小説 | ナノ


▼ 10.調理

「薫! 俺たち何すればいい?」

調味料と食材は、ひとつの実験台に並べて置かれている。シンクは付属しており、包丁やまな板、ザルなどの最低限の器具は化学準備室にあったもので足りる。それらをざっと見回してから、薫は作るものと各々の役目を決めた。
可動式のホワイトボードに、マジックで役割を書き込んでいく。全員揃って空腹のはずなのに、この連帯感には不思議と高揚してしまうものがあった。

『●野菜 (れい てんこ あやね なお)
→野菜を全部洗う
→白菜、ねぎ、春菊、水菜はひと口サイズに切る
※白菜は芯と葉を分けておく
→じゃがいも、玉ねぎ、人参、大根も皮をむいて同じく切る(なるべく均等)

!トマトといちごはやらなくていい!
!生ゴミはまとめる。流さない!
●米 (ゆき りん)
→米が何合あるか、重さ確認:教えて
→米をザルで研ぐ:できたら言って
→鍋でごはんを炊く
●なべ (かおる)
→味つけする
→トマトを切る
→野菜を入れる』

「わかった…?」

人前に立つことに慣れていない指揮官は、ホワイトボードからくるりと振り返ってみなに尋ねる。こくり、とそれぞれの力強い頷きに背中を押され、薫もぐっと拳を握った。

「わからなくなったら、声、かけて。えっと……はじめ!」

ぱん、と薫が両手を打ったのを皮切りに、全員が一斉に作業へ取りかかる。薫は蛇口のひとつを指差した。

「水は、そこの水道使わないで。純水装置だから。他は、大丈夫」

「おっけー! ほらてんこ、洗うぞ!」

「ああ? うっせーな、やりゃいいんだろ」

零の声にぶつくさと言いつつ、天子も腕まくりをして長ネギの土をシンクで落とし始める。じゃがいもを手にした彩音は、ううんと包丁を手に唸った。

「えっと……ピーラーはないんだよね…」

包丁で球形の皮を剥くのは慣れていないと難しいだろう。彩音ちゃん、と直は大きめの玉ねぎを手渡した。

「こっちなら手で剥けるよ。それ、おれがやるから」

じゃがいもの土をよく水ですすぎ落とすと、直は意外なほどスムーズに包丁を操り、するりと皮を剥いていく。丁寧に芽も除去していくと、彩音は玉ねぎの薄皮をぺりぺりとやりながら、すごーい、と尊敬の眼差しを向けた。

「直くん料理できるんだね!」

「う、ううん。おばあちゃんが家庭菜園で根菜作ってて、手伝わされてるだけ」

「でもすごいよ。…あれ、玉ねぎってどこまで剥くの…?」

「あ、その辺で大丈夫だよ」

「そ、そう? わたし均等に切るのたぶん苦手だから、零先輩に渡してくる」

食べるのは人一倍好きな彩音も、普段は主婦である母に家事を任せきりにしているため、作ることには不馴れだ。
一方で、零はトントンとリズミカルに、じゃがいもや白菜を等間隔にカットしている。天子は司令塔とその幼馴染を交互に眺めつつ、ちょっと感心したようだった。

「お前も水川も料理できんだな」

「んー、俺はほんと簡単なのしかできないけどな、チビたちに朝飯食べさせたりするくらいで。薫はうまいよ。俺、薫の作った肉じゃがと……ああ!」

零がいきなり目を剥いたので、天子もぎょっとして肩を揺らした。

「薫、大変だ! 肉がないよ!!」

由姫と凛に米の炊き方を指導していた薫が、ん?と何でもないことのように頭を傾いだ。そんなことは既にわかっている。薫にとって、肉の有無は大した問題ではなかった。

「ない、な」

「ないな、じゃない! 鍋に肉ないとかそんなの鍋じゃないだろ!」

「別にいい」

「よくない! ――はっ、ひまわりにあるじゃん、生の肉!」

ひまわり商店は蓮華生のオアシスでもあるが、山を下りないと買い物ができないという点では近隣の住民も同様のため、少量だが野菜や肉、豆腐などのスペースも確かにある。
ある、が。この豪雨の中、何故夜の学校に引き込もって炊事に勤しんでいるのかを考えると、肉を求めに外へ向かうのは些か本末転倒ではなかろうか。
薫は引き留めようと口を開きかけたが、ただの忠告でこの幼馴染が肉を諦めるたちでないことはよくよく知っている。
土砂崩れはひまわり商店の先で発生しており、かつ商店までなら狭い道路を渡るだけで、周辺に木や崖はない。服はびしょ濡れになるだろうが、それは承知の上だろう。教室を後にした零を、直も慌てて追いかける。

「おれも行きますよ、先輩! ひとりで行動するのは危ないですって!」

「まあ。お肉がお好きなのですわね」

「まぁねー、だいたいの男子高校生は好きだよね、肉。うちの弟も偏食で肉ばっかり」

米をざかざかと二人で研ぎながら、由姫と凛が言葉を交わす。

「それにしても、なんだか楽しいですわ。不謹慎かもしれませんが」

鍋に米をあけ、ビーカーで水の分量を計りながら由姫が微笑んだ。

「こうして同世代の方々と食事を作るなんて初めてで、うきうきしてしまいます」

「え、小学校の時とか林間学校やらなかった? 家庭科の調理実習とか」

「林間学校…ですか? 修学旅行はありましたけれど…お料理も、プロの方に振る舞って頂くだけで私たちは何も」

「そーなんだ。見てるだけより、やってみた方がいいのにね。ここでこうやって料理できるんだし、ゆっきー今度、あたしと彩音にお菓子作り教えてよ。難しいかな?」

「いえ、簡単なものもありますわ。幸い、オーブンも冷蔵庫もここにはありますし」

密かな約束を取り付け合い、二人は米の吸水時間を利用して、人手の足りない野菜係に回る。

「彩音、あんた人参厚くない? 煮るのに時間かかるわよ」

「天子先輩。均等に、と書いてありますのよ、同じ厚みになさって下さいな」

同時に同じ内容でお叱りを受けた二人は、う、と言葉に詰まりながら野菜の大きさを調整していく。そこへ、全身ずぶ濡れになった零と直がビニール袋を手に駆け込んできた。達成感ゆえか、肉を得た二人は笑顔だ。

「ただいまー! めっちゃ濡れた!」

「ばか」

薫は用意しておいたバスタオルで零をくるみ、こしの強い黒髪からごしごしと拭っていく。へへ、と零はどさくさに紛れて薫に腕を回したが、濡れるからやめろと頭を叩かれ、おとなしく身を任せた。それでも幼馴染に甘えるのがよほど嬉しいのか、ぐりぐりとタオル越しに頬を擦り付けている。彩音も凛も、この時ばかりは手を止めて二人を凝視していた。直は複雑そうな顔で、ひとりバスタオルを被っている。

「あ、それ味付けしたの? ん!」

「まだ、しょっぱいぞ」

鍋で調味していた汁を匙ですくい、口を開ける零に味見させてやる。照れた様子もなく、二人はごく自然にそれをやってのけた。ふおぉ、と彩音が息を荒くする。

「ん、ほんとだ味濃い。でもいんじゃない? もうちょい甘くてもいいか?」

「そうか…」

零の感想を聞きつつ、薫は砂糖を小さじで取り分ける。振り入れると、鍋の割り下がいっそう艶を増した。

「もうあれ夫婦の会話だよ!」

「家ではあんな感じなのかもねぇ。ふ…」

凛もしっかり口角を上げて怪しい笑みを浮かべ、由姫と共に米の鍋まで戻る。本来ならもっと吸水に時間をかけるべきだが、腹が減っているので仕方ない。ガスボンベをセットして、カセットコンロのつまみを回す。青い炎を強めの中火に設定して、鍋の様子を見ていく。

「よーし、野菜終わり! 薫、入れてもいい?」

「こっちは白菜の芯から。こっちは俺がやるから、置いといていい」

火の通りにくい食材から先に、零は割り下の方を担当する。もう片方の鍋は薫が、チューブのにんにくと生姜、油で玉ねぎを炒め、ひまわり産の豚肉も追加する。零の鍋は牛肉らしい。

「彩音ちゃんたちは、お碗とか割箸用意しててくれるか?」

「はーい。わたしはお碗出すね。直くん、割箸お願いね」

「うん」

彩音と直は一足先に準備室へ赴き、ローテーブルをセッティングする。零と薫が二つの鍋を仕上げていく様子を、物珍しそうに天子は眺めていた。

「先輩、働いて下さいな」

「っせーな」

弱火になり、こぽこぽと小刻みに揺れる炊飯の鍋。由姫は鍋から顔を上げて苦言を呈するが、天子は動かない。
とはいえ、作業は既に片づけがメインになりつつある。零も薫もほぼ全ての食材を使い切り、鍋の蓋を被せてからはゴミをまとめたり、道具を洗ったりしていた。後は米と野菜、肉が煮えるのを少しばかり待つだけだ。



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