春の夜(裏) ひのてんR18 |
※本編第二話 春の夜 裏版 軽い気持ちで後輩誘っちゃう火野と、それに乗ってマンションに連れ込まれる天子 最初は額だった。 品の良い調度に囲まれたリビングに通され、冷えたフローリングに荷物を取り落とされてすぐのこと。 前髪越しに触れた唇は優しくて、ごくりと生唾を呑み込んだ。 『すぐには帰れないと思うから、よかったら家においで』 帰り支度を始めた化学部と由姫を尻目に、普段より一層低い声で囁かれて驚いた。他の誰にも聞こえないよう、耳を掠めた台詞に顔が熱くなる。これは、自分の都合のいい意味に取ってもいいのだろうか。 いいよ、と。妖しく伏された睫毛がそう語っていた。 勢いのまばらな雨の中を、無言でついていくこと五分。行儀よく頭を下げたコンシェルジュの顔も見られず、下を向いたまま後を追って部屋に潜り込んだ。タイル張りのエントランスでまごつきながら靴を脱いで、リビングへ足を踏み入れてから十秒と経たないうちに、その唇は触れてきた。 額、頬、そして唇に、躊躇なく熱を分けてくると、冷たい雨に奪われた体温が奥底から燃えるように広がっていく。 「ん、っ……」 唇を食むだけだった触れ合いが、押し付けるようなものに変わる。 ――この人と、キスをしている。 目の前の現実にひどい眩暈を覚えた。 ちゅ、ちゅっと徐々に重なりが深くなっていくのを、幾分か穏やかになった雨音を耳にしながら感じる。ゆっくりと離されると、すっかり熱くなった吐息が濡れた唇から途切れ途切れに漏れ出ていった。 流れるように抱き締められ、ひんやりとした体温が頬の熱を僅かに冷ます。 「悪い子だね」 くす、と耳元でこぼされた笑みにさえ背筋が震えた。既に反応しかけていることを知られたくなくて、天子はそっと腰を引く。 「どうしてついてきちゃったの?」 「……わかってる、でしょう」 「雨宿り?」 愛する人でなければ蹴っ飛ばしていたかもしれない。ぐっと天子は押し黙った。 「冗談だよ、怒らないで。…雨で濡れちゃったね。脱がないと体が冷えるよ」 勝手に始められた茶番はもう終わりとばかりに、やや直接的な言葉で背中を撫でられる。跳ねた体をぎゅっと抱いて、火野は耳元で毒を流し込んだ。 「あっためてあげようか?」 甘く妖艶な台詞に、飽和状態の天子はきつく目をつむってかぶりを振った。 再度開かれた瞳は、先程の情欲の色を淡く残している。 「俺があっためる側じゃだめなんですか」 おや、と目を伏せたままの火野は、ゆっくりと挑戦的な視線に対峙する。 「そういうつもりだったの? そう。だめだよ、僕はいつだって可愛がる方でいたいから」 唇にふにゅりと長い指先を押し当てられ、天子に物を言わせず火野は笑う。 「でもまぁ、満足できなかったら次はそうさせてあげてもいい、かな? 僕にその気はないんだけど」 「っ!」 肩と膝裏を持って抱き上げられ、唐突な浮遊感に思わず火野の制服を掴んでしまう。意外と重たいんだね、と彼は微笑みながらベッドルームへ続くドアを蹴った。 「ちょっ……こんな、」 「もっと細いと思ってたなぁ。まぁいいか」 いつもの口調でクイーンサイズのベッドに下ろされ、柔らかなマットレスへ腰が吸われる。起き上がろうと手をついたものの、低反発で沈み込んでしまうので支えが効かない。仕上げに、とん、と胸を押されて後頭部が枕に埋まった。それでもまだ上体を起こそうとした天子は、ぴたりと動きを止める。 「っ……!」 「ん?」 するりと指の先まで整えられた手が眼鏡を耳から滑らせる。理知的な雰囲気があどけなさに変わる瞬間に、抗う気持ちが削がれてしまった。 「っん、む……」 そうこうしているうちに両手首がそれぞれシーツに縫い付けられ、やや乱暴に唇を塞がれる。表面を擦り合わされて、ビクッと内腿が震えた。 「ふ……っ」 抵抗が少しずつ緩むと、舌先で隙間をゆっくりとなぞられる。開けて、と言うように。強情に引き結んだままでいると、ぬるりと合間をこじ開けられ、驚いた拍子にその舌を迎え入れてしまった。 「ん、ふ………ぅ、ん…っ」 押し入ってきた舌は歯列を丁寧になぞって割り開くと、口腔を優しく責め立てていく。上顎を焦らすように舐められ、確かな快感に腰が身動ぐ。奥へ逃げた舌もちろちろと先だけを遊ばれていたが、不意に舌を抜かれて思わず、その唇を追うように上向いてしまう。 「いい子だから。…ほら」 「ぁ、ぇ………っ」 長い指が唇から侵入し、舌を捕まえてぬるぬると表裏を扱かれる。加えて、耳元で湿った吐息を吹き込まれ、耳の柔らかな部分を吸われて腰ががくんと引けてしまう。制服のスラックスの前を押し上げているものは、きつきつに張って痛むほどだ。 「ちゃんとこのままにしてて。できるよね?」 指が抜かれ、代わりに待ち侘びていた唇が戻ってくる。さっきと違う角度でしっとりと重なれば、もっと気持ちよくなりたいと訴えかける本能のまま、心のどこかで観念して舌を招き入れる。体はもう止まれなかった。 「んぅ………っ」 ちゅう、と舌先を吸われ、快感が背筋を伝って腰に溜まる。根元から唾液を塗りつけるみたいに絡められ、とろとろとした雫が口の端から首に滴り落ちていく。男女での経験はあるが、ここまで淫靡なキスを交わしたことはない。息継ぎも侭ならず、吐息を振り撒きながら舌を愛撫される。 「ふぁ……んむ、ん…っ」 口の中の柔らかくて弱いところを意地悪く探られている。見つけ出した場所をなぞられ、舐められ、吸われて、昂った体はそれだけで上り詰めてしまいそうだった。火野の手がそっと下がり、半端に開かれた脚の間に優しく触れる。 「っあ……、や、…っ」 「気持ちいいの?」 やわやわと大きな手の中で服越しに揺らされると、あまりの恥ずかしさに頭の芯が溶け出してしまう。まだ唇に触れられたばかりなのに、そこはともすればその手に自らを擦り付けそうになるほど切羽詰まっていた。べったりとねだるような己の声にも、無様に違いない表情にも羞恥が募る。 「め……っ、だ、め……です…」 ぴくんぴくんと脈打つものが素直に精を吐き出してしまう前に、天子は火野の手首を掴んでかぶりを振った。切れ上がった瞳は今や生理的な涙と情欲に濡れ、頬と唇はぷっくりと真っ赤に照っている。ふふ、と火野は殊更妖しく笑ってみせた。 「そんな顔もできたんだね。かわいいよ」 「は、んん……」 触れるだけのキスを落として、火野の唇はこぼれた唾液を舐め取る。紅潮した首筋に舌を滑らせ、浮き出た血管を嬲る。思春期特有の汗の匂いが仄かに鼻先を掠めたが、決して悪くはない。興奮材料にもなりうるほどだ。理性が少し落ち着いた天子もそれを気にし始めたらしい。 「先輩……あんまり、その…」 風呂入ってないし、とうつむく姿に、普段の潔さは見当たらない。もっとも、火野だって嫌なら先に風呂へ入れているし、そもそもベッドへ誘う気にはならないが。 「ん………っ」 元からボタンが外れていたワイシャツの下、派手なTシャツを胸の上まで捲っていく。零ほどではなくとも、運動できちんと引き締まった筋肉はいいものだ。腹筋のなだらかな凹凸に、余分な肉のない脇腹に、そっと唇を落としていく。 腹から鳩尾を通り、ぬるりと胸に舌が這わされると、天子は僅かに身を震わせた。 「っ………」 まだ平坦なそこを、器用な舌先でくりくりとつつく。自由になった手で口許を覆っているのか、くぐもった吐息が耳に届いた。しかし、そういう強張りや虚勢を崩していく過程が醍醐味と言ってもいいだろう。火野は刺激を続ける。 ちゅっと吸い上げては舌の先で弾き、吸い上げては弾き。もう片方は指の腹で円く擦って、時折軽く爪先を埋める。刺激する度に、膝同士をもぞもぞと擦り合わせているのがいじらしくてたまらない。 →next ×
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