わん!

と、部屋に鳴き声が響いた。
声のした方向に目を向ければ、1つの扉が空いていた。そこにはお行儀よくおすわりをしている大きな犬がいた。その姿には見覚えがあった。確か、神楽さんといっしょにいた犬だ。定春、と言っただろうか。大きな身体でよく見えなかったが、その背後には何人もの倒れている人間が見えた。

「銀ちゃん!定春!」
「わん!」

神楽さんが名前を呼べば、定春くんは大きく返事をした。坂田さんは返事こそしなかったが、木刀を腰に収めて神楽さんを縛っている縄を解き始めた。

「おーおー、何だよ神楽。これくらい引きちぎれねーのか。腹減ってたのか?」
「確かにお腹ぺこぺこアルな」
「怪我ねーな。あんならババァに治療してもらえ」

しゅるしゅると縄が解かれる。晴れて自由の身となった神楽さんは立ち上がって身体を伸ばす。異常はなさそうで、私は安堵する。

「もう大丈夫ヨ名前、銀ちゃんが助けに来てくれたからナ」
「っえ、あ、はい…」

早く病院行くヨロシ、と言って神楽さんは私に近づいた。そして私を縛っている縄を解こうと手を伸ばした。

「神楽、お前先戻ってろ」

しかし、その小さな手が私の縄を解くことはなかった。坂田さんが彼女の動きを止めたのだ。

「腹ぺこなんだろ、ババァのとこでついでに食ってこい。少しは豪勢だろ」

コイツは俺が見とく。そう言って、坂田さんは神楽さんとの場所を入れ替わった。

「銀ちゃん、でも…」
「…神楽、さん」

言い淀む神楽さんを見て、私はようやく自分から口を開くことができた。

「迷惑かけてしまって、申し訳ありません。けど、おかげで助かりました。…もう、大丈夫です」
「名前…」
「もう日も暮れます。今度万事屋さんに改めてお礼を言いに行きます。酢昆布、お好きなんですよね」

持っていきます、と不細工な笑顔を向ければ、神楽さんも笑顔を返してくれた。「絶対アルよ!」そう言うと、彼女は愛犬と共に帰って行った。

残されたのは、私と坂田さんの2人だけだった。
無言で縄を解く坂田さんとの空気感に、私は思わず口を開く。

「あの、」
「お前さぁ」

しかし、私が決死の思いで喋りかけた言葉は、坂田さんの言葉によって遮られた。つまるところ、喋り出しのタイミングが被ってしまったのである。数秒、沈黙がまた訪れる。

「…ど、どうぞ…」

私は小さな声でそう言って、坂田さんに発言権を譲った。

「…お前さぁ、いっつもこんなんなワケ?」
「こんなん、とは…」
「怪我してばっかっつーか、血まみれ?」
「そんなことは、ないと思うんですけど…」

坂田さんの言葉にはは、と思わず笑ってしまう。彼の登場のショックが大きかったからか失念していたが、確かに今の私の状態はひどいものだ。頭からは血が流れているし、全身にだって傷は多い。服装だって乱れていて、そもそも上着がー

「ホラよ」

そういえば、上着、どうしたっけ。
浮かんだ疑問はすぐに消えた。縄を解き終わった坂田さんが私の肩に白い上着をかけたのである。それは確かに見廻組の、私の制服であった。

「忘れてったろ。沖田くんが届けろってうるさくてよ…。そんで、探してたら定春が慌てて来てよぉ。神楽もいねーし、これの匂い辿ってきたら、殺されかけてるし」

不幸体質か何かか、コノヤロー。
坂田さんは私を真っ直ぐに見つめた。私は今、死にかけているような状態なのに、その痛みも忘れてその目に見入ってしまった。見惚れてしまった。ぼうっと言葉も返さない私に、坂田さんはオイ大丈夫かよ、と私の頭を触る。丁度蹴られた部分。怪我の状態を確認してくれているのだろう。何だか撫でられているような気がして、私は言葉にも出来ない心地よさを感じた。

「腹、痛むか」

しかし彼の手はすぐに離れる。出血こそ派手ではあったが、傷自体はそこまで深くないことが、彼にも理解できたようだ。

「腹…」

坂田さんに聞かれた言葉を反復する。腹、お腹。坂田さんを庇って斬られた、傷。

「何で庇った」

なんで俺の側にいた?なんで俺に見廻組って言わなかったんだよ。…なんで俺を庇った。

彼の表情は、あのファミレスのときと一緒だった。怒っているような、悲しんでいるような。瞳が揺れるのが見えた。
ああ、私はファミレスで何と答えたんだっけか。そう考えて、自分が横暴に帰ったことを思い出した。失礼な話だ。しかし、簡単な話でもあった。変に隠すことをして、私は坂田さんに対してこじれてしまった。自分で自分の糸を絡めてしまった。
坂田さんは真っ直ぐな人だ。態度こそ素直でないひねくれ者ではあるが、その生き様は刀のように真っ直ぐ輝いている。だからこそ、私も曲がることなく、最初から嘘などつくべきではなかったのだろう。

坂田さんと目が合って、そう、思った。

「好きです」


「貴方が好きだから、側にいました。貴方に嫌われたくなくて、見廻組って言いませんでした。貴方を助けたくて…庇いました」


「ただ、坂田さんが好きなんです」

ああ、今私は、ちゃんと喋れているんだろうか。
嘘をつかないというのは、なかなか難しいことだ。



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