Anniversary リーマンパロディ その後 |
「ん、む……っ」 潤った舌をぬるぬると執拗に擦られ、びくんとあからさまに腰が跳ねる。この体勢になると万策尽きたも同然で、変化をごまかそうにも身を捩ったり膝を立てたりすることもできず、生地越しに体のラインを撫でられればあっさりと中心が熱を宿す。 (なんでこんな、キスだけで) 少女漫画の主人公よろしく、とろんと恍惚に浸った表情を晒すなんて死んでも嫌なのに。なのに、ちゅっと舌を吸われる度に甘い吐息をこぼして、下肢を震わせて。 「ん、ふ……っぁ…」 一週間前もその翌日も、そして昨晩もキスをした。慣れるどころか体は貪欲に刺激を求め、尚も深みに嵌まっていく。 呼吸を奪われたまま、バスローブの腰紐がスルスルと解かれる気配にびくりと緊張を醸す。ナイトランプがしっとりとベッドを照らす中、この布一枚をはだけられたら全てを晒すことになる。その手首をまさぐって掴もうにも、口腔を掻き回されるせいで思うように力が入らない。 ようやく唇が離れた時にはもう、ローブの合わせは首から腹まで左右に開かれていた。じっくりと肌を眺め下ろされ、必死で息を継ぎなから無意識に腿を擦り合わせる。 「ここ、薄くなっちゃってる」 「っん……っ」 ローブの襟で隠れていた鬱血痕。首から肩にかけてをそっと指でたどり、下り着いた場所に火野が唇を寄せた。柔らかい皮膚をきつく吸われ、今朝同期に揶揄されたことを思い出す。 「そん、な、付けなくてい……っん、んっ」 舌が首筋をなぞって耳に達する。紅い耳朶をぬるりと這う感触に震えが走り、湿った吐息を吹き込まれれば下肢がじんと痺れた。 (あ……) 覆い被さる彼のローブも合わせが緩み、日光とは無縁の仄白い胸元が隙間から覗いている。女のように膨らみがあるわけでもなく、同性なら特に何も思わないはずなのに、見てはいけないものを見てしまったようでつい目線を逸らす。 しかし恋人なら、眺めても、触っても、脱がせても、許されて然るべきなのだ。彼が今、自分に施していることをそのまま返したって何の問題もない。 ――愛する人に、触れてみたい。 全てが自分のものにならなくてもいいから、ほんの少しだけだけでも。 「ちょ、待っ……!」 体の中心線を優しくたどり下りる指。臍を通過する前にその手を留め、彼の薄い胸を押し返しながら天子は上体を起こした。 火野が何度か目を瞬かせる。当然だろう、寝台へ誘ったのは天子の方なのにこうも拒否されては。呼吸を整えつつ、なるべく明瞭な発声で意志を通した。 「俺だってその、ちゃんとやりたいっていうか…俺ばっかりされんのは性に合わねえし」 男でしかない硬い体を、彼が抱きたいと言うのなら甘んじて受け入れよう。だが抱き返すとまではいかずとも、触れる権利自体は失効していないはずだ。 恐る恐る手を伸ばして、彼のローブの腰紐をそっと引いてみる。はらりとほどける蝶結びに、どくどくと気味が悪いほど心臓が跳ねた。火野は小さく笑ったまま、震える天子の指を傍観している。 「昨日も可愛く応じてくれたから、てっきり折れ続けてくれるんだと思ってたよ」 「別に、やられるのが嫌なわけじゃねえ、けど」 おとなしく抱かれないのならもうやめようか、と言われたら。 火野の言葉にそんな懸念がちらつき、言い訳じみた一言を付け加える。二人きりの空間でいざ睦み合おうというこの時に空気もろくに読まず、雰囲気をぶち壊してしまったようで今更ながら胸が痛む。 ゆらゆらと不安そうに揺れる瞳を覗き込み、両頬をそっと包んで彼は尋ねてきた。 「どうしたいの?」 「ど、どうって」 「僕だってしたいようにしてるんだから、できる限りは聞いてあげるよ。嫌なことは嫌だって言うけどね」 口調からして、怒っているわけではなさそうだ。彼のことだから、いずれ自分が反抗してくるだろうとある程度は見越していたのかもしれない。 乾いた唇を軽く湿らせて、素の瞳からやや目線を逸らす。触れたい気持ちは存分に溢れているが、具体的にどう、と訊かれると口ごもってしまう。『抱きたい』と告げたところで却下されるのは目に見えているし、そもそも自分が本当にそれを望んでいるのかわからなくなってきた。とうの昔から、彼に翻弄される運命は決まっていたではないか。 「――この前、『そのうち』って言ってたこと…」 沈黙に耐えきれず絞り出した声は情けないほど上擦っていた。抽象的な単語を言い直そうと口を開くが、記憶力のいい彼には伝わったらしい。 「ああ、言ったね。いいよ、どうぞ」 「えっ」 あっさりとした承諾に瞠目した天子をよそに、彼は己のローブの裾を割るべく指を伸ばしていた。その手を反射的に留めてから、緊張に竦む体をどうにか奮い立たせる。 「いい。俺が、やるから…」 口を開いた拍子に心臓が飛び出しそうだ。 興味深そうに様子を見守る瞳を直視できず、ベッドに投げ出されたままの彼の脚を見つめる。肉付きの薄い腿へ遠慮がちに手を置いて、体を丸めるように彼の横で屈み込んで。紐の解けたローブを、中心部からゆっくりと剥いでいく。背中を妙な汗が伝った。 (うわ…) 嵩張る生地を左右に開けば、彼の秘められた場所が露になる。一週間前の夜、これが自分の体を揺さぶっていたなんて信じられない。 相応しくない表現と知りつつも、素直に綺麗だと思った。美形はこんなところまで美形なのだ。そして美しさと厭らしさは同時に存在し得る。下腹部の肌の白さと相まって、そこはいっそう卑猥に映った。ごくんとはしたなく喉が鳴る。 「そんなに見られると恥ずかしいんだけど」 羞恥心などどこかに置き忘れてきたような、他愛ない声が頭上から降ってくる。陶酔からはっと我に返った天子は、戸惑いつつも手のひらをそこに絡めた。感触は自分のものと大差ないが、愛する人のためにも丁重に扱わなければ。 握った手をこわごわ動かせば、くすぐったいよと笑われて頬が熱くなる。先を促すようにぽんと頭に彼の手が乗せられ、決心を固めた天子はゆっくりと手元に唇を寄せた。 覗かせた舌でちろりと先端を舐めてしまえば、己の理性は簡単にぐらつく。自分を慰める時と同様に、扱く手をゆるゆると上下しながら舌も這わせる。丸みを帯びた先端から括れた部分を丁寧に舌でたどると、火野が感心したように頷いた。 「本当にできるんだね」 『てんこは僕の舐めたりできないんだ?』の煽りに対する証明を目の当たりにしたわけだ。天子はきゅっと眉を寄せる。 「んっ……だから、そう、言って…っ」 「ごめん。えらいえらい」 髪をくしくしと撫でつつ褒められ、胸の内側がきゅんと溶けそうになる。裏側にも舌を滑らせながら、天子は思わず腿を擦り合わせた。 (くそ……、俺まで…) 眼前のものは唾液で濡れそぼり、緩く反応を見せている。興奮に痺れる下垂体に従って己の体温も高まり、呼吸も次第に浅くなっていく。全身が熱くて、体の奥はもっと熱くて、気が狂いそうだ。ずくずくとした疼きを紛らわすべく、指と舌を熱心に繰っていく。舌をべったり貼りつけて先端を擦ると、その摩擦につい腰が揺らいだ。 どこまでも冷静な彼が自分の拙い愛撫に感じてくれていると思うと、欲しくて、たまらなくて。僅かな逡巡の末、口をできるだけ開いて頭を伏せた。 「ん……っ、む……ぅ…」 先端を口腔に嵌め込み、舌をぐりぐり押し付ける。刺激に応じて分泌されたものが舌先に触れると、びくりと下肢に電流が走った。紛れもなく興奮故の快感で、痛いほど張り詰めた中心が汗ばむ内腿を濡らしていく。 「大丈夫? 無理しなくていいからね」 なでなでと髪を梳く大きな手。焦燥と愛しさが綯交ぜになる。抱くだの抱かれるだのはもうどうでもよくて、ただただ気持ちよくなってほしかった。腿に手を置き、ぐぷりと深く咥える。味も匂いも嫌悪感も全く湧いてこないが、圧迫された喉と顎が少し苦しい。 口の中で鼓動するそれをずるずると抜き出してまた呑み込む。すると不意に、額の辺りを指でくいと持ち上げられて中断を余儀なくされた。 「ちょっと痛いかな」 微笑む恋人の一言に、背中がひやりと一瞬で冷たくなる。 「たぶん歯が当たってるんだと思う」 「え、あ。す、みません…」 男のものをどうにかした経験などない上、歯並びは自慢できるほどのものでもない。沈んだ声で謝りつつ、尖った部分を掠めないようそっと咥え込む、が。 →next ×
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