「と、言うのが今回起きた事件の概要です」

私は手に持っていたファイルを閉じる。ぱたんと言う音に合わせて、目の前に座る局長はファイルから顔を上げた。

「なるほど、ご苦労様でした」
「その後の捕縛は真選組の協力の元無事に終了。身柄は後に見廻組に移送されました」
「ええ、ええ。聞き及んでいますよ」

手に持つ紙の束から目線を目の前にいる局長に向ける。局長と言っても最近よく目にした真選組の局長ではない。我らが局長、携帯大好き佐々木局長である。私が拉致された事件の概要の報告に、私は一時的に見廻組の屯所にいる。

「それにしても、私に着信入れていたんですか、気がつかなかったですよ」
「いや着拒してたんですよね?私って局長になんかしましたっけ!?」
「ははぁ、さてはスペアの方にかけましたね。今はこっちが本命です」
「うわー!アドレス帳に局長の名前がまた無駄に増える!」

今回の事件で私が問題にしていた「局長に謎に着拒されていた案件」。口の端を震わせながら問えば、結果は私のアドレス帳に佐々木局長の名前が1つ増えるものとなった。いつの日か私のアドレス帳は「佐々木さん」「局長」「異三郎さん」「サブちゃん」などという文字が羅列することになるのではないかと恐怖を覚えた。ぴろりん、と音を鳴らし、いつの間にか私の携帯に連絡先を登録した局長は、もう一度「ご苦労さまです」と言った。

「あと少しの期間ではありますが、引き続き真選組のみなさんと”仲良く”してください。あ、定期報告メールは忘れずに」
「はい…」

少し含みのあるような言い方に感じたが、私はとりあえず返事をした。失礼します、と私は彼の元を去る。これからまた真選組の屯所に戻らねばならない。本音を言えば、真選組に戻れば年下の生意気なドサドのガキ(本人に聞かれると面倒なことになるので絶対に言わない)がいるので、戻りたくはないのだが、仕事は仕事だ。それに、その仕事と銘打ってかぶき町に行ける可能性もあるのだがら、捨てたものではない。

「あ、副長!」

出口に向かって廊下を歩いていると、前方から綺麗なシルエットが目に入った。その青みがかった黒髪を持つ人間は、この見廻組に一人しかいない。今井副長だ。その姿に向かって私は駆け出す。彼女は変わらず悠々と歩く。

「今お戻りですか?」

そう問いかければ、副長は頷いた。

「あとでメールしようと思ってたんですけど、私のロッカーにドーナツあるので、後で局長と食べてください」
「名前は?」
「わたしはこれからまた真選組に戻るので…」

私がすいませんと一言謝ると、彼女は「そう」と返した。相変わらず瞳に光はなく、その心で何を考えているのか、私にはわからない。だが、恐らくはドーナツのことを考えているのだろう。それか「今日は天気が良いから人沢山斬れそう」とか。副長の部下として過ごして幾年、なんとなくの予想はつく。答え合わせをしたことはないが。

「書類が片付かない」
「え?」

副長の言葉に、私は彼女の頭の中について考えていたことが知れたのかと身をこわばらせた。しかしそうではないようで、すぐに力を抜く。

「早めに戻ってきて」
「ふっ副長ォオ!!!」

平坦な物言いではあったが、その言葉の内容は私の心に響くものだった。思わず抱きつきそうになったが、その腰にある長い獲物が怖かったのでやめた。カバディの体勢で私は止まった。

「やっぱり私は見廻組の副長補佐ですよ…!なんか存在を忘れられていたような気がするけど、きっとあれは気のせいだったんですよね。上司から誰?って言われる経験したのは気のせいですよね?!」
「ボンゴレ・コーヒー・ポンデリング」
「マスドランチじゃないですかそれ!」

やはりあの時の記憶は正しかったようだ。この上司、美しい顔立ちをしながら恐ろしい女性だ。高揚していた気分ががくっと落ち込んだ。カバディを解除して思わず項垂れる。

「所詮私は上司に見放されるような部下ですよ…」

ぽん、と肩に手が置かれる。そして彼女はそのまますたすたと私の横を通り過ぎる。

長い艶やかな髪の毛が揺れていた。



「戻りましたー」

間延びした声を上げながら私は真選組屯所の門をくぐる。初めて真選組を訪れた時には考えられないことだ。私もこの場所に大概慣れたということだろうか。すれ違った隊士たちとも挨拶を交わす。未だに私に疑念の目を向ける大志もいるが、それだって前のように射殺さんと睨むようなものではなくなった。それに確かに荒くれ者の集団ではあるものの、ここには心根が優しい者が多い。居心地の悪さを感じることはなくなった。

「おっ何でィエリート様のお帰りかい」

この男がいなければ。
背後から聞こえた声を聞かなかったことにして歩を進める。すると、襟を捕まれ強制的に立ち止まることになる。ぐえっ、と蛙のような声が喉から漏れる。

「オイオイ無視かよひでェな」
「沖田さんとは余計なこと話したくないだけです」

私は、問答無用に襟を捕まえてきた沖田総悟という男と目を合わせる。彼の手を払い除けて、「いかにも不機嫌です」という顔をしてみせた。しかし、彼にとっては私のそんな表情など小動物が威嚇しているようなものなのか、少しも怯む様子はない。

「名前さんにとっちゃ、俺は恋のキューピッドでしょう。もっと崇めてもいいと思うんですが」
「貴方にキューピットされたらそのまま命までもってかれそうなんで嫌なんですけど」

やれやれ、と小粋なジョークを言う外人のようにオーバーリアクションをする沖田さんに私は苛立ちしか感じない。人を人とも思わず、悪極非道を尽くす顔だけの男。それが今現在私がかれに抱いている印象である。私が坂田さんに恋心を抱いていると知ってから、沖田さんはからかいの度を超えたからかいを私にしてくるようになった。私としては大きな迷惑である。人の、恋路の、邪魔を、するな。

「ふん、私は仕事があるので失礼します」
「そーいや高天原でホストやった時の写真と名刺が出てきまして…GINの、ね」
「ん゛っ、ん、はぁ。そうですか。それはいい思い出の写真ですね」
「そういやその前には旦那と銭湯でバッタリ会ってねィ」
「せせせ銭湯?!そ、それってつまり裸なんじゃ?!どういうことですか!?どこの銭湯ですか?!」
「………」
「………ッハ」

デジャヴだった。
沖田さんの顔はやはり、初めて彼の口車に乗せられたときの私を見たときと一緒だった。

「まぁまぁ、詳しい話は、ね」

にやりと笑う彼にああまたやってしまったと心の中で後悔をする。私は恐らく今後もこうやって彼の思い通りに動く玩具のように反応してしまうのだろう。

いやでも、仕方なくない?裸だよ。坂田さんの。




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