小説 | ナノ


▼ 14.深交

ゴールデンウィークの只中。
蓮華駅南口から続くペデストリアンデッキを進み、凛は広場を抜けて駅ビル『LAMO-V』二階入口へ向かう。レースアップの編み上げショートブーツがコツコツと立てる音が軽快だ。

(この辺は昔と全然違うのよね)

バスの都合上、早く着き過ぎてしまうことは想定していたので、待ち合わせ場所に二人の姿がないことを確認してデッキをぐるりと散歩する。
現在は『蓮華』でお馴染みの駅だが、凛が生まれる少し前まではより詳細な地名を冠したものだった。しかし当時から市内でも一番の乗降数を誇る中心部であったために市から重要開発区域に指定され、広域で用いられる『蓮華』に改名されたのだ。
昭和の象徴であった旧駅ビルは取り壊され、駅構内も狭いながらそれなりに整備がなされた。南口には立派なデッキとバスターミナル、新たな駅ビル『ラモーブ』が建設され、現在もなお北口の開発が進んでいる。その辺りの変遷はラモーブ六階のイベントスペースにひっそりと写真で展示されていた。

ラモーブ二階入口前では、十人ほどの老若男女が話し込みながら、もしくは携帯をいじりながら、自動ドアが開くのをじっと待っている。ゴールデンウィークだからか、スーツケースを提げた人もいくらか見られた。観光目的ならば市の南部へ向かうので、まだ若い彼らは普通に帰省だろう。
ラモーブ一階の食品街及び二階の珈琲店は朝から開いているが、二階以上の商業フロアは十時開店だ。現在時刻はその十分前。硝子玉をモチーフにした腕時計に目を落としていると、凛ちゃん、とやや息を切らした声に名を呼ばれてはっと顔を上げる。

「おはようございます、お早いですわね」

私服の由姫が珍しく、凛はつい、上から下までを不躾に眺めてしまう。
しっかりとした生地のレトロな英国風ワンピースは、華奢な彼女によく似合っている。袖元の折り返しまで緻密に作られているものの、紺地に白のストライプ、襟元のレース刺繍と、柄も派手すぎないのが上品だ。小さめのショルダーバッグは無地のピンクゴールド。お嬢様らしく、かつ女子高生として周囲に溶け込むよう配慮された出で立ちだ。
ロングカーディガンにダークな配色のトップス、デニムショートパンツの凛とは対称的だが、各人のスタイルが私服の醍醐味なのだからこれはこれでいい。むしろ彼女が自分のようなスタンスを纏っては困惑する。

「あ、あの…どこか変でしょうか」

凛の視線を追った由姫が自らの服装を不安げに確認し始めるので、凛も慌ててかぶりを振る。

「そんなことないって。ちゃんとかわいいわよ、お嬢様には見えない――って、もちろんいい意味でね!」

「そ、そうですか?」

ほ、と安堵の息をこぼして、由姫は改めて凛の隣に並んだ。

「…この前は、ごめんね。みっともないとこ見せて」

自分から告げてしまった方が楽だろうと、凛は口火を切って由姫を窺う。いいえ、と穏やかに微笑む表情は普段通りだ。

数日前。
青井岳強歩後の放課後、生物部部室に現れた由姫を実験室まで強引に連れ出して、凛は思いの丈をありったけぶちまけて謝罪した。火野と彩音の前で吐き出し切れなかった涙を見た由姫は始めこそ呆然としていたが、嗚咽する凛にそっとハンカチを差し出して、おずおずと細身の体を抱き締めた。

『私のために、泣かないで下さいな。いいのです、友人がいないのは本当のことですわ。確かに私はずっと寂しかったし、同性の方と仲良くなるのが不得手でした。どうにか溶け込もうと、一応努力はしたんです。よくわからないテレビ番組を見たり、月刊雑誌を買ったり、放課後の遊びに同行させてもらったり。でも、皆さんはどうしても私にお気を遣われるでしょうし、だんだんと遠巻きにされてしまうのです。皆さんがどうということではなく、普通でない私自身に問題があることはわかっています』

『違う! ゆっきーが悪いわけじゃ――』

『はい。私は生まれた時から、私がすべきことを成してこうなったのです。特別を手に入れざるを得ないために、ありふれたものを手放してきた結果ですわ。そのことに後悔はありません。私は私ですもの』

でもね、と由姫は優しく笑う。

『私はここへ来た時から、自分に強いていた呪縛を少しずつ外すことができているのです。毎日鬼のようにこなしていた習い事もだいぶ減らしました。生き物に触れて、その生態を暴く背徳を当然のように楽しんでもいます。口喧嘩のひとつもしたことがなかったのに、先輩と悪口雑言を日々交わしていることにも驚きですわ。それに――何より、たくさんの人と関わるようになりました。私をただひとりの人間と認識して下さる、皆さんと。
何不自由なく育っておきながら、今更「普通の女の子がいい」なんて我が侭でしょう。でも、その願いを叶えてくれたのは凛ちゃん、あなたと彩音ちゃんです。ありがとう、私のことでそんなふうに悩んでくれて。どうかご自分を責めないで下さいな。知識でしかない私の友人は、理解と共感を相互で積み重ねていくものだと思いますわ』


「あたしはまだまだ知らないことだらけでさ。お嬢様が今までどう生きてきたのか、どんな気持ちだったのか、全然想像もつかないんだよね。だって環境が違うんだもん。広義で見たら人間なんかみんなそうだけど、価値観がそもそも違うのよ。だから、合う合わないに関わらず、もっと知らなきゃって思う。あたしたち、会って一か月も経ってないんだから」

バッグのポケットから刺繍入りのハンカチを取り出し、返すよ、と凛がすっきりした表情で由姫へ差し出した。

「ありがとね。…あたしもこういう性格だからさ、誰にでも合わせられるってわけじゃなくて。喧嘩したくないと思ってても、つい抑えられなかったりするから。でも、もしそうなっても絶対気にしないで。あたしはほんとにゆっきーと仲良くなりたいし、何か困ったことがあったら力になるわ」

はい、とハンカチを受け取って由姫が頷く。

「こちらこそ、ありがとうございます。けれどご心配には及びませんわ、信じていますから。それに私だって、凛ちゃんがご存じないだけで結構頑固ですのよ?」

悪戯っぽく微笑まれて凛は目を丸くするも、いつもの様子を思い浮かべて納得の色を示した。

「あー、そうかもね。てんこ先輩と喧嘩できるくらいだし。あとその笑い方、ちょっと火野先輩に似てる」

「まぁ、ひどい」

冗談混じりにおどけた由姫は体を俯かせ、小さく肩を震わせる。凛もひとしきり笑い合ってから、柵代わりのポールにもたれて快晴の空を見上げた。

「今日さ、何でもいいからお揃いのもの買おうよ。彩音とあたしとゆっきーで、色違いのやつ」

「お揃い、ですか?」

「そ。何にしようかな。ストラップでも文房具でもいいけど、日常的に使えるもの」

「誰かとそんなふうに同じものを持つのは初めてですわ」

「言い出しといて何だけど、あたしもないなー。半端に仲良い人たちでこれやるとめんどくさいんだよね。誰が持ち歩いてなかったとか、壊したとかそっちの色がよかったとか」

「まぁ…」

「だから、ほんとの仲良しだけでやろうって思ってた。いい、かな?」

「そんな、自信無さげに仰らないで下さい。せっかくですから、何がよろしいのか、たくさん悩みたいですわ。お二人と」

「彩音が変なこと言い出したら、ありえませんわ、って遠慮なく言ってやってね」

「変なこと、ですか? あんまんとか?」

「あんまん!? ゆっきーのが変だわそりゃ」

「え、ええ? 私はただ、彩音ちゃんが何を欲しがるか考えただけで――」

「えーー、わたしが最後!? ごめんねーっ」

フェミニンなチュニックの裾をはためかせながら、ペデストリアンデッキへ駆け込んでくる彩音の姿が見えた。由姫が胸の前で小さく手を振り、凛は腕時計を睨む。

「十時まであと三十秒」

「時間に厳しいのですわね、凛ちゃん」

「一番家近いのに遅刻すんのはだめでしょーよ。っていうか、ゆっきーもこの前てんこ先輩が集合時間遅れて来た時怒ってたじゃん」

「あれはどう見ても怠慢ですわ」

「言い訳がのんびりジュース買ってましたじゃ、ね。彩音ー! 遅刻したらお昼あんたの奢りだからね!」



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