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▼ 4.入部条件

翌日。
この日もまた一年生たちは生徒会主催のオリエンテーションや学校案内が主であったが、夕方からは部活見学をぜひ、と進められたようだ。

蓮華高校は部活動が盛んで、強制ではないものの、とりあえず一年生はみな何かしらの部活に入るのが通例だ。運動部は約三十、文化部も度々廃れはしても二十五は常に部活の形があり、事前の見学がなければ決めかねてしまう。特に運動部は非公式の『仮入部』を設けている部活もあり、数日間、一時間ほど先輩と共に練習を重ね、部内の雰囲気を知る方法もある。
生徒会が発行した『部活動のすすめ』は入学式の際、必要書類と一緒に配布されていた。このパンフレットには各部活動の活動場所や活動内容、実績等が綴られ、一年生はそれを片手に放課後の校内外を彷徨うことになる。

「うーん、もっとインパクトあったほうがよかったかな?」

「あの時は、これでいいと…思った」

職員室を経由した化学実験室への道すがら、零は『部活動のすすめ』を凝視する。部活動は基本的に一年継続だが、途中でやめたとしても、次の年を待たずに違うところへ入部しても構わない。よって二、三年生にも同様の冊子は配られている。
ああでもないこうでもないと協議しつつ、零と薫は先月の原稿〆切まで粘って該当ページを完成させたが、今になって見てみると、もっと切実にアピールしたほうがよかったかもしれないと思う。最終手段だが、幽霊部員でも生徒会では部員に計上されるのだから。

「頼むよぉ、ひーちゃん」

ページの右下、『見学歓迎にゃ』と吹き出しを添えた猫のイラストに、零は人知れず願を掛ける。ひーちゃんというのは水川家の飼い猫だ。子猫の時から人間に育てられているせいか非常に人懐こく、零も薫宅へ遊びに行くたびに全力で相手をしていた。
化学実験室は北校舎一階の東端にある。二人は東側の階段を下り、廊下をまた東へ進んでいく。

唐突だが、蓮華高校の内部について少し紹介する。
高校は北校舎と南校舎に加え、南北の校舎を繋ぐ渡り廊下が二本ある。『井』の字の上と下にはみ出した部分を消し込んだような形だ。渡り廊下はいずれも二階に位置しているが、これは南校舎の二階に職員室がある関係だろう。
一、二年生の教室は北校舎の一階から三階までを使って下から順番に並んでいる。四階は授業で使用する部屋が多い。
南校舎は二階に職員室が鎮座する他、職員と来客用の玄関がある都合で校長室も一階にある。一階と二階に跨がって三年生の教室があり、一階西は広々とした視聴覚室で占められる。南校舎は三階まであり、最上階は美術室、被服室、そして西端の辺境に生徒会室が置かれていた。東端の美術室はともかく、被服室は専ら部活動でしか使われず、生徒会室周辺は用のない者はほとんど立ち入らない。辺境と呼ばれる所以はその辺りだろう。

さて、零と薫である。
階段下の自販機で各自、飲み物や食べ物を購入してから実験室へ向かう。鍵を片手に、がらんとした廊下の掲示物を眺めながら足取り重く進んでいく、はずだった。

「えっ……」

角を曲がった二人はぎょっとした。突き当たりのドアの前には、一年生と思しき生徒たちが群がっているではないか。零は唖然とした顔のまま、薫を振り返る。薫も首を緩く横に振った。そんなわけないだろ、と言いたげに。

「だよな」

同意し、零は購入した紙パックジュースをゆらゆらさせて生徒の山に近づいていく。およそ十五人はいるだろうか、ほとんど、いや全てが女子生徒だ。こんなことってあるのだろうか。

「あっ!」

ひとりの生徒がこちらの存在に気づいたらしく、驚いた表情で隣の友人の袖を引く。ざわざわと、女子特有の密やかな囁きに、二人はゆっくりと迎えられる。

「えっと……こんにちは!化学部部長の立花零です」

耐えきれずに数メートル先から声を張り上げると、これまた特有の黄色い声が波打って聞こえる。

「もしかして見学に来てくれたのかな?」

こくこくと無数の頭が縦に振られた。当たり前だが黒と茶が多い。

「ん?なに?薫」

ついついとシャツの袖を引かれる。

「テスト」

「え?」

「入部するなら、テストする」

テスト??

「テストする?」

きょとんとオウム返しに尋ねた零へ、普段になく厳しい顔で薫は頷いて見せる。幼馴染の本気を察して零は狼狽えた。

「ちょ、ちょっと待って。テストってどういうこと?そんなの言ってなかったじゃん!しかもほら、こんなに希望者いるんだぞ?テストなんかしたらみんな…」

「みんな、化学が好きで、来たわけじゃない」

「へっ?」

零の手から鍵を奪うと、いつもなら怯んでしまうような女子の大群につかつかと歩み寄り、薫は一言ずつ、しっかりと言葉を発した。
零は、自分が守らなくては。

「見学は、歓迎する。でもその代わり、入部は、テストに合格した人だけを許可する」

先程より大きなざわめきが波紋のように広がった。聞いてないよ、何それ、化学なんて知らないし。心ない台詞が薫の胸に刺さる。

「もし、見学に来てくれるなら…明日また、来て、ください。準備しておくから…そ、それじゃ…以上」

言葉の傷を堪え、尻窄みな声を残して実験室のドアを開け放つ。逃げるように小走りで入室すると、慌てて零も後を追ってきた。

「じゃあ明日、待ってるから!今日はありがとう!」

零のフォローが聞こえたのち、閉まる扉。外のざわめきがシャットアウトされる。所定の席でうずくまる薫に、零は困った顔で尋ねた。

「どうしたんだ?たくさん来てくれたのに、いきなりテストなんて」

怒ってはいないようだ。ただ、幼馴染の突然の提案に困惑しているだけ。癖の強い、しかし柔らかい髪を、零はぐりぐりと撫でる。薫はゆっくりと顔を上げた。

「あれは…お前しか、見てない。お前がいるから、来ただけ…」

薫にはわかる。
昨日のオリエンテーションで、零は化学部についてをこれでもかというほど宣伝してくれた。この熱意に圧されて見学者が増えてくれればいいと思ったが、薫は同時に不安も感じていた。
鈍感で、運動馬鹿で、脳みそスッカスカで、深く考えるのが苦手な零であるが、人を惹き付ける力は昔から秀でていた。男女問わず、だったその力は、年を重ねる毎に女性側がより厚くなって。

認めてやる、と薫は面白くなさそうに頬をぷくりとさせた。
まず顔がいい。誠実で、男らしくて、爽やか。自分の語彙力では多く語れないし、別に美形というわけではないが、こんなのが抜群の運動神経を披露していたり、ステージで熱っぽく語りながら笑顔を振り撒いたら、そりゃ女の子の目には留まるだろう。
性格も悪くない。困っている人は放っておけず、幼い弟妹を抱えていることもあって面倒見もいい。中学でも部活の後輩からよく慕われていた。空気は読めないが、それを補う思いやりと頼りがいがある。
そんなのが幼馴染だから、自分はここまでやってこられたのだ。今更どうして、あわよくば、なんて企む女の子たちに譲らなくてはならないのか。こればかりは、いかな部の存続といえども薫の天秤は傾く。

「なんだよ、そんなわけないじゃん」

ぷは、と吹き出した零がやや強めに薫の背を叩く。ぐえ、と薫は実験台に再度突っ伏してしまった。零は妙に嬉しそうだ。

「でもま、しょーがないか。俺はぶっちゃけ、幽霊部員でもいーかなーなんて思ってたけど。俺らの代より後も、続けてくれる子がいたらその方がいいもんな。薫が納得できて、ちゃんと喋れて、有望な一年生ゲットしなきゃ」

(喋れる、は余計だ)

むっとした薫が上体を起こせば、零は上機嫌でニットベストに包まれた体を抱き締めた。

「うん。俺にだけ喋ってればいいもんな」


一方。
夕焼けに晒された坂道をとぼとぼと下っていく小さな影が、長く編まれた三つ編みを二束揺らした。

「どうしよう、テスト…」



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