「お前ってさァ、料理とか出来んの?」

日曜日のお昼時、穏やかな日差しが差し込む万事屋。
愛読書であるジャンプに目を向けながら、坂田さんは私に問いかけた。

「料理、ですか」

すぐに返答することは出来なかった。自信満々に「出来る」と答えられればよかったのだが、生憎と私はあまり食べ物を調理した経験がない。一人暮らしをしている身ではあるが、手間暇を考えるとどうもコンビニの弁当だとか惣菜に頼ってしまう。お米を炊くことや納豆を混ぜることを料理と言うのならば、私は料理上手だと胸を張れるのだが。きっと彼が言っている「料理」はそういうことではないのだろう。

「やべ、言い方悪かったか?お前ってさァ、卵焼いたら暗黒物質とか出来んの?」
「いや出来ませんけど!?」

言い淀む私に投げかけられた第2の質問に、次は速攻で返答する。暗黒物質。きっと万事屋の一員、メガネをかけた彼のお姉さんの所業のことを言っているのだろうが、あれは物質の原理とか法則を無視した技物であって、私のような只の一般人にはやろうと思って出来るものではない。

「流石に卵は黄色いまま焼けるはずですよ、私だって。…あ、そうだ、チャーハン。チャーハンなら得意ですよ!」

卵、と聞いて思い出した料理を私は提案する。チャーハンである。卵を焼いてご飯を入れて具材と一緒に炒めるだけの、簡単お手軽料理。プロのようなパラパラのチャーハンを作れと言われれば難しいが、目の前の男に「美味しい」と言わせるくらいは出来るはずだ。
私の言葉を聞いた坂田さんは「へえ」と、珍しく興味を持ったような声色で返事をして、ジャンプを閉じて机に置いた。

「よしじゃあ今日の昼飯当番はお前な」
「っえ」

びしっ!と言う効果音が聞こえそうなほど一直線に私を指差す坂田さんに、ようやく私は面倒ごとを押し付けられたことを察する。
この人、飯作るの面倒なだけじゃん。

「いやー今日神楽も新八もいねーしどーすっかなって思ってたんだよ。やっぱいつも同じモンばっか食っても飽きるだろ。味変も必要じゃん?たまにはアニオリで視聴者も驚かすのも必要だろ?」
「大抵のアニオリは失敗してると思いますけど」
「バッカお前なんつーこと言ってんだ!アレとかよかったろ、斬魄刀が人になるやつ。俺の洞爺湖も結野アナ似の美少女になったりしねーかな」
「ヌードルストッパーに使われてる美少女なんて想像したくないんですけど?」
「近年はプラスチック削減になってんだろーが。いいから作れ、卵とハムあったから」

キッチンに私を誘導する坂田さんに抵抗することもできず、私はいつの間にかコンロの前に立っていた。「ほい」と渡されたエプロンは、明らかに女性向けのピンクのフリフリとしたデザインで、他の女性にも着させているのかと疑ったが、サイズが明らかに男性用だったのできっと坂田さんが自分で着ているのだろう。
いや、ピンクのフリフリエプロンを着る成人男性ってどうなの?

「ま、まぁチャーハンくらい作れますけど。必殺仕事人、見せつけてやりますけど?ウチの実家の秘伝、授けてあげますよ」
「おーおー、お前ん家のお袋の味を見せてくれよ」

成人男性にしてはちょっと料理ができるからって、これ以上この男に大きな顔はさせない。左手に卵、右手に菜箸を握って、私は坂田さんに向けて笑みを浮かべた。




「香●ペーストがないんですけど!?」
「お前のお袋の味って●味ペーストかよ!!」

そんな贅沢なもんウチにねーよ!!
キッチンに坂田さんの怒号が響いた。

「いや、香●ペーストがないのにどうやってチャーハン作るんですか?米と具材混ぜたものになるじゃないですか、味無いじゃないですかそんなん」
「普通は醤油とか塩胡椒で味付けすんだよ!!何お前、一つ一つの苦労を知らねー奴?絵に描いた現代っ子かチクショー!」
「いやぁ、無理無理。醤油大さじとか、まず大さじってなんですか?すりきりってなんですか?世の中はすり切れないものの方が多いでしょーが!」

私の中のチャーハンは、卵と米と具材と香●ペーストを入れて炒めるだけの料理である。特別な技術など必要ない、約束された旨味が私を迎えてくれる。失敗など、それこそ暗黒物質を作る彼女くらいにしかできない。そんな私の味方の香●ペーストがないと坂田さんは言うのだ。自分で味付けをしろ、と。不満げな顔を隠そうともしない私に、坂田さんはため息をこぼす。

「すり切れないモンをすり切って少年は大人になっていくんだよ。…ああほら、火から目ェ離すんじゃねェ」

坂田さんの大きくて無骨な手がフライパンを掴む。軽くフライパンを振れば、混ぜ合わされた米と具材が跳ねる。

「あの、」
「いいか?チャーハンはとりあえず醤油入れて塩胡椒で調整すんだよ。鶏ガラとかあればもっといーけど」
「坂田さん、」
「あ?米は切るように混ぜんだよ、こーやって」
「近いんですけど…」

フライパンの前に立っていた私の真後ろに坂田さんが立っている。そして、フライパンの柄は坂田さんが握っている。つまり、今私は彼に覆われるような形になっているのである。フライパンから感じる熱と一緒に坂田さんの温もりまで感じてしまう。

「料理下手な名前ちゃんにレクチャーしてやってんだよ。おらちゃんと見とけ」

手慣れた様子で調味料を入れる姿を見つめる。普段はぐうたらとした振る舞いで、家事もなにも出来なさそうなクセして意外となんでも器用にこなすのだ、この男は。胸の鼓動の音が聞こえてしまうのではないかと思うほどの距離感に言葉がつまる。キッチンにはチャーハンが炒められる小気味良い音が響いて、同時に鼻をくすぐる香ばしい匂いが充満する。

「いい匂い…」
「こんなもんか」

坂田さんはコンロの火を弱めたあと、形を整えるように軽くフライパンを揺すった。どこからかいつの間にか取り出したのか、その手にはスプーンが握られていて、「あつっ」と悶えながらチャーハンを一口口に運んだ。もぐもぐと味を確かめれば、満足気な表情になる。どうやら坂田流チャーハンは完成したらしい。口の端についていた米粒も逃さず食べたあとに、もう一口分スプーンにチャーハンを盛る。食いしん坊だなこの人、と働かない頭で考えていれば、坂田さんの口に運ばれるのだと思っていた一口は私の前に差し出された。

「ホラよ」
「っえ 」
「まぁま、味見くらいしてみなさいよ。いいかー、これが今日からお前のお袋の味だ。しっかり学ぶように」

差し出されたそれを少し見つめて、私は意を決してぱくりと食べる。出来たての温度に私は少し驚くも、しっかりとした味付けがされているチャーハンに思わず「おいしい」と言葉が溢れる。

「な、うめーだろ」
「…く、悔しい…」

坂田さんはしてやったり、と言わんばかりの顔だ。私よりも少し料理が出来るからって!私が敗者の味を噛み締めているのをよそに、坂田さんはようやく私から離れて皿とスプーンを用意する。今日は神楽ちゃんも新八くんも外に出ていて、今万事屋にいるのは私達だけである。坂田さんはふたつだけの茶碗にチャーハンをよそう。「お前も料理のひとつくらい作れるようになれよ」と、視線はチャーハンに向いたまま、坂田さんは言う。


「…俺はアレ、仕事終わりには嫁に飯作って待って貰いたい派だから」
「え…」
「…………」
「けど香●ペースト使えるなら私だって絶品チャーハンくらい作れますから、勘違いしないでください!」
「香●ペーストの話はもういいだろうが!!!! 」

テメーは味●素の回し者か?!
再び坂田さんの怒号が響き、ぶっきらぼうによそわれたチャーハンが差し出される。大人しく受け取れば、茶碗越しに熱が伝わる。

「あーくそ、最近は家事も仕事も夫婦ともどもってか。アレ、でも俺仕事ねーな」
「はいはい。食べましょう食べましょう!」

ぶつぶつと何かを言いながら居間に向かった坂田さんの後を追いかける。


向かい合わせに座って、「いただきます」と私達は手を合わせた。








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