専門的な用語が書かれている紙束を、パラパラと捲る。
私が働く「快援隊」は、星を跨ぐ貿易会社である。宇宙人相手に商をやっている会社など、入社した当初はなんて愚かなものだと思っていたが、今ではここの艦長の方がよっぽど愚かであると断言出来る。
バチンと、読み終えた紙束をクリップボードに挟む。今日の仕事は一通り終わった。あとは上への報告のみである。紙束を脇に挟み一歩を踏み出す。しかし、私の足が地面に着く前に目の前にあったドアが破壊される。大きな破壊音に思わず身体は強張り、恐る恐る前に視線を向ければ、般若のような顔をした我が社の副艦長がいた。そして、下を見ればもじゃもじゃ頭、否、艦長が地面と密着していた。

「おん名前、終わったか」
「副艦長。はい、言われたとおりに、確認お願いします」

私の姿を目に入れた副社長の陸奥さんは、表情をすっと変え、何事もないように私に話しかける。私は紙束を陸奥さんに渡し、彼女の確認を待つ。先程の私のように紙束を捲り、内容を確認する。「ご苦労」と言う労りの言葉は、特に問題がないという意味も含まれる。

「ありがとうございます」
「今日はこがなもんじゃな」
「わかりました、お疲れ様です!」
「待ちィ!!おまんらわしのことおらん者じゃと思うちゅうやろ!!」

私と陸奥さんの耳に下から情けない声が届く。陸奥さんはすかさず声の発生源を足蹴にし、顔を般若に戻す。

「艦長、今回は何をやったんですか?」
「また使いようもない商品ば仕入れて大損ぜよ。しかも勝手に地球行ってこじゃんと楽しい思いをしたようでの」
「気持ちの切り替えは重要じゃろうて、それに 投資した女子たちからのリターンの期待・大ちゃ!」
「ほうか、ならわしからのリターンも受け取れ」

陸奥さんはサッカーボールを蹴るように蹲るろくでなしを蹴る。その脚力と胆力にはいつも驚かされるばかりである。夜兎という戦闘種族だからこなせるのか、陸奥さんだからこなせるのか、私には判別がつかない。ゴロゴロと転がった先で埃まみれになった艦長は、「いてて」と呻きながら立ち上がる。丈夫なものだ。服を軽く叩き埃を落とし、へらへらと歩み寄って来る。

「やっぱわしに優しいのは名前だけじゃのう」
「艦長、埃まだ落ちてないです」
「何でわしの頭見て言うの?泣いていい?」

馴れ馴れしく肩に回された手を払いのけて言えば、彼はわざとらしく痛がる。私の力なんて陸奥さんに比べれば弱々しいものだというのに。そういう演技くさい所があるから、港じゃ「サギ師」なんて呼ばれるのだ。

「ちょうどええ名前#。そのモジャモジャ部屋に戻しときぃ。おまんももう休んでええ」
「何じゃあ陸奥、おまんも少しは気ィ使えるようになったかが」

艦長の言葉に私はまたパシリと彼を叩く。「何言ってるんですか」と冷たく言い放ち、赤色の襟を鷲掴みにする。そのまま引っ張ればまた呻き声のようなものが聞こえるが、私は無視して歩く。「お疲れ様でした!」と投げやりに終業の挨拶をして、私と艦長は陸奥さんの前から去る。誰も居ない通路まで来たところで、私は手を離す。

「のぅ、怒っちゅう?」
「怒ってないです」

私は立場など気にせず艦長の前を早足で歩く。顔を覗き込んでくる艦長はサングラスを付けていて、ひと目見ただけでは表情があまりわからない。じっと見る気にはなれなくて、すぐに顔を逸らす。

「商いでやらかしたことかのぅ」
「別に私は気にしてません。いつものことなんで」
「手厳しい!」

私が冷たい言葉を投げつけても傷付く様子など無い艦長に、思わずため息が出る。メンタル強すぎだろ、この人。そう思いながら自室を目指す。すると、また肩に少しの熱を感じる。私の歩みを止めさせるように置かれた手は、先程よりも力が篭っていた。

「行っとらんよ」
「は」
「地球行ったのは本当じゃけどな、女子たちには会うちょらん。金時に会うたくらいかの」

ぐ、と引き寄せられれば、彼との距離は近くなる。サングラスの奥の瞳が見えるくらいの距離に、私は身体を震わせる。

「だ、から怒ってないです。艦長が好き勝手しようが、私には」
「辰馬」
「!」
「もう仕事は終わったんやろう。ほんなら名前で呼ぶ約束じゃろ?」
「ちょっと、ここ、人が」
「わしらの事なんて皆知っちゅう。陸奥だって気使うてこうして二人にさせてくれとるんじゃ」

人の往来があるかもしれない場所だと言うのに、この男はそんなこと構わず私に近づく。抵抗出来ず、為されるがままになっていれば、その距離感は上司と部下のものではない、恋人同士の距離感になっていた。私より随分背の高い彼の顔を見れば、その顔はやはり笑っていた。わかっているだろ、と目は雄弁に語っていた。

「た、辰馬さん…」

蚊の鳴くような声で名前を呼ぶ。自分の顔に熱が集まってきて、じんわりと汗すらかく。

「ん、ええ子ええ子」

私の呼び方に満足したのか、辰馬さんは私をそのまま抱きしめて頭を撫でる。わしゃわしゃと遠慮のない撫で方と言い様だった。

「子供扱いしないでください」

そう言えば、私の頭を撫でる手が止み、髪の毛を整えるような優しい手つきに変わる。

「ハハ、いじらしいのう。おまんを子供として見たことなんて一度もなか」
「な、」
「ずぅっと、女としてしか見とらん」
「…!!」

この人は、どうしてこうも直球なのか。
私の心臓は今にも破裂しそうなほどドキドキしていて、きっと辰馬さんにも伝わっているはずなのに。彼は私を殺したいのだろうか。ろくな言葉も出ず、私はただ黙り込むしか出来ない。いつだってこの男の手中ないるのだ、私は。

「オフィスラブっちゅうのも悪かないのぅ、わししか知らんおまんの顔があって」

彼は少し屈んで、私の耳元に唇を寄せる。

「それに、仕事が終わってわしの部屋に来るのが一等かわええ。身奇麗にして、わし好みの下着付けくれちゅうやろ?恥ずかしそうな顔して」

いつも大きな声で高笑いをする声が、私にだけ囁く。耳元からダイレクトに伝わる声は、こちらを陥落させようという意思すら感じられて、腰が砕けそうになる。ただ震えることしか出来ないでいれば、耳元に何度もちゅ、と優しい口づけが降ってきて、私は力なく辰馬さんの服を掴む。襟を鷲掴みにしていたさっきまでの私は何処に行ったのだろう。私は毎回毎回、仕事が終わってしまえばこうして辰馬さんに溶かされてしまう。
幾度の耳へのキスのあと、最後に流れるように口と口が合わせられる。軽いリップ音だけが響くキスだったが、そのキスはそれ以上のことを示唆しているようで、下腹部に熱を感じてしまう。たつまさん、と求めるように名前を呼ぶも、彼はそれ以上熱を与えることをせず、掴んでいた服と一緒に離れてしまう。物欲しそうな私の目を見てまた意地悪そうに笑う。

「…今夜も待っとる」

私のほおを撫でながら言う言葉に、私はこくりと、頷いた。




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