目が覚めた名前がいの一番に感じたのは、強烈な寒気だった。次にザァ、と水が降り注ぐ音。それは雨にしては随分と強烈なもので、すぐに自分に打ちつけられているのだと理解した。

「ー寒いッ!!」

 思わず身を縮こませる。二の腕を撫でると、その肌は冷え切っていて、身体全体が震えて止まない。
 名前はそこでようやく、自分がいる場所が浴槽の中だと気がついた。半身浴が出来るほどの水が張られた浴槽に、更に止むことなくシャワーが降り注いでいる。名前はこんな場所で寝るだなんて、自分は随分とタフな人間になったものだと感心すらしたが、浴槽の外で突っ立っている人間を見てしまえば、その考えはすぐに消えた。

「クザン大将」

 首を大きく曲げて見上げる。3m近い身長を持つ自分の上司の目を見ようとするなら、それくらいしないと意味がない。が、その目にはアイマスクが覆いかぶさっていて、決して合うことはなかった。名前はもう一度大将、と呼びかける。

「あァ…起きた?」

 クザンの低い声が、浴室に響く。アイマスクを額にずらし、名前の目の前にしゃがみこむ。見上げる必要がなくなったので、名前からしたらありがたいことであったが、今の状況を考えると小さすぎる気遣いと言う他ない。クザンは流れ続いていたシャワーを止めて、名前を頭の天辺からつま先まで視線を流す。

「ンー、もういいか。身体、動くだろ?」
「あ、はい…」

  名前は返事をしながら自分の手足を動かす。それらはかじかんで震えるものの、しっかりと意思を反映して動いていた。「私、確か…」手足に目を向けながら呟けば、クザンが少し濡れた髪の毛を掻きあげながら名前の言葉に応える。
 名前が浴槽で水に浸かることになったことの顛末は、名前がおおよそ予想していたものと間違えなかった。上司と部下という関係性のもと行われていた戦闘演習の決着が、名前がクザンに氷漬けにされるとい結果で終わっただけのことである。クザンは珍しく申し訳なさそうな表情で、そこまでするつもりはなかったと述べたが、名前は海軍としての本懐だと謝罪を受け入れることはなかった。むしろそれくらい大将が本気になってくれたってことですよね!と笑顔で言われてしまえば、冷気の混じったため息を吐くことしか出来なかった。

「大変だったのよ。うっかり氷像にしちゃった名前ちゃんを落っことしでもしたらと思ったらさぁ」

 クザンの能力によって氷漬けにされた人間は、砕かれれば簡単に命を落とす。落っことす、といった発言が現実になっていたら今頃名前の四肢は無事ではなかっただろう。名前は寒さによる震えとは別の悪寒を感じたが、同時に氷像となった自分を小脇に抱え浴室に向かう姿を想像し、羞恥で少し体温が上がるのを感じた。

「っくしゅん」
「…流石に着替えてきなさいよ。はしたない」
「え?」

 はしたないという予想外の言葉に名前は目を丸くする。数秒、クザンを見つめ合った後に、視線を自分の身体に戻す。先ほどまでは自分の身体が氷になっていないか、生命維持の観点から確認をしていたが、クザンが言っていた言葉の真意は名前のびっしょりと濡れた服にあった。多少着込んではいるものの、いつもに比べれば身体のラインは浮き出ている。

「水に濡れる女の子っても悪くはないけど、流石に寒いんじゃねェの」

 俺がサカズキだったら、あっためてやれたんだけど。
妙齢の名前につらつらと言葉を投げるクザンに、今度は名前がため息を吐く番だった。

「セクハラはやめてください」
「あらら、手厳しい」

 ざぱ、と音を立てながら名前は立ち上がる。顔にはりついた髪の毛を後ろに流し、そのまま浴室を出ようと扉に手をかける。しかし、クザンの言葉によってその行動は遮られる。

「まぁ待ちなさいよ。そのまま外に出るわけにもいかないでしょ」
「それはそうですけど…」

 突然の状況に、名前の着替えなんてものはこの場に用意されていない。せいぜいタオルがあるくらいで、名前#はある程度道を歩いて着替えを取りに行かなければならないのだが、全身びしょ濡れの姿は人目を引くこと間違いない。

「ほら」

 困った顔をする名前にクザンは優しい声色で声をかける。その手には海軍大将青キジのものであるコートが握られていて、迷うことなく名前の肩にかけられる。

「あ、ありがとうございー…て、重?!」
「まァ、”大将”のモンだからな。それなりに重さってもんはあるでしょうよ」
「そういう名誉的なものじゃなくて、実際の重量が重いんですけど!?っていうか長、大きい!これ着る方が悪目立ちしますよ!」
「いいんじゃねェの。なんか、あれだな…。あの、……てるてる坊主みたいで」
「褒めてないですよね、それ!?私ビショビショだし!」

 1m以上の身長差がある男が着ているコートは、名前からすると分厚いシーツのようにすら感じられた。子供が大人の洋服を着るようなもので、裾は引きずられ、腕を通そうと思っても本来の肘の長さまでほどしか届かない。あまりにも不恰好な姿に名前は文句を垂れ流す。
 しかし、口々に出ていた文句は、突然訪れた浮遊感によって消し飛ぶこととなった。クザンが軽々と名前を抱き上げたのだ。大きすぎる白布に包まれた名前は満足に抵抗できることもなく、半ば誘拐されるように浴室をあとにする羽目となった。

「ンン?何かいいモンでも捕まえたかい?」
「まー、これがまた生きが良くってなァ…」
「ぼ、ボルサリーノ大将…見ないでください…恥ずかしい…」

簀巻きのような形で海軍大将の懐に収まった名前はやはり海軍中の視線を集めたし、びしょ濡れのままの方がよかった、というのは後々の名前の泣き言である。









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