パソコンの画面を確認して、席を立った。
向かう先は印刷機である。職員室の端に佇んでいるその機械と私の席は距離がある。何度か他の教師とすれ違いながらも辿り着けば、印刷機の取り出し口には既に紙の束があった。私の前に印刷をした人の忘れ物だろうか。紙の束から一枚取り出して内容を見る。

『よいこのこくご』

真っ先に目に入った文字に、思わず紙を握りしめる。
こんな紙を印刷して、そして堂々と忘れる人間などこの銀魂高校の職員室には一人しかいない。私はすうっと息を吸う。

「さかた先生!ちょっと、坂田先生ー!」
「ああ?」

銀髪の天然パーマでよれよれの白衣にだるだるのネクタイ。アンチテーゼに満ちたその教師は坂田銀八という。その風貌だけでなく、職員室の机に足を置き、漫画雑誌を読んでいる姿はとても教育者とは思えない。彼は私の呼びかけに反応し、気だるそうに返事をする。首だけを私に向けている姿に、呼んでるんだからさっさと来てよ、と思う。しかし彼は新任教師である私の先輩である。大変不本意だが。気持ちをぐっとこらえ、手に持っていたプリントを見せつける。

「プリント!!また忘れてますけどー!何回目ですか!?」
「あーそうだった。悪ィ悪ィ」

そこまで呼びかけて、坂田先生はようやく重い腰をあげた。漫画雑誌を乱暴に机に起き、のろのろと近づいてくる。

「ったく、でっけー声で呼ばなくても、聞こえてるよ」
「早くプリント仕舞ってもらっていいですか?」
「オメー、予告でも使われた名言を軽くスルーしやがって、劇場版のDVD及びブルーレイは8月発売だぞ、皆買ってくれよな」
「皆って誰?」

虚空しかないはずの空間に向けて宣伝をする姿に、思わず一歩後ずさってしまう。坂田先生はたまに訳のわからないことを言うのだ。
喋ることしかしないこの男に、私は印刷機から取り出したテスト用紙(と思われる)の束を渡す。枚数はあれどただの紙であるので、そこまでの重さはない。それなのに坂田先生は「ああ、重いよぉ、ラインの返信を毎回催促してくる彼女くらい重いよぉ」と大げさに振る舞う。

「それくらい受け止められる器量を持ってください。それと大きい声で呼ばなきゃ聞こえないのは私たちの机がここから離れてるからです」

ちらっと私のデスクに目を向けた後に、少しだけ横に視線をずらせば放置された漫画雑誌に空のいちご牛乳の紙パック、そして灰皿にいくつかのゴミが目に入る。坂田先生のデスクである。
坂田先生は私の先輩教師でもあるが、それと同時に私の教育係でもあるのだ。今になれば、どっちが教育係かわかったものではないが、そんな理由で私と彼のデスクは隣同士だ。いつだって隣から甘い匂いがただよってくる。

「いい加減自分のプリントくらい管理してください。あとここ禁煙ですから!」
「だから悪ィって言ってんじゃん。これ煙草じゃねーし」

れろぉっ。
そんな音が聞こえた気がした。
坂田先生が煙草をつまみ、そのまま引っ張ったと思えば口から現れたのはとてつもなく大きいペロペロキャンディーだった。口の中に入っていたとは思えないほどの大きさのそれに、私はまた一歩後ずさる。

「何ですかそれ、お、おっきい………」
「名字、最後のとこ、もうちょっと色っぽく言ってくれ。そうすりゃもっと大きいキャンディが俺の股間から」
「セクハラ!!」

驚きと怒りが混じった叫びで坂田先生の言葉を遮る。教育者が何を言っているんだ!自分を抱きしめて身を守る動作を見せても、当の本人は何が悪いのかなどわかっていない顏をしている。相変わらずの死んだ魚の目だ。

「まーたやっとるんかおまんらは、仲ええのう」
「辰馬」

向かい合う私たちの間に入ってきたのは、同じ教師の坂本辰馬先生だった。坂田先生とはまた少し違った髪質を持ったもじゃもじゃ頭で、室内でもサングラスをつけている。教育者としてはまたどうなのだろうかと審議せざるを得ない。けれどまぁ、しっかりとしたシャツをしてネクタイの緩さも許容範囲内である。坂田先生と比べれば随分マシだ。それに面倒見よく、気さくな人だ。

「別に仲良くないです。また坂田先生がミスをしてただけです」
「はっはは!手厳しいのぉ金時!言われとるぜよ!」
「だから俺、銀八ね。ミスだってしてねーよ。これは名字センセーが気づくかどうかの試練を与えてたんだよ」

背中をばんばんと叩かれた坂田先生はさらに目を濁らせ、坂本先生に反抗する。その言い訳にしか聞こえない言い分に、私はため息をつくことしかできない。

「流石『銀八のお世話係』ぜよ。理事長の目ば狂っとらんちゅうことじゃ」
「え?」
「は?」

坂本先生の言葉に私と坂田先生の驚きの声が重なる。『銀八のお世話係』?なんだその、不名誉な役職は。

「いやいやお前何言っちゃってんの、こいつが俺のお世話係じゃなくて、俺がこいつの教育係なんだっつの」
「あり?そうなんか?」

顔を顰めていたのは私だけではなかったようで、坂田先生も不満そうな声色で返事をした。

「若い女でもつけりゃやる気ば出る思うて任命したっちゅう話じゃ。それに名字先生、しっかりしちゅうき。手綱握れりゃぁ面倒ごとも減るじゃろ?」
「若い女つければってどういうことですか!」
「面倒ごとってどういうことだてめー!」
「わっはっは!ほんに仲ええのう、お似合いぜよ!」

聞き流せない坂本先生の話に、2人して食らいつく。坂田先生のやる気を出させて、しかも面倒ごとを減らすために私の教育係が彼になったということだろうか?これが銀魂高校の新任教師に対する手厚いサポートということだとうか。あんまりだ。ただでさえ破天荒なこの高校でやっていけるかどうかも心配だというのに、余計な面倒ごとを引き受けなければならないなんて。
そう思っていると、頭上で「オメー、俺のこと面倒ごとって思ったろ。わかんだよそういうの」と坂田先生が言う。取り合うのも無駄に感じたので、私は返事もせずにふん、と顔を背ける。

「かわいくねー奴。こんなんつけれれても俺のやる気なんてでねーよ。そりゃ最初はエロいケツしてんなとは思ったけど」
「なんかもう、死んで欲しいですね」
「まぁ名字先生、安心せぃ。確かに金時はこんなんじゃけども、やるときゃやる男ぜよ」

そう言って坂本先生は横の男を見る。その風貌のどこに頼れる要素があるのかは謎だが、確かにこの高校の人間は何故だか坂田先生に一目置いている人が多い。なんだかんだやりつつも、慕われているのだ、この先生は。「まぁ…」と、私はしぶしぶと相槌を打つ。その姿を見て満更でもないのか、坂田先生はドヤ顔をしていた。くそう、むかつくな。

「やきな!名字先生は大船に乗ったつもりでおりゃええろろろろろr、あ、あかん、船に酔うてしもうた……」
「大船の!?自分の言葉で!?」

「大船に乗ったつもりで」という「大船」というワードで乗り物酔いをしたらしく、坂本先生は盛大に嘔吐した。信じられない光景に私は5歩は後ずさった。これが、銀魂高校職員室の日常茶飯事であるというのだ。私は正直に言えば、やっていける気がしない。
こういうときに頼れるのが教育係ではないのか、助けを乞うように目線をやれば、坂田先生は「これプリンターおじゃんじゃね?辰馬、1千万な」と知らん顔をするのみだった。





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