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ひのてんR18

「おいババァ! 来てやったぞ!」

グラウンドから中庭を抜けて外から保健室を訪れた天子は、汚れた運動靴をぽいと雑に脱ぎ落とす。いつも開いているクレセント錠のガラス戸を横に押し開いてどかどかと上がり込めば、室内は空調機の音のみで満たされていた。養護教諭である亜子の姿は見当たらない。
靴下のまま室内を闊歩し、正しい入口である廊下側のドアを開けて顔を覗かせれば、壁に吊るしてあるホワイトボードのマグネットは「不在」欄の「職員会議」マスに収まっていた。ひとつ舌打ちをして、天子は室内に引っ込む。

「肝心な時に居やしねえ」

母性を感じさせる、この部屋の仄かな甘い匂いが天子は苦手だ。反抗期故の居心地の悪さを感じ、丸椅子に乗せた尻をもぞもぞと動かす。

(あ、やべ)

先程は全く視界に入らなかったが、部屋の奥、六つあるベッドのうちのひとつはカーテンがしっかりと閉まっている。気分の優れない生徒が休んでいるのだろう。天子は即座に口をつぐんだが、男子用のベッドと気づいて少しばかり安堵する。
長居は無用だ。本来の目的を達成するべく処置の道具を棚から探してみるが、目に見える範囲で絆創膏の類いは見当たらない。

「くっそ。いねえならわかるようにしとけよな」

静かにしなければと声を潜ませたのも束の間、三歩歩いて忘れる鳥よろしく大声で毒づいてしまう。ガン、と棚を蹴ってから、慌ててベッドを振り返ったところで、そちらからも声が放たれた。

「てんこ? いるの?」

紛うことなき恋人の声音。声が少しふわついているのは寝起きのせいか。怒られたわけでもないのに、反射でぴんと背筋が伸びた。
シャッとカーテンが開かれ、三年生の青いスリッパを突っ掛けた火野がゆらりと近づいてくる。今の今まで横になっていたのか、艶やかな漆黒の髪がやや乱れている。服装は普段と変わらずシャツにベストを着込んだ形だが、眼鏡は手に持ったままだ。
唖然とする天子に微笑みかけた彼は、うっすらと血の滲む膝の擦り傷を目敏く見つけると、スッと眼鏡をかけて戸棚に近づいた。

「怪我しちゃったの? 待ってて」

造作もなく救急セットを探り当て、火野はカバン錠を開けて手際よくコットンに消毒液を染み込ませていく。

「転んだのかな。傷口は洗ってあるね、うん」

ぴろんと寝癖のついた髪にしばし目を奪われていた天子は、はっと我に返るなり手のひらを突き出した。

「んなもん自分で…」

「いいの、暇だから。まさかこんなところで会えるとは思わなかったよ」

退屈ならばまともに授業を受けてはどうかと言いかけたものの、傷口にちょんちょんとコットンを押し当てられて悶絶する。

「ぐ……っ」

「ちょっと我慢してね」

滅菌の痛みに体を震わせて耐えれば、えらいえらいと子供に相対するように頭を撫でられた。恋人でなければ蹴り飛ばしているところだ。
脚を伝う消毒液を優しく拭われ、最後に大判の絆創膏を貼ってもらって、天子はほっと息をつく。ほんの数分で済むはずが、捜索に余計な時間を割いてしまった。しかし体育教師も今は職員会議に出ており、校庭で各々やりたいことをやるばかりなので急いで戻ることもない。
というか。授業中に学年の違う恋人と会えてしまった以上、体育のフリータイムという絶好の機会を差し置いてでも、戻りたくないのが本音であって。

「ありがとう、ございます」

脚をプラプラさせながら小さく礼を述べると、救急箱をしまい込んだ火野が慈愛の笑みを浮かべる。

「どう致しまして。体育の時間なんでしょ? 大丈夫なの、戻らなくて」

教師が不在なので構わないと告げれば、そう、と火野はどこか嬉しそうに頷いた。
普段なら決して会えない時間帯。サプライズプレゼントよろしく転がり込んできた逢瀬を、彼ももう少し引き延ばしたいと思ってくれたのだろうか。
堪らなくなって、椅子から腰を上げるなり抱き――つきかけ、はたと動きを止めた。彼は不思議そうに首を傾げる。

「どうかした?」

「いや…俺今、すげー汗くさいから…」

体力テストの千五百メートル走が来週に控えており、つい先程までクラスメイトたちとタイムを測りつつ競っていたのだ。外は見事な秋晴れ。降り注ぐ日差しも申し分なく、真夏ほどでなくとも衣類はほんのりと湿っている。恋人に触れるならシャワーは無理でも、せめて汗拭きシートの類いでケアをしてから臨むべきだろう。持ってないけど。
引っ込めた天子の腕を、火野はわざわざ手を伸ばして掴む。ぎょっと目を瞠る天子を教室の奥へ連れていくと、今し方自分が開け放ったカーテンの隙間にぐいと押し込んできた。

「は? え、ちょっ」

ほんの数分前まで火野が休んでいたベッド。寝乱れた痕跡に言い様のない生々しさを感じ、天子は羞恥を覚える。格子模様の掛布団を引き剥がすと、彼はそこに天子の体を遠慮なく投げ込んだ。

「ぶっ!」

清潔なシーツにくるまれた固めのマットレスへ、天子はうつ伏せで倒れ込む。その上からずしりと自分より重たい彼に覆い被さられ、天子は呻きながら手足をばたつかせた。

「てんこが悪いんだよ」

耳に直接吹き込まれた声はとろけるように甘い。濡れた吐息が鼓膜をくすぐり、ぞわぞわと背筋がわななく。自分に責任があるとは一ミリたりとも思えないのに、こうも優しく詰られては反論すら奪われる。

「あんなこと言われたら、味見してみたくなっちゃうでしょ?」

「味見ってっ……ん…っ」

赤らんだ耳たぶをそっと食まれ、ビクンと肩が跳ねた。口の中でぬるぬると舌を這わされて、体の奥が兆してしまいそうになる。

「は……やめ……っ、ぁ…っ」

ちゅ、と音を立てて解放された耳は、じんわりと灯った熱と対照的に、濡れて外気に冷やされる感覚が官能を呼び起こしていく。

「こういうことだよ。味見」

「っ、だから汗くさい、って……!」

耳元からうなじを伝い、首筋に触れる唇。あまりの羞恥に頬がちりちりと焦げそうだ。彼は満足そうに笑みをこぼす。

「何て言うんだろうね。若さの味がする」

「や……っ…、そんなん言わな…っ」

肘をついて体を支え、彼の下から這い出そうともがけば、半端に開いた脚の間をぐりりと腿で押し上げられた。

「っぁ……!」

乱暴で直接的な愛撫に、疼いていた中心がじわりと湿る気配がした。中間考査が終わったのは一昨日。みっちりと勉強していたおかげで自分でも処理を怠っており、たった少しの刺激でもぴくぴくと媚びるように揺れてしまう。

「いい子にしてて。可愛がってあげたいだけだよ」

ね、と言い聞かせるように淡い髪をかき混ぜ、火野は半袖の体操着をするするとたくし上げていく。抵抗を諦めた天子は悔しげにシーツを掻き、せめてもの報いにと負け惜しみを呟く。

「嫌いになっても、知らねえから…っ」

「僕が好きでやってることなのに、どうして嫌いになるの?」

彼はすこぶる楽しそうに顔を綻ばせ、体操着の下に着ている派手なインナーごと捲り上げた。骨がくっきりと隆起した、成長期の男らしい背中。浮き出た肩甲骨に沿って舌を這わせつつ、手はシーツと天子の間に入り込む。

「ん………っ、く……」

長い指がまだ柔らかい胸の尖りを探り当て、指先で持ち上げては弾くように上下される。時折かりかりと悪戯に爪で引っ掻かれ、ぷくりと立ち上がったそこが刺激を求めてより敏感になっていく。元から感じる場所ではないのに、じんじんともどかしい快感が腰へ流れていくのが恥ずかしくてたまらない。

「ぁ……っ」

ちょうどその腰骨の付近にちゅっと唇が落とされ、びくりと身動げば今度はやや強めに吸いつかれる。鬱血痕は抱き合う度にそれとなく付けられているが、天子が嫌がる場所ばかり選んでいる気がしてならない。
唇を耳元まで戻して、火野がひっそりと笑う。

「おいしいけど、もっと味わってもいいよね?」

「っ……」

甘く低い、大人の誘う声。この声で問われると、どんな状況でも嫌とは言えなくなってしまう。火野もそれをわかっている上で仕掛けてくるから嫌なのに。

「腰を上げて。肘と膝で、体を支えてくれる?」

力の入らない四肢でどうにか踏ん張って、腹を浮かせるようにゆっくりと体を起こした。瞬間、体操着のハーフパンツを下着ごとずるりと下ろされて天子は目を剥く。

「! な、にして……ちょ、っ」

片足から衣類を抜き取られるや否や、火野が下から中心を覗き込む形でシーツとの間に割り入ってくる。両手で内腿を押し開けば、今にも雫をこぼしそうな中心が露わになった。下肢のすべてを眼前に晒され、天子はカッと頭に血が上る。


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