□韋駄天の駆け往く無限回廊








「記憶を改ざんする」と姉さんは言った。人の記憶を操作する。それは俺達の住んでいる社では、記憶を操作するという事は人を反する事とされ、故に重罪とされていた。



――姉さ…っ、これ以上は…。

――アキラ…、良いの。もう私にはこうするしかないから…。




ごめんね。

姉さんが悲しそうに笑い、そして辺りが眩しく光りだした。
目が眩むほどの光りの中、大人達は徐々に記憶を失っていく。この光のように、頭の中を真っ白にされて。




気づけば既に記憶を抜かれた大人達が地へ転がっていた。
姉さんはただ一人、そこに立ち俺を見てやはり悲しそうに微笑んでいた。



――ねえ、さ…。逃げようよ…っ。



愚かな俺は、罪から逃れる事しか考えられなくなっていた。
ここまで罪を重ねては、もうこの社で生きて行けるかも分からない。だったら、逃げて身を隠した方が良いに決まってる。だから一緒に逃げようと言ったのに、姉さんは首を横に振る。



――ダメ。私は罪を償わなければならないもの。

――だったら、私も同じ罪を…!

――それもダメ。記憶を操作した意味が無いでしょう?



アキラ、貴方は生きるの。

俺の肩を掴んだ姉さんの手は、小さく震えていた。
この時、姉さんの覚悟を知った。俺の分まで罪を被り、逃がそうということを始めから考えていたんだ。



――もう二度と、貴方を失うのはいや。

――それなら、私もそうです!姉様が居ないなんて、嫌です…!

――我が儘な子。でも可愛い私の弟、お願い聞いて。貴方だけは生きてほしいの。……私の分まで。




悲しく笑う姉さんの言う意味が、俺には分からなかった。
覚醒したばかりの頭で理解するには、この状況は悪過ぎたんだ。





――ヒャッハー!人間はっけーん!!

――行っくぞーん!


――きゃあっ!!

――姉様!?



形容しがたい見たことも無い物体が社を破壊しながら突如現れ、人を殺していく。人は灰となり消えていく。

姉さんはもう一つの物体に連れ去らわれた。突然の事で頭では理解しきれない。ただ、姉さんを助けなければという思いから、壁に立て掛けられていた弓矢を反射的に掴むと、その矢を姉さんをさらった物体へと放った。



――ギャアアアアアアア!!!



空高く上った物体は悲鳴を上げて消えたのをこの目で確認した。そして姉さんの姿も。

生きていた。
助かった。
良かった。

そんなことを思いながら、姉さんを受け止めに行く。しかし喜びもそう長くは感じていられなかった。
なぜなら、違和感を覚えたからだ。


落ちて来るのが、遅い。
小さな重力しかかかっていないかのように、ふわり、ふわりとゆっくり落ちて来る。


待てよ、と感じた時には遅かった。


空から降ってきたのは、姉さんの着物だけだった。

風に吹かれながら俺の手にふわりと落ちてきた着物。

着物を着ていた主の姿は、無い。



――うわああああああああ!!!




分かってしまった。
着物しかないという意味を。
だから叫んだ。


あの物体に殺された人間は、灰となり消えていく。

その光景をこの目で見ていた。
この着物は、それを物語っていた。



――姉様、姉様っ!いやだ…、いやだーーー!!







今思えば、姉さんは知っていたのかもしれない。

姉さんが罪を犯したのは、あの物体により殺される、という自分の定めが見えていたから。自分の寿命が見えていたから、だから俺の分まで罪を負おうと思ったんだ。

あの物体がやって来て、俺が適合者の可能性を秘めていたという事までは流石に知りはしなかっただろうけど、あの時きっと何かを感じていたのだろう。


姉さんは、俺に生きていて欲しいといった。

…でも
姉さんを失ってまで、俺が生きている意味が分からないんだ。

「姉さんがいない」
それだけで俺は、己の存在理由を失ったも同然だった。




姉さん

どんなに足が動いても
回りに流されずにいたとしても

迷宮に迷い込めば、蜘蛛の巣に捕われた蝶のようにそこからは出られなくなるみたいです。



そう、終わりなき迷路は始まったばかり…――。



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