「悪ィ、康一!俺今日用事あンだわ」

だから先に帰るぜ。
東方仗助のその言葉に、僕は「ああ、うん」と気のない返事をしてしまった。
何せ仗助くんは教科書やペンケース、櫛や鏡(一見女性の持ち物のようだが、これは彼の髪型をビシッとキメる必需品なのだ)なんかを慌てて鞄に詰めていて、僕の言葉が届くような様子ではなかったからだ。

「じゃあな!億泰にも伝えといてくれ」

仗助くんはそう言うといの一番に教室をでていく。教室に居た女生徒が「仗助くん、バイバーイ」と別れの挨拶をしていたが、それすら聞こえなかったようで、足音だけが遠ざかっていった。
彼は見た目こそ不良だが、なんというか『しっかり』しているところがあるから…珍しいなと思った。
ただ、学校帰りに急ぎの用事があるなんてことは別に珍しいことでもなんでもない。新作ゲームの発売日かもしれないし、お母さんからお使いを頼まれているのかもしれない。
たまにはそんな日もあるさ、と僕はそれ以上考えずに鞄を手に取った。

*

人混みの中からただ一人を見つけるためには、その人物の外見的特徴を把握する必要がある。有象無象の中から名前だけ知っている人間を探せと言われても難易度の高い話だ。

ーもう少し派手な格好をすればよかったかな

名字名前は身体を捻らせて、自分の格好を今一度見つめる。シンプルな白いワンピースにデニムジャケットという服装はなんとも平凡に感じられて、帰宅ラッシュ時の駅の混雑に埋もれるに違いない。肩にかかる大きなボストンバッグだけが、自分を証明しているような気がした。

名前 がこの杜王町に来た目的は墓参りである。

自分の祖母と、祖父代わりの。

大学生の春休みは宿題があるわけでもなく、#名前はぼうっと自室の天井を眺めていた。
そんな時、東方朋子より一報が届く。
「パパが亡くなった」と話す声は、電話越しでも伝わる程悲痛で、名前 は暫く黙って話を聞いていた。
両親を幼くして亡くしている名前に とって、近所に住んでいるからと祖母共々よくしてくれた東方家はもう一つの家族のような存在だった。祖母が亡くなってからは特に一人でいることが多かったから、親身に話しかけてくれた東方良平の存在は優しいおじいちゃんに収まる存在ではなかった。大学進学を機に東京に越してからも電話をくれたり、仕送りを送ってくれたりもした。
死因は脳溢血らしいと説明をされたものの、深い悲しみの中に放り込まれた名前 にとっては些細なことだった。何故だか涙は出なかった。両親に次いで面倒を見てくれた祖母も失っているから、自分は人を失うことに慣れているのかもしれないーとどこか遠い所で思った。
名前の 気がかりは朋子と、その息子の仗助のことだけだった。自分よりも6つ年下の仗助は確か今年高校に入学すると聞かされていた。父親が居ない仗助にとっては父親のような存在だったはずだ。そんな存在が亡くなって仗助は大丈夫だろうか。彼はタフで明るい人だから大丈夫と信じたいが…人を思いやれる人ならば、その心持ちは穏やかではないだろう。

「会いに行ってもいいですか。…ちょうど、祖母の墓参りにも行きたくて」

祖母の件は朋子に気を使わせまいと出た言葉だった。祖母を亡くしたのは名前 が高校に入る頃であり、その悲しみは既に過去のものとなりつつある。
「本当?」と朋子の声が少し明るくなったのを聞いて、名前 は安堵した。そうして話を進めていくうちに、既に杜王町に家がない名前 は 東方家に暫く宿泊させてもらうこととなった。墓参りだけなら日帰りで済む話だったが、折角春休みだから名前 が気の済むまで滞在すればいいと言う朋子の言葉に甘えることにしたのだ。

杜王町に行くこと以外に、他にやることもないのだから。

「名前 さん」

自分の名前が呼ばれて視線を向ければ、そこには東方仗助が立っていた。事前に朋子から話に聞いていたとおり、ここまで名前を迎えに来たらしい。

「仗助くん?」

ただ、その姿は名前 の知る仗助ではなくーいや、顔が変わっているとかそう言う事ではないのだがー何というか、大きかった。

「っえ、え?」

思わず口に手を当て驚いてしまう。仗助は不可解な名前 の態度に目を細めている。
二人が最後に面と向かって会ったのは名前 が上京する前であったから、仗助は当時小学生であった。昔から奔放で身体つきもよいとは思っていたが、高校生になったと言う彼の身長は大人と変わらないか、それ以上であった。

「身長…伸びた?」
「え?ああ…そっスね。俺も高校生になりましたから」
「それにしても…わたし、これでも『盛ってる』方なんだけれど」

かつかつと爪先を鳴らす。身長が女性平均程の名前 は、スタイルのためと他より底が厚いショートブーツを履いていた。数cmは身長をかさ増ししているのにも関わらず、仗助と話すには首が疲れそうだと思った。
そしてもう一つ、仗助のことをなんだか大きく感じたのは彼の『いかつい』格好故であった。
高校生なのだから、当然ながら学生服を着ている。しかしその学生服はオリジナルテイストに改造されていた。ざっくりと開けた胸元からは眩しいイエローカラーのインナーが見え、襟には大きいハート型やピースマークのピンバッチがついている。ボンタンの先にはブランド物のローファーを履いていて、高校生1年生にしてはなんとも目立つ学生服だった。実際、彼は入学初日に先輩から指導が入っているのだが、それを返り討ちにしたエピソードは名前 の知らぬところである。

「ま、俺も男として成長したってコトっスよ」
「な、なるほど…」
「どっか寄ります?なけりゃそのまま家に向かうけどよぉ」
「あ、うん。それで大丈夫。暗くなっても困るしね」
「ウス。荷物、持ちますよ」



top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -