あたらよの宴
ひのてんR18

静かで、暗い。そして、とても温かい。
瞼を持ち上げて薄暗い部屋に目が慣れるのを待つ間に、『だるい』と『重い』が加わった。とある旅館の一室。どこか懐かしい倦怠感と、ウエストに巻き付く細い腕。
ん、と髪の後ろで聞こえた寝息に肩が跳ねた。僅かでも身動ぐと起こしてしまいそうな気がして、息をひそめて体を硬直させる。
視界ギリギリに映った時計を確認する。日の出まであと十五分ほど。もう一時間は寝ていても支障なさそうだ。背後の気配を気にしながら目をつむる、が。

(寝られるかよ)

眠る恋人に抱きしめられている状況下で、容易に二度寝を決め込むほど冷めてはいない。ましてや思春期真っ只中の起床時だ。レム睡眠の弊害である生理現象も致し方ないだろう。

(くそ……)

不可抗力とはいえ、浴衣に包まれた下肢に毒づく。せめてその状態から悪化しないでくれと願うものの、腹に置かれた彼の手を意識すると沈静化は望めそうにない。

「っ!」

不意に、手のひらがするんと浴衣の上を滑った。しかし臍からみぞおちまで撫で上げたところで止まり、天子は細く息を吐き出す。目を覚ましたわけではないようだ。
しかし位置が落ち着かないのか、まさぐるように手のひらが這わされる。もともと緩んでいた浴衣の合わせを割って、するりと胸元に入り込んでしまった。あらぬ声が溢れそうになり、天子は慌てて口を覆った。頭の後ろで感じ取れる呼吸はごく穏やかで、寝ているフリとは思えない。

「っ……ぅ…」

すり、と指先が胸の頂点に触れた。これが偶然でなかったら何なのだ。いくら火野でも、たちの悪い悪戯を仕掛けるような真似はしない。なのにまた指先で尖りをなぞられ、びくんと腹筋が痙攣した。期待してぷくりと膨れたそこは小刻みに震えている。

(何してんだよ……っ)

悪戯としても、男相手にやることではないだろう。まさか一夜を共にした女性たちにこんな戯れを撒いていたのでは、と嫌な予感が頭をよぎったところで、尖った先端にくにっと爪が食い込んだ。

「は、っ……… 」

ずくん、とあからさまに腹の奥が疼く。昨日の熱量を思い出させるかのように、じんわりと体の中心から汗ばんでいく。枕をぐしゃりと鷲掴み、徐々に浅くなる呼吸を整えようと口を開く。
男の分際で、こんな場所から快感を拾うなんて耐えられない。脚の間で芯を持ち始めたものをなだめるように膝を擦り合わせた。彼の手は動きを止めている。

(終わ、った……?)

ふう、と息を吐いて少しずつ体を弛緩させる。心臓の上に誰かの手があるのは妙な心地だが、これ以上乱されないのなら安堵しよう。
諦めかけていた二度寝に再び挑もうとしたその時だ。

「んぁ……っ」

きゅむ、と痛いくらいに乳首を摘まれて背が撓った。ほどけた唇をきつく結んでも、指に挟まれた粒をくりくりと捏ねられると殺しきれない吐息が漏れてしまう。

「ふ……っぅ、う……!」

じわりと下肢に染み出したものの恥ずかしさにいても立ってもいられなくなり、浴衣の中に手を突っ込んで不埒な腕を強引に引っ張り出した。あはは、と背後の軽快な笑い声が耳に障る。

「起きてんならさっさと起きろよ」

寝起きの低い声で振り返らないまま凄む。耳元で優しく詫びてから、尚もその手は腰をするんと撫でてきた。驚いた天子は布団の端に逃げて追撃をかわそうとする。

「ちょっ…、シャレにならねえから…っ」

「誰も冗談なんて言ってないけど」

「ん、あっ」

浴衣越しにつーっと欲望をたどられて腰が浮き上がる。元から兆していた中心は僅かな愛撫でも濡れ始め、生地に染みを作っていた。

「や……っ、さわんな、ぁっ」

「これじゃ仕事なんてできないでしょ」

ぬけぬけとたしなめながら、昨夜同様に下着をつけていない下肢へ手を伸ばす。指を一本ずつ絡めて包み込まれ、くぐもった水音を立てて扱かれると堪えようのない刺激が腰を直撃する。

「は……っ、あ……! や、め……っ」

柔らかい耳朶に舌が這わされて、ぞくりと快感が背筋を駆け抜ける。時に甘く歯を立てながら、可愛い、と低音で囁かれた。耳の中まで何度も舌を差し込んで犯され、腰ががくがくと勝手に前後してしまう。しかし絶頂に近づこうとすれば手の動きが緩慢になり、ぬるぬると焦らすように芯をなぞられる。

(あ………?)

横向きで背中を反らすと必然的に腰を突き出す体勢になり、狭間に押し付けられた硬さにはっと息を呑んだ。彼の家に泊まっても、朝から求められたことは一度もない。疲れ果てた自分が寝込んでいるせいもあるが、彼も元々朝が弱いのでそんな気持ちにはならないらしい。
その彼がのっぴきならない状態なのだから、恐らく。

(溜まってたってことか…?)

いくら性に淡白でも、成長期の男が長々と我慢し続ければ当然の結果だろう。余裕がないのはお互い様だ。自分だけではないと知り、素直に身を委ねることにする。
高められた熱はもはやどうしようもないし、何が原因かは不明だが自分に腹を立てていた昨夜の雰囲気を思い出して、甘えたい気持ちが募ってきた。
無言の了承を感じ取ったのか、火野はそっと体を起こして天子をうつ伏せた。浴衣を裾からたくしあげ、濡れそぼったものを愛撫しながら余韻の残る蕾をつつく。

「んん……っ」

溢れた蜜を纏った指が迷いなく内側を探る。既に柔らかくほぐれていたそこはさしたる苦労もなく指を呑み込み、彼を受け入れるための準備を済ませていく。
されるがままはごめんだと歯噛みしていた自分はもういない。特別美しくも整ってもいない男の体だ。これで彼を繋ぎ止めていられるのなら、いつだって望むように、したいようにしてくれればいい。

「ん、あっ……!」

指の代わりに宛てがわれた熱が入口を押し広げる。脚の付け根を持ち上げられ、シーツから浮いた下肢を深く抉られた。薄暗い視界がチカチカと瞬く。内部を占めるものがずるりと抜き出されると、覆い被さった格好で腰を押し付けるように穿たれた。

「んっ、んぅ…っ……」

他の客室に聞こえることはないだろうが、しんとした部屋の静寂に耐えかねて枕に吐息を逃がす。狭苦しい布団の中、男二人で何をやっているのだろうと思わなくもない。浴衣は乱れに乱れ、帯は腹周りに何となく巻き付いてるだけ。下着もろくにつけず、抱かれに来ましたと言わんばかりの振る舞いに今更ながら羞恥が込み上げる。

「んんっ、んーーーっ」

張り出した部分が弱い場所を擦りつぶすように往復する。普段であれば『つらくない?』と天子を気遣う一言がありそうなものだが。昨夜の余韻が残る体のせいか、彼は指が食い込むほどきつく腿を押さえつけ、遠慮なく腰を叩きつけている。
古びた洋書をめくる文学青年の如き佇まいであっても、情欲を露わにすると人はここまで変わるのか。骨盤がぶつかるほど激しく打ち込まれ、充血した内壁がビクビクと収縮する。

「は……っんぁ、やだ……ぁっ!」

下腹部の疼きを見通すように、大きな手が性器から臍までをぬるりと撫で上げる。それだけできゅうっと中のものを締め付けてしまい、耳を掠める荒い吐息に胸が一際高鳴った。

「ここ…」

低く囁きつつ、ずんと奥まで突かれて息が止まる。

「昨日からずっと、僕に吸い付いてくる」

「っん、んぅう……っ」

掠れ気味の甘い声でゆっくりと腰を回され、敏感な奥をぐりぐりと捏ねられて涙が滲む。軽く達してしまったのか、中心から勢いよく迸った雫をすくい取り、彼は嫣然と微笑んだ。

「ちゃんと受け止めてね」

天子の髪をくしゃりと乱して、再び律動が始まる。

「ふ……っあ、だめ……っぁ、あ!」

浅い凝りを摩擦しながら奥まった粘膜を小突かれ、天子の中心は刺激に応じてとろとろとはしたなく濡れそぼる。隘路を責める硬い楔も熱を溜め込んでおり、いずれも限界が近い。
深い抽挿に合わせて自分からもゆるりと腰を動かせば、ぐっと重さをかけてきつく抱き締められた。

「ぅあっ、あ、ぁーーーっ!」

逐情と同時に、ひくつく最奥に欲の証を叩きつけられて頭が真っ白になる。そこは精を搾り取らんばかりにうねり、咥え込んだ根元まで厭らしく粘膜を絡ませた。
火野がややつらそうに腰を引くと、放たれた白濁が狭間をとろりと汚す。

「ごめんね」

余韻に震える天子の体を仰向け、優しく抱き起こして彼は告げる。汗で貼り付いた前髪越しの額に口づけ、白み始めた窓の外を窺った。

「お風呂入ろうか」


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