「手紙を渡してほしいの」
「手紙…ですか。一体どなたに?」
「会えばわかるわ。もし、この先、そーちゃんがその人と出会ったら渡してほしいの」
「…姉上が直接渡すんじゃないんですか?」
「えぇ、そーちゃんにお願いしたいの」





名前が倒れた原因は、熱中症だった。ろくに水分も取らずに外に長居していたのだから、当然と言えば当然である。病院に運ばれ、目覚める頃には夕暮れになっていた。医師からの検査を受け、大きな問題はないと言われ、ほっと安堵した表情を見せたのは側にいた沖田だった。

「本当にごめんね、総悟くん…。穴があったら、はいりたい」
「いえ、大事なくてよかったです」

名前は身体を起こした。倒れた身ではあったが、どこかすっきりとした表情をしていた。沖田はその様子を見て、懐から白い封筒を取り出した。

「名前さん、これ」

手紙だった。折ってしまったんですけど、と申し訳なさそうに沖田は言った。2つ折りにされた手紙を広げ、名前に手渡した。

「姉上からです」
「ミツバから…」

名前は震える手で手紙を受け取った。ぱり、と丁寧に封を開けて、中の便箋を取り出した。そこには確かにミツバからの言葉があった。名前と一緒にいれて楽しかった、離れることが寂しい。もし江戸にくることがあるのならば、弟と仲良くしてほしい、などという内容が、丁寧に書かれていた。

「…返事くるの、遅いよ…」

名前は便箋を握りしめた。くしゃ、という音が病室に響いた。便箋に水滴が落ちる。公園であれほど泣いたというのに、名前の涙が止まることはなかった。

「う゛、ううっ…」
「…俺に近藤さんたちがいるように、名前さんには俺がいまさァ。生憎、いつ死ぬかわからん身ですが…それでも、名前さんが曲がりそうになったら、俺が止めます」

沖田は立ち上がって、名前を抱きしめた。名前は沖田の胸に顔を埋め、ただただ泣いた。彼の隊服が濡れることも厭わなかった。今だけ、今だけは泣かせてくれと願った。





真選組監察の山崎退は、病院の一室の前で頭を抱えていた。とんでもないとことに来てしまったと、そう思った。
その日もいつもと代わり映えのない日常だった。平凡地味、を体現したような自分にしては、真選組で過ごす毎日は少々バイオレンスなものではあったが、今更それについて何かを言う気にはならなかった。つまるところ、慣れていたのである。その日常の中で、一番隊隊長である沖田総悟がふらりと仕事をサボるのはいつものことだった。特に最近はその頻度が高く、気づけば姿がない、なんてことはザラだった。山崎はその現象にやれやれとため息をつくくらいで済むのだが、それを許さないのが真選組副長である土方十四郎である。総悟の野郎、と怒りを含んだ声で山崎を蹴るのだ。なんで俺!?と山崎の身体には生傷が絶えなかった。

「総悟をとっ捕まえてこい」

真選組屯所を締め出されるように言い渡された命令に、やはりなんで俺!?と思いながら山崎は沖田を探した。情報取集能力に長けている監察の仕事柄か、沖田の居場所はすぐにわかった。病院だと言う。
病院?なんでまたそんなとこに…
山崎は首を捻った。考えられる理由としては、サボりの途中でなんらかの怪我を負ったことだろうか。彼は温厚な性格ではないし、喧嘩をしたとしても不思議はない。ただ、あの沖田総悟に怪我を追わせられる人物など、そうそういるのだろうか。山崎は疑問を持ちながら大江戸病院に向かった。
受付に真選組の隊士を見なかった、と尋ねると、受付の看護師はすぐに沖田がいる病室を教えてくれた。こういう時に、警察という職業は便利だと思った。辿り着いた先の病室は、少しだけ扉が開いていた。数センチ開いているその隙間に、山崎は幸運を感じた。これで中が見える。沖田がなぜ病室にいるのかはわからなかったが、ひとまず様子見をするというのは監察の性だ。
病室の中を覗くと、そこには見慣れた栗色の頭が確かに言った。病室にも間違いはなかった。「沖田隊長」と声をかけようと山崎は口を開いた。だが、沖田の奥にあるベットに寝ている人物を見て自分の口を塞いだ。
そこには女がいた。年齢は山崎よりも年下だが、沖田よりは年上だろう。ちょうど、真選組で言えば土方の年代に近いだろう。だが、見たこともない女だった。彼女はベッドに座りながら何かを見ているようだった。白い紙…。それが手紙だとわかったのは、以前沖田がその手紙を持っていたからである。ここまでくると、山崎にはなにがなんだかわからない。しかし、あの女と沖田がただならぬ関係であることは間違いないと思った。暫くそのまま覗き見をしていると、女の目からは涙がこぼれ始めた。

「オイ山崎、おっせぇよいつまでかかってんだ」
「どうした?何かあったのか」

ひええ、と思わず出た小さな声は、背後からの声でかき消された。視線を声のした方向に向ければ、そこには副長である土方と局長である近藤がいた。おそらく土方も山崎と同じようにこの病院にたどり着き、沖田を迎えにきたのだろう。近藤に至っては一瞬理由がわからなかったが、その顔にある治療のあとを見て、彼の愚行の結果の治療だろうと理解した。

「し、しーっ!今はやばいんですって…!」
「あぁ?」

人差し指を唇に当てて静かにしろと表現する。今、この病室の中はあの沖田総悟と女が密会していると言っても過言ではい状況なのだ。

「ンだよ、あいつみてぇなやつは一言言わねえとベットで寝だすぞ」

土方はそんな山崎の切迫している状況など露しらず、病室の扉に手をかけた。ああー!と声を荒げながら山崎は土方を羽交い締めにする。

「いってぇな!何しやが…る」

山崎の突飛な行動に土方は怒鳴る。そのあとに、病室の中に目を向けた。そして、目を疑った。

そこには、抱きしめ合う沖田総悟と名字名前がいた。ぽろりと、土方の口に加えられていた煙草が落ちた。




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