小説 | ナノ


▼ 8.カラフルカプセル

「かっおるー!遅くなってごめんな、日直で――って!お客さんじゃん!」

薫にティーバッグの紅茶を淹れてもらい、クッキーで茶会を楽しみつつ、部活に関するあれこれを尋ねていた最中。二人に慣れてきたのか、薫も先程よりは淀みなく会話のキャッチボールができるようになっていた。
入口へ勢いよく駆け込んできた零は、彩音と凛の姿を目に留めるなり、ぱっとわかりやすく表情を輝かせた。凛はすくっと立ち上がる。

「お邪魔してます。あたしは光坂凛で、こっちが結城彩音です。水川先輩からいろいろお話を伺ってました」

「は、はい。こんにちは」

彩音も凛に倣って会釈すると、零は嬉しそうに実験台へ寄ってきた。薫がカップを指差すと、大丈夫、と零はかぶりを振り、ショルダーバッグから一リットルの紙パックを取り出した。もちろん長ストローも付いている。

「こんにちは!俺は部長の立花零。いやー、まさか見学に来てくれるなんて思わなかったなぁ。よかったな、薫」

「ん」

薫もこっくりと頷いて、チョコクッキーをぱりぱりと咀嚼する。あっ、と零が不意に声を上げ、恐る恐る二人を振り返った。

「そういえば、入部するのにテストあるって聞いてる…?」

自分で昨日言い出しておきながら、薫もすっかり失念していたようだ。あ、と気まずそうに目線を下げる。二人が入室した時点で、こちらから訊いておくべき質問だったのだ。凛はすんなりと頷いた。

「はい、噂で聞いてます。正直、まだ入部は迷ってますけど、あたしたちはそれでもいいって思ってるんで」

ね、と凛から同意を振られ、彩音は若干不安そうに、しかし深く首肯してみせた。忘れてはいなかったものの、試験内容についても薫には後で質問しておく必要がありそうだ。

「そうなの?頼もしいなぁ。薫、あんまり難しくしちゃダメだぞ」

「わかってる」

改めて零から釘を刺され、むう、と薫も唇を尖らせて腰を上げる。所定の引き出しから専用の白衣を取り出して羽織ると、準備してくる、と薫は小さな隣室へ引っ込んでいった。
空いた薫の椅子をひょいと借り、零は二人と対峙する。

「彩音ちゃんに、凛ちゃんだな。…薫、大丈夫だった?ちゃんと話、できてた?」

後半を小声で尋ねられ、二人はそれぞれ、大丈夫ですと笑って頷く。部長もたいがい心配症である。零はほっとした様子だ。

「そっか。ええっと、自分から話しかけにいくのが苦手なだけだからさ、よかったらどんどん声かけてやってな。あと、これも大事なことなんだけど」

また声が小さくなる。零の瞳が真剣なものになると、二人もやや身を乗り出して耳を傾けた。

「ここは見ての通り人数が少ない――てか今は二人だけだし、基本、何やっても自由だけど…お願い!薫だけは取らないで。俺のだから!俺たち結婚するから!」

「………」

ぽかん、と呆気に取られていた二人は、顔の前で両手を合わせた零からお互いに視線を移し、並々ならぬ想いを瞳だけで交わしてから、はーい、と少々邪悪な笑みで応酬した。これは思っていた以上に、ネタには困らないぞ、と浮かれながら。

「心配ないですよ、あたしたちそういう目的じゃないんで。むしろ応援してます、先輩たちのこと」

「えっ、ほんと? はは、なんかそう言われると照れるなー。ふふふーん、薫の手伝いしてこよ」

すっくりと立ち上がった零は、愛する幼馴染の元へあっという間に駆けていく。予想以上ね、とこぼしつつ、凛は興味深げに準備室の入口を見つめていた。

「いろいろぶっちぎってるよね」

彩音は何枚目か数えるのも億劫になったクッキーに手を伸ばす。

「うーん、葛藤とかそういうのを覚える前に、一生分の決意を固めちゃったって感じ。あそこまで突っ切ってると、いっそ清々しいってか、毒気を抜かれちゃうわ」

「公言してる割には、先輩たち、あんまり嫌なこと言われないもんね。あれなら仕方ないって思われてるのかも。いい意味で」

「あんなにまっすぐな好意、三次元で久々に見た気がする」

「もっと拗らせてるよね、普通」

「でも、いいんじゃない。これで心置きなく観察できるし、あれこれ訊けるよ。立花先輩には」

「えへへー」

準備室から零と薫が戻ってくる。実験器具の入ったカゴをカチャカチャと鳴らしつつ、零は教師側の実験台にカゴをそっと置いた。薫が隣で試薬瓶を数個のビーカーに移している。おいで、と零に呼ばれ、二人は身ひとつで実験台へ向かった。

「はい、これ。予備の白衣」

化学は一年生から履修するが、白衣は教科書購入時ではなく、後からクラスごとに購買部で買うことになっていた。よって彩音と凛はまだ白衣を手に入れていないのだ。
ぱりっと洗濯された白衣を、ありがとうございます、と受け取って羽織る。それだけでも気分は少し高揚した。

「あと、今日は念のため手袋と保護眼鏡もしてな。これ」

外科医が手術で用いるような、薄く、手にフィットするタイプの手袋だ。二人ともSサイズの手袋をきっちりとはめた後、プラスチック製の透明な眼鏡を装着する。見える景色は裸眼そのものだが、眼鏡の形は3D眼鏡の面積を広げた形だ。凛は自分の眼鏡の上からそれを掛けた。

「じゃあ薫、あとよろしく」

任せたよ、と手のひらを叩いてバトンタッチされた薫は、ポケットから親指ほどの大きさのサンプル瓶を取り出して見せた。

「今日は、これを作る」

水だろうか、透明な液体がサンプル瓶を満たしている。その中をゆらゆらと漂う、色とりどりの球体たち。大きさは五ミリ程度で、弾いたらぷるりと柔らかそうだ。祭の夜店で見かける、スーパーボールすくい。流れる水ごとボトルに閉じ込めたら、こんな感じになるだろう。

「わあ、きれい。これ、何で作るんですか?」

「材料は、二つの溶液だけ。今から手順を書く」

彩音の最もな疑問に答えるべく、薫は白のチョークを拾って黒板に向かう。

『@アルギン酸ナトリウム水溶液に、好きな色の絵の具を混ぜる
   A塩化カルシウム水溶液のビーカーに、@をスポイトで一滴ずつ落とす。水溶液に溶けないため、雫が丸い粒になる。
   B茶こしで塩化カルシウム水溶液とカプセルを分ける
   Cカプセルを水で洗って、水と一緒にサンプル瓶に詰める』

「えっ、意外と簡単なんですね。成分は正直わからないし、読む限りは、ですけど」

「大丈夫、これ俺でもできるから!」

胸を張った零は、手本を見せるべく画材セットから青の絵の具のチューブを取り出す。ガラス棒の先に少々付着させ、『アルギン酸ナトリウム』のラベルを貼ったビーカーに入れて、くるくる。瞬く間に溶液が青くなる。
次いで、業務用のスポイトで青色をちゅっと吸い上げ、『塩化カルシウム』のビーカーにぽとりと、一滴落としてみる。

「あ、ほんとだ。溶けないんですね」

雫は溶解することなく、球体を保ったまま、液面にふわりと浮いた。ねっ、と零が得意げに笑うが、これといって難しいことはしていない。

「すごーい。わたしもやっていいですか?」

「もちろん。凛ちゃんも、はい。たくさん色あるから、いっぱいやっていいよ。とりあえず実践でいいよな、薫?」

「ん。原理は、後で説明する」

彩音と凛は十二色から赤や黄色を選び、零に倣って絵の具を溶かしていく。スポイトで吸い取り、ビーカーへぽとり。あれぇ、と彩音が首を傾げた。

「なんか、丸くならないです」

「スポイトは、なるべく液面と垂直にしたほうがいい。あと、これくらいの高さから落とす」

薫が別のスポイトで実際にやって見せると、丸い粒はぷかりと液面を揺蕩った。はい、と彩音が頷いてスポイトを構える。

「あっ、できた。ねえ凛ちゃん、そっちの赤もらっていい?」

「ん、いいけど。スポイトはあたしの使いなよ、混ざるといけないし」

ぽとり、ぽとり、ぽとり。
緑や水色や黒も作って、二人でカラフルなカプセルを量産する。ふふ、と凛もどことなく嬉しそうだ。



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