ふぅー、と土方は煙草の自動販売機の横に設けられている喫煙所で煙を吐いた。ここ最近の江戸の気温は、少し前の真夏のシーズンに比べ、随分と過ごしやすくなった。日差しがあっても、流れる風は以前より格段に涼しかった。時期に紅葉がはじまり、いずれ雪が降る。土方は煙草を吸った。その時に、横の自動販売機からがこんという音が聞こえた。誰かが煙草を購入したのだ。音がしたのだから、視線を向けて当然だ。土方は無意識に自動販売機に視線を向けて、煙草の煙を吐くことを忘れた。

「ごほ、ッけほ!」

煙草初心者かよ、と心の中で悪態をつく。そこには以前、病室で沖田と抱きしめ合っていた女が立っていた。咽せる土方の声を聞いて女も土方を見た。

「あ…」

どうやら間違いはなかったらしい。向こうも土方を見て驚いたような顔をしていた。土方は冷や汗をかいていた。
この女、総悟の…。
あの病室の衝撃的なシーンを見た後、振り向いた沖田の手によって放たれたバズーカによって場は混沌に満ちた。怒鳴る看護師の声、悲鳴をあげる山崎。状況が理解できない土方と近藤。その後屯所に帰ってきた沖田に近藤は「いい人がいるなら紹介してくれよ!」と軽快に笑いならがら言った。土方の知る沖田ならば、「あれはただの雌豚」だの「勘違いすんじゃねぇ」などとひどい言葉が返ってくる。だが彼は黙って近藤の前から去ったのだった。表情は読み取れなかったが、その態度からあの女は沖田の本命なのではないかと考えた。あの日から暫く経っても沖田から紹介されることはなかった。しかしその女が、今自分の目の前にいる。

「あの…真選組の、土方さん、ですよね」

おずおずと、女は話しかけてきた。手には買ったであろう煙草が握られていた。

「煙草、吸うのか」
「え?」

キョトンとした声が返ってきた。それを聞いて、土方はしまったと思った。初対面で、名前を聞く前に「煙草を吸うのか」という質問とは。会話下手になってしまったのだろうか。それくらいに土方は内心焦っていた。

「えと、これはお使いで…」
「ああ、そうなのか」

落ち着くためにも、土方はもう一度煙草を吸った。その味を噛み締めて、今度こそ煙を吐いた。

「ふぅー…。お前は、確か総悟の…」
「あ、はい私は総悟くんの…」

「ちょっと待ってくれ」思わず出た言葉だった。女はとうとう困った顔をしている。しかし土方に女を気遣う余裕はなかった。「総悟くん」だと?沖田を下の名前で呼ぶ女など、存在しただろうか。そこまで考えて、やはりこの女は沖田総悟の恋人なのだと思った。そうか、総悟にもとうとう…。沖田が女に困る類ではないと知っていたが、誰かと正式に付き合っただとか、結婚を考えているなどという話は聞いたことがなかった。目の前にいる女は真面目そうで、清楚さすら感じられた。このような女と、あのガキが真摯に交際をする日がくるなどと、土方は想像もしていなかった。

「悪い、続けてくれ」

土方は覚悟を決めた。私は総悟くんの彼女なんです。とその言葉を受け止める覚悟である。

「総悟くんの幼馴染で、名字名前と言います。みなさんと同じ武州の出身なんです」

しかし、名前と名乗った女の返事は想像とは違っていた。

「幼馴染?」
「はい、皆さんの話は常々。総悟くんからも、ミツバからも」

自分と同じ武州の出身。と、そこで、土方は名前という響きに覚えがあることに気づいた。武州にいた頃、沖田ミツバからよく聞いていた名前だ。本が好きだとか、面倒見が良い子だとか。断片的な情報しか覚えてはいなかったが、確かに彼女の存在を前から土方は知っていた。

「そうか…。俺も、お前のことは聞いたことがある」
「本当ですか?」
「ああ」

そういうと、名前はふふ、と穏やかに笑った。その姿を見て、沖田とつるむような女には見えなかったが、あの弟にあの姉がいるのだから、そういうこともあるかと納得した。しかし、土方の疑念は消えていなかった。ただの幼馴染が、抱き合うのだろうか。少年少女のような年ならまだしも、沖田と名前はもうどちらもいい年齢だ。人の恋路を邪魔する奴はなんとやら、という言葉をいつか自分で発した気はするが、どうしても土方は気になった。

「不躾だが…その、総悟とは恋人じゃねぇのか」
「っえ」

名前は笑みを崩して驚きの顔を見せる。そしてすぐに首を振った。

「そんな、私みたいなおばさんと総悟くんがなんて、総悟くんに失礼ですよ」

土方からすればおばさんなどには見えなかったが、結婚適齢期を過ぎている、という意味で使ったのだろう。名前は困ったに笑った。その顔はほんのりと赤いように思えた。二人が恋人関係でないのなら何故病室で抱き合っていたのか、気になるところではあったが、そこまで人様の関係に踏み込むのはためらわれた。そうか、悪かったなと土方は謝った。吸い終わった煙草の吸い殻をスタンド灰皿に捨てようと手を降ろした。

「なーにサボってんですかィ土方さん」

だが吸い殻は捨てられることはなかった。スタンド灰皿に刀が突き刺さったからである。悠々と突き刺さる刀を見て、土方の口の端がピクピクと震えた。

「てめぇ…総悟!」
「なに名前さんの前で煙草吸ってんでぃ」

刀を投げた張本人。近づいてきた沖田の胸ぐらをつかむ。だがやはり堪えている様子はなく、飄々とした態度だった。

「総悟くん」

名前を呼ばれた名前は少し驚きながら沖田を見た。

「名前さん、これが土方とかいう害悪生物でさァ。ささ、これ持って、握り方はこうで」

沖田は土方の腕を払いのけ名前の前に立った。途中スタンド灰皿に突き刺さる刀を抜いて、その刀を名前に握らせた。

「てめーは一般人に何やらせようとしてんだァ!!」

土方は二人に詰め寄る。沖田はありありと迷惑そうな顔をし、名前はまた穏やかそうに笑った。

「総悟くん、やっぱり生意気くんなんだね」

名前は言う。
江戸の夏は終わり、季節は巡る。また来年、めまいがするほどの暑さが訪れる。けれどそのどんな暑さだろうと、なんとかなると、そう名前は思った。







九夏を超えて






top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -