小説 | ナノ


▼ 1.きらめき

青春とは人生の『春』を指す。
過酷な夏も静寂の秋も厳格な冬も訪れるが、その後どれだけ徳を積もうと世のため人のために身を尽くそうと、この春だけは二度と来ないのである。
長く続く人生の、中盤にも差し掛からない道程に位置にする一瞬のきらめきだからこそ、人々は年月を経ても尚、ありし日の鮮やかな思い出に幾度も身を浸すのだ。

◆◇◆

「初めまして、一年生諸君。俺は蓮華高校生徒会会長、三年の時宮輝だ。どうぞよろしく」

三方の壁とステージを覆う紅白幕に囲まれた体育館。教科書通りの祝いの言葉を並べた来賓と入れ替わりに、二期連続の就任を果たした生徒会長が壇上へ姿を現す。メモの一枚も持たず、マイクの前に立った彼は人好きのする笑顔で挨拶を述べた。
式典と言えば校長や来賓の祝辞のみで構成されることも多いが、この蓮華高校きっての慣例か否か、生徒会長は特別に許可されているらしい。しかも、敬語も用いずに。

「君らに話したいことはたくさんあるんだが、試験や入学準備で親御さん共々疲れてるだろうし、午後からはオリエンテーションも控えてるから手短に話す」

ちら、と時宮はステージ袖の副会長を盗み見る。艶やかな黒髪を秘書の如くきちりと結い上げた彼女は、腕時計を確認したのち、壇上へ指三本を掲げた。

「いいかい。高校生活は一言で言うと、自由の塊だ。もちろん何をしても許されるってわけじゃないし、しなくちゃならんこともたくさんある。だが、それは最低限の責任だ」

体育館全体をぐるりと見回す。不安げな顔、退屈そうな顔、希望に満ちた顔。たった二年先に生まれてきた自分でも、彼らがいかに輝いて見えることか。

「俺たちは先生方や親御さんに守られながら、好きなことを何でもやることができる。それがここの自由だ。…みんな、大人になったらもっと金も使えるし、許されることも増えると思ってるだろうが、大人は負ってる責任が桁違いなんだ。俺たちが最後に子供でいられるのは、この三年間だけ。平気でバカやれるのも、叱られるのも、守ってもらうのも、卒業したら終わり。それだけは、忘れないでほしい。長い人生のうちのたった三年間がどれだけその後に影響するかは、帰ってからお父さんお母さんに訊いてくれ。この学校での、君たちの成長と発展を願う。以上!」

声を張り上げ終えた時宮が、ぐっと勢いよく頭を下げる。拍手の音と共に彼がステージ袖に消えると、すかさずマイクを手にした副会長の凛とした声が響き渡る。

『七、閉会。一年生、保護者、ご来賓の皆様はご起立願います』

「やあ、お疲れ様」

「うっわ!んだよお前、どっから入ってきた!」

数段の階段を降りた先には生徒会の面々が連なっているが、その声は沈黙を貫く彼らではなく、図々しくこの場に潜り込んだ幼馴染のものだった。驚いた時宮は小声を発して飛びのくが、おいお前たち、と生徒会のメンバーに向き直る。

「なんで部外者入れてんだよ、ダメだろ。何言われたか知らないけど、こいつは追い出していいんだって」

「す、すみません…」

会計の二年生、渡邉がちらちらと幼馴染を横目に、怯えた様子で時宮へ謝罪を述べる。ああもう、と時宮は額に手をやり、渡邉の肩を励ますようにぽんと叩いた。

「いや、いい。仕方なかったな、うん。むしろこいつの我が儘に付き合わせてすまん」

「あれえ?みんな快く迎えてくれたと思ったけど」

悪びれた素振りもなく、眼鏡を押し上げた幼馴染は可愛らしくもない長身でこてんと首を傾げた。ぶるり、と渡邉が再度横で震える。

「気のせいだ。ほら、さっさと出てけ。ここで飯まで食わせねーぞ」

ぐいと背中を押して渡り廊下まで追い出せば、なんだぁとつまらなさそうに肩を落とし、時宮に軽く手を振って校舎へ戻っていく。あの様子だと、待機場所の教室には向かわず、また部室辺りで暇を潰す気だろう。

「会長」

背中に掛けられた、凛とした声。振り返った時宮は、幼馴染のダメージを一瞬で癒して機嫌よく手を挙げる。

「ちーちゃん!終わった?」

「はい。予定より三分ほど遅れましたが」

生徒会副会長、白峰蝶子。
彼女の指先まで整った手が、本日のタイムスケジュールがびっしり書き込まれた黒革の手帳を支えている。
渡り廊下から校庭へ視線をやれば、担任教師の後をついて、保護者と生徒の大群がぞろぞろと昇降口方面へ移動していくところだった。うんうん、と式の段取りに満足げに頷くと、時宮は体育館の裏口へ闊歩していく。

「よし、ひとまずお昼にしようか。入場完了は一時十五分だから、在校生には一時くらいに来てもらうかな」

「了解しました」

手帳に今の指示を書き加える白峰を眺め、ちーちゃん、と時宮はやや遠慮がちに呟いた。

「怒ってる?」

「…何故ですか」

「いや、だって」

事前の原稿と、まるきり違うこと言っちゃったから。
ぽりぽりとばつの悪い顔で頭を掻きながら、時宮が小さく謝罪を口にする。

「ごめん、せっかくちーちゃんに手直ししてもらったのに。俺もちゃんと覚えてきたしそのまま言うつもりだったんだけど、なんか…一年生のキラキラした顔見てたら、勝手に口が動いちゃって。うん、説教くさくなっちゃったよな。素直におめでとうって言えばよかった。すまん」

ぱん、と顔の前で両手を合わせる時宮を横目に、白峰はふぅと品良く吐息をこぼした。
校長や来賓によって時間が押したことは自分の責任であり、時宮のこういった振舞いは生来の優しさに基づくものでもある。雛鳥のような新入生を相手に、世話を焼きたくなるのも仕方ない。原稿の通りにスピーチをこなしてくれなかったことには些か不満もあるが、型に嵌まった会長であれば生徒会の発展は望めなかっただろう。現在の蓮華高校において、生徒会はかなりの権限を掌握することができているのだ。
彼と同じく二期当選を果たしている女史は、緩くかぶりを振って会長に背を向けた。

「もういいです。私は気にしていません」

「うー、ごめん。ありがと」

「そんなことより、私への呼び方を改めてもらえませんか」

「なんで!可愛いじゃん、ちーちゃん!俺のことも輝って呼んでいいから!」

四月六日。
午前中は入学者と保護者で入学式を行うが、午後からは始業式に加え、学校全体の説明を含めたオリエンテーション、もとい新入生歓迎会を計画しており、今年からは保護者もオリエンテーションに参加可能となった。特に、各部活動の紹介は歓迎会の目玉だけあって在校生も大いに盛り上がりを見せるため、家族で学校の雰囲気を味わってほしい、という時宮の提言によって実行がなされた。

二人は連れ立って館内へ向かう。袖にいたメンバーは、早くも荷物を持ってうきうきと登壇していた。準備の兼ね合いで体育館での昼食は許可してもらえたが、果たしてステージで弁当を食べるのは如何なものだろう。なんて思いつつ、ステージ裏に隠しておいたコンビニ袋をひっつかんだ時宮も階段を駆け上がっていく。
白峰だけは予備のパイプ椅子を入口付近に置き、膝に弁当包みを乗せて手を合わせていた。



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