鈴取り勝負に勝ったご褒美で、カカシ先生が一楽に連れてきてくれた。休みの日に修業につきあってくれたカカシ先生に、むしろあたしの方がお礼をするべきだと思うけど、『随分がんばったから、何でも奢ってやるよ』とカカシ先生が笑って頭を撫でてくれたので、あたしは嬉しくなって『じゃあ一楽のラーメンがいいです!』と元気に返事した。 「真夏にラーメンで良いの?」 「だってお腹がぺこぺこなんですもん」 「お前が良いなら良いけどさ」 そう言って笑う先生は、いつもの先生に戻っていた。今日会ったばかりの時、目も合わせてくれなかった先生には落ち込んだけど……避けられてると思ったのは、もしかしたら気のせいだったのかも。 「でも。一緒にラーメン食べてるとこ、誰かに見られたら……カカシ先生に迷惑かかりますよね」 「え?なんで?」 探るように言ってみたら、先生がきょとんとしていたので、やっぱり気のせいだったのかな、と嬉しくなる。夕食には少し早い時間だったみたいで、一楽にはあたしたち以外にお客さんはいなかった。テウチさんとアヤメさんに元気に迎えられて、カウンターに並んで腰を下ろす。 「先生……このまえ皆に冷やかされて、嫌だったのかなって思ってました」 「ああ。……ま、何にも疚しいことはしてなかったんだから、言わせとけば良いんじゃ無い?」 「……そうですね」 それはそうなんだけど、何にも無かったと言われるのも、それはそれで複雑な気持ちになるのはなんでなんだろう。確かにあたしとカカシ先生の間には、なーんにも無いんだけれど。 「でもカカシ先生、最近あたしの事避けてませんでしたか?」 「ぐっ……」 思い切って聞いてみると、お冷やを口に含んでいた先生が急にむせた。 「だ、大丈夫ですか?」 「……うん。いや、オレは……」 何か言いかけようと口を開いた先生を遮って、「へい、お待ち!」とテウチさんがラーメンどんぶりを運んできた。出てくるのがすっごくはやいのも一楽の良いところだ。 湯気を立てる味噌とんこつラーメンは相変わらず美味しそうで、見ているだけでお腹がなってしまいそうになる。カカシ先生が箸をわたしてくれたので、お礼を言いながら受け取った。二人同時に割り箸をわって「いただきます」と食事にとりかかる。 「あぁー、生き返るー」 「そーだね」 「やっぱり疲れたときは一楽の味噌とんこつですよねー」 そうして食べ始めてからちょっとたって、カカシ先生がふいに、呟くように言った。 「まなつ。避けてたって思わせちゃってたなら、すまなかった」 「……」 「わけもわからず避けられてたら、嫌な気持ちになるよなぁ」 カカシ先生やっぱり、あたしの事を避けてたの?緊張して、ラーメンを啜る手が止まる。 「正直お前に、どう接して良いのかわからなくなって、困ってたんだよ」 「え……」 「随分大人になったでしょ、まなつ」 どういう意味かわからず、隣の先生を見る。 カカシ先生は左目を額あてで隠している他は、口元まで全部見えていて、なんだかとても優しい表情で、あたしの事を見ていた。 「……どういう意味ですか」 「そのまんまの意味だけど」 「あたしが大人になったら、先生、なにか困るんですか?」 「うん……困るなあ」 カカシ先生は苦笑して、それからまた、ラーメンを食べ始めてしまった。 言われた意味を考えて呆然としていると、「ラーメン伸びるぞ」と先生の声がかかる。 先生が何考えてるのか全然わからないのは、あたしがやっぱりまだ子供だからなんだろうか。 はやく大人になって、先生の考えてることが少しでもわかるようになれたらいいのに。 半分くらいラーメンを食べたところで隣から視線を感じた。カカシ先生は食べるのがすっごく速いので、もう食べ終わってしまったんだろうけれど、……暇だからって、食べてるところをじっと見られるのは恥ずかしい。 「カカシ先生……じろじろ見ないでください」 「んー?何で」 「見られてると食べ辛いです!」 先生をみると、テーブルに頬杖をついて、微笑みながらあたしを見ていた。口布は下ろされたままだ。 「せ、先生。顔隠さなくていいんですか!」 「んー、別にお前しか居ないし?」 テウチさんは夕飯時に備えて忙しく仕込みをしていてこっちを見ないし、アヤメさんも買い出しなのか居なくなってしまった。店内にはあたしとカカシ先生の二人だけだ。 この夏はじめて知った先生の素顔はまだ見慣れなくて、想像通り格好よすぎる先生に優しく微笑まれて、じっと見られているなんて、ドキドキしすぎて麺が喉を通らない。 「美味しい?」 「はい……」 「そう、良かったね」 何でそんなに、にこにこしながらあたしを見るの……。まるで恋人に向けるみたいな優しい笑顔に、勘違いしてしまいそうになる。 ラーメンを食べ終えて一楽の外に出ると、薄藍色の空に白い一番星が輝いてた。夜になると少しだけ暑さが和らぐけれど、湿気は相変わらずだ。まだまだ夏ははじまったばかりである。 「家まで送ってくよ」 「大丈夫ですよー。カカシ先生の家反対方向じゃないですか」 「お前ね、こーいう時は黙って送られるもんなの」 そういうもんですか。やっぱりあたしはガキなんだろうか。むくれていると「でも、送られたくない男にそう言われた時は、ちゃんと断れよ」とカカシ先生が言った。 「……送ってくれるような男の子なんて、あたしにはいません」 「そうなの?……お前ぐらいの年頃じゃ、色々あってもおかしくないでしょ」 「色々どころか何にも無いですよ!カカシ先生以外見てないので!」 ムキになって叫ぶと、カカシ先生は頬を掻きながら、黙って顔を赤くした。 その様子を見てあたしはちょっと冷静になって、……ほとんど告白じゃないか。と気づいて、ものすごく恥ずかしくなった。 「自爆してどうすんの」 「……うう、忘れてください」 「忘れられるわけないでしょうよ」 急に先生に手を繋がれた。手甲ごしに伝わる手の熱さに、沸騰しそうに恥ずかしくなる。 「先生……手なんて繋がれたら、勘違いしてしまいます」 「……勘違いではないんじゃない?」 はっきりした事を言わないカカシ先生はずるいと思う。 もしかして、ちょっとだけ、期待しても良いんだろうか。 それきり殆ど会話は無くて、けれどしっかり繋がれた指先がとても熱くて。 家までの道のりが、永遠に続けば良いのに、と思った。 何も言わないゆびさきに ただ甘い熱だけを感じていた end. |