苛ついた様子で通話を切った男が私を見る。その目は血走っており、随分と興奮しているようだ。

「こうなったらもう、お前だけでも殺す」
「…」

まぁ、そうなるよね。
命の危機だとはわかっていたが、男の行動はいずれ自分を殺すことだということは理解していたので、そう驚くことはなかった。それに私自身、警察の身である。いつ死ぬかもわからぬ身である以上、常に覚悟は出来ている。もちろん、死にたいわけではないが。

「まぁ、落ち着きましょうよ。私一人殺したところで何になるんですか」
「うるせえ!どうせいずれ捕まる。それなら派手にやってからのほうがいいだろ!」

説得を試みても無駄だった。男は激昂するのみだし、その手には刀が強く握られている。柱とお腹が縄によって括り付けられているので、切られるのは首だろう。下手な人間が首を切るととても痛い上に死ねない場合もある、というのはよく聞く話だ。困った。痛いのは嫌だ。

「オイお前!いい加減にしろヨ!」
「ガキは黙ってろ!!」

声を荒げた神楽さんを男は怒鳴る。神楽さんはじたばたと暴れ縄を振りほどこうとするが、柔なものではないらしく、ほどけはしなかった。

「………この子は関係ないでしょう。たまたま通りすがっただけですよ」

通りすがったにしては、あまりに露骨な登場の仕方だったとは思うが、彼女が関係ないのは事実である。彼女はただ見知らぬ私を助けようとしただけで、なんの罪もない、ただの女の子なのだ。

「私はともかく、この子は解放しなさい。それを見届けられれば、私は自害してもいいですよ」
「駄目だな、このガキがめちゃくちゃ強えのは知ってんだ」
「いずれ捕まると言ったのはあなたでしょう。無駄に女の子を殺す理由はないはずです」
「……」

私と男の視線が合った。そう思った瞬間に、私は火花が散るような衝撃を感じた。「名前!」神楽ちゃんの声が聞こえたが、返事はできなかった。頭を蹴られた。それもかなり強く。首がどこかに飛んでいったのではないかと錯覚するほどだ。じんじんと痛む頭部を感じる頃には、ぬめりと温かい血液が私の頬を伝っていた。

「…ッ」
「善人ぶりやがって!!何人も何人も斬り殺してる癖によぉ!!」

腕を動かすことができないので、痛む頭部を抑える事もできない。ただただ痛みを感じるのみだった。

「俺の弟もそうだ、投降しようってときに、話も聞かずにテメェらは…」


男の目的は弟を殺された復讐だったらしい。その弟が何をして何故、誰に斬られたかなど、私には知る由もなかったが、彼からすれば無謀な復讐に駆り立てるほどの大きな出来事だったのだろう。

「テメェの死体を見廻組に送って、少しは反省してくれることを願うぜ」

男がしゃがみ、項垂れていた私の髪を掴み、無理やり上を向かせる。

「やめるアル!!」

視界が血に染まってよく見えない。ぼやけるばかりだ。だが、神楽ちゃんの切羽詰まった声と、ぼやけたシルエットで男が刀を振りかぶったのだと理解できた。私は歯を食いしばる。

ああ、まだ坂田さんに謝ってないー

私が死に間際に想ったのは、お世話になった親でも尊敬する上司でもなく、一人の男だった。

「ーそいつを斬るのは、俺が許さねェ」

声が聞こえた。
愛とは幻聴まで魅せるものなのかと言う疑問は、すぐに消えた。私の目の前で、男が唸り声をあげて倒れる。どさ、と倒れた男を見る。そして私は顔を上げる。

「何でって、俺が先に傷痕つけたからです」

つまり、マーキングな。

私の視界は赤かったはずだけれど、確かにそこは銀色に光って見えた。






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