SS
1000~2000字 短文
▼ バスタイム
「……遅え」
寝転んだまま、ベッドサイドのデジタル時計を睨みつける。彼が入浴してから早一時間。携帯をいじりながら待つのもそろそろ飽きてきた。
外食ですっかり腹も満たされ、居心地のいい部屋でだらだらするのも悪くはないが、メインイベントはこれからなのだ。そのために泊まると言っても過言ではない故、非常に焦らされている。
(いや、待てよ)
風呂が長いのは承知の上だが、いくらなんでも遅すぎる。持病がある人間にとって、入浴は身体的に負担がかかる行為だ。
妙な胸騒ぎがしてきた。悪い方へ考えてしまう前にがばりと体を起こし、部屋を抜け出す。浴室は寝室と壁を隔ててすぐ横の間取りだ。シャワーなどを使えば水音が少しは聞こえるはずだが、それもずいぶん長いこと静かだ。
洗面室の引き戸をノックする。返答はない。恐る恐る隙間から内部を窺って、足を踏み入れた。まだ浴室にいるらしい。きれいに畳まれた着替えにどきりとする。
「あ、あの」
磨りガラスをコンコンと叩き、その奥に向かっておずおずと声をかけた。
「大丈夫ですか」
これで返事がなかったら飛び込むしかないのだろうか。当然だ、怯んでいる場合ではない。頭ではわかっているが、躊躇するのもまた当然の反応だ。
『何が?』
至って普通の声が寄越され、はあ、と思わず脱力して目をつむる。
「どうもこうも、こんだけ長湯してたらなんかあったのかと思うんですけど」
『あれ、そんなに時間経ってた? ごめん』
単なる長風呂だったらしい。
安堵の息を漏らし、寝室に引き上げていく。何をどうすれば風呂でここまで時間をつぶせるのかと、天子はいつも不思議でならない。何かの折に尋ねたが、『本読んでる』『ぼーっとしてる』とのこと。浴室以外でやってほしい。
この時以降、一定の入浴時間を越えた場合は天子も遠慮なく浴室をノックするようになった。
確かに体も心配だが、そこは自分でもよくわかっているはず。自己責任で長湯したいなら止める義理もない。
よって、ノックは十中八九『早くしろ』と急かすのが目的だ。風呂上がりの火照った体を、いつまでも持て余したくはないから。
ある日。
(またかよ…)
通算何度目かの舌打ちに、ベッドをひょいと下りて浴室へ向かう。長すぎる。このままでは夜が更けるどころか明けかねない。
知っている中では間違いなく新記録だ。とうに慣れきった心としては心配一割、苛々九割。三大欲求が満たされていない人間は得てしてキレやすい。一歩一歩、床に踵落としを食らわせる気持ちで廊下を闊歩する。
「いい加減遅えんだよ」
ノックも忘れて勢いよく洗面室の戸を引き開け、天子は瞠目した。
「あ、ちょっと待っててね」
バスタオルを羽織った彼はちっとも驚かず、平然と肌の水滴を拭っている。白く滑らかな体。視界に飛び込んできた光景に、心臓がけたたましい拍動を刻む。
「ご、ごめっ……いやっ、すみません」
完璧に上擦った声で謝り、急いで背を向けた。初めて見るわけでもないのに、何を狼狽えているのか。
が、寝室に戻りかけた体はすぐさま両腕に捕らわれる。
「ちょっ」
布一枚越しの素肌の感触。否応なく体が昂ぶる。
「ずいぶん怒ってたね。待てなかった?」
苛ついた足音が聞こえていたのだろう。恥ずかしさにかぶりを振る。意地くらいは張らせてほしい。
「別に…、寝てたらヤバいから見に来ただけでーーって、やめ…っ」
話の最中にハーフパンツをずり下ろされ、慌ててウエストを引っ張り上げる。
「僕が服着るよりこっちの方が早いよ」
「冗談じゃねえ…」
寝室よりもずっと明るく、洗面台には鏡まで付いている。用途を想像して悪寒が走った。絶対にここで及んではいけない。いけないのに、勝手な指先が肌を暴いていく。ベッドでおとなしく待つべきだった。
振り向きざまに唇を奪われて、ハーフパンツがするんと腰を滑り落ちた。求められる心地良さと、剥き出しの体温にほだされていく。
bath time
▼ ルームツアー
「お邪魔します」
そっと、ドアの内側に足を踏み入れる。落ち着いたモノトーンのタイルで靴を脱ぐと、施錠した火野が先を歩き、正面のドアを開けてリビングに招いてくる。
入って左手に対面式のキッチンがあり、その奥にダイニングテーブル、窓辺にソファセットが設置されている。そう、ここまでは一度来たことがあるので知っている。
ソファに荷物を下ろして腰掛ける。ドキドキと逸る鼓動は収まらず、借りてきた猫のようにおとなしく、目線だけで周囲を観察した。業者任せだろうが、家具もインテリアもセンスが良い。よく片づいているというよりは物が少なく、本当にモデルルームのようだ。
「コーヒーでいい?」
キッチンから尋ねられ、天子は首を振って立ち上がった。ごくりと唾を呑み込み、真剣な面持ちで彼に詰め寄る。
「あの、他の部屋も見たいんですけど」
訪問の目的を正直に告げれば、火野は小さく笑って頷いた。
「いいよ。案内しようか」
許しを得られてほっと安堵する。そう、そのために放課後の時間を使って彼の家を訪ねたのだ。
以前は薫と共にここへ通され、そのまま帰された。よって、リビング以外は一切見ていない。
そこから紆余曲折あって恋人の関係に昇華し、そろそろ部屋に上げてもらえるかと打診した本日、思いの外あっさりと彼は連れてきてくれた。ならばお願いついでに、他の部屋ーー特に寝室を、ぜひとも確認しておきたい。欲を言えば、そこでいちゃいちゃしたい。寝たり触ったり、あくまで自分優位で。
ーーー
「そこは部屋? いや、収納か?」
天子がリビング後方のドアを指差す。ウォークインクローゼットだろうか。
「部屋だよ。本で埋まってるけど」
「本…」
彼は暇さえあれば本を読んでおり、その蔵書が百や二百で済まないことは天子にも想像がつく。しかし、一部屋丸々とは恐れ入った。
「見ちゃ、ダメな感じですか」
遠慮がちに申し入れれば、うーん、と彼は困ったように微笑む。
「ダメではないよ。散らかってるからちょっと恥ずかしくて」
「はずっ…」
この人も恥ずかしいとか言うのかよ。妙に興奮してしまった。
悶々とする天子をよそに、火野はドアを少しだけ引いて手招きしてくる。隙間からこわごわ覗き込み、天子は絶句した。夥しい書籍が棚にも床にも山を作っている。几帳面な彼がここまで散らかすとは、にわかには信じ難い。
「じゃあ廊下に出ようか」
もう終わりと言うようにさっとドアを閉め、彼は歩き出す。
リビングを出てすぐ右のドア。入っていいかと目線で尋ねると、彼はドアを広げてくれた。六畳程度の洋室で、クローゼットの他には簡易的な机と椅子、チェストがあるのみだ。
「ここは?」
「空き部屋。一応、客間かな」
ふうん、と素っ気ない室内を見回す。
「誰か来るんですか? 親とか」
「主に輝だね。そこに布団がしまってある」
と、クローゼットを示しながら言う。客の正体にむっとしつつも、まぁ別の部屋で寝るのなら許してやろう、と寛大な気持ちで割り切る。
廊下を進むと、壁の色と同化した引き戸が見えた。開ける前にもちろん問いかける。
「お風呂だよ」
(風呂…!)
めちゃくちゃ見たい。普段どんなふうに入っているのか実演してほしいくらいだ。ちらちらと意味ありげに目線を投げかけたが、「まぁ普通だよ」の一言で済まされてしまった。残念でならない。
浴室の向かいはたぶんお手洗いだろう。訊かなくても察せる。となると、突き当たりのドアは恐らく。
「ここが寝室」
コンとドアを軽く叩いて火野が告げる。思わず息を詰め、入っていいですか、と震えそうな声を絞り出した。彼はにっこり笑って取っ手を掴む。
「どうぞ」
招かれた部屋は客間よりも広い。起きたらここで着替えるのだろう、チェストとワードローブが壁際に寄せてある。
手前には小さなナイトテーブルとサイドボード。そしてすぐ横には、二人で寝ても差し支えないサイズのベッド。無性に耳が熱くなる。
「そ、こは」
天子はわざとらしく目を逸らし、奥の扉を指差した。
「こっちはクローゼットだけど、やっぱり本で埋まってるよ」
頷きながら、天子はてくてくと部屋の中央まで進んでいく。飾り気のない、薄いグレーのコンフォーターをこっそり横目で窺った。
「気になるの?」
彼はベッドを目線で示す。家に行きたいと申し出た時点で、こちらの考えなどとうにお見通しだろう。恥じらっても仕方ない。おとなしく開き直ろう。
「気になりますけど」
「そう。寝てもいいよ」
どこか挑発的な笑みで返され、負けじと眉をつり上げてベッド横まで闊歩した。こうなったら思い切り寝転がってやる。ぼすんと勢いよく飛び込んだ。
(うわ……)
沈み込む低反発。鼻腔を掠める残り香。彼が毎日ここで朝を迎えているのだとわかる、生身の生活感。その奔流が許容量を越えてなだれ込んでくる。これはいけない。
「寝心地はどう?」
彼もベッドに腰を下ろすと、うつ伏せで陶酔する天子の髪を撫でながら問いかける。やめてほしい。そんなふうに触られたらほだされてしまう。背中に重みを感じても、首筋に唇が落とされても。体の上も下も彼で満たされている。
「ーー悪くは、ねえかも」
ようやく絞り出せた声は見事にふやけていた。
room tour
▼ 損得
「女の子の言うことって、どこまで信じていいんでしょうか」
「は?」
ひまわり商店を過ぎて間もなく、直が困惑した表情でぽつりと呟いた。天子は訝しげに振り返る。
普段は帰るタイミングがズレている化学部と生物部だが、試験前で部活が無くなり、一斉下校となった帰路で偶然出会ったのだ。
てっきり嫌われているものと思っていたので、『駅までご一緒していいですか』とおどおど話しかけられた天子はちょっと驚いた。
「なんかあったのか」
クラスの女子に陰口でも叩かれたのだろうか。親身になるかどうかは気分次第として、話くらいは聞いてやらなくもない。
「おれのいとこの友達が、蓮商のギャルなんです」
蓮華商業高校の略称だ。可愛らしい制服のおかげか、生徒の八割を女子が占める。
「家が近所で、よくおじさんの和菓子屋に来てくれて。昔からおれは絡まれたり宿題やらされたり…って感じなんです。昨日も会ったんですけど、その」
周囲を素早く窺って、直はいっそう声をひそめた。
「あの、これから言うことは内緒にしてください。特に、化学部には絶対に。言い出しておいて勝手ですけど、すみません」
「お、おう」
すう、とひと呼吸置いて、直は恥ずかしそうに続ける。
「その人が、その…彼女いないなら早めに経験しなよって言うんです。相手になってあげるって。でも、すぐに『嘘に決まってんじゃん』って笑われて。慌てるおれが面白かっただけなんです。本気なの?って訊いたら『どうしよっかなー』って。なんだかもう、そういう方面の話でからかわれるのは腹が立つし、でも自分でコンプレックスだと思ってるから腹が立つだけで相手は悪くないのかなとか、ぐるぐる考」
「とりあえずやっとけよ」
直の煩悶を遮ってあっさり告げれば、彼はとんでもないというようにブンブン頭を振った。平和な夕方の坂道で、二人の問答が続く。
「そそそんな簡単に! じゃなくてっ、おれはその発言の真意?が知りたいだけで」
「アホかお前。冗談でもキモい奴にわざわざ言うわけねえだろ。そいつがどういうつもりで誘ってきたのかはこの際どうでもいい。優しくしてくれるうちに本気の話として進めろ」
「そんなあ! でもっ、そういうのはその、好きな人と…することで」
「いんのか? 好きな奴」
「今はいない、ですけど」
「んじゃできてから考えろ。実践が先だ」
「せめて、順序と準備をきちんとしてから…」
「そんな甘いこと言ってる奴は十年後も準備準備って行動しねえに決まってる。どっかで失敗したって今なら若気の至りで済まされるだろ。もらってくれるんならありがたく捨てとけ。迷ってる場合じゃねえ」
「じょ、冗談かもしれないし」
「堂々巡りかよ」
ーーー
「ーーってことがあって」
後日。
相談者の素性はしっかりと伏せ、相談内容だけを火野に聞かせる。彼は終始笑顔を崩すことなく、最後にひとつ頷いてみせた。
「それは迷ってる場合じゃないね」
やはり同意見らしい。「大事に取っておく部類のものでもないし」と続ける。
「今の話聞いて、自分のことで思うところはないんですか」
やたらと詰め寄ってきた天子にぱちりと目を瞬かせ、火野は小首を傾げる。
「質問の意味がわからないな。自分のこと? 僕は然るべき機会に躊躇はしなかったよ」
「そっちじゃねえ」
天子もそちらの事情は聞きたくない。単刀直入に答えを告げる。
「こっちが抱いてやるって言ってんのに抱かれないのは損だろ、って意味です」
ふふ、と彼が苦笑をこぼした。何が面白いのか、そっと顔を背けて肩を揺らしている。
「なるほど。それが言いたかったんだね」
「で?」
「遠慮するよ。損はしてないから」
「損かどうか、経験もなしに判断できるんですか」
「今が得してるのに、わざわざ冒険する必要ある? 痛いのは確定なのに」
「そんなん最初だけですよ」
「誰だって最初の一回がハードル高いんだよ」
「人からは奪っておいて、自分は大事に取っておくんですか」
「取っておくも何も、もう無いかもしれないよ」
さーっと真っ青になった天子に悪戯っぽく微笑み、彼は子供をあやすような手のひらで頭を撫でてくる。
「まぁ、その話はさておき。誰かと付き合うなんてろくなことがないと思ってた僕が今こうしているんだから、それで大目に見てくれないかな」
「……狡い」
知ってるけど。次に何をされるのかもわかっているけど。
「そうだよ。ごめんね」
上辺をなぞったような謝罪に、しっとり重なる唇。これで懐柔できると思ったら大間違いだ。
眉間に皺を寄せていると、意外にもあっさりキスが解かれる。天子はぱちぱちと目を瞬かせた。
「伝わらないかもしれないけど」
外した眼鏡を机に滑らせて、彼がこちらを見据えてくる。温度を感じさせない瞳。冷たい笑み。背筋がぞわりと震えた。
「君だけに許していることは、結構、たくさんあるんだよ」
loss and gain
▼ 夜来香
・リーマンパロ
あまり期待せず、『金曜の夜、飲みに行きませんか』と送ったメッセージ。思いのほか早く返事が届いた。
『いいよ』
『食事の後で付き合ってほしい場所があるんだけど』
仕事を終えてから飲みに行き、まっすぐ彼のマンションに帰るのが常だ。その前に寄りたい場所となると、天子には考えもつかない。
『わかりました』
買い物か何かだろうか。行き先は不明だが、含みを持たせた返事から察するに、尋ねても教えてはもらえなさそうだ。楽しみに取っておくとしよう。半月ぶりのまともな逢瀬を待ち焦がれずにはいられなかった。
ーーー
「電車? 遠いんですか」
「そんなには」
「つーか、どういう場所…」
「んー、お酒飲めるところ」
待ちに待った金曜日。
定時で仕事を切り上げて合流し、居酒屋のカウンターで腹八分目の食事と軽めの酒を摂取した。店を出るなり、火野は駅に向かう。
距離と目的を尋ねればあっさりとしたヒントが寄越される。詳細はまだ秘密らしい。混み合う車両に乗り込みつつ、天子はそっと横目で彼を窺った。
(ちょっとベタベタしすぎたか)
久しぶりに二人きりで会えたことが嬉しくて、ついついカウンターで顔を近づけたり、内緒話のように囁いたりと調子に乗ったのがまずかったのか。彼は至ってクールな反応だった。今夜のために仕事を無理やり片づけてくれたのかもしれない。週末とあって、些か疲労の色が濃い。
「降りるよ」
考え込んでいるとスーツの袖を引かれ、慌てて人を掻き分けてホームに降り立つ。人でごった返す改札を抜け、彼の後を追いかけた。時刻はすっかり夜の入口だが、眩い明かりと人々の雑踏がまだまだこれからだと言うように街を沸かせている。
出口から少し歩いた先の、曲がりくねった狭い路地。とあるビルの前で火野が立ち止まった。
「ここだね」
「焼鳥屋?」
「じゃなくて」
一階のテナントから流れ込む炭火の香りを一蹴し、火野は迷わず横のエレベーターを開いた。何階かに着くと、これまた黒い壁で目立たないインターホンを押し込む。天子はもう訳がわからない。店なのかすら不明だ。
応対者に予約していた旨を告げれば、壁と思っていたドアからすぐさまギャルソンが現れ、驚く間もなく建物内へ引きずり込まれた。
「こちらへどうぞ」
モノトーンでまとめた品のいいエントランスをくぐり、廊下を進んだ先のドアを示される。薄暗い内部は等間隔で間接照明が灯り、いけない場所に足を踏み入れるような背徳感を覚えた。彼は躊躇なくドアを開け、おいでと天子に目配せした。
「え」
酒を飲む場所と聞いていたので、てっきりバーか何かかと思いきやーー恐らくバーには違いないが、そこは天子の想像を軽く超えていた。
ドアの内側は完全な個室だ。モダンで明かりの絞られた空間。奥の小窓からは街を覗くことができる。窓際にはスツールと壁掛けのテレビ。手前のスペースはグラスの置ける小さなテーブルと、注文用と思しきタブレット。足元はふわふわのラグ。そして。
(ベッド…)
壁際に設えたマットレスには大小のクッションが散らばり、ここでくつろいで下さいと言わんばかりだ。初めてそういうホテルに来た学生みたいな反応をしてしまう。
「露骨だったかな?」
狼狽する天子に悪戯っぽく微笑み、彼はベッドに腰を下ろす。羞恥を呑み込んでおずおずと隣に座れば、当然のように抱き締められて胸が高鳴った。
「んだよ…」
負け惜しみのひとつも言いたくなる。
「下心ありまくりじゃねーか」
もちろん嬉しくて堪らない。ぎゅっと腕を回して、込み上げてくる熱情を伝える。火野は特に否定せず、ふふ、と小さく笑うに留めた。
髪を優しく摘んだり撫でたりと戯れながら、彼がタブレットを手に取る。
「注文は?」
「任せます」
しがみついたまま返答する。もはや酒などどうでもよかった。合法的に触れ合える空間が与えられたのに、水を差すのはもったいない。
手早く操作を終えた彼を見計らって、そっと口づける。
こちらの店は一応、飲食店の括りに入るのだろう。大したことはできないが、週末のご褒美をねだってもきっと罰は当たらない。レンズ越しの瞳にこくんと喉が鳴り、指を伸ばしてその境界を抜き取った。
やがて、後頭部がぽすんとクッションに沈み込む。深まる夜の闇と甘い陶酔に、ジャケットの背を掻き抱いて飛び込んでいく。
tuberose
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