「んんんー…」

沈む夕日を眺めながら、名前は身体を伸ばす。首を左右にまげれば、ぽき、と軽い音が鳴る。日々の炊事洗濯などといった家事労働は日々彼女の身体を蝕んでいる。

時代は攘夷戦争の最中。名前を含む松下村塾の出身である坂田銀時、高杉晋助、桂小太郎は共にこの戦争に参加していた。女である名前をいかような形であれ戦争に参加させることに、3人の男たちは当初反対していたが、一人の弟子としての想いに最終的に折れたのだった。前線で戦うことの出来ない名前のやるべきことは基本的な家事労働に加えて物資の管理や怪我人の手当てであった。戦えないもどかしさを感じつつも、自分には自分のやるべきことを全うするのみだというひたむきな気持ちを抱いていた。その姿を見て、周囲の人間たちも名前に対し心を開くようになっていた。昔からの幼馴染である3人も、名前に対する想いを強めていった。

そんな戦日々の最中にも、休息というものは存在する。長期化する戦争の中で兵は疲弊する。その兵を癒すのは束の間の休息ー遊郭に赴くことであった。現在名前たちが居を構えている場所から街はそう遠くない。男たちはそそくさと夜に出かける準備をしている。そしてそれは、幼地味である彼らもそうだった。途中で戦に合流した坂本辰馬を含め4人で世間話を交わす中、夜の話が出るのはごく自然なことである。

「お前ら、あまりはしゃぎすぎるなよ。この前のように街中でぎゃあぎゃあ騒がれては敵わん」
「アレはどっかの誰かさんが俺の嬢にお手つきしたからだろうが。低さを速さでカバーしたからだよォ?」
「選ばれなかった腰抜けがよく言うぜ」
「アッハッハ!こりゃァ今夜も面白くなりそうじゃのう!」

高らかに笑う坂本の声が響く。その声にうっせーよ、と零したのは喧嘩をする2人のどちらかか。

「ところで銀時」
「?ンだよ」
「夜の街に繰り出すのは結構だが、名前はいいのか」
「……なァんであのおっちょこちょいの名前が出てくンのよ。アレか?カーチャンほっぽって夜遊びしていいのかってか?いいんだよヅラ。たまにはバカ息子たちの事忘れて一人生片手に深夜ドラマ見る日も母親には必要なんだよ」
「名前の事を母親だと思っている人間など、少なくともこの中にはいないだろうよ、なぁ銀時。お前は…」
「坂本さーん!いますかー?」

がら、と桂の言葉を遮って戸が開かれる。そこにいたのはまさしく話に出ていた名前を持つ人物であった。この場において数少ない女性のうちの一人、名前である。

「ああ、いたいた。ちょっとお聞きしたいんですけど…って銀時くん、何やってるの?」
「は、あああ?!何が!?ぜんっぜん何が!?つーかオメー、入る前に声くらいかけろよ!年頃の男舐めんなばっかやろー!」
「んー!むー!」
「ああ、はいはい、ごめんね。小太郎くん死にそうになってるから」

坂本を探しに来たであろう女は、畳の上で銀時によってプロレス技をかけられている桂の姿を見てため息をつく。やれやれ、と声にだして言わんばかりの表情に、銀時は桂から離れる。

「…で、何しに来たんだよ」
「ああいや、坂本さんに物資について聞きたくて。医療品についてなんですけど」
「わしか?ちょくっと待っちょれ。ああアレね。アレがこうでアレね」
「本当にわかってます?できれば早めにお願いしたいんですけど、今夜にでも一覧にまとめて…」
「あー、今夜はのぅ」

名前の言葉に腕を組む坂本に、他の男たちの身体が固まる。今夜、今夜といえば他の仲間たちも数人引き連れて夜の街に繰り出そうという算段だ。粗雑な坂本のことだ、女である名前に向かって「今夜は遊郭じゃからのぅ!無理かも!」などというデリカシーの欠片もないことを平然というかも知れない。なにより、昔から共におり、もはや家族のような関係性と言ってもおかしくないこの女の前で、別の可愛いネーチャンを抱きに行くんだよ、というのは母親に隠していたエロ本が見つかるよりも気まずいものを抱かせる。

余計なことを言うなよ、坂本辰馬…!

3人の心中が珍しく一致した時であった。

「あ、遊郭行くんでしたっけ?夜は物騒なんで気をつけてくださいね。まぁ心配するまでもないかもしれませんけれど」

しかし、その思いを砕いたのは坂本ではなく、名前であった。
平然と投げられた言葉に肩が震える。いち早く言葉を発したのは桂だった。

「名前、お前。な、何を…!」
「っえ。さっき他の人が騒いでいたからそうなのかと。違うの?」
「す、少なくとも俺は違うぞ!俺はただ、下町の猫の肉球を触りに行くだけであってー」
「あ、そういうお店ってこと?」
「グハーッ!!」


その場に桂は倒れる。妹のように思っていた女がこうもあけすけに猥談に混じるようなことがあることが、彼に大きなショックを与えた。「名前、いつからそんな…!」とヤムチャのごとく地に伏す桂から言葉が漏れる。そしてそのショックは、少なからず銀時と高杉にも伝わっていた。

ーオイめちゃくちゃバレてんじゃねーか!気まずいどころかノーバウンドで来てんだけどォ!?
ー騒いでたのは誰だ。殺す。

「行くのはいいけれど、朝帰ってくるときにうるさくするのはやめてね。結構疲れてるから私もゆっくり寝たいから、起こさないで欲しいの、出来るだけ静かにしてよ?」

冷や汗を流す銀時と高杉に気づくことなく、名前は言う。

「…名前。金時たちはワシら男どもが遊郭行って惚けとるのは、いい気がせんじゃなかろうかと思っとるんじゃ」

言葉を返したのは坂本だった。女性である身を案じての、かつ銀時たちの気持ちを汲み取っての坂本なりの発言ではあったが、銀時と高杉は声を揃えて「おもってねえ!!」と言うのみだった。そして名前はその言葉を聞くと、少し考えるそぶりを見せたのち、

「いやなんで?」

とわけのわからない、といった表情で言った。

「いや、なんでってオメー、…自分は此処に残って寝るだけなのに人は街で遊んでんだぜ。…お、俺が遊郭行ってて、なんとも思わねえのかよ」

銀時はぽつりと、ようやく名前に対して口を開いた。しかし目線は合うことはない。背を向けながら喋る表情は、名前には見えなかった。そしてそれは、銀時にとっても同じだった。今彼が得られる情報は、彼女の言葉のみだった。

「え、いや微塵も思わないけど」
「ぐっ!!!」
「そもそも何で銀時くんたちが街に行くのを私が止めるの?権利ないよね?よくわからないけれど男の人はそういう休みも必要なんだよね?私は静かにお酒飲んで寝れれば十分だしなんで何か思うことあるの?別に私に気なんて使わなくていいんだよ?好きにすればいいじゃん」
「うう゛、っ!!」
「別に銀時くんのこと好きじゃないし」
「ああ゛ーー!!」

桂の屍の横にもうひとつ屍が増える。銀時は胸のどこかに、確かに名前への恋慕の想いを秘めていた。自覚があるのかないのか、それは当人にしかわからないようなことだが、想いを寄せている女からのど直球な「好きじゃない」という言葉に、豪速球で失恋を体験する。なんだ、何がダメだったんだ。いや遊郭行ってる時点でダメだけど。けど銀さんはかわいく嫉妬とかされるんなら行かないよ?ていうかちょっと妬いてくれないかな?とか思ってたよ?そもそもバレたくなかったし?悶々と脳内に言い訳が駆け巡るが、それがまとまることはなかった。

「あ、仲間としてはちゃんと信頼してるからね。私がいってるのは恋愛的に…」
「もういい、その辺にしてやれ。ワシはこれ以上見てられんぜよ!!」

とにかくやることは明日!!と言いながら坂本は名前の背中を押す。部屋から追い出すような真似をするのは多少心苦しさを感じたが、これ以上屍に追い打ちをかけるような言葉を聞かせるわけにはいかなかった。名前は相変わらずきょとんとした顔で「まぁいいけど」と早々に部屋から出て行った。ぱたぱた、と去って行く足跡が聞こえなくなり、高杉が口を開く。

「ククッ…銀時ィ。今夜は激しい夜になりそうじゃねェか」

今夜は譲ってやるよ。そう言い高杉は銀時の肩を叩く。今までにない優しい叩き方だった。坂本も反対側の肩を同じように叩く。

「…ドンマイ」
「はァーーー!?!?うるっせぇし!!何なのお前ら!!何で俺が失恋してるみたいになってんの!!何で俺が慰められてるみたいになってんの!!上ー等だよ遊郭の女全員抱いてやるよ金玉空っぽにしてやんよ!!」

べっつに泣いてねーし!!
部屋に銀時の叫びが響く。「俺は…俺は決してにゃんにゃんクラブなどには…」という桂の呟きはその叫び声にかき消されるのだった。



およそ10年後、成長した銀時の横には名前がおり、「吉原に行く」という銀時の言葉に肩を震わせることになるのは名前の番になるのだが、この時の彼らには知る由はない。








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