春の夜(裏) ひのてんR18 |
◆◇◆ 薄ぼんやりとしたオレンジ色の灯り。うっすらと開いた瞳から差し込む明るさに何度か瞬きを繰り返し、天子はゆっくりと覚醒する。 体を支えるマットレスが異常に柔らかくて、違和感を覚えながら身動げば、ずきりとあらぬ場所が痛みを訴えた。小さく呻くと、起きたの、と足元の方から少々掠れた声が届く。鼻孔を抜ける匂いに顔をしかめつつ、天子はそっと上体を起こした。 「眠ってていいよ。外もまだ真っ暗だし」 ふう、と吐き出される煙でフィルターを作っていた姿が次第に明瞭になっていく。彼は睦み合った時の格好のまま、ベッドに腰掛けて携帯電話のディスプレイを眺めていた。もう片方の手に挟まれた、煙の正体を示す筒に目を瞠る。視線に気づいた彼は苦笑を浮かべた。 「吸うんですか」 「そうだよ。知らなかったよね」 短くなった煙草を携帯灰皿で揉み消す様を見つめているうちに、眠りにつく前の出来事が鮮明に脳裏へ蘇る。 身に纏っているものは彼と同様、その時のままだ。心許ない下肢をカバーで覆い、羞恥で血が上る頭や顔を見られまいと体育座りで背を丸める。愛撫を受けた際の自分の反応などを思い出すとそこら中をのたうち回りたくなった。火野は小さく笑って両腕を広げる。 「おいで?」 伏せられた頭がぶんぶんと振るわれる。おや、とからかうような口調はいつもと変わらない。 「終わった後はくっつきたくないタイプなの?」 暗に、この程度の遊びにも慣れていないのかと揶揄されている気がして、天子はのっそりと重い頭を起こして膝をつき、三歩ほど這っていく。思い切ってそのシャツにしがみつくと、少し前に覚えたばかりの温もりと煙草の香りが混ざり合って、胸が切なく締め付けられた。 「…なんで、誘ったんですか」 「今更だね。したかったからでしょ?」 遊びだから。そのくらい、甘い言葉を囁かれた時からわかっていた。誘惑に乗ったのは自分の意志なのに、今になって傷つくなんて都合が良すぎる。 唇をきゅっと噛み締めれば、今夜散々というほど触れてきた手が優しく髪を梳いていく。いっそ悲しくなるほどだ。 「誰にでも、こうなんですか」 「そんなことないよ、輝じゃあるまいし。僕なりに相手は選んでるんだけど……って、言い訳になっちゃうね。大丈夫だよ、嫌だったならこれきりにしてあげるから」 きつくしがみついた両手が、くたびれたシャツに派手な皺を作る。氷の塊を呑み込まされたように胸の奥が冷たくて、燃え盛っていたあの熱でもう一度温めてほしいと願ってしまうくらい。 「さっきも、言った…っ」 数え切れないほど喘がされたおかげで擦り切れた喉がざらりと痛む。 「全部、欲しいって…寄越せって! 今だけなんてふっざけんな! 俺は、ずっと……っ」 見つめ合って、触れ合って。その一瞬でも彼が自分のものになるならと、嘘を受け入れたのは事実だ。けれど。全てとろかされるほど愛されて、抱き締められて、心は揺らいでしまった。 ――この想いを、一夜だけのものにしたくない。 男として人前で溢れさせるものかと、ぎゅっと目をつむって込み上げる熱を堪える。耳を傾けながら緩く背を撫でていた火野は、ふぅと困ったように吐息を落とした。 「どうしてなのかな」 さも不思議そうな呟き。本当に理解できない、というニュアンスで彼は続けた。 「なんで君は、どんな僕でも嫌いになってくれないんだろうね」 「なんで、って……俺だって、知らない」 優等生ぶって、笑顔が嘘くさくて、陰ではあれやこれやと悪事を働くような、そんな男。理由なんてわからない。それでも、心が揺れて堪らなくなるのは彼だけだった。触れられることはおろか、何気なく言葉を交わすだけでも、理屈抜きに嬉しくなってしまうのだ。 何それ、と彼はおかしそうに笑って、ぐりぐりとやや乱暴に頭を撫でてくる。 「変なの。僕が言うのも何だけど、趣味悪いよ」 「…自覚はありますけど」 「あれ、いきなりひどくない?」 冗談混じりに文句を垂れつつも、彼は至極嬉しそうだ。わざとらしく作られたものではない、初めて見る顔。レンズを通さない素の瞳が、天子をゆっくりと捉える。 「外面はともかく、内面が好きって人は今まで居なかったなぁ。そんなに好かれてたんだ、僕」 憮然とした表情でこれ見よがしに大きく頷くと、腰に腕を回され、強く抱き締められた。きゅっと心が跳ねる音がする。 「じゃあ、責任取った方がいいかな」 「付き合って、くれるんですか」 「そういうところを曖昧にしてくれないのがてんこだよね」 またのらりくらりと逃げられては敵わない。さらに追求しようと口を開きかけたところで、腰を撫でていた手がゆっくりと尻の丸みを下っていく。天子はぎょっとした。 「はっ? ちょっ……」 「話をはぐらかす気はないよ。でも、今は触れたいの。ね?」 じんじんと未だ鈍い痛みを拾う場所を指先で円く撫でられ、敏感な入口がきゅうと収縮する。乾いていては余計に痛むだろうと、ぺろりと唾液で潤してから再度周辺を辿っていく。天子はゆるゆるとかぶりを振って触れ合いを拒もうとした。 「や、いたい、からっ……」 「痛い時の声には聞こえないんだけど。大丈夫、指だけにしてあげるから」 「はっ、ぁあ……っ」 濡れた蕾を優しく割り裂いて、長い指が根元まで埋まり込む。覚えのある質量に、粘膜は早くも熱を取り戻しつつあった。理性の残る頭では羞恥ばかりが募り、体を引き離そうにも抱き寄せる腕がそれを許さない。 「あ、そうだ。ちゃんとおうちには連絡しといたよ」 「え……ぁっ、はぁ!?」 くぷくぷと悪戯に指を蠢かせながら、火野は明日の天気でも予想するかのような気軽さで言い放った。 「だって心配するでしょ、電車動いてるのに子供が帰ってこなかったら。出たのが妹さんでよかったよ、丸め込みやすくて。もちろん、ありのままは話してないよ?」 「そ、んなっ……ん、ぁ……っ」 「朝にはちゃんと帰らせますね、って言ったんだけど。どうしようかな、ちょっと帰したくなくなってきたかも」 「ひ…っぁ、やだ……っ、あ……!」 腹側に潜んだ膨らみをそっと撫でられ、電流が走ったように腰の奥が甘く痺れる。指の腹で優しく押し上げられると、カバーに隠されている中心がとろりと快楽の証を溢してしまう。指にまとわりつく内壁はどこもかしこも摩擦を切望していた。 「まだ柔らかいね。ほら」 「ぃ、あっ……!」 二本の指で内部を広げるように開かれ、ゆっくりと引き抜かれる。入口の縁がひりひりと染みて痛んだが、やめてほしいとはもう言えなかった。 煙が染み付いたシャツへ抱き着いて刺激に耐えていると、今夜の始まりに似た台詞が耳元で吹き込まれる。 「どうせすぐには帰れないから、ね? ここが僕のことをちゃんと覚えていられるように、可愛がってもいいでしょ?」 伏せられた長い睫毛がとてつもなく厭らしくて、高鳴る胸はあの時と同じで。悔しさと愛しさが綯交ぜになる。 夜明けはまだ遠い。朝になって、夜になって。何日経ってもきっと、このままでいられますように。その辺りは後でしっかりと責任を取らせてやる。 怠くなった腕を絡み付かせ、苦そうな唇に返事を押し付けた。 →TOP ×
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