口を開きかけた時、サクラが目を見開いて「あ!サスケくーん!!」と高い声を出した。

びっくりして振りかえると、通りをサスケが歩いてくるのが見えた。

……その後ろにナルトと、カカシ先生の姿を見つけて心臓が大きく跳ねる。
そういえば、久しぶりに三人で修業するって言ってたような気が……。

なんとなく皆の前でカカシ先生と顔を合わせるのが恥ずかしくて、あたしは目の前のパフェに視線を戻した。

「まなつちゃん?カカシ先生もいるのにどうしたの?」

いつもみたいに先生に向かって飛び出していかないあたしの様子に、サクラが不思議そうな目を向けてきた。
あたしは曖昧に笑い返しながら、短くなった自分の爪をちらりと見た。


「カカシ先生達も一緒にスイーツ食べていきましょうよ!」
「んー、オレは遠慮しとくよ。甘い物は苦手だし……」

サクラが声をかけると、カカシ先生が困ったように頭を掻く。
ナルトが「おごりたくないだけだろ!」なんて言いながら、カカシ先生の背中を叩いた。

「痛っ……」

カカシ先生がうめいて、ナルトが不思議そうな顔をした。

「おおげさだってばよ」
「修業で背中に怪我でもしたんですか?」

サクラが気遣わしげに言う。
……先生の背中がぴりぴり傷んでいるのはあたしのせいだ。

居たたまれなくなって、

「……カカシ先生」

ただ、その名前を呼んでしまった。

「なに、まなつ?」

カカシ先生の優しい眼差しも、低くて穏やかな声も。
あいかわらず、あたしにはもったいないくらい、優しく感じられて。
ふわふわとした幸福感に包まれる。

見つめ合うあたし達を、サクラたちが訝しげに見ている。
この夏の間に変わった関係を、打ち明けたら、どんな反応をされるのだろう……。


少しだけ涼しくなった風が、店先の風鈴をちりんと鳴らした。


めまぐるしかった夏ももうすぐ終わってしまう。

けれど、秋が来るのも悪くないかも知れないと、あたしは思った。

だって、カカシ先生が隣に居てくれるなら。
どんな季節でも、とびきり楽しくなるのは、間違いないのだ。








end.
20170823



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