1224 リーマンパロX'mas |
照明がほぼ落とされた技術部デスクで、天子は一心不乱にキーボードを叩いていた。 カタログ、仕様書、見積書等が隣の夏風翼の机まで崩れている。その席を陣取った火野は、幾つもの資料に目を通して設置場所のレイアウトを確認した。 「ドア狭いね。搬入するなら、どのみち非常口は内外で開けないと。連絡書は?」 「まだです」 「やるよ。業者の名簿ある?」 「さっき送ったメールに」 ごく短い応酬の後は、カタカタと文字を打ち込む音で空間が満たされる。 空腹に軋む腹を押さえ、液晶へ集中すべく目を凝らすが、やりきれない罪悪感がじわりと天子の胸に広がる。 「すみません」 二人きりの、寒々しい事務室に沈む声。 痛む両手を止め、胸を占める苦い思いを吐き出した。 「時間がねえって、わかってたのに」 年明け予定の設備導入が、工程の都合で前倒しになったのだ。初めて担当する天子には想像以上の大仕事で、メーカーとのやり取りや夥しい書類の作成で日にちが費やされていった。仕事納めの年末に何とか搬入予定を組んだものの、日程調整で難航した結果、社内通達は全て後回しになっていて。 午後、役員会を終えたその足で彼は手伝いに来た。仕事場が離れていても所詮同じ部署、話は伝わっていたらしい。最低限の会話で黙々と作業を進めてくれた。定時で帰る約束など、最初から無かったかのように。 「俺は何も考えてなかったけど。もし何か…用意してたことがあったら、ごめん、なさい」 世間の恋人たちみたいに、ディナーにイルミネーションにプレゼント、と浮かれたかったわけじゃない。ただ会って、ゆっくり話して、普通に食事して、許されるなら夜を過ごしたかっただけ。 憔悴しきった天子をよそに、彼の声はごく穏やかだ。 「謝らなくてもいいんじゃない。ちょっと状況は変わったけど、こうして一緒にいるんだし」 「それは…」 「ほら、あとちょっと。頑張ろうね」 冷たい頬を指で押しながらPCを向かされ、唇をきゅっと結ぶ。気が逸るあまり、余計なことを口走ってしまった。とにかく今は目の前の作業を済ませなければ。 「――よし」 印刷ボタンを押し込み、プリンターが紙を吸い込む音がした。取ってくるよ、と火野が気を利かせて席を立つ。 (死にそ……) 時計は21時を回り、ブラインド越しの街の明かりは一際まばゆい。霞む目には痛いほどだ。 リクライニングを目一杯倒し、両の拳を突き上げて背伸びをする。節々の強張りがようやくほどける気配がした、その時。 「んっ」 上向く顎を取られ、背後から逆さまの唇を宛てがわれて驚いた。ほんの一瞬で離れた顔は屈託なく笑っていて、萎れていた心に熱い感情が泉の如く湧き出してくる。 「帰ろうか」 紙の束を課長の机にぽんと乗せて彼が言う。情けないばかりではいられまい。天子も腹をくくった。 「これから明日まで、予定あります?」 ピザにチキンに酒。財布の紐を存分に緩めてやる。 でも、まずは。 「あるわけないでしょ」 嫣然とした笑みが何を求めているのか。知らないふりは、したくない。 ↑TOP ×
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