serum
ひのてんR18

追加した潤滑剤をぷちゅぷちゅと鳴らしつつ、深まる繋がりに目眩がする。片脚を肩に引っ掛けて奥まで突くと、即座に戸惑いの声が上がって動きを止めた。でも驚いたのは一瞬だったみたいで、内壁は摩擦をせがむように蠕動を始める。
滑りを借りてゆっくりと押し込めば、また腕で表情を覆い隠した彼が吐息の合間に小さく喘いだ。こういう時ーーベッドで向き合って繋がる時は、ほとんど顔を見せてくれないんだ。気持ちはわからなくもないから、無理に剥がしたりはしないよ。開きっぱなしの唇と頻繁に上下する胸が、彼がどんな状態かを如実に伝えてくれる。彼の目がないのをいいことに、目線を徐々に下げてしどけない肢体をじっくりと眺める。

「可愛いね。出ちゃうの?」

穿つ度に揺れる中心を指先でつうっとなぞれば、先端に浮かんだ蜜がとろりとひとすじ溢れていく。尚も触ってほしそうに浮き上がる腰を無視して、熱く柔らかな粘膜を掻き回す。

「んぁ……っや、だ……っ」

ぱさぱさと髪を揺すって懸命に耐えるけど、奥を抉る動きに合わせてあちこちに蜜を飛ばしてる。汗もかいてるし、後でたくさん水分補給させないとね。
脚を開かせて覆い被さると、ようやく解かれた腕が背中に素早く絡みついてきた。顔はまだダメなんだって。僕が言うのもなんだけど、君は充分整ってるよ。そういう問題じゃないのは承知の上で、意地悪を言いたくなる。

「これだとキスできないなぁ」

わざとらしい囁きにビクッと肩が跳ねたのち、体内の締め付けが強まる。逡巡ののちにはっきりとした舌打ちが聞こえて、密着を解かれてすぐに唇が押し付けられた。
甘く震える舌を良いように嬲りながら、こっそりと目を開けた。

ーーー

「面倒にならないうちにお風呂入ってきたら?」

諸々あって、そろそろ彼は眠りにつく時間。服とシーツの後処理を終えた僕は、ベッドでバスタオルを羽織っただけの彼を促す。疲れているのはわかるけど、ずるずる引き延ばしても寝るのが遅くなるだけ。億劫と思う前に行動しないと、翌朝がもっと面倒になってしまう。

「ん……」

横たわったまま、ひどくけだるげな彼は熱っぽい瞳の開閉を繰り返している。僕の言うことも聞かず、かといって眠るわけでもなく、時々お腹の辺りを押さえては深呼吸に勤しむのみで、動く場所は手足の先くらい。

「僕、先に入っていい?」

「ん」

短く頷いたのを確認してから、洗濯する品々を抱えて寝室を出た。あの子が脱ぎ落とした服を回収するべくリビングにも寄ろうとして、ふと立ち止まる。
女性は性交後、その場を動かずじっとする傾向にあると聞いたことがある。疲労はもちろん、体質的に興奮や快楽が持続しやすい上、妊娠の確率を上げるため本能的にそうするのだと。逆に、行為に感けてすっかり無防備だった自分と夢見心地な女性を外敵から守れるよう、男は即座に気分を切り替えられる脳になっている、らしい。
なんて、ね。深い意味はないよ。

入浴を済ませ、リビングの片づけを終えて戻ると案の定、彼はぐっすり眠り込んでいた。寝顔があまりにもあどけなくて、一瞬誰だろうと訝ったくらい。この表情に慣れるほど、僕たちはまだ夜を共にしていない。
バスタオルから覗く肩はひんやりと冷たい。エアコンを少し弱めて、服は僕のものを簡単に羽織らせておく。きちんと着せつけるのは難儀そうだし、掛布団があれば風邪を引く室温ではない。
明け方近くまで眠くならないのがこの頃の常だったけど、夏バテの体に急な運動は堪えたとみて、正直すぐにでも横になりたいくらいだ。絞ってあったライトも潔く消し、彼の隣に寝そべる。目を閉じれば聴覚が鋭敏になって、自分じゃない誰かの寝息を拾うとまだ胸がざわつく。初めてここで夜を過ごした時は一睡もできなかった。この子にはもちろん内緒。

物心つく前から、誰かと共に眠った記憶は数えるほどしかない。こんなふうに体を重ねた後のことは特に、たった一度と言い切っていいと思う。

「もう、何も怯えなくていいのにね」

独り言が軽やかにこぼれる。
誰も愛してくれないと嘆くことも、誰も愛せないと俯くこともない。これからは、己を呪う必要なんかない。ただ居心地のいい場所で、優しい人たちと楽しい時間を過ごして、時々こうして突拍子もない行動に出るこの子に苦笑いしながら愛してもらえばいい。

健やかに眠る体を背後から抱き寄せる。入浴後の僕より遥かに体温が高い。暑苦しいかもしれないと思いつつも、確かな存在に安堵する。

「おやすみ」

いつか君を、心から喜ばせることができますように。

ーーー

翌朝はいつになくスッキリと起き出せた。内腿と腹筋のやんわりとした筋肉痛すら心地良い。
遮光カーテンはそのままに、そっとベッドを抜けて着替える。

「出掛けてくるね」

布団から行儀悪くこぼれた足先に苦笑して、静かに部屋を出た。

青空の広がる夏の朝は眩しいほどだった。気分よく家を出たことを即座に悔いる。蹴り出されるのを承知で、あの子の隣でもう一眠りしてもよかったかもしれない。行きは下りでも帰りは上り。そして帰りはもっと暑くなる。早めに済ませてシャワーを浴びよう。
静まり返った駅を通り抜けて駅ビルの小さなコンビニへ入る。始発はもう動いているから出張らしいビジネスマンもちらほらと見かける。会計しながら何となく壁のポスターを眺めて思い出した。蓮華駅前の夏祭りが今日から始まることに。
祭りは三日間開催され、中でも盆踊りや念仏踊りが披露される最終日は特に賑わう。その夜に、生物部と化学部は合同で祭りを巡る約束をしていた。つまり明後日だ。

脈を気にしつつ慎重に坂を上って帰宅する。
こんな運動量でも汗ひとつかかない体が気持ち悪い。買ってきたものを冷蔵庫へ収めて浴室に閉じこもった。これで眠気は完全に飛んだ。
コーヒーを淹れてテレビのスイッチを入れる。NHKは里山の自然を紹介するのどかな番組。緑に囲まれた地方の奥地は目にも優しい。岩場を滴る湧水、どこまでも広がる水田、昔ながらの集落。懐かしいな。とある都合で、僕も年に二回ほどはこうした田舎を訪れている。今度はあの子も連れて行こうかな。退屈で嫌がられるかな。
とりとめもないことを考えていたらペタペタと裸足で廊下を歩く音がした。開いていたドアから眠そうな顔が突き出される。僕のカーディガン一枚を羽織っただけの格好だ。

「おはよう。まだ起きないと思ってたよ」

「ねみいけど起きる」

声のトーンが二段階は低い。昨夜と比べれば四段階くらい。

「寝ててもいいよ」

「起きる」

『朝になったら帰る』という宣言をしっかり守るつもりらしい。鈍い声で繰り返したのちにペタペタと出ていく。お風呂だね。昨日着ていた服が乾燥機にあることはわかっているだろうし。
腹の虫を聞かされる前に用意をしておこう。

ーーー

「おかえり」

最後の卵料理ができたタイミングで彼も戻ってきた。肩の生地だけ足りなかったような昨日の服装。スッキリした表情で携帯をぽちぽちしていたのに、見上げた僕とまともに目が合うなりぱっと俯いてしまう。目元が少し赤い。

「どうかした?」

「ーー見えねえからいいけど、ずいぶん周到っつーか…」

覆われた左肩の方をさすりながら、恥ずかしそうに告げられれば容易に察せる。浴室の鏡で気づいたのかな。見過ごすわけないよね。僕も思わずニコニコしちゃう。

「仕返しだよ」

「……やっぱ昨日急に来たの怒ってたんですか」

「え? ああ、そういうのじゃなくて」

おもむろに自分のシャツのボタンを上からプチプチ外すと、彼が面白いくらいに動揺する。胸元まで開けた辺りで片方の衿をぐいと引っ張れば、彼はぱっと口を押さえて瞠目した。反応にいたく満足した僕はボタンをささっと元に戻す。

「マジかよ…」

今すぐ消えたいと言わんばかりに目を伏せて、どうにか言葉を絞り出した。そんな顔させたいわけじゃないけど、そんな顔もたまにはいいなと思う。暗い閨ならともかく、明るい朝の日差しの中で見ることはほとんどないから。

「痛く、なかったですか」

「全然」

紅色の頬を撫でて微笑む。邪な揶揄の心が伝わったのか、彼は反省もそこそこにすぐ横を通り過ぎて朝食のプレートをさらっていった。
ダイニングテーブルで黙々と食べ始める横顔はどこか嬉しそうで、わざとゆっくりコーヒーを淹れ直す。

守らなくてもいい存在。されど決してどうでもよくはない存在。僕にとってはとても都合がよくて、ありがたくて、興味深い。これでなかなか可愛いところもある。そして、誰より僕を理解しようとしてくれる。

この家に必ずいるとは限らないから、訪問前の連絡が欲しいのは本当だけど。
君がそばにいるとお腹が空く。眠くもなる。体中を巡っていたどろりと重たい何かが消えていく。生かされている意味を、ようやく思い出すことができる。

免疫不全の体には、君くらい強い薬がちょうどいいのかもしれない。


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