完結後

江戸の空を見上げれば、相も変わらず異郷の船が飛び交っている。江戸の中枢であるターミナルは先の戦いで崩壊後、復興中。江戸のシンボルであるあの塔はつぎはぎだらけの身体になっている。そしてそれは、江戸の町も同じである。壊れた壁、ひびの入った柱、貫かれた屋根。見るも痛々しい町並みではあるが、江戸の人間は強さを証明するかのように毎日復興を続けている。その姿は晴れ晴れしいもので、見上げた空も愛おしく見えるほどだ。

あの日、虚を巡ってターミナルで起きた戦いから数週間が経った。私は当時、江戸の町に侵入してきた天人たちをひたすらに斬っていた。被害を少しでも抑えるために、必死だった。必死に戦い、必死に一人の人間を想っていた。
桂小太郎と言えば、昔は名だたる攘夷志士の一人、そして内閣総理大臣なんてものもやっていた、履歴書に書くことが多くて結構な人物だ。それは昔、国の悪行により両親を失い、国に天誅をくださんと躍起になっていた私を拾ってくれたのが桂さんだった。それ以来彼とは行動を共にしていた。あの端正な顔立ちからは想像も出来ないボケっぷりに、私は当初驚くことしかできなかったのだが、時間が経つにすれその驚きはツッコミという手段によって昇華されることとなった。今日までの数年、いろんな事があったと思う。死んだと思ったら短髪になったり、死んだと思ったらドライバーになってたり、死んだと思ってたら首相になってたり。本当にあの人は死ぬ死ぬ詐欺が多い。そして、今回もそれは例外ではなかった。あの日、薄緑の光り輝く粒子とともに崩れるターミナルを見た瞬間、私は本当に桂さんは死んでしまったのだと、あの状態で生き残れるはずがないだろうと、そう思っていた。しかし、崩れ去ったターミナルの元に救助船である快援隊の船は向かった。まるで誰かを助けに行くように。ひたすら祈る私や町民たち。その願いは叶い、皆揃って江戸に帰ってきた中に桂さんの姿を見つけて、私は心底安堵したのだった。

「それが何をやっとるんじゃ貴様はァアーーーーー!!!!!」
「ギャァアアアー!!」

現在。
目の前にいる馬鹿の髪の毛を掴んでそのまま地面に叩きつける。悔しいがサラサラだった。何のシャンプー使ってるんだ。TS○BAKIか?TS○BAKIなのか?寝る前には洗い流さないトリートメントも使っちゃってるのか?美容垢もびっくりか?砂埃が舞う地面を見下ろしながらそんなことを考える。地面に顔をめり込ませている男、馬鹿、あほ、天然、馬鹿、桂小太郎。

「フッフハハハいいアタックだ名前、成長したな…だがこの英霊志士オバZ、そう簡単には」
「いやだからオバZって何!!!」

全身を白タイツのようなもので覆われ、顔はそのままエリザベス。黒髪だけが飛びてている様は非常に不愉快なコントラストで、一歩間違えれば変態と通報されても可笑しくない。いや、この人は一歩どころか間違えすぎて一周した上の一歩なんだけれども。

「人がしんみりまとめてる時にあんたはどこほっつき歩いてたんですか!!しかもオバZ?!何ですかそれ即興にしては雑すぎでしょう説明もできないのにやんな!!自分で畳めない風呂敷は広げるなってかの先生には教わらなかったんかワレ!!!」
「いや、松下村塾的にはなかったな、あの教本の中で学んだ事と言えば武士の心心得、侍のあるべき姿、人妻の魅力…」
「途中でエロ本挟まってんぞオイ!!!!」

のそのそと身体を起こし、腕組みをしながら私を見つめる桂さんはなんてことのないように言う。そんなんじゃないだろ松下村塾は。それが本当にお前が守りたかったものなのか、それでいいのか。あと改めて自分よりも大きい人間が全身白色で表情もわからない状態なのは、普通に怖い。

「ハァー、とにかくそれ、顔だけでも脱いでくださいよ…」
「ム、しかし英霊志士としての矜持がだな」

オバZだのエリザベスだの、なにかと言い訳をつけて桂さんは脱ごうとしない。英霊志士としての矜持、とは。またツッコミたいところであったが、もうそんな気力はなかった。この桂小太郎という男は、本当にただのバカなのだ。私が何を言ったところでそのあり方が変わる事はないし、心のどこかではそのままであってほしいと願う自分もいる。

彼はちゃんとここにいる。生きて、いる。

「……名前、泣いているのか…?」
「え」

気づけば私の頬には涙が伝っていた。それは認識してしまえば、目は熱を持つ。止まることを知らない涙に目を擦れば、ああ擦るな、と桂さんが私の濡れた腕を掴む。

「っ、人が、心配してるのに、あなたは、」

震えた声だというのが自分でもわかる。喉に言葉が詰まって上手く話せない。

「ターミナル、が崩れた時、ほ、んとに、もうダメかと…」
「…名前 …」

突然ぐずぐずと泣き出した私に、桂さんも驚いているようだった。あれほど矜持がどうこう言っていたマスクを脱いでいる。久々に見た桂さんの顔は相変わらず綺麗なものだったが、その瞳には戸惑いが見える。戸惑いたいのはこっちだ、バカ。

「…すまない。お前には本当には心配をかけた。俺がターミナルで闘っている間、お前も闘っていたのだな…」

ずび、と鼻をすすることを返事にすることしかできない。桂さんは私の肩を掴む。感じる力にここに彼がいることがより理解できてしまう。これからは、この日常がまた帰ってくるのだ。エリザベスと一緒にまたバカをやって、私がツッコんで、万事屋さんや真選組なんかも巻き込んだりして。時は有限だ。いつまでそんなときが続くかは分からないけれどー「結婚するか」。

「……………………は?」
「聞こえなかったか?…結婚しよう」
「……………………………………はい?」

首から下を白タイツでの男は、確かに私の濡れた目を見つめて言った。「結婚しよう」。けっこん。ケッコン。…結婚?私の想像する結婚で合っているのだろうか。だとすれば、これは、私は今、プロポーズされているのだろうか。あまりにも突然のことに、私の涙も止まる。同時に息も止まってしまったようで、「名前?」と私を呼ぶ彼の声が耳に届くまで、私は硬直状態に陥っていた。

「え、いや、え?結婚て、聞き間違いですよね?違うけっこんですよね?だって、いや」
「違うケッコンなどと言うものがあるのか?どこの星の文化だそれは。ナ○ック星か?カ○ッサ星か?」
「…いや、ドラゴ○ボールの話じゃなくて…」
「思えば銀時もあの決戦の日、ドラゴ○ボールの話ばかりしていたな。シルバボールがなんだかんだと。俺はその時奴に狼牙風風拳をお見舞いしてやったのだが…」
「………そうじゃなくって!!!」

つらつらと淀みなく話す桂さんに思わず叫ぶ。

「わ、私たち、お付き合いもしてませんよね!?」

そう、確かに私たちは日々を共に過ごしてきた仲ではあるが、決して男女のお付き合いをしているわけでなはい。桂さんはどちらかというとそういう男女関係は清いほうであると思うし、着替えなどといった場面でもしっかりと男女の隔てを作っていた。それがどうして、こんな状況になっているのだろうか。

「ここまで来たんだ。もう俺の風呂敷を畳めるのはお前しかいないだろうよ、名前」
「で、でもかつらさ、ん。私のこと、好き、なんですか」
「…気づかないのも無理はないさ。俺は攘夷党党首、そして内閣総理大臣としていつだって目的のために動いていた。そんな中お前をこれ以上巻き込むようなことがあってはと、俺はいつだって思いを心中に秘めていた」
「……そ、んな…」
「だが具体的に言えば四話くらいでの別れ際のシーンで俺は熱視線を送ったりしたし六話では銀時と仲睦まじそーうに話す姿に思わず手が出てしまったりしたから、その辺から読み取ることはできただろうな」
「いやこれ長編でもシリーズものでもないし、一話完結型なんでそういう話数の重みが気持ちの重みみたいな胸熱展開にならないんですけど」
「しかし、名前。どうだろう。これからも俺の横で蕎麦を食い、風呂敷を畳むことに、夫婦という名前をつけてはいけないだろうか」

桂さんは、確かにバカだけれど、少なくともこんな大事なことを、冗談で言うような男ではない。それは、ずっと一緒に過ごしてきた私にはよくわかる。彼は生真面目でまっすぐなのだ。女一人を口説くことだってきっと全力投球するような男だ。

私は、そんな彼が、確かに好きだ。

「オバZ」
「む?」
「オバZとかいう、わけのわからないのとは、結婚なんて、出来ませんよ」

俯きながら私は言う。桂さんの表情は見えない。けれど、気づいたときには私は彼の腕の中に収まっていて、ああ抱きしめられたのだと感じたときには、また涙が出ていた。オバZの白い胸が濡れる。ここで一張羅でも着て入れば、格好ついたのに。本当にこの人は、バカだ。

「ならば、ただの桂小太郎として言おう。俺と結婚してくれるだろうか、名前」

けれど、一番のバカはこの男と添い遂げたいと思っている私なのかもしれない。私は桂さんの背中に腕を回す。そしてきつく、今までの想いを全て込めるように抱きしめる。ちょ、いたい、ちょっときつい、とかなんとか。頭上から聞こえたような気がするが、そんな言葉ひとつで離してやれるほど、私は賢くなかった。







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