あたらよの宴
ひのてんR18

「昨日……って、え、大丈夫なんですか。こんなとこ来て」

「入院するほどの検査じゃないよ。ただ、健康診断の前日にお酒を控える大人と同じで、検査までの期間に制限される事項が多いんだ。例えば、長湯とか、激しい運動とか」

ああ、と天子は力なく相槌を打った。
彼を愛していながら、どうして体のことまで考えが回らなかったのだろう。どんな生き物にとっても、『あれ』は命を燃やすような行為ではないか。

「なんで、もっと早く言わなかったんですか」

火野を詰りたいわけじゃない。天子の言う『もっと早く』は、ここひと月の間よりずっと前を指している。体を繋ぐ際に、さらに言えば自分を選んだ時に教えてほしかった。今までその体にどれだけの負荷をかけていたか、想像するだけで悪寒が襲ってくる。

「だって、寂しいじゃない?」

頬を行ったり来たりしていた指先が、紅潮した首筋をつっと撫でた。

「普段はなんともないんだから、わざわざ心配かけたくなかったんだ。体力がないんだなって、それくらいに思ってくれたらいいけど。気にしちゃうでしょ」

「そりゃ、体が弱いなんてどういうもんか、俺にはわかんねえから」

知っていたら『したい』と口に出す前に、まず体調の良し悪しを尋ねるかもしれない。誘う頻度も極力落としたはずだ。彼はそれを嫌ったのだろう。
床の間の明かりだけがついた和室を火野が見渡す。

「いつも、検査の後はこうしてここに泊まりに来るんだよ。過ごし方は家にいる時と変わらないから、ご褒美というより静養みたいなものだね」

「検査の結果っていつ出るんですか」

「正式な結果は二週間くらいかかるけど、まあ大きな異常なら検査の時にもわかるらしいから、問題なかったんじゃないかな」

ほっとひとつ胸を撫で下ろして、冷たい手をそっと掴んだ。親指をさりげなく手首の内側に当てると、落ち着いた脈動が伝わってくる。でも弱々しくはない。頭上で小さく笑う気配がした。

「甘えてほしいんだよ。遠慮なんかされたくない」

「ん……っ」

浴衣の合わせを指先が乱し、肌をくすぐっていく。そこから手を入れられそうになり、慌てて膝から頭を落として転がった。起き上がって、はだけた胸元を直しつつお伺いを立ててみる。

「もっかい、汗流したいんですけど」

「ダメ」

有無を言わさぬ口調で断言し、火野は自ら眼鏡を抜き取った。ここまでお膳立てされれば腹を決めるほかない。皮膚を突き破りそうな心臓の暴挙に情動を煽られ、天子は潔く目を閉じた。

浴衣に大半を吸われたとはいえ、ベタつく肌で抱き合うなんてごめんだったのに。唇を合わせた瞬間、そんな思いは霧散した。体の奥底から込み上げる熱情に身を任せる。
首に腕を回して、自分から舌を差し出した。応えるように絡め取られて息が上がる。自覚していなかったが、いつもと違う場所のせいか、これから施される愛撫を期待してか、緊張で呼吸が浅くなっていた。欲求に直結した部分は疼きを訴えているのに、自律神経がうまく追従していない。

「っ、ちょっ、待って……」

自ら急かしておきながら、やんわりと胸を押し返して顔を背ける。息を整える天子の様子に、火野も心配そうに尋ねてきた。

「まだ具合悪かった?」

「ち、がう……、その、」

興奮しすぎただけ、とはさすがに言えなかった。目線を合わせないまま、羽毛布団の端をくしゃりと掴んで、たどたどしく言葉にする。

「ゆ、……っくり、してほしいって、言うか…」

別に火野は普通で、自分ががっついていただけなのに棚上げにも程がある。しかし彼は小さく笑っただけで、気分を損ねてはいないようだった。触れるだけの口づけを落として、浴衣の上から腰回りを撫でてくる。

「んっ……」

唇が首筋に押し当たる。髪の生え際までなぞられると、耳朶に感じる体温にぴくりと肩が揺れた。耳の外側を執拗に食まれて、脚の付け根から太腿をたどる指に思わず声が漏れる。反った喉元を舐められ、元から緩い帯を引かれれば結び目が容易にほどけた。
衿元を乱した手のひらが内側に入り込み、浴衣を左右に押しやれば素肌が露わになる。指先が焦らすように胸元を丸く撫で、衣擦れで僅かに膨らんだ乳首を摘まれると息が詰まった。

「ん、ぅ……っ」

元から快楽を感じる場所なら開き直れるが、そんな用途も知れないところを愛されても素直になれるわけがない。気のせいだとやり過ごしたいのに、熱い舌が触れれば否応なしに反応してしまう。

「っは、ん……っ…」

ちゅっと優しく吸い上げられ、口を押さえて俯いた。硬くなった尖りに甘く歯を立てられると、腿を擦り合わせて堪えようとする。ゆっくり、とねだった手前、また急かすのも野暮な気がして耐えているが、もどかしい快感がじんわりと腰に蓄積していく。
そうして揺らめく腰を布越しに掴み、撫で下ろした火野がーーふと動きを止めた。何かが足りないと気づいたらしい。

「もしかして…」

答えを言われる前に、天子はさっさと肯定した。頬が燃えるように熱い。

「…どうせ、脱ぐんだからいらねえと思って」

替えの下着はバッグの中に置いてきた。
あんなふうに直接的な台詞で誘われたら、こちらだって策を講じて然るべきだろう。少しでも驚いてくれたのなら溜飲も下がるというもの。

「周到だね」

苦笑を浮かべた火野が、膝まで捲れた浴衣を恭しく剥いで開く。纏うものを失くした下肢は緩く兆し、期待にわなないていた。迷わず伸ばされた手が中心を包み込む。

「ん、ぁ……っ」

先走りに濡れた先端を指先が抉る。お預けだった体には痛いほどだ。途端にじわりと涙が滲み、無意識に脚を閉じようとするが、体を入れ込まれてさらに開かされた。慣れた手つきでゆるゆると扱かれ、早くも太腿が揺れてしまう。

「や……っ、そんな、しなくてい、…っ」

膝裏をぐいと押しやると、そっと頭を伏せた火野が内腿に歯を立ててきた。ちりっとした痛みを覚えると、程近い場所にも甘い刺激と吐息が伝わる。腿に散った雫を舐め取るように舌が這わされ、焦らされた中心がビクビクと震え出す。ろくに触れられないまま暴発してしまいそうだ。

「腰上げて」

「っぁ、やだ……っ」

体を起こした火野は枕を手繰り寄せ、天子の腰の下に押し込んでくる。恥ずかしい場所を晒す体勢に泣き声混じりで苦言を呈するが、滑った舌の感触に嬌声が漏れた。

「あ、やぁ……っ」

根元からねっとりと舐め上げた舌が先の窪みを執拗につつく。知り尽くした弱点を責めようと、括れた部分をぬるぬると刺激されて腰がさらに浮き上がる。そのままゆっくりと口腔に含まれ、ビクンと大袈裟に膝が跳ねた。

「ん、あ……っ、ぁあっ」

敏感な神経が、絡みつく舌の動きと口内の温かさを鮮明に感じ取る。特有の浮遊感に脳が麻痺し、きつく吸い付かれると腰ごと蕩けてしまいそうだった。かぶりを左右に振って叫ぶ。

「だ、め……っんぁ、も……っ、でる…!」

禁欲を余儀なくされた体は既に限界を迎えていた。これ以上を耐えられる自信がない。気持ちよくなりたいのは言うまでもないが、彼の口に吐き出すことだけはどうしても避けたかった。多少寝具を汚したとしても、後で自分が洗濯で隠蔽すれば済む。
ちゅっと唇が離れ、根元を伝った指先がより奥を探っていく。溢れたもので濡れそぼっていた後ろをするりとなぞられ、指を食むように蠢いた。

「ひぁ………っ」

前触れなく指の第一関節までを滑りに任せて押し込まれ、中心から濁った蜜がとぷりと零れる。

「ちょっときついね」

「あっ、あ……!」

綻びかけた蕾を長い指が抉じ開け、一度は引いた絶頂の波がじわじわと寄せてくる。
異物を拒絶する粘膜を解きほぐし、緩んだ隙を見てズッと奥まで貫かれた。少しでも痛みを伴うと自身を慰められ、滲んだ蜜をすくった指が再び後孔を苛む。腹側の内壁をぐいと押し上げられれば、痺れたそこが勝手に指へ吸い付いてしまう。

「や、ぁあ……っ」

奥の方でぐるりと輪を描くように動かされ、淫らに腰が跳ねた。くちゅくちゅと二本の指で掻き回される水音すら鼓膜に貼りつき、泣きながら布団カバーに爪を立てる。

「痛い?」

顔を覗き込んできた火野にぶるぶると首を揺する。が、さらに深く指を抜き差しされてたまらず仰け反った。体の奥からとろとろと溶けていく感覚に、身も世もなく喘ぎ続けるしかない。
ここがどこでどうしてこうなったのかも考えられず、ただただこの快感に終わりが欲しくて、言われるがまま大きく脚を開いていた。


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