「いやでも、ワンチャンいけると思ってたんですよ。だって私にめちゃくちゃ優しいし。あ、これ押せばいけるかな?そもそもこの人の周りってあんま女の子いないしな?って。でもある日突然馴染みの蕎麦屋が出来たとか言って頻繁に行くと思ったら女店主と仲良さげだし。なんか住み込みバイトみたいなことしてるし。ていうか蕎麦屋じゃなくてラーメン屋だし。しかも女は未亡人。美人。器量もよければツッコミもできる。人妻属性持ちでNTR可能って。マジなに?街中美人人妻声かけ企画待ったなしでしょ」
「あわり、聞いてなかった。なに?新作AVが微妙だった?まァわかるよ、最近のはちょっと人妻が最初からそんな嫌がってないんだよね。俺としちゃぁもうちっと嫌がるシーンを入れてくれた方が燃えるっていうか」

ちげーよボケ!!!!!!!!!!
もじゃもじゃの白い髪の毛ごと横の男の頭を掴んで、カウンターに叩きつける。木製の屋台のカウンターはその旅故の強靭さからか壊れることはなかったが、並ぶ酒や食べ物は鈍い轟音と共に四散していった。ぷしゅう…と煙が立ちそうなほどの衝撃に、頭を上げた男、坂田銀時は怒り狂った表情で私に言う。

「ッてめ、何すんだ!!俺ァてめーが相談したいっつーからわざわざ来てやったんだぞ!!なのにくっそどうでもいい昔馴染みとの恋バナ聞かされて挙句痛い目見るって何!?契約内容がちげーぞちょっと頭クーリングオフしてこいこの野郎!!」
「銀時さんの性癖もどうでもいいんですけど」

左耳から聞こえる罵声に私は顔を背け、店主に追加で酒を頼む。店主は呆れたような表情をしていたが、酔っ払い同士の喧嘩など見飽きているのだろう。「壊さないでくれよ」とだけ言って新しい徳利をくれた。しかし、その徳利は私の手に収まることはなく、私よりも無骨で大きな手の中に収まった。

「つーかそもそも、ヅラに恋しちゃってる時点でお前はバカ。イカれてる。なんっでアイツなの?」
「あっちょ。私の取らないでくださいよ」

さっきの分だ。そう言って銀時さんはお猪口に酒を注いだ。新たな酒を煽ることで彼の怒りは一時収まったらしい。先ほどのように大きな声を上げることはなかった。

「確かに俺とヅラは昔からの仲だ。アイツのことは熟知してるつもりだよ。だがなぁ、お前…」

徐々に声のトーンが低くなっていくのがわかった。視線はどこか遠くを見つめるようで、物憂げな雰囲気すら感じさせた。

「お前、ぜんっぜんヅラのタイプじゃねーよ」
「わかってるよそんなことはー!」

私はもう一度銀さんの頭を掴み、叩きつけようと力を込めるが、精々彼の髪の毛を掴むくらいで、先ほどまでの力は微塵も出なかった。銀さんは首をゆらゆらと動かす余裕を見せている。端から見れば、私が酔っ払って大の男の頭を撫でている光景に見えるのではないだろうか。

「いや別に。名前ちゃんが悪いわけじゃないよ?顔も醜女って訳じゃないしスタイルもそう。人が人なら食いつくレベルだ。だけどお前は…『幼少から隣の家に住む口うるさい年下幼馴染(巨乳)』ポジションなんだよ!!」

ずばーん!!という効果音が形となり彼の後ろに見えた気がした。その勢いに手が離れる。

「よ、『幼少から隣の家に住む口うるさい年下幼馴染(巨乳)』…!?」
「ギャルゲーでは真っ先に攻略できる正統派ヒロインではあるが、オタクに人気があるだけでヅラには受けない。あいつは『常にエプロンが似合う、深夜にホットミルクを作ってくれるバツイチの寮母』とかがタイプだ」
「最早桂さんが攘夷志士でなく高校生だし、実家住みなのかアパート暮らしなのか設定がめちゃくちゃすぎる!絶対売れねえよそんなギャルゲー!」

叫んだ勢いのまま私も酒を飲む。喉をかぁっと熱く通り抜けたそれは、胃に入っても熱を持ち、だんだん体全体に熱がまわる。私と銀さんがここまでの会話に到るまでにも結構な量を飲んでいるのに、追加でこんなものを飲めばどうなるかはもうわからない。じきに自分が何を喋っているかもわからなくなり、翌日には何かを喋ったかの記憶もなくなる。記憶は胃の中のものと一緒に口から出ることになるのだ。

「う、う…。桂さん、やっぱり幾松さんのこと好きなのかなあ゛ー…!!」

鼻の奥がつんとする感覚が走るとともに、目から涙がこぼれ落ちる。拭うこともしなければただぼたぼたとほおを伝い、風に触れてひんやりとした。

「っえ、泣くの?泣いちゃう?ちょっと待って。これ俺が泣かせたみたいにならない?違うからね?俺じゃないよ?ッネ親父、見てたよね?」

俯き、自分の涙で濡れたカウンターをじっと見る。早口でまくしたてる銀時さんの言葉だけがぼんやりと聞こえる。

「いやまぁ、さっきも言ったけどお前に魅力がない訳じゃァないぜ?ヅラの見る目がないよな、な?名前ちゃん可愛いもんね。俺だったら幼馴染ルート一直線だね。やっぱときメモは詩織だよねー!」

今度は銀時さんの手が私の頭を掴む。いや、掴む、と言えるほどの力じゃない。添えるくらいの柔らかい力だった。その手は左右に小さく動き、私の髪の毛だけが乱された。撫でられているのだ。その優しさに更に涙が出る。酔っ払いに人情は劇薬である。鼻をすすればずびずびと音がなり、口からは嗚咽が漏れる。収まるどころかヒートアップする私の状態に、銀時さんの言葉数も少なくなる。

「あー…ったく…泣きやめよ。別にあの2人がそういう関係なわけでも、ヅラが思いを寄せてるわけとも決まってねーだろ」
「ふ、うう゛、えぐ。いや絶対好きです、どうせ、どうせ路上人妻MM号ものを幾松さんに見立てて夜な夜なしこしこしてるんだ…ぐず、っ」
「よーしわかった。お前はとりあえず幾松に謝ってこい」

優しかった手に力が篭り、撫で方が粗雑になる。頭も一緒に揺れて、私は少し気持ち悪さすら感じた。いや、大丈夫、まだ、吐くほどじゃない。ぐわんぐわんと脳みそが揺れる中、ぼんやりとした思考で考える。私は桂さんのことが好きだが、彼の好みを熟知している男の言い分では、私は見事にタイプではないらしい。私は年上でも人妻でも未亡人でもないし、色気もそうある方ではないと思う。子供っぽい、と言われたことも人生で多くあった。叶わぬ恋というものなのだろうか。

「せめて私にも未亡人属性があればなぁ…」
「本末転倒にもほどがあんだろ、そりゃ。どうするつもりだよ」
「銀時さんと結婚して、銀時さんが死ぬ」
「俺死ぬの?」
「それか一夜の過ちで見限られて、悲観に暮れれば、擬似的にDV夫と別れた妻の悲壮感は出せるかもしれない…」
「いやいや、それはもっとだめだろ。確かに俺ァ二度寝はしねーよ。けど相手がお前だろ?確かに顔は悪くないし胸もあるし後腐れがないときた…あれ、これいける?俺ってばいけんのか?ちょっと待って、一回もう一人の銀さんに聞いてくるから」

「『人のものには手出せないよぉ、銀時くん』だそうだ」

きらりと、刃が光るのが視界の端に入った。

「酔いに乗じて女を泣かせ同衾に持ち込もうとするとは、貴様それでも武士か銀時。失望したぞ」

私が振り向くのと、銀時さんの手が離れたのはほぼ同時だった。
そこには話の中心人物であり、私の想い人である桂小太郎が立っていた。

「貴様もだ、名前。1人と大人として夜遊びを咎めるわけにもいくまいが、相手は選ぶんだな」

帰るぞ。
桂さんは刀を仕舞い、私の腕を掴む。そのまま力任せに引っ張られると、身体も一緒に動く。桂さんは懐から銭の入った小袋を私の座っていた場所に放り投げ、そのまま私を連れて夜の街の道を進んだ。「なんだアイツ、趣味変わったか?味変仕掛けてんのかよ」という銀時さんの言葉は、にやにやと笑う店主の耳にしか届かなかった。






「かつらさん、おこってる」

私の腕を引っ張りながら前を歩く桂さんはこちらに顔を向けることはなく、ただ無言で歩いている。その雰囲気はいつもの天然ボケをかましているようなものではなく、彼にしては珍しい怒気を感じるものだった。

「怒ってなどいない。ほとほと呆れているだけだ。酒は飲んでも飲まれるなという言葉を知らんのか」
「うええ…」

喋る声もいつもより低くて、目の前の男がいつも軽快に笑う人間なのかどうかわからなくなる。それが不安になってたまらなくて、また私は泣いてしまう。

「でもだって、かつらさんがぁ。えぐ、ぐずっ。ひ、かつらさんがぁ」
「俺が何だ。…ああ、腕が痛むか。それともさっき『人のもの』と言ったことか。あれは便宜上ああ言っただけで別にお前は誰のでもないしものでもない。これでいいか」
「よくな゛いーーー!!」

私の支離滅裂な言葉に、桂さんが腕を離す。そしてつらつらと言葉を紡ぐが、私は彼の言葉を遮るように大声をあげながら桂さんの腕を両腕で包む。抱きしめるほどの力の行為に、桂さんはようやくこちらに顔を向ける。驚いた顔をしているのがわかった。

「な、なんなんだ!そんなに銀時と離れたのがもの寂しいのか!」
「ぐず、かつらさんこそ、どーせ、今の今までいくまつさんとえっちしてたんでしょー!!インターバルに夜風に当たってたら私を見つけたんでしょ!」
「な!」

私の言葉に桂さんの驚きの表情が濃くなる。

「何を言っているんだ破廉恥な!!淑女がみだらにそのような事を言うものではない!!誰が○○○の最中に○○をして敢えて○○したと!?」
「ひ、そんなこと言ってな゛い゛…………」

「えっち」などという可愛らしい言葉の枠では収まらないほどの淫らな内容に、私は少しの恐怖すら感じたが、顔を彼の袖に押し付けることでなんとか誤魔化した。体液をつけてしまって申し訳ない、とう気持ちはとうになかった。

「そもそも、銀時と2人きりでお前は何をしていたんだ。いつのまに関係性が生まれていたとは、俺は知らなかったぞ」

まぁ、知られたくなかったのかもしれないが。

そのぶっきらぼうな口調に涙が止まることはない。やはり桂さんは何故だか怒っている。不機嫌になっている。私のことをとうとう嫌いになってしまったのかもしれない。

「か、つらさんのものって言われて、嬉しかったのに…」

正確には「人のもの」なのだが、嗚咽まじりの私の言葉は桂さんの耳に届いたらしい。「どういうことだ」と困惑の声が返ってくる。

「わ、たしかつらさんのこと大好きなのに。付き合いたいのに。だからぎんときさんに相談したら、かつらさん未亡人すきっていうし、だから…」

銀時さんとなんとやら。そうあやふやに説明しようとした言葉は「待て」という力強い言葉で遮られる。

「好いているだと?俺の事を?」

こくこく、と私は何度も頷く。

「銀時に俺のことを相談していたと?夜のメールよろしく恋バナをしていたと?」

今時はラインですけど、とは言わず私はまた頷く。

「……………………………そうか」

たっぷりと沈黙の時間を使ったあとに、桂さんは一言、そういった。その姿にはもう怒気はなく、ただひたすら困惑しているようで、ひたいに手をあてながら考え込んでいる。こめかみには汗が伝っているのが見えた。

「名前」
「ひゃい」

桂さんの歩みが止まり、しっかりと見つめられる。月の光に照らされる桂さんは男ながらにしてやはり美人で、ただでさえ上がっている心拍数がさらに上がる。

「俺は確かに人妻や未亡人、寝取られといった部類に興味を抱いているのは事実だ。しかしそれが恋愛に直結するとも限らない。必ずしも愛しいと思う女性がそうなるわけではない」
「…」
「確かに幾松殿の元にはよく行くさ。しかしそれは蕎麦を求めてのことであってだな。目の前の女ありきにして別の女子に目を向けられるほど俺は恋多き男ではあるまいよ」
「…」
「今まで俺はお前を妹のように扱ってきたが、それは一重に悪い虫が寄り付かないように、そして俺自身の気持ちを抑えるためだったのだ。つまりだな、名前。俺はお前のことがー」
「むりだ。ゲロオチですこれは」
「…は?」

長々と喋る桂さんの言葉とともに私の吐き気がせり上がってきた。喉元に言いようのない不快感がせり上がってきて、思わず口元を抑える。

「待て!いまいいとこだから!吐くなら最後まで聞いてからにしろ!」
「いや、聞いても、吐いたら、記憶、飛ぶ…」

なんとか言葉を発する私の背中を桂さんが摩る。じき言葉を発することもなく微動だにしない私を見て、桂さんは大きく深呼吸をした。

「ええい、わかった!好きなだけ吐け!ただし翌朝記憶をなくしたと言い張ることは許さん。俺は確かにお前の想いを聞いたぞ。これに名前をかけ!」

そう言い彼が取り出したのは、エリザベスがいつも持つプラカードだった。いやどこに隠し持ってたんだと、いつもならツッコむところだが、今の私にはそんな力はない。同じく取り出したマジックペンできゅきゅ、と真っ白なプラカードに文字を書く。達筆に「婚姻届」と書かれたそれを見ると、私の手のひらにマジックペンが渡される。

「責任は取る。お前が明日何も覚えていないと言ってもな。逃げの異名を持つ俺から逃げることなど、もう出来んぞ」

だからお前も覚悟を決めろ。


震える手で自分の名前を書く。桂小太郎の名前の横に。よれよれで、幼児が書くようなそれを見て、彼は満足したように微笑んだあと、す、と素の顔に戻り、

「よし吐け」

と私の耳元で囁き、私をしゃがませた。そのまま私は胃の中のものを吐き出した。朦朧とする意識の中で、桂さんの「まったく、おまえは」という柔らかい声だけが聞こえた。


翌朝、枕元に立てかけられたプラカードに私は顔を真っ赤にすることになる。「エリザベス、ちょっとこれ持って銀時のところへ行ってこい」という言葉に、私は「酒は飲んでも飲まれるな」という格言は本当なのだと、思い知ることになったのだ。














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